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超三極管接続MX 2A3 Push-Pull
設計編


















RCAの2A3(JAN CRC-2A3)のペアチューブ(ステレオ分)とタンゴの電源トランス、電源チョーク、LUXの出力トランス、12AT7と12BH7を全てタダでもらったので、私としては初めての直熱三極管アンプを作ることにしました。

なんで直熱管が初めてかというと、単に値段が高くて買えないから。(^^;/
最近でこそ安いロシア製の球なんかあるし、中国球の品質も良くなってますけど、昔は中国球なんか使える代物じゃなかったし、ロシア製直熱管は入って無かったので、結局使えなかったのです。

折角作るのなら、何か面白い話は無いかと思って調べてみると、最近は差動出力が流行ってるようです。

そこで、この考え方をアレンジして、私なりの解釈での回路を試作してみました。


1 DEPPの問題点と全段差動構成

DEPP (Double Ended Push Pull) の問題とは何か?少なくとも定性的に考える限りは、SE (シングル)に対してDEPPが劣る点というのは見いだせません。
にも関わらず、好事家にはシングルがもてはやされ、曰くSEは素直だとか綺麗な音だとか言われます。

これに関連して、最近、あちこちで全段差動回路が取りざたされているようです。巷の評価としては、SEに近いとの意見が多いようです。
要するに、この方式で目新しいのは差動出力段ですが、普通のDEPPに対してどのような得失を持つか考えてみましょう。

先ず、メリットとその可能性としては
1. PP合成がトランスの一次側電磁結合によらない。(では、そこに何のメリットがあるのか?)
2. 電源から見て、ほぼ完全な定電流負荷である。この為、電源変動やリップルに対して極めて強い。
3. 当然だが、バイアス電流はほぼ完全に安定する。出力段でのドリフトは激減する。

明らかなデメリットとしては
4. 出力が大きい時の歪みが増える。
5. A級にしかできない。また、平均電流が増加し得ないので、普通のA級PPよりも最大出力が小さくなる。
6. 一方の球が切れると、オートマチックで(?)他方も切れる。
7. 出力のrp(球の内部抵抗)が2倍に増える。

最後の7.は理由が解りにくいかも知れません。一方のカソードの出力インピーダンスがもう一方のカソードからみた電流帰還になるからです。式で書くと、
rp = μ/gm 且つ Rk = 1/gm 故、
rp' = rp + Rkμ = rp + μ/gm = 2rp
となります

また、平均電流が増加しないと言うことは、A級自己バイアスPPと同じように、大出力時には歪みでも不利になるはずです。

見ての通り、終段の差動化は明らかに物理特性面では不利です。特性に現れにくい部分でのメリットが際立ちます。
しかし考えてみれば、SEだって明らかにあらゆる特性で不利、もしも大出力を望めばコストでも不利なのに、依然として一部の好事家やら数奇者やらの心を捉えるのは、あながちノスタルジーばかりとも言えますまい。

とするなら、実際に音質的なメリットとなっているのは(もしあるとするならば)何でしょう?
3. の可能性は低いでしょう。それなら、「固定バイアスよりも、自己バイアスの方が良い」と言う意見が出てきても良さそうですが、逆の意見こそ耳にすれ、そんな話は聞いた事がありません。

メリットは 1.か 2.でしょうが、これは連動した問題であると睨んでいます。電源を中性点で使うDEPPでは、出力インピーダンスゼロの電源か、100%完全なPPバランスかを実現しない限りは、中点が揺れるからです。

ではもう一つの、トランスの一次電磁結合に伴う問題とは何でしょう?

