桃花源奇譚
開封暗夜陣 |
今回は、宋代を舞台にした中国歴史伝奇小説です (ちなみにこれは本のカバーにあった言葉なんですが、調べてみると「伝奇」だけでも中国の小説って意味らしい…まいいか)。4冊で完結するシリーズで、これはその文庫化第1巻。 | ||||||
黄河を桃花水と呼ぶ季節、春三月。宋の都・開封の相国寺境内のそこかしこで、さまざまな大道芸が繰り広げられています。はしご乗りに綱渡り、炎を吹く吐火、刀をのみこんで見せる呑刀、幻術、芝居などなど。中でもひときわ、黒山の人だかりが目立つ一角がありました。 | ||||||
くるりとひとつ、宙がえりをして毛氈の上に、立つ。たったそれだけのことで、見物の輪がどよめいた。 両手にそれぞれ剣をかまえ、手足に角度をつけてぴたりと静止する―つまり見得をきった、その姿がまるで絵の中から抜け出たような、水ぎわだった美しさだったのだ。 ことに、きっと一方をにらんだその大きな瞳の、濡れたようなつややかさといったら、人間のものとも思えない。髪にかざした花、その花の仙女といいたてて、うなずく者はいても莫迦にする者はいるまい。 |
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双剣を手に舞う少女・陶宝春。剣舞の途中に彼女は酔った男に難癖をつけられるのですが、その騒ぎから彼女を救い出そうとしたことで、白戴星(と名乗る少年、実はやんごとなき身分の貴公子で、実母を探す旅の途中)、包希仁(何故か科挙の最終試験にわざと落ちた秀才青年)が出会います。 | ||||||
「おい、聞いたことがあるか?」 気安く声をかけた。 たずねられた方は、二十二、三歳ほど。白面の、という形容がびったりの長身の青年は、見ず知らずの少年に話しかけられてもおどろきもせず、いかにも生真面目そうな容貌をほんのすこしほころばせて、 「さあ、私は、田舎者で、都のことはよく存じませんので」 |
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「なんだ、故国 「ああ、ずっと南だな。えらくもの馴れたふりをしているから、てっきりここいらの生まれだと思った」 見ず知らずの、しかもどう見ても年長の青年に対して、遠慮も気おくれもあったものではない。かといって、莫迦にしている気配もなければ、無作法な印象も奇妙にない。他人に命じることに慣れた横着な、そのくせ妙に人なつっこい態度で、かるく鼻を鳴らした。 |
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たまたま知り合い、なりゆきで行動をともにすることになった3人ですが、これがじつは運命の出会いだった・・。 | ||||||
戴星はなんと、今上帝の息子、つまり皇太子だったのです。帝の寵を争っていたライバルの愛妾(現・皇后)の企みにより、実母は戴星を産んですぐ行方知れずに。戴星も殺されかけたところを侍女の機転でひそかに救われ、帝の兄である伯父夫妻に引き取られます。身の安全をはかるために幼い頃から戴星は正体を隠し、あらゆる武術の訓練を受けて育ちました。 | ||||||
そして希仁は、『文有文曲 武有武曲』 (天の文武二星が補佐のために下る)というキーワードにより、天命をうけた二星のうちのひとつ 「文曲星」 たる自分が仕えるべき天子とは、どうも戴星であるらしい、と気づくのです。 | ||||||
「―で、その老人は、なんとささやいたのです」 「『文有文曲 武有武曲』」 青年が、ゆっくりと大きく、時間をかけて息をすいこんだ。どうやら、期待していたとおりのこたえがもどったのだろう、勝ちほこったようにゆっくりと吸った息を吐きながら、にっこりと笑った。 「やはり、そうでしたか。趙公子」 いったとたんに、白光が疾った。 |
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ふるった素早さにも見るべきものがあったが、相手の身体に触れる寸前で止めた技は、みごととしかいいようがなかった。軟弱そうな花々公子の見かけのくせに、よほどいい武芸の教師についてたらしい。 一方、文弱の徒の典型のような希仁も、真剣をつきつけられたというのに、眉ひとすじうごかさなかった。顔色を変えるでなく、逃げる気配もなく、水のように静かな面でじっと、中腰になった戴星を見あげていた。 |
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趙 |
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一方、本人のあずかり知らぬことだったとはいえ、桃花の精の末裔であるらしい宝春。不老不死の桃源郷 「桃花源」をみつけるための鍵を握る存在だということで、皇后をはじめ宮中のお偉方は喉から手が出るほど彼女を欲しがり、つねに狙われている状態なのです。 | ||||||
また、正体こそ知りませんが、帝の甥として皇太子候補ナンバー1である戴星をうとましく思う皇后は、なんとしても戴星を始末したい。うまい具合に一緒にいる宝春のことは生け捕りにすべく、2人のもとへ捕吏をさしむけるのです。そこへ、とりあえずその場は救おうと現れるのが、壺中天の幻術をあやつる謎の仙人。戴星と宝春を壺中の別世界へいざないます。 | ||||||
じつは、この崔老人も桃花源を狙っており、しかも戴星の母の行方を知っていた。で、取引をもちかけてきます。母に会いたくば宝春を説得して、桃花源まで自分を連れて行け、と。 ですが戴星は、「宝春にそのことを話してみるが彼女が承服するかどうかは知らん、他人を犠牲にしてまで母をみつけたくはない」とつっぱねます。まったく、一本気なんだから…。 |
