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赤外線男 (その1)
海野 十三

『 怪奇探偵小説傑作選5
海野十三集
 
-三人の双生児- 』
日下三蔵 編 / ちくま文庫
より

『怪奇探偵小説傑作選5 海野十三集 -三人の双生児-』 表紙


 
海野十三うんのじゅうざ、最高!!もうたまらん、面白すぎ!!わはは。  
           
  私が初めて海野作品を目にしたのは、角川ホラー文庫の『新青年傑作選 爬虫館事件』。ここには、大正9年発刊の雑誌 「新青年」に掲載された、怪奇で幻想的な探偵小説が集められています。我が魂の師(?!)江戸川乱歩大先生に始まり、横溝正史、夢野久作、渡辺温、大下宇陀児、地味井平造、久生十蘭などなど、垂涎もののラインナップなのでありました。
 
掲載された作家や作品に惹かれたのは勿論なのですが、この本が欲しい!と思ったのは、表題のインパクトによるところも大きかった。爬虫館事件。おぞましく気味の悪いイメージと共に、眼を掩いながらもつい覗いてみずにはいられないような妖しい磁力を放つ、たった5文字のシンプルな表題。実はこれが『新青年傑作選』収録の海野十三の作品名だったのです。  
 
  ここで私は思った。海野十三、タイトルをつけるのがうまい!今回とりあげた作品でも、それが立証されたというわけ。なんたって赤外線男ですよ。唖然呆然。何ざんしょ一体。
 
赤外線って、赤よりも波長が長いだか短いだかで人間には見えないっていう、あの赤外線だよな。それに「男」がつくたぁどういうことだ。赤外線を出す怪人でも出てくるのかね。なんか身体に良いような、それとも悪いのかな。ん?遠赤外線とはまた別か。えーと。赤外線カメラとかあるし、てことは、不可視なはずのものが見える男が出てくるのか?夜目がきく?うー、ますますわからん……もうすでに、タイトルの術中に陥っているわたくしなのでした。  
 
  お話の書き出しはこうです。
 この奇怪極まる探偵事件に、主人公を勤める(原文ママ)「赤外線男」なるものは、一体何者であるか?それはまたどうした風変りの人間なのであるか?恐らくこの世に於て、いまだ曾(かつ)て認識されたことのなかった「赤外線男」という不思議な存在―それを説明する前に筆者(わたくし) は是非とも、ついこのあいだ東都に起って、もう既に市民の記憶から消えようとしている一迷宮事件について述べなければならない。
 
自分で作ったキャラクターを、こうも大袈裟な文章で説明できるっつーのはすごいです。のっけからワクワクさせてくれるのですね、じゅうざさま。江戸川乱歩もそうですが、なんというかこの、ド真剣で大仰且つ眉唾な語り口調が大好き。当時の読者って、おかしいとも思わずに真面目にこういうのを読んでいたのかしら?  
 
   なんかと云って筆者(わたくし) は、話の最初に於て、安薬(やすぐすり) の功能のような台辞(せりふ) をあまりクドクドと述べたてている厚顔さに、自分自身でも夙(と) くに気付いているのではあるが、
なんだ、そうなのか。・・・でも。
 
しかしそれも「赤外線男」事件が本当に解決されその主人公がマスクをかなぐり捨てたときの彼の大きな駭(おどろ)きと奇妙な感激とを思えば、一見思わせたっぷりなこの言草も、結局大した罪にならないと考えられる。  
確信犯かいな。いや、でも結構好きで書いてると思うなー。
 
  その、じゅうざさま仰るところの『一迷宮事件』というのは、新宿駅6番線プラットホームで起きたある女性の轢死(れきし) にまつわるもの。着衣は上等だし、バッグの中には手の切れるような十円札で九十円もの大金が。でも「顔面を滅茶滅茶にやられてしまっ」っているので、着物や首から下から推測するに恐らく25歳前後の「相当な家庭の婦人」だろう、としか。
 
いつまでたっても遺族が駈けつける気配はなく、身元は不明のまま。警察も首を傾げていたところ、「うちの妹に間違いない」という人物、隅田乙吉が現れます。所持品についての細かな説明なども一致するというので、遺体と持ち物とを引き渡すことに。但し遺留品の中でただ一つ、乙吉には心当たりのないものがありました。  
 
  「これは……?」乙吉の受取ったのは、よく鉱物の標本を入れるのに使う平べったい円形のボール函で、上が硝子(ガラス) になっていた。硝子の窓から内部(なか) を覗いてみると、底にはふくよかな脱脂綿の褥(しとね) があって、その上に茶っぽい硝子屑のようなものが散らばっている。
「判らんかネ」と警官は再び尋ねた。「これはセルロイドの屑なんだ。そして燃え屑なんだがネ」
 
乙吉は見当がつかない、と答えますが、警官はそれ以上追及せず、身元が判明したということで一件落着してしまいます。のちに「怪事件発生!」と大騒ぎになることなど知る由もなく。  
 
  その24時間後、同じ警察署での出来事です。
 そのとき署の玄関の重い扉を、外から静かに押すものがあった。
 ギーッ、ギーッという音に、不図
(ふと) 気がついたのは例の熊岡警官だった。彼は部厚な犯罪文献らしいものから顔をあげて入口を見た。
 