そもそも、トランスによる電磁結合が、本当に音質的なデメリットとなり得るのかは、議論の余地のある所ですが、一応それが音質に与える影響が大きいと言う仮定の元に話をすると、完全なPP平衡をとる事も、完全な電磁結合も困難であるのは間違いのない所です。

波形合成をトランスの一次電磁結合に頼っているのがそもそも問題だとの意見があるようですが、では何故それが問題なのか、との明確な答えは、不幸にして未だ見た事がありません。

通常のDEPPでは双自乗特性の合成に伴って、一次側にはコモンモード電流が流れますが、差動出力ではこれがありません。
しかし、実際問題、同相電流が流れること自体が問題であるというのは無いと思うのです。

もし本当にそれが問題ならば、直熱管のAC点火の音は駄目です。電源ACの周波数でコモンモード電流が流れますから。
だから、もしこれが理由であるなら、2A3より300Bが不利だし、hundred watter と呼ばれる類の送信管(845等の1000V管)に至っては、PPであっても直流点火するしかありません。

何でこんな事を突然言い出すのかというと、コモン電流を嫌って(??)SE用の出力トランスを2個使ったPPアンプの製作記事が雑誌に出ていたので。

2 積分直線性と微分直線性

音が変化したと言うことは、波形の変化です。これは間違いありませんから、何らかの歪みでしょう。

周波数特性の良否による歪み、即ち振幅歪みと位相歪みに関してはDEPPの方がSEより遥かに優れています。

高調波歪みに関しても絶対量ではDEPPが優れますが、3次調波はSEよりも増える傾向にあります。しかし、これは差動化したからと言って良くなる訳じゃありません。

ところで、視覚での回路、つまりビデオ回路に於ける直線性で通常問題にするのは、DG/DPです。各々Differential Gain / Differential Phase の略です。
積分直線性ではなく微分直線性が問題にされるのです。

因みに、微分直線性は音響用の D/A, A/D コンバータにおいても、その単調性を決める重要な尺度です。昔のR-2Rラダー抵抗による逐次比較方式の時代の高級機では、低レベル入力を用いてMSBの調整を行っていましたが、これは微分直線性を向上させる為で、この調整によって積分直線性は悪くなる場合すらあります。微分直線性が悪いD/Aで残響の多い音楽を聴くと、残響成分がノイズ混じりに聞こえます。
私が考えるに、聴覚においても問題にすべきはこちらであろうと思います。そして、昔はビデオ回路出力ではSEPPのフォロアをあまり用いませんでした。(あることはありましたけどね。)

普通は大電流を流したSEフォロアでした。DG/DPに対する配慮のためです。

普通のDEPPであっても、出力管が完全に揃っていて、トランスの一次電磁結合が100%で、電源電位が完全に一定なら(つまり全周波数帯域で出力インピーダンスが無視できるほど小さければ)、微分直線性も良くなる筈ですが、これは不可能な話です。

出力段の差動化は、この影響を無視できるレベルまで追い込む方法の一つですが、これは力業(ちからわざ)です。
回路が簡単になることは大きなメリットで、作りやすいのは間違いないですが、他の特性面で言えば全てが悪いのですから。
 

3 超三極管接続MX

そこで考えられるのが、NFBです。何だつまらん、と思われるかも知れません。でも、それが一番簡単です。
実際、最近はビデオ回路でも十分なNFBでもっていろんな問題を解決する方向です。(最近のOPアンプには電圧帰還で40MHzをギャランティーするものまであります。ノートン帰還では、私は40MHzのIF段に、OPアンプで10dBのパワーゲインを取ったことすらあります。)

で、考えたのが図1-1に示す回路です。等価回路を図1-2に示します。
各出力端から、超三結(モドキ)でプレート帰還を掛け、半導体の差動アンプで合成しています。

半導体の差動アンプのCMRRは、定電流源で共通エミッタを縛れば60dB以上は簡単にクリアします。本機のように、たすき掛けの深い帰還がかかれば、遙かにに大きいです。(今回は測った訳じゃありません。実際問題として、実装状態ではかなり難しい。)

Fig.1-2 の等価回路のβは、真空管のプレート抵抗分とカソード抵抗の比で、(rp+Rk・μ)/Rk≒μですから、ループゲインはほぼμです。裸利得は、概略でRc/Re・(2A3のμ)ぐらいです。
(厳密には2A3のrpとトランスの一次インピーダンスの並列値×2A3のgmですから、細かいことを言うとA級動作範囲とAB級動作範囲では帰還率が違いますが、大勢に影響はありません。)

