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血のごとく赤く
―幻想童話集―
タニス・リー
木村由利子/佐田千織 訳
ハヤカワ文庫FT

『血のごとく赤く』表紙


           
RED AS BLOOD・・・”ダーク・ファンタジイ界の女王”リーによる幻想童話集です。もともと私、ファンタジーというジャンルが実はちょっと苦手なのですが、タニス・リーは別格。
耽美、幻想、退廃、、、オトナな世界にうっとり。。。
 
           
  挿絵(加藤俊章)がまたいいんです。ビアズレーというか魔夜峰央というか、沈鬱で不気味な空気を漂わせつつ、眩暈がするばかりに美しく繊細。。。物語世界にどっぷり浸るのを助けてくれます。谷崎潤一郎『人魚の嘆き/魔術師』の挿画(水島爾保布)もそんな感じでしたっけ。ビアズレーを東洋風にしたような雰囲気がなんともあやしくてよいのです。
           
話が逸れました。
この『血のごとく赤く−幻想童話集−』は、グリムやペローの童話・世界の民話などをモチーフにしたパロディーで構成されています。おとぎ話って大抵、「いつまでもしあわせに暮らしましたとさ」という結末ですが、ここに収められているお話は殆どがアン・ハッピーエンドです。でもその救いのなさには説得力があるというか、うーん、やっぱりねえ、そううまくはいかないよねえ、と妙に納得。
 
           
  表題作の「血のごとく赤く」。これは、"いいもん"と"わるもん"の立場がカンペキ逆転した『白雪姫』です。
           
黒い髪をくるぶしまでたらし、肌は雪のように白く、くちびるは血のように赤い王女ビアンカ。その実母、王さまの最初の妃は魔女で、ビアンカをうみ落としたお産の床で亡くなりました。もちろんビアンカもその血をひいているため鏡と十字架を嫌い、かがやくばかりの微笑にのぞく歯は骨針のように鋭くひかっているのです。  
           
  最初のお妃が亡くなって7年たった頃、王さまは次の妃をめとりました。二番めのお妃は、魔法の鏡にたずねます。「鏡よ鏡、おまえの目にうつらないのは誰?」「それは、ビアンカ」
やがて、ビアンカが13歳になり、国中に疫病がはやりはじめます。ビアンカの母が亡くなって以来なりをひそめていたその病は、やはり今度も、誰にも治すことができません。
           
お妃は猟師にいいつけ、ビアンカを亡き者にしようとしますが、逆にビアンカの魔術で猟師が殺されてしまいます。恐るべし、ちいさな魔女。。。
次にお妃はルシフェルの力を借りてしわくちゃの老婆になり、毒入りならぬ聖餅(キリストの肉)入りのりんごをビアンカに食べさせることに成功します。しかし、安堵したお妃がなにげなくひらいた聖書にはなんと、
「われ、よみがえらん」と書かれてあったのです・・・。
 
           
  森の中でくずおれたビアンカの体は、ミルク色の氷の棺におおわれていきます。ビアンカのきれいだったこと。黒檀のように黒く、雪のように白く、血のように赤いビアンカでした。
何年もの月日がながれ、木々の枝がしっかりと氷の棺を覆い隠していました。七本の木々の涙が緑の樹脂となってしたたり、棺の中でかたまって宝石のようにかがやいているのです。
           
ふとそこを通りかかった王子が氷の棺に近寄ると、「ビアンカをとりあげないで」と七本の木々が叫びます。根っこから身をよじる木々の力で地面は揺れ、棺にひびが走り、ビアンカはせきをします。衝撃で、聖餅のかけらがのどからとれたのです。ビアンカはよみがえりました。  
           
  「ようこそ。いとしいかた」ビアンカは王子に近づいてゆきます。なのに、まるで影のなかに歩みこんでしまったようにビアンカは思いました−。ビアンカはぴくぴくする心臓だけになり、とびたつと、カラスからフクロウへ、ついに雪のように真白な鳩になったのです。
王子の肩にのったビアンカの体は、もうどこも黒くもなければ、赤くもありませんでした。
           
