展示室3 舞踊劇「 く じ ら 浜 」


れは1998年10月、長崎ブリックホール・オープニング記念
事業の一環として開催した古典舞踊の発表会で上演した、僕の3作
目の創作舞踊です。前2作は「春夏秋冬」形式の小品の組曲でした
が、こちらは少しレベルアップして、「舞踊劇」になっています。
これまでの日本舞踊では殆ど取り上げなかったような、人間の生き
様を真正面から問うようなテーマを、ダイナミックにワイルドに表
現しようと試みました。                  


人の女性が「海」そのものを、8人の男性が1匹の「クジラ」を
演じました。例によって出演者の大半が素人さんですが、僕の思い
をよく理解してくれて、広大な「海」と「クジラ」の表現に、力一
杯取り組んでくれました。モリ打ちの漁師の役は、始めは他の誰か
やって貰うつもりでしたが、なかなか適任者が見つからなくて、
結局自分で演じるはめになってしまいました。赤褌一本の裸の役な
のでまったく誤魔化しが利きません。寸暇を惜しんでスポーツジム
に通ったり、日焼けサロンに通ったり大変でした。      


る程度予想はしていたのですが、上演後の評価は大きく分かれま
した。普段日本舞踊をよくご覧になる方達、中でも中年の女性には
あまり受けませんでした。僕以外の出演者が皆踊っているのに、僕
がマイムしか演じなかったのも物足りなかったようです。しかし、
これまで殆ど日本舞踊を観た事がない方達、中でも男性からは「不
景気で仕事も上手くいかなくて腐っていたけれど、この作品を観て
もう一度生き方を考え直そうと思った。」「クジラの表現が素晴ら
しかった。潮を吹いたのもよく解った。」など、
好意的な感想が多
数寄せられました。色々と批判もあるでしょうが、これからも日本
舞踊の壁を破るような作品を作り続けて行くつもりです。   



     小   屋


[ナレーション]

鯨取りにかけては、「浜で一番のモリ打ち」ともとはやされたその
男も、何時しか若い者達にその座を奪われ、どこにもやり場のない
悔しさを、酒と博打で紛らすほかなかった。そんな男を愚痴一つこ
ぼさずに支えてきた恋女房が、はやり風邪をこじらせて呆気なくこ
の世を去ってからというもの、男の暮らしぶりはますます荒れすさ
んで、最早誰一人として声を掛けてくれる者もなかった。
   


自暴自棄で泥酔した男が、死んだ女房の着物に取りすがると、着物
の影から鯨取りのモリが現れる。モリを手にした男は、やがて何か
を決意した様子で、鯨漁の時に着る晴れ着の半纏に着替え、女房の
位牌にふかぶかと頭を下げると、モリを抱えて小屋を出て行く。




[モリ打ち] 藤間喜州


[ナレーション]

男は心に決めた。「どうせこのまま野垂れ死にする位なら、もう一
度あいつと闘って見よう。あいつに殺られて死ぬのなら本望だ。命
懸けで本当の俺の力を試してみるんだ。」東の空が白み始める頃、
男はたった一本のモリを背に、無謀にもただ一人で小舟を漕ぎ出し
た。夜明けの大海原へと・・・。
              



     大 海 原


舞台一面に並んだ8人の女性達が、2枚の扇子を手に両花道まで広
がって、「波」や「魚」や「海鳥」など海の様々な表情を、ダイナ
ミックに表現する。やがて男が舟を扱ぎながら現れ、花道の七三で
モリを抱えてうずくまると、女性達も動きを止めて舞台中央奥に居
並ぶ。                          


[ナレーション]


一瞬、海が凪いだ。とりも魚も静まり返った。男には解った。「あ
いつだ!間違いない、あいつがやって来る!」男はモリを手にじっ
と息を殺した。
                      



[ワダツミ](海の精)
藤間弥栄松・荒木さおり・泉谷美歌子・田中優紀
田平美香・出口昌子・西村美香・山本恵美子


8人の女性達の後ろから、8人の男性達が徐々に姿を現す。やがて
1匹の「クジラ」になり、大きく潮を吹きながら、舞台一面泳ぎ回
る。男はモリを構えると、再び舟を漕ぎながら舞台へと戻り、「ク
ジラ」とにらみ合う。                   





[イサナ](クジラ)
城戸秀雄・境 智隆・坪田洋一郎・永瀬英雄
西村雅之・濱口俊典・松尾 太・奥田哲平


「クジラ」に舟をひっくり返された男は、渾身の力を振りしぼって
「クジラ」と死闘を繰り広げる。女性達は、扇子や晒しを使って、
激しく渦巻