尚、超三極管接続の基本となる考え方はここに書いてあります。

ローカルのNFB量は真空管回路としては極めて大きく、34dBにも達します。もっと大きくもできますが、DC安定性を考えると、この辺が妥当でしょう。あまり大きなオープンゲインはドリフトが問題になります。
これにより、あたかも一つの差動出力アンプのように振る舞うのです。従って、問題点は解決されるハズ・・・なんですが、やってみなけりゃ解りません。

欠点は、明らかに部品点数が増えるのと、ドリフトが出ること。
さらに、このままではポールが接近するし、帰還真空管の歪みも問題になるので、DCサーボとエミフォロを加えます。

直線性を改善するために、超三結V1の手法を用いています。即ち、出力信号電位が高い時ほど帰還真空管のプレート電流が増える様なロードラインにします。下にその概念図を示します。

A-B間ベース電圧は深いNFBで殆ど動かない(イマジナルショート)ので、Vinが上昇してQ1のエミッタが上昇すると、Rk1に流れる電流は減少します。GND-K間の抵抗Rk2には、信号に関わらず一定電流が流れます。
これで、負荷直線は傾きが反対でも真横でも自由に引くことが出来ます。プレート電圧(帰還電圧)が高いときほど、帰還真空管のカソード電流は増えますから、その分は終段の直熱管(図中にない反転側)にコモンモードでうち消す形で電流が流れます。

おかげで、やや複雑(?)な回路になりました。
複雑化したのは、せっかくの2A3を志半ばで使うわけにはいきませんから、初段に三極管を使うことに拘った事にも関係があります。初段がFETなら、超三結V1と似たような接続を考えれば事足りますからね。

でもそれ以上に、残念ながら、私の貧相な頭では、初段三極管にしてこれ以上は思いつかなかったという事です。
我と思わん方、もっとシンプルでこれを上回るグレートな回路を考えてやって下さい。(^^;;)

帰還管の動作とかロードラインは超三結V1とV2の中間ですが、回路はVXにも似ています。考えようによっては、ダーリントンとも言えるかも。超三極管接続モドキのタスキ掛け、で名づけて超三結MX。

4 全体の回路

設計したアンプ部の回路を図2に示します。
今回は、少し詳しく回路の設計について書きます。尚、回路図中の電圧は実測値です。
(但し、初段〜ドライブ段電源電圧は後の調整で変更しています。よって電圧は参考程度にして下さい。)


    4−@ 初段

折角貰った12AT7ですがゲインが大きすぎるし、歪みも多いので、目的に反するわけで使えません。

で、初段は6DJ8による定電流付きの差動アンプです。
差動バランスを考慮して、トランス二次NFB巻き線から帰還を掛けています。
動作点の選定は利得と直線性と必要な出力レベルから追い込んだ結果です。

オーバーオールの負帰還を軽くかけたのは、初段の差動平衡(ACバランス)を改善しようという目論見です。無くても特性上は十分でしょう。

    4−A ドライブ段〜終段

最初に述べたように、ドライブ段と終段が一体になって動作します。
ドライブをトランジスタにして、十分な利得を稼いでNFB量を増やすと共に、終段との直結化を可能にしています。
これで2A3固定バイアスで問題になる、低いRgは一挙に片が付きます。(固定バイアスでは50kΩ以下。これ以上だとグリッド電流による熱暴走の危険があります。)

実は、初めは全段直結も考えたけんですけど、計算しただけで諦めました。
絶対に無理ですね、かなり深いDCサーボでもかけなきゃマトモに動作しません。終段のDC利得はAC利得の1/20以下ですから、別にサーボアンプでゲインを稼がなきゃ、帰還量が足りません。

やたら回路が複雑化するわりには、段間コンデンサがなくなるだけです。しかもDCバイアス電圧が正相と逆相で同じになる様に、別のサーボが必要で、馬鹿みたいに思えてきたので止めました。