「だッ誰かッ」
 夜勤の署員たちは、熊岡の声に、一斉に入口の方を見た。しかし今しがたまでギーッ、ギーッと動いていた重い扉はピタリと停って巌のように動かない。
「うぬッ」
 熊岡警官は席を離れると、ズカズカと入口の方へ飛んでいった。
 
「ズカズカ」と「飛んでい」けるものなのだろか。
 
  そして扉に手をかけると、グッと手前へ開いた。そこには外面(とのも) の黒手のような暗闇(やみ) ばかりが眼に映った。
「オヤー」
ってアンタ、緊張感ゼロやないの。「オヤー」って。力抜けるっちゅうに。
 
気の抜けた科白を発しつつも果敢に外へ踊り出た熊岡警官は、黒インバネスの男(出たっ!インバネス!!別名「とんび」或いは「二重廻し」とも云う、ケープつきの外套のこと。シャーロックホームズも着てます。探偵小説ではよく、怪しい奴が黒インバネスを着用)を捕らえる!その正体は!  
「なあーンだ。君は妹の轢死体を引取って行った男じゃないか」
 
  ところが、昨夜とはうってかわって落ち着きのない乙吉。それもそのはず、なんと、死んだ筈の妹が帰宅したというのです。最初はてっきり化けて出たと思ったが、よくよく話してみると、どうも本物の妹らしい、と。
 
「莫迦な奴ッ」と当直が呶鳴(どな) った。「では昨夜本署から引取っていった若い女の轢屍体というのは、お前の妹ではなかったというのだな」
「どうも、何ともはや……」
「何ともはやで、済むと思うかッ」当直はあとでジロリと一座の署員を睨みまわした。昨夜の当直の名を大声で云って、(馬鹿野郎)と叩きつけたい位だった。他人の死骸を引取って行った奴も奴なら、引取らした奴も奴である。
 
ぷぷ、「莫迦な奴ッ」って・・・ご丁寧な感じが、なんだかおかしい。それと、(馬鹿野郎)とカッコでくくってあるのが不思議。わざとなのかウッカリなのか、最初の「莫迦」と次の「馬鹿」の漢字が違うのも気になる。じゅうざさま、こういう用字の揺れが結構あるのです。
 
  所持品についてあまりに細かく説明できるもので信じたのだ、と刑事が言えば、乙吉も、自分は嘘などついていない、と言い張ります。帰ってきた妹も、着物からバッグ、コンパクトなどの小物まで全て、あの轢屍体と同じものを身に付けているのだ、と。
 
「……つまり同じ服装をし、同じ持ち物をした婦人が二人あったという事になるので、これは私どもには不思議というより外(ほか)、説明のつかないことなのです」  
をいをい、そんなことがあってたまるかいな。じゅうざさま、ちょっと強引。でもそこがスキ(^-^)
 
  ともかく、このままほうっておくわけにはいきません。都合の良いことに遺体は火葬ではなく土葬されていたので、掘り返して再検査すれば身元がわかるだろうということに。しかーし、そうは問屋が卸さないのですよ。
 
……今のうちに喰べるものは喰べて置かないと、たとい若い婦人にしても、顔面のない屍体を見ると食慾がなくなるだろうと考えて、当直は夜食の親子丼の蓋をとった。
 二箸、三箸つけたところへ、署外からジリジリと電話がかかって来た。
「当直へ電話です」と電話口へ出た見習警官が云った。
「おお」当直は急いでもう一と箸口の中へ押しこむと、立って卓子電話機をとりあげた。
 
「ジリジリと」かかってくる「卓子電話機」、時代だなあ。きっと黒電話だ。
 
  「はアはア。(返事してるんだろうけど、なんか息が荒いみたいで変)……うん、熊岡君か。どうした……ええッ、なッなんだって?(ものっすごい吃驚してる感じが出てます)墓地を掘ったところ白木の棺(ひつぎ) が出た。そして棺の蓋を開いてみると、中は藻抜けの殻で、あの轢死婦人の死体が無くなっているッて!ウン、そりゃ本当か。……君、気は確かだろうネ(むっ失礼な)。……怒らすつもりは無かったけれど(そら怒るっちゅーに)、あまり意外なのでねェ……じゃ署員を増派する。しっかり頼むぞッ」
 
死んだはずの女性が生きていて、そして本物の死体は棺から消えてしまった。さてようやく、ここからが本筋です。おお!ついに赤外線男の登場か?!どきどき。  
 
   熊岡警官が保管している「茶っぽい硝子の破片(かけら) のようなもの」は何であるか。何故それが、轢死婦人のハンドバッグの底から発見されたか。
 さて筆者
(わたくし) は、この辺でプロローグの筆を擱(お) いて、いよいよ「赤外線男」を紹介しなければならない。
 
舞台は、Z大学に付属している研究所ラボラトリーに移動。光学 専オプテイツクス攻の深山楢彦という理学士が登場します。彼が目下研究しているものとは。出ました、お待ちかねの赤外線。  
 
