歪み

 
 
 

そもそも、音が変るという事は、どこかで波形が変化した、という事です。
いわゆるf特、周波数振幅特性が悪くても、当然ながら波形は変化します。これを振幅歪みと言います。

あらゆる波形の変化の事を歪みと言います。従って、歪みの無いアンプは無色透明である筈です。
決して、WE-300Bに音楽の魂が宿っている訳じゃありません。



1. 高調波歪み

これは誰でも知ってますね。正弦波を入力して、その高調波を調べるものです。FFTを用いれば、成分も調べられます。
大昔の実験では、人間の検知限は(極めて良好な一部の人で)0.3%とかでした。半導体アンプでは、問題にならないと思います。

低いに越したことは無い、と言えば確かにそうですが。



2. 位相歪み

位相の非線型によって、波形が変化する現象です。

例えば下の二つの波形は、高調波の絶対値は同じですが、位相が異なります。私は聴いた感じも違うと思いました。

ついでに言っておくと、オーディオでインピーダンスのマッチングを取ることはほとんどありませんが、理論的に言うなら、アンマッチだと必ずどこかで、位相ずれが発生します。
但し、一般には位相の非線型には人間の耳は鈍感である、と言われています。あんまり神経質にならない方が宜しかろうかと・・・。

 


3. IM歪み

アンプが3次のカーブの非線形を持つ場合、例えば2kHzと2.5kHzの正弦波を加えると、それぞれの3次高調波以外にも1.5kHzと3kHzが出てきます。
これをIM3rdと言います。特にチューナーの高周波回路で大きな問題になりますが、オーディオアンプでも問題にすべきでしょう。

昔は 「混変調歪み率」 としてデータを発表している製品もありましたが、あれは1kHzと50Hzなどという、歪みの出難い離れた周波数で、しかも50Hzは低いレベルにして測っていました。何たるナンセンス!

何でこんな事になっているかと言えば、これはJIS規格で規定された測定法(多分、元々は ISO か何かのコピー)ですが、真空管時代に設定されたものだからです。真空管の古典的回路だとハムが乗るのでその影響を見ていたのです。

裏を返せば、真空管の古典的なP-P回路は、50Hzと1kHzですら混変調歪みが問題となるほどに、この特性が悪いことを示しています。

私の考えでは、現代のアンプでは、1.2kHzと1.25kHzといった知覚しやすい近接した周波数で、16bit以上32k ポイント級のFFTを用いて測定すべき項目だと思います。
無帰還の真空管アンプが最高だと思っている人は、測定したら悲惨な気分になるかもしれませんが。



4. 過渡的な歪み

これは、正弦波では測定できない歪みです。普通の歪みは時不変で非線形なシステムで発生します。

過渡的な歪みというのは、「時変システム」がもたらします。言い替えれば、システムが入力信号その他で変化するのです。

オタラ博士の提唱したTIM歪みが有名ですね。でも、TIM歪みというのは、実はパワーバンドワイズとほとんど同義です。
昔、TIM削減と称して、スリュー率競争みたいなものが流行った事がありますが、馬鹿みたいな話です。

20kHzで帯域制限されたCD等で比較して、スリュー率がどれだけ高くたって意味が無いことは解るでしょう?
(解らない、という人はフーリエ変換のページを見て下さい。)

誤解の無きよう付け加えると、スリュー率なんか低くても良い、と言ってるんじゃないです。ある値以上に高くても意味がないですよ、ということです。
 
これ以外にも、未知の過渡現象による歪みが数多くあるのだと思います。スピーカ逆起電力がβ回路に加える電圧もその一つです。
それらが音に影響を与えるのでしょう。そして、それを測定できる測定器は存在しません。

もしかしたら、何か音楽信号に似せた信号で、ウィグナー分布を見れば何か見られるかも知れません。(俺がやろうって人、誰か居ませんか?)