帰還管の選定は重要な部分ですが、高信頼管6463を選択しました。直線性が良くてrpがわりと小さく、高耐圧です。
特に耐圧は、VapkとVaoが同じで660Vですから、こういう用途には最適と言えます。

もらった12BH7Aはあまりにも直線性が悪い。
6DJ8ファミリーや5687みたいな高gm管も、多分使えないでしょう。10mS以上もある高gm管は、バイアス電圧のばらつきが大きいですから、2段目のDC入力電位がばらついて設計できません。

直線性を補正すると共に、6463の帰還容量の影響を抑えるためにPNPのエミフォロを入れてありますが、エミフォロを入れた実際の回路の動作点とロードラインを下に図示します。
通常の負荷線とは傾きが逆になりますから、その分出力管の負荷はほんの少し重くなります。

その代わり直線性は驚異的に良くなっています。図の点線はμ=21で区切ってますが、50〜450V迄、ほぼ完全に増幅率一定です。
実測のバイアス電圧と設計値は、非常に良く一致しています。

超三極管接続の例に漏れず、出力の特性はこのロードラインの通りの増幅率になります。これがPPで動作するわけです。

超三結の帰還による2A3プレートでの出力インピーダンスは、差動入力に対しては12Ωぐらいですから、丁度上の図の点線のような特性です。
この点線を鉛直に伸ばして5kΩPPのロードラインを引いた状態(300V付近で電流0、0Vで240mA)が見かけの出力負荷線です。

所で、2000年11月号のMJに黒川氏が2A3のパラPPの記事を書いています。なんと、初段7DJ8、2段目に6463を採用しています。
私と同じ様な選択に、びっくり!
さらに7044カソフォロが入っていますが、7044は氏のよく使う5687同等の高信頼管だから解るにしても、6463は、私は適切な球を探しまくった結果だけに、なんか雑誌で先に発表されると悔しいものがあります(^^;;。


エミフォロはダーリントンにしてあります。バイアス抵抗を大きくとって前段のゲイン低下を防ぐ為です。
ダーリントン無しで、このぐらいの抵抗(820kΩ)でバイアスすれば、ベース電流で発生する電圧が10Vにも達してしまいます。しかも、hFEは温度依存性がありますから、この電圧は温度で変化します。

ダーリントンにすることで、相当にラフな設計を許容してくれますが、一応Vbe変動は終段バイアスを変化させるので、正相と逆相のTrはhFEを測定して特性を揃え、熱結合しておきました。Dual-Tr なら、もっと簡単です。
2SA872は、ASOが狭いですが、極めて小さな電流域で驚くほど良好な特性を示します。
2SB716は極小電流域は不得手でも大電流域でのリニアリティーに優れ、ASOはずっと広いです。
そこで2SA872A−2SB716のダーリントンになっています。

ここは、PchMOS-FETのソースフォロアは入力容量が大きすぎて駄目、低gm J-FETではVgsの温度特性で6463のバイアス変化が大きすぎます。

トランスは固定バイアスにも関わらず5kΩになっていますが、要するにもらったトランスだからです。
2mA程度ですが帰還管の電流も出力管に流れます(一次側でコモンになります)。OY-15は遥かに大出力を許容するので、問題ないでしょう。

所で、このトランスは本来の LUX OY-15-5とは違うところがあります。
何故かNFB巻線があり、代わりに(?)4Ω端子と16Ω端子がありません。
(付属の銘板に書かれた配線表には4Ω/16Ω端子があり、逆にNFB巻線がありません。)
多分、その昔にどこぞのHi-Fiメーカーが自社のセパレートステレオ(死語!)用に作った特注品ではないかと思われます。

せっかくのNFB巻線ですから、ありがたく使わせて頂く事にします。(普通、出力端からかけるよりも位相特性が良くなります。)

終段は深い負帰還に期待して(?)AB級動作にします。通常よりもバイアスは僅かに深めの設定です。
その分、ドライブの振幅は大きくなるので、負電源の電圧は高くなります。
帰還真空管の電流もあるので、こうしました。
また、ややB電圧が高めです。
 