   ところで光線と名付けられるものは、この紫から赤までだけではない。紫よりももっと波長の短い波があって、これを紫外線とよんでいる。…(中略)…一方、赤よりも波長の長い光線があって、これを赤外線と呼んでいる。赤外線写真というのが発達して軍事を助けているが山の頂上から向うの峠を見懸けて写真をうつすにしても、普通の写真だとあまり明瞭にうつらないが、普通の光線は遮(さえぎ)り、その風景から出ている赤外線だけで写真をとると、人間の眼では到底見透しができない遠方までアリアリと写真にうつる。
 
ぬあるほど。つまり赤外線というのは、可視光線である虹の七色・赤橙黄緑青藍紫、よりも波長が長いため人間の眼には見えないが、可視光線より透過性が強い、という性質をうまく利用すれば遠方や暗所でもよく見える、ということか。くだんの深山理学士は、この不可視な赤外線を人間にも見えるようにする装置(一種の暗視カメラ)を作ろうとしているのです。  
 
   テレヴィジョンは、実験室に居て、その映写幕の上へ、例えば銀座街頭に唯今現に通行している人の顔を見ることが出来るという器械だ。これが室内の様子を見るとなると、写真撮影場で使うような眩しい電燈を点じ、マネキン嬢の顔を強度照明することによって、実験室でその顔を見ることが出来る。これが普通のテレヴィジョンであるが、それを赤外線で照らすことにし、この実験室にうつし出そうというのである。
 
普段は単独で研究している深山理学士なのですが、赤外線テレヴィジョン装置を作ったり外へ調査に出かけたりするには人手が要るので、助手がわりに学生を頼むことに。  
 
   学士はそこで渋々とポケットから鍵を出すと戸口の鍵孔に入れ、ガチャリと廻して扉を開いた。そこには思いがけなくもピンク色のワン・ピースを来た背の高い若い婦人が立っていた。
「あ―」
「深山先生でいらっしゃいましょうか」若き女性は云った。
「そうです深山ですが……」
「あたくし、理科三年の白丘ダリアです。先生のところで実習するようにと、科長の御命令で、上りましたのですけれど」
 
この白丘ダリア(それにしてもなんという名前!)、登場するなりいきなり「純種か!イヤ僕は、君があまりにデカイもので、もしやと思ったんだよ」「先生は、小さくて可愛いいんですのネ」等という無茶苦茶な会話を平気で交わすほど深山理学士とたちまちに打ち解け、朝から晩まで2人で実験に打ち込む日々が始まります。  
 
  装置を作って覗いたり調整したりしているうちに、彼女はおかしなことに気がつくのです。右眼で見る風景と左眼で見る風景の色が違うようだ、と。色盲かもしれない、と検査しますが、どうやらそうでもない。結局、色に対する感度に差があり、右眼が赤、左眼が青に敏感なのだろう、という曖昧な結論に達します。とっても伏線チックな、不自然な設定だなぁ…。
 
まあそれは頭の片隅にでも置いといて。
ある日のこと、毎朝午前7時には出てくるはずのダリアが、何時になっても姿を現さないのです。学士は1人で器械を組み立て始めましたが、やはり気になって作業がはかどりません。
 
 
  (どうして、白丘は出てこないんだろう?)
 いろいろなことが、追懐された。何か本気で怒り出したのであろうか。それとも病気にでもなったのであろうか。考えているうちに、自分があの女学生に、あまりに頼りすぎていたことに気がついた。ひょっとすると、自分はもうあの少女の魔術にひっかかって、恋をしているのかも知れない。
(莫迦なッ。あんな小娘に……)
 
うう、笑える。。深山理学士、すっかりダリアの手管にやられています。その彼女の遅刻の理由はなんと、警視庁に呼ばれたから、というものでした。26歳になる伯父の妻が1週間前に失踪したのだが、書置きも遺書もなく、何の手懸かりも無い。例の身元不明の轢死婦人にしても、一度は問題になったものの、着衣も所持品も違っているらしい。捜索に疲れ果て半病人になった伯父のところに再度警視庁から呼び出しが来たので、姪である自分が付き添って桜田門へ行ってきたのだ、と。  
 
  さーて。ここで冒頭の『一迷宮事件』と繋がって来ました。ダリアの伯父は黒河内尚網くろこうちひさあみという子爵だそうなので、「相当な家庭」といえましょう。子爵夫人なら、上等な着物を着て大金を持ち歩いていてもそう不自然ではない。きっと、その行方不明の伯母というのが、轢死婦人なのにちがいありません。
 
でも、それならどうして着衣や所持品が違ったのか?何ゆえ夫にも黙って姿を消し、電車に飛び込んだりしたのだ?さらに、身元を間違って土葬された遺体が消え去ったのは何故?そして、バッグの底にあったというフィルムの燃え屑とは?それより何より、一体いつになったら赤外線男は出てくるの?  
 
  多くの謎を残し、次回へとつづく。
 
( 2001/6/23 )
 

懐中時計と眼鏡

ンじゃ先生、あたしが今視ている右の眼の風景と、左の眼の風景と、どっちの色の風景が本当の風景なんでしょうか。

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