「やりなおすんだよ、ビアンカ」と言う王子の手首には、星のようなしるしがありました。それはかつて釘がうちこまれたあとなのでした。
森を抜けビアンカは宮殿へまいもどり、窓からとびこみます。気がつくとビアンカは七つの女の子にもどっていました。新しいおかあさんになるお妃が、ビアンカの首に十字架をかけてくれます。
「鏡よ鏡、おまえの目にうつるのは誰?」「あなたが見えます、お妃さま。それから国じゅうのすべてのひとびとが。そして、ビアンカも」
 
           
  ……あらら、どんな凄惨な結末になることかと思っていたら、意外にもハッピーエンドなのでした。ちょっと肩透かしをくらった気がしたのは私だけ?
しかし、ここまできて、私ってもしかしてネタばらしというやつをやってしまったのでは、と少々不安になりました。あらすじを追っていたら、調子に乗って最後まで書いてしまった。でも推理小説じゃないから、いいよね……?
           
お気づきのこととは思いますが、七本の木々、ってやつが『白雪姫』でいう七人の小人なんですね。そのグロさったら秀逸です。

七つのくろい戦慄が果樹園をぬけ、七つのくろいざわめきが、高い生垣をこえました。・・・・・ひねくれふしくれだった七つの異形のものたちがやってきました。木のようなもじゃもじゃの姿に、のっぺりした顔。目は裂けたようにらんらんとかがやき、口はしめった洞穴のよう。こけむしたほお。小枝のような指。あるものはにやにや笑いをうかべ、あるものはひざまずいて、異形の影たちは地面に額をこすりつけました。

・・・こんな七人の小人、子供が見たら泣くっちゅーねん。。。

 
           
  それから・・・「時計が時を告げたなら」。元ネタは『シンデレラ』なのですが、タイムリミットである12時の鐘を鳴らす舞踏室の大時計、これが重要な役割を果たす、コワーイお話です。
           
台は黒檀で文字盤は上質の磁器。そして銀でできた人形が、文字盤の上をゆっくりと円を描いてまわる仕組みです。・・・・そしてその時刻の人形が金のベルと一直線に並ぶと、正しい時刻の数ぶんベルを叩いて知らせるわけです。この人形たちがそれぞれ時間を表しているのですが、1時から順にだんだん年をとっていきます。女の子、小人、乙女、若者、貴婦人、騎士、王妃、王様、尼僧院長、魔術師と続き、最後からふたつめは魔女、しんがりをつとめるのはなんと死神・・・。  
           
  シンデレラであるところの「娘」は目のさめるような美人でした。その髪は磨き立てた年代物の錫のような渋く輝く赤で、その目は貿易商人が東方から運んでくる、赤くきらめく琥珀の色合いをしていました。しかし実は、やっと歩き始めたぐらいから密かに母に仕込まれ、十四にして娘は黒魔術に熟達していたのです。
           
娘は、志半ばで死ななければならなかった母の恨みを引き継ぎ、母の一族の敵を討つために黒魔術に磨きをかけてゆきます。赤銅色の髪に灰を散らして美しさを隠し、世間を欺きつつ。ぼろ布をかぶり顔には埃をなすりつけ、ぼけた老婆のように街をふらつく娘の姿に人々は娘の美貌を忘れてしまいました。父や継母、義理の姉達も娘の様子に心を痛め、普通の娘らしくしてくれと再三懇願、何かと心を砕きましたが、ついに匙を投げます。
その間にも、娘は真夜中の闇の中で大魔王に祈り、武器である黒い力を育み続けるのです。垢と埃の下で美しさを増しながら。
 