4−B バイアス・サーボ回路
実は、最初はこれ、無かったのです。
どうやっても上手く行かないから、後で付け足したので、中身(配線)は、みっともない状態です。(^^;/

動作原理は通常のDCサーボとは大分違うので、説明します。
2A3グリッド電位はTr差動アンプのコレクタ電位です。差動アンプは定電流で縛ってあるから、このコレクタ電位が正相と逆相で同じになれば良いわけです。

そこで、Tr差動アンプのコレクタからLPFを通してDC電圧を作って、別の差動アンプに入力して反対側と比較しているわけです。

帰還管(6463)のカソードに帰していますが、これは電流性の帰還です。
グリッド電位はエミフォロで固定されていますが、カソード電位はその時の電流で決まるので、結局Vgkが変わります。するとカソードに接続された差動アンプのベース電位が変わる、という仕組みです。

サーボ・アンプ自体はゲインがありませんが、元々がハイゲインなのでここでゲインを稼いでも低域特性がうねるのがオチでしょう。
素直な下向特性になる筈ですが、それでもこの時定数は十分に低くないと不安定要因になります。出力段の時定数の予想が付かないから、段間カップリング時定数の約5倍と、スタガ比を大きくしています。
 
 

4−C 電源回路
私の頭を悩ませたのが、電圧増幅段の電源回路です。必要な電圧に対して、トランスの二次側巻き線としては、AC330V と AC80V しかなかったので、どう組み合わせても駄目です。

そこで定電圧電源の採用となるわけですが、なんとか使えるようにと、考えた回路です。
フローティング動作のシャント電源とシリーズ電源を組み合わせた、新形式のトラッキング・レギュレータです。SSPSと名前を付けました。

もらいものの電源トランスで何とかやろうとした結果ですが、必要は発明の母と言うやつです。

このSSPS回路の概念図を下図2に示します。
図2 SSPS circuit

負側が正側よりも必ず電流値が多いことを前提にしているので、電源の負側にR_BLでブリーダ電流を流します。(実際にはツェナーダイオードへの電流約5mAがそれに相当します。)

正側のシャント電源の抵抗 R_CNT にかかる電圧(A-C)は、電圧=総合電流値×抵抗値になります。従って、負側のシリーズ電源のQ2には、V_inから出力電圧 D+C を差し引いた電圧がかかります。

基本的には、負荷(アンプ側)の電流が正と負で殆ど同じだからこそ可能な回路ですが、もしも正側の電流値だけが多少変化しても、負側のシャントTr Q1 に流れる電流が変化するだけで、電流のトータルは AB間から見れば変化しません。負側の電流だけが増えたとすれば、逆に正側の制御Tr Q2 の電流値は変わらずに、R_CNT にかかる電圧が変化します。

つまり、グランドを中心にして、天秤が振れるみたいに一次側に掛かる電圧が変わるわけです。

但し、基本的にはこの電源回路を考慮して、アンプの電圧増幅段は正側の電流と負側の電流が等しくなるように設計していますから、実際の動作としては、大きな変化はあり得ません。

さらに、一次側の電圧変化はB点の電圧が変わるだけで、Q1 の電流変化とはなりませんから、Q1 の損失はほぼ一定で、僅かの電流を流しておけば事足ります。

トラッキング回路にしたのは、アンプの電圧増幅段の回路との兼ね合いで、温度パラメータでもって電圧変化が変化したときに、2A3出力段へのバイアス電圧が変化しない方向へ制御するための配慮です。
正側電圧だけが大きくなると、Tr差動増幅用の定電流回路の電流が増えて、それに伴って終段グリッド電圧が上昇してバイアス電流が増えるので、その分負側の電圧も大きくすれば、バイアスは変わらない、というわけです。