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壺中からようやく抜け出してみればそこは皇城のなか。城外へ出るまでにまた大騒ぎが起こるのですが・・・ | ||||||
「ちっ。やはりだめか」 口ではそういったが、さして落胆したようすもなく、綬を手からふりほどく。非常の場合は頭よりも身体で考えよと、平素からたたきこまれている。おのれの生命をまもるための最高の技術を、少年は幼いころから教えられてきていた。 |
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もう一本、左からの短槍を、ひょいと飛び上がって避ける。着地したのは、地面ではなく細い槍の柄の上だ。体重で穂先が下がったときには、少年自身は柄をつたって兵士の手もとに走りこんでいる。そのまま、おどろきに硬直している兵士の手から肩へ、さらに頭へと脚をかけた。兵士の頭を蹴りつけて、少年は空中へ駆け上がった。 | ||||||
・・・などとさんざん暴れまわった挙句、とにかく2人とも無事に脱出。 | ||||||
そこへ、他にさぐっていた方面からの情報が。母の行方についての手がかりが杭州 |
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「連れて行って。あたしは、江南へ行きたい。桃花源をさがしてみるの」 「―さがして、どうする」 「あたしは、あたしの正体が知りたい」 ……みずからをたしかめたいという思いは、期せずして戴星が心に思いさだめていたことと軌を一にしていた。 |
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「だから、あたしがついてなきゃ、だめなのよ」 「おまえがいたからって、どう変わるっていうんだ」 まるで悪童同士のけんかである。 「だったら、あんたひとりで行きなさいよ。あたしは、連中に顔を見られるような莫迦な真似はしていないんだから」 これはまたしても、戴星の負けだった。 「わかったわかった。連れていくから、城門をぬける方法でも考えてくれ」 |
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実際、面が割れている戴星が、まず開封の城門を怪しまれず通る方法が問題。頭をひねっていたところに、船の手配がついたとの知らせが届きます。戴星の身を案じて、このところいろいろ策を講じていた希仁のお手柄、もちろん彼も同行して江南へ行くのです。 | ||||||
船に乗り込む前に宝春が出くわしたのが、例の酔っ払い男だったからややこしい。またもひと悶着、そしてまたも戴星が暴れまわり、2人して川に飛び込む羽目になるんですが、なんとか無事に開封を出発。桃花源の謎と母をさがす手がかりが底流でつながっているような気がする戴星、ふとつぶやきます。 | ||||||
「―行ってみるか。桃花源まで」 | ||||||
かくして、3人を乗せた船は江南の爛漫の春に向かって、ゆっくりと下っていくのでした。。。次巻につづく、と。 | ||||||
勝気で男勝りでしっかりした宝春に、喧嘩っ早くて負けん気が強く、気性がまっすぐな戴星、そしてそれを穏やかに見守り、肝心なときにはちゃんと手助けをする希仁。なーんかこの3人のやりとり、いっつも楽しそうなんだなあ。 ほかにも、今は敵か味方かわからない、やたら強くて謎めいた悪役 (こいつがどうも武曲星っぽい気がするんだけどな)も登場。先述の仙人や纏足の美しい花魁、黒衣の宦官などなど、いろーんなキャラが入り乱れて話はにぎやかに進行します。 |
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(なんとなく『BASARA』っぽいぞ、少女漫画の原作になりそうだなあ、、なんて思っていたら、ちゃんと漫画化されていたようです。1冊こっきりで、未完らしいですが。) | ||||||
お気に入りはなんといっても文曲星の希仁。大体私はこういう、知的で物静かで普段はそ知らぬ顔でいながら実はすべてお見通し、的なキャラクターが大好き。いつもは黙って見守っているくせに、いざって時にそのすごさがわかる・・・って感じの人にホントーに弱いです。うーんドキドキするな。 | ||||||
その希仁にたった半日で惚れちゃった、嫋嫋たる纏足美女の史鳳姐さんや、とってもできた人物である戴星の育ての両親に、凄腕の刺客・殷玉堂(さっきの、武曲星かも、っていうひとです)等々、もっと書きたい、触れたいものは沢山あるのですが、残念ながら今回は時間切れ。くくく・・・。でも、却ってこのほうが短くて読みやすい、って言われそうな気も。ううむ。 | ||||||
赤目を吊ってこの原稿を書いてるときに、桃花源奇譚の2巻目『風雲江南行』の広告を新聞で発見。更新が無事終わったら飛んで買いに行かなくちゃ。希仁様、待っててね。 | ||||||
( 2001/1/28 ) |
2001 |
その後読んだ2巻によれば、武曲星は玉堂ではありませんでした。。ざんねん。 やたら凄みがあって酷薄そうでありながら、悪役に徹しきれないところがいいんだなぁ。 おまけに男前だし。今後も、希仁様を食わない程度にばんばん登場してね。 |
晋の太元中、武陵の人、魚を捕るを業となす。渓に縁って行き、路の遠近を忘る。忽ち桃花の林に逢う。
・・・・・・ 『桃花源記』