こういう歪みは、NFBにもその原因の一端がある場合があります。
だからといってNFBを無しにすれば良いかというと、他の歪みは増える事になります。

最初に述べたように、波形が変化したから音が変ったんだ、という事を忘れてはいけません。
 

ここで一つ、「過渡位相歪み」を考えてみましょうか。次のような現象で引き起こされる可能性があります。

NFBアンプにおいて今、何らかの原因でオープンゲインが、図の太線から細線の様に瞬間的に変化した、と仮定しましょう。

NFB後のクローズドゲインはほとんど変りません。fcも変わりません。
すると、周波数振幅特性は図の太線から細線のように変化する事になります。(厳密な計算はここです)
この時、位相特性も図のように変化しますから、可聴域でも知覚するに足る変化が起きる可能性があります。人間は、位相に鈍感かも知れませんが、少なくとも過渡的な変化は非調波歪を生み、敏感に反応するはずです。(変化が周期的な、例えば正弦波ならJ0ベッセル関数になり、高調波歪みです。)

では、オープンゲインが瞬間的に変りうるか?それは電源電圧変動によって起こり得ます。回路構成によっても違いますが、トラディッショナルな真空管アンプみたいな回路ですと、てきめんです。これは電圧増幅段でも起こるのです。

図に示すような簡単な回路で考えてみましょう。rpが負荷抵抗に比べて十分に低いものであると仮定すると、そのゲインは概ねバイアスポイントで決まるμになります。そのバイアスポイントは、この回路のグリッドがGND電位であるとすると、Vpに比例します。

従って、Vpが、つまり+B電圧が変化すればゲインが変化する訳です。
五極管やトランジスタのような定電流性の場合は、 バイアスは変化しませんが、やはりゲインは変ります。
 (直結ならばバイアスも変化します。)

 これは、定電流付きの差動アンプならほとんど影響がありません。

古典回路の信奉者の方には申し訳ありませんが、事実ですから仕方ありません。

また逆に、何がなんでも直結主義もどうか、という事が解ります。

私が局部帰還を多用する理由の一つがこれです。(他にもいろいろ理由はあります)
局部帰還のかかった部分が一定の利得になっていて、1st ポールの位置が安定していれば、問題は小さいわけです。
定電圧電源付きなら、さらに問題が小さくなる事も解るでしょう。その電流応答波形も問題になり得ます。

私の設計した定電圧電源回路は、このあたりの事を考慮し、電流の過渡応答性を主眼に置いています。

ただ、私は古典回路の音が悪いと言ってる訳でもありません。
銘機と呼ばれるものでも、こうした回路は数多く存在します。
いろんな要素が絡まって、最終的には良い音になる場合も多々あるのです。


先の電源の例で言えば、過渡応答性の悪い定電圧電源よりも、むしろ大容量のリップルフィルタだけの方が電流応答性で優る場合もあるし、増幅回路の周波数応答や形式でも評価が逆転する可能性があります。

MJ誌に、ある有名な著者が
「出力トランス付き真空管アンプは、あるところから低域がストンと切れているように聞こえる」
と言うようなことを書いていました。これとても、5Hz以下とかを人間が聞いている筈がありません。少なくとも、私は30Hz以下は聞こえません。(私は自分で実験しました。30-16kHzでした。)

ならば(仮にこの著者の言うことが本当だとして)何故そんなことが起こるか?と考えると、上述の現象が低域時定数の影響で起こっているのかも知れません。(勿論、全くのウソかも知れません... と言うか、まず間違い無く嘘でしょう (^^;)。単なる例と言うか、考え方の一例として挙げたまでですので、誤解無きように。)
仮定として、真空管ならシングルだと顕著に出るはずです。NFBを掛けた多極管接続の終段で起こるのは直ぐに解りますね。
三極管のP-Pアンプで帰還を終段プレートからかければかなり減るはずです。終段のμが小さいほど発生しにくいですね。
トランジスタアンプでも、ACアンプであれば、僅かですがやはり発生するはずです。程度の問題ではあるでしょうが。

この歪みが実際に発生しているのか、発生しているとしたらどのくらいのレベルで、と言う問題は、残念ながらそれを可能にする測定器がありません。

そういう場合に重要になるのが聴覚によるテスト、という訳です。

とは言え、耳だけでアンプを設計/調整する、なんてぇ離れ業は、神様にしか出来ませんので、お間違いの無きように。
貴方が神様なら話は別ですが。

 
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