負側の電圧DはVsとR_m1、R_m2 で決まります。正側Cは負の電圧Dを基準にして、R_n1、R_n2で決まります。

最初は、制御TrにMOS-FET 2SJ117 を使っていたのですが、電圧測定していたら壊れました。
原因は、そもそも、高圧のかかったMOSのゲートには、オシロのプローブでもあたってはマズイらしいです。
この回路では、ホット状態(通電中)は、グリッドの電位も高いのでその状態で測定器のプローブをつなぐと、その容量分で瞬間的に急激な電位変動があり、破壊に至る・・という理屈のようです。(\700もしたので、しゃくに障っている^^;;)

気分が悪いのでバイポーラにしました。バイポーラはこういう問題は生じません。ベース側のインピーダンスが低いからです。
尚、バイポーラとMOSでは音質も若干変化します。バイポーラの方が(私のセットでは)柔らかく感じました。

FETだと、e2の開回路利得が高くなりますが、開回路のインピーダンスが大きく(実動作電流でのyfsが小さい)、最低ポールが一桁下がるので、結局同じです。
Q2が出力のコンデンサとで作るポールは、1kHz付近です。この時定数と誤差増幅器で作る時定数の関係から、帰還量を決定しています。Q2をダーリントンにしなかったのは、帰還量が増えすぎて危険と判断したからです。

因みに、100μFのコンデンサが持つインピーダンスの絶対値は、100Hzの理論値でほぼ16Ωです。
この定電源回路の出力インピーダンスは、確実に1Ωを下回りますから、クロストーク対策として各Ch毎に電解コンデンサを入れるのは、殆ど無意味です。
そんなことをしても、インピーダンスの低減効果が現れるのは特定の周波数帯域に限られます。つまりインピーダンスのうねりを生じ、それが音質的な個性というか、ある種の癖みたいなモノを生む場合もあり得るでしょう。

結局の所、定電圧電源がある場合、問題は配線のインダクタンスによるインピーダンスの上昇であり、大容量コンデンサによる効果は期待できません。何故なら、コンデンサというものは、巻いて作ってある以上は必ず自己共振周波数が存在しますが、容量値が大きくなるほど巻き数は当然増えるのですから、大容量ほど自己共振点が下がって、高周波インピーダンスはむしろ高くなるわけです。

電源の高周波インピーダンスの上昇は、アンプの局部帰還を含む帰還動作の不安定要因になります。その為に、音質的な影響があるのであって、決して我々人類が1MHzの音を聞いてるからではありません。(そりゃ当たり前だって^^;;)

ここに大容量コンデンサを入れれば、定電圧電源のNFBに対しても少なからず影響を与えます。結局、それが定電圧電源としての最低ポールを与えるからです。所がそのインピーダンスが高周波では上がってしまうわけです。

従って、トータルとしてみるなら、大電流の流れる終段は別として、増幅段毎に大容量の電解コンデンサを挿入する設計は、負帰還型の定電圧電源を使わない、浅い帰還のアンプでこそ重要な意味を持つと考えています。

私見ですが、関連する問題として、電源回路の構成の仕方と電圧増幅段の定数の選択には、ある種の相関関係が必要ではないかと思います。
高周波特性を考慮するなら、当然抵抗値などは全体に低くした方が有利なわけですが、その場合には電源回路のインピーダンスと過渡応答性を十分考慮しなくては、クロストークや雑音の問題がかえって悪化する可能性があります。
保守的な電源回路を採用するなら、アンプ回路も保守的な定数設定が必要になり、全体のバランスが取れてくるのでは無いでしょうか?
トータルとしてどちらが良いかは、それを聴く人が、各々自分で判断すべき事でしょう。自作の醍醐味ってやつです。
 

おまけの話。
GHzオーダー迄考慮した論理回路での高周波雑音対策(FCC、FTZ等)では、パスコンに敢えて直列に低抵抗を挿入することもあります。
Cの自己共振によるQをダンプすることで、逆に広い帯域でインピーダンスが下がるのが理由の一つ。

