トップへ   もくじへ
5

4 『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』へ 6 『ウンター・デン・リンデンの薔薇』へ

虎口からの脱出
景山 民夫
新潮文庫

『虎口からの脱出』表紙


           
回を追うごとに、自分でもどうしようもなく長くなっていくこのページ。反省して、今回はざっくり短くいきます。  
           
  ハラハラドキドキ、手に汗握り胸躍る国際謀略冒険活劇小説が読みたかったら、この『虎口からの脱出』を読みましょう!以上!

・・・短すぎ。

           
さすがにそういうわけにもいかんので、もうちょっとちゃんと書きます。  
           
  この本は、10年来の私のお気に入りです。たま〜に、思いだしたように取り出しては読み耽り、毎回夢中になってドキドキしては結末でスカッとする。なんべん読んでも楽しい!自信を持ってお薦めできる「思わず電車乗り過ごし」ランキング1位の本なのです。(←是は私にとって重要な面白さの尺度。)
           
舞台は昭和3年の中国大陸。大元帥・張作霖(おお、一発で変換された!びっくり…)の乗った列車が奉天で爆破されます。南軍便衣隊ゲリラの仕業に見せかけた、日本の関東軍による暗殺工作なのですが、その現場を目撃してしまったのが中国人美少女李麗華。  
           
  もちろん、マズいとこ見られた関東軍は「消せ!」とばかりに追い始めます。また、列車爆破犯が日本人であることを見抜いた奉天軍(=張作霖の軍閥)も、貴重な証人である麗華を追います。さらに国民党軍(=南軍)までも。かくして、麗華の首には懸賞金がかけられ、中国の東北、華北、華中の地方に存在するありとあらゆる軍隊と馬賊が こぞって、彼女を血眼で追跡するのです。
           
麗華は、見たことを証言するために日本へ脱出しようとします。上海までの距離、1600キロ。期限は4日後…。およそ不可能にも思えるその脱出計画をなりゆきで助けることになるのが日本陸軍少尉である西真一郎と、アイルランド系アメリカ人のマイケル・オライリー。
3人で
デューセンバーグ・モデルX・スピードスターに乗り込み、中国大陸を走破することに。
 
           
  西真一郎は、酒にも喧嘩にも滅法強く、中国語・英語に堪能な長身の男(こういう感じの、著者を美化&理想化したらしき人物、景山氏の小説にはよく出てきます)。白乾児という蒸留酒を浴びるように飲んじゃったり、日本人歩兵を相手に中国語で喋って相手を煙に巻いたり、狙撃して来た2人組の中国人チンピラを、絶体絶命かと思われる状況のもと1人で片付けちゃったり、なんだかんだ言って爽快に活躍してくれるのです。ちょっと、カッコよすぎ…?
           
いっぽうオライリーは、ステレオタイプな車フェチ。英国アジア石油極東総支配人フランク・バール卿に雇われている運転手なのです。ご主人様所有のデューセンバーグをこよなく愛するがゆえ、今回の逃避行に協力することに。
「とにかく、俺はこんな日本人に俺の車マイボーイを運転させるつもりはねえぜ」 と強引に運転を買って出たのですが、なんと、西と麗華を無事上海まで送り届けられたらご褒美にデューセンバーグを貰えることになり、有頂天。なかなかカワイイ奴なのだった。
 
           
  そして、2人のナイトに守られるお姫さま、とでもいうべき麗華はというと、
 オライリーが英語で言った言葉のニュアンスを感じ取ったのか、麗華の顔に怒りの表情が浮かんだ。西は、その場の雰囲気に関係無く、この娘は怒った顔が美しいな、と、ぼんやり考えていた。
「このアメリカ人に言って下さい。彼に守ってもらわなくとも、私は自分の身を自分で守るすべは知っていますとね」
・・・なんていう勝気な少女。その言葉どおり、ちゃんと自分の身を守ったうえに、西の命まで救ってしまったりするという、有言実行の凛々しいお姫さまなのです。
           
じつは、西の上海行きの目的は本来、"外務省の極秘書類を上海総領事館に届ける"ことであり、麗華の脱出を助けることになったのはまったくの偶然のように見えるのですが、、、。
後でちゃんと「そうだったのかー」というカラクリが明かされます。いつも葉巻をくゆらして怪しげに登場する吉田茂、やっぱりタヌキだった。。。
 
           
  余談ですが、その極秘書類の入った外交行嚢こうのうというのが3つの錠付きで、無理にこじ開けようとすると科学薬品が作用して中の書類が燃え尽きてしまうという、まるでどこぞのスパイ映画に出てくる小道具みたいなワクワクの代物・・・らしいです。ん?
           
物語の前半は、日中情勢や事件の背景、人物関係の説明といった感じのページが続き、実は私もちょっと眠くなってしまったのですが (最初は歴史的知識がほとんど無く、張作霖って誰?奉天軍?国民革命軍?なんだそりゃ?とか思いながら読んでいたので余計…でも、調べてみるとわりかし面白いし、わかってから読むとちゃんと感情移入できるんですよ)、後半の脱出行が始まってからは、とにかく寝てる場合じゃありません。まさに没頭。  
           
  バール卿や吉田茂の協力も得、作戦を立てて関東軍の検問をくぐり抜けたと思ったら敵もさるもの、気づいて道路をトラックや鉄条網で封鎖します。が、そんなところをどうやって、と思うようなバリケードの僅かな隙間を、オライリーの超人的なドライビングテクニックですり抜ける!
           
「イーヤッホウ!」……オライリーは奇声と共に、ハンドルを一度軽く左に振り、間髪を入れずに右に大きく戻した。デューセンバーグの巨大なボディが、スッと真横にすべるように移動した。次の瞬間、オライリーはステアリングをカウンターに当てながら、アクセルを床まで踏みつけていた。  
(読んでても半分がた意味はわからなかったけど、とにかく凄いんだろうなぁ、とは思った)
           
  しかも、ただ通り抜けるだけじゃなくちゃんと敵にダメージを与えて去るってところが、イタチの最後っ屁、という感じで痛快です。デューセンバーグを追ってコントロールを失ったトラックは、屠殺場に突っ込んで横転、牛や豚はすたこらと逃走、燃料タンクが爆発して弾薬に引火、挙句、曳光弾が建物中を飛び回るしまつ。関東軍は頭に来たでしょうねぇ…。
           
しかしそんなのは序の口、3人の行く手には次々と難関が立ちふさがります。で、西とオライリーの見事な役割分担&呆れるほどの強運で、それらを次々と乗り越えてゆくわけですね。  
「……この作戦でのお互いの役割りがハッキリしたってわけさ。頭を使うのはあんただ。俺はもっぱら筋肉を使うのに専念することにした」
というのはオライリーの科白。ドキドキとホッが順番にやってきて、息つくヒマもありません。
           
  関東軍によって爆薬がしかけられた橋は、西の機転とハッタリで鮮やかに通り抜け、賞金に目が眩んだ奉天軍敗残兵2000人(!)と銃撃戦になった時も、もうダメか…と思わせつつ、辛うじて逃げ切ります。なんたって、機関銃を撃ちまくるオライリーに代わってハンドルを握った西ってば、あの万里の長城の上をデューセンバーグで走り抜けてしまうんですからね。
・・・そんなん、ありかー?
           
ともあれ、「アラモの砦よりも不利だった」3人対2000人の戦争には見事勝利した彼らですが、まだまだ気は抜けません。今度は日本軍将校が運転するメルセデス・ベンツSS"ズーベルシュポルト・マキシマム"とのカーチェイスです。メルセデスのラジエーターグリル上に輝く三芒星を丸で囲ったエムブレムは、刻一刻とデューセンバーグのテールに近づいていた。……S字から再び短い直線の道に入った時、メルセデスのスピードメーターは120キロに達していた。そして、その針はさらにぐんぐんと上がり、あっという間に150キロをマークした。  
           
  今までの無茶な走行でデューセンバーグも満身創痍、おまけに西も撃たれるし、またまた「どうなる?!」という場面なのですが、またまたとっても都合のいい偶然に助けられ、難を逃れます。不幸中の幸い、西の傷も貫通銃創だったしね。対して、顔面を串刺されたベンツ運転手のスプラッタな死に様、不運としか言いようがない。。
           
さらに、天津で待ち構えていたのは奉天軍のタンク。いわゆる戦車のことだと思うんですが。  
「大戦でイギリス軍が使った奴だ。マークIVって型だな。10年以上前の型だが、6ポンド速射砲2門とホッチキス機関銃4挺を装備している。装甲板の厚みは一番薄いところでも6ミリ。ブローニングの30口径じゃ塗装に引っかき傷をつけるのが精一杯だ」
…んないかついヤツとどうやって戦うっていうんですか。でもやっぱり、どうにか切り抜けるのがこの3人。オライリー虎の子のジンがこんなことに役立つとは。
           
  お次は、黄河沿いでの国民党軍との戦いです。迫撃砲の爆撃をオライリーの運転でギリギリかわし、軍用トラックや装甲自動車の追跡をふりきり、最後には西ならではの方法(今更ですが、あまりにもネタばらしをしすぎなのでここらへんは伏せときます。読んでのお楽しみ。。)でそこを脱出し、麗華と共に上海を目指すのでした。
           
そして、「車は車にすぎない、と言う奴がいるかもしれない。だが俺はこのデュースと初めて出会った時から、一生離れねえと決めた。デュースをここに残して、チンク共に勝手にいじくらせたり、無茶苦茶な乗り方をされることを考えるのは死ぬよりつらい」 …というオライリーは、デューセンバーグと共にその場に残るのです。もう、最後まで『愛すべき車バカ』なんだから。  
           
  さて2人はというと、国民党軍の攻撃から脱したものの、さらに訪れる新たな危機、わーん、死ぬ思いで折角ここまで辿り着いたのにぃ、今度こそ駄目なのか?!ところがまだ味方はいたんですね。「おーっこんな奴おったっけ!」という人物(実際私はこの人の存在をころっと忘れていました、しっかり伏線が張ってあったのに…いやしかし、キミはほんまにええヤツやー)に助けられた時の安堵感といったら・・・。
           
こうして、たった4日とは思えない濃いぃ時間を経て遂に上海に到着、日本へ向かう船の出航にも間に合い、一気にハッピーエンドなエピローグへ突入するのでした。
はー、おつかれさん。。。
 
           
  けっきょく、気づいたら、また長々と書きなぐっていましたね・・・・・。相変わらず、ネタもばらしまくり。何が「今回は短く」なのでしょう。どうも、私の辞書には簡潔明瞭という文字は無いみたい。
           
しつこいほどに訴えてきましたが、ワクワクドキドキそしてスカッとしたいあなた、迷わずこの本を読むべきです。そして私のように電車を乗り過ごしてみませんか?(普通、いやだってば)
それから。
西、麗華、オライリーの子孫が登場する続編、『遥かなる虎跡』もお薦めですよー。
 
           
( 2000/10/29 )
 

・・・「万里の長城だぞ」「そうだ」「あそこの上を走る気か?」 「笛木@くま」さん、多謝! 「どの道を通るかは俺に任せると言った筈だ」「ラジャー!」

↑ Click!

4 『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』へ 6 『ウンター・デン・リンデンの薔薇』へ


トップへ   もくじへ
5