           
  やがて娘が十七になる頃、母の呪いが奏効し敵の公爵が死にます。息子が跡をついで舞踏会がひらかれると、今まさに魔術師が時を告げんとする瞬間、娘は宮殿にあらわれます。しかし誰も、それがかの娘だとは気付きません。ドレスの袖と胴着の切れ目からは、薔薇色の光沢を放つ大粒真珠をちりばめた、象牙色のサテンがのぞいていました。真珠はまた、磨いた年代物の錫の輝きを持つ髪にも、巻きつけてありました。彼女の美しさといったら、時計が鳴り終わっても誰も口をきけないほどでした。
           
公子は、灰かぶりと名乗る娘の、目を見張るような美しさの虜になってしまいます。自分と踊っている間も、他の青年と踊っている間も、公子は食い入るように彼女を見つめつづけます。そろそろ真夜中にさしかかろうかという頃、ついに公子は娘に結婚を申し込むのですが。。。  
           
  その時舞踏室で死神が、黄金のベルをひとつ打ちました。娘はほほえみ、言いました。「わたくしは母の名において、あなたを呪います」 ふたあつ。「自らの名において、あなたを呪います」 三つ。「「あなたのお父様が死に至らしめた人々の名においても」 四つ。「この世を支配されている、わが主の名においても」 五つ、六つ、七つ、と鐘が響く間、公子は呆然と立ち尽くします。八つ、九つ、呪いの力が公子の血を固まらせ、脳髄はねじくれます。十、目の前の娘が変身しはじめます。十一、ぼろぼろの黒いローブに身を包んだものがにやりと笑いかけます。十二、公子は死神の姿を見、その正体を知り、正気をなくしてしまうのです・・・。
           
あとに残ったのはたったひとつ。女物の靴が片方でした。どんな女でも、踊ろうにも踊りようのない靴。それはガラスでできていました。  
           
  この後もお話はつづくのですが、半狂乱になった公子が靴を手がかりに娘を探そうとし、最後には死んでしまい、街はならずものに乗っ取られました、というだけ。私としては、ガラスの靴が残されていた、というところで終わって欲しかったなー。
           
それから・・・ひと気のない広大な森の中の、ひと気のない広大なシャトーに住む大金持ちの祖母アンナから呼び出しを受けたリーゼルが、贈られた真っ赤なマントを身にまとい一人でシャトーを訪ねてゆく、、、という「狼の森」
目もくらむような真っ赤な天鵞絨のマントが、箱から炎さながらリーゼルの手の中に飛び込んだ。マントはぐるりと白い毛皮の縁取りがしてあったが、フードだけは別で、最上質の、きわめてどっしりした赤の錦織りの縁取りがついていた。
 
           
  オリジナルは言うまでもなく『赤頭巾』ですが、おもしろいのは、リーゼルが祖母思いの感心な孫娘ではないというところ。莫大な遺産を相続したい、そのためには御機嫌を損ねるわけにはいかない、と不純な動機まんまんなのです。そして、アンナの正体はなんと人狼なのでした。でも、リーゼルがアンナに食べられておしまい、ではないのですよ。そこは読んでのお楽しみ。アンナにかしずく超美形の小人「綺麗」(注・名前です)だとか、デカダンで荘厳なシャトーの描写なんかも、なかなかアヤしくて素敵なのです。
           
とまあ、こういった感じで、皮肉な設定だったり壮絶な結末を迎えたりする、一筋縄ではいかないお話が全部で9篇。紀元前のアジアが舞台の「報われた笛吹き」から、未来の地球が舞台の「緑の薔薇」まで、時が流れる順に並べてあります。堪能できますよ〜。  
           
  でも、ここに挙げたお話を見ていると、ビアンカの「血のような」、灰かぶりの「錫の輝きをもつ赤い髪」、リーゼルの「真っ赤な天鵞絨のマント」……赤がキーワードになっているお話ばかり。他の物語でも、赤って結構、小道具に使われていたりします。本のタイトル『血のごとく赤く』にはそういう意味も含まれてるのかな?
           
( 2000/8/27 )
 

その力は娘の魂のなかで、黒い 『時計が時を告げたなら』 月のように上昇しておりました。

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