もう一つの理由はコンデンサは電力を消費しないからです。
つまり、Cによって入れた部分で見れば雑音電圧が小さくなったように見えても、その雑音電力は消えていないわけですから、別の場所で雑音が頭をもたげることがあります。こういう場合には、抵抗でその雑音電力を消費するのがベターなのです。真空管アンプでは、整流のスナバ回路がこれに相当します。

最終的な電源回路を、図3に示します。これは、自分なりに納得できた設計です。

5 温度設計

直結ですから、当然DCドリフトが出ます。
初めは、十分バランスをとった上で、高抵抗を使って軽く差動アンプのコレクタから帰還すれば大丈夫だろう・・ぐらいに思ってたんですが、甘かった。2A3グリッドで見て数Vドリフトしました。しかも安定するのにかなりの時間が掛かります。
仕方なく、急遽入れることになったのがDCバイアスサーボ回路です。十分安定になりました。

電源電圧は温度的に安定でないと困ります。電源電圧が変わると、終段バイアス電圧が変わります。
HZ-9Lとマイナス側の誤差増幅TrのVbeの温度特性は、HZ-9Lの方が僅かに大きいので、ここでは正の方向にドリフトします。しかし、帰還抵抗は負の温度係数ですから、僅かに負の方向にドリフトします。合わせ技一本で、電圧出力ドリフトは殆ど無し。
但し、定電圧電源の帰還抵抗は金属皮膜のF級、-25ppm/℃以下です。

正側トラッキングは基準電位がマイナス電源全体ですから、Vbeは問題になりません。帰還抵抗値が上下でほぼ同じなので、ここもドリフト要因にはなりません。但し精度は要りますから、やはりF級の金皮を使います。

初段の6DJ8の定電流にCRD(定電流ダイオード)を使っています。4.5mA の CRD は電流値にかなりのばらつきがあり、温度に対してもさほど良好ではありません。第一、耐圧が足りませんから、27kΩ/1Wの抵抗をシリーズに入れています。

ここは本来ならポジスタにすべき(皮膜抵抗は温度係数が負ですから、温度の補償にはなりません)ですが、実際問題としてC結ですから、多少電流値が変わっても動作はあまり変わらないので、問題ありません。
もしポジスタを入れるのなら、3kΩ+1000ppmのリニア性ポジスタと、カーボンの24kΩ/1Wで良いと思います。その場合はCRD の選別をして電流値を決める手もあるでしょう。
実測で初期電流4.5mA、安定値で3.8mAでした。

定電圧電源の2SB649Aの損失は、1.3Wぐらいですから、ASOから見て放熱器が必要です。周囲温度80℃迄考慮しても、市販の最も小型のもので余裕十分です。放熱器用の絶縁シートを挟み、プラスチックワッシャをかませて取り付けました。放熱器自体はGND電位にしています。触ったときに感電したくないので。

シャント側 Tr の放熱器は不必要です。正側のシリーズ抵抗は、はんだ付け面に銅箔を貼って放熱しています。シリーズ抵抗の熱がシャントTrに伝わらない為です。
抵抗の方は、熱的に随分と余裕がありますが、3Wの抵抗に1.5Wの電力を食わせるのと0.5Wの抵抗に0.25W食わせるのでは、ディレーティングは同じ50%でも発生する熱量は大違いで、前者の方が高温になります。3Wの抵抗の方が高温に耐えるだけです。
結局、大きな熱量の発生には十分な放熱を考慮するということです。

全てのトランジスタは必ず損失を計算して、その損失で周囲温度80℃ぐらいまで使えるのかどうかをASOから検討しています。
これは、半導体では必ずやるべき事ですから、当たり前の事を当たり前にやっただけで、エラソーな話ではありません。

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注:これは、差動双方の出力の負荷が完全に独立である三極管出力での無帰還特性がこうなる、と言っているだけです。実際の出力の負荷は独立ではありません。一次巻線がk≒1で結合しているので、三極管プレートの反転側からもプレート帰還が掛かります。kが高ければ帰還も大きくなり、故に見かけ上最終的なrp特性はMが高いほど元の特性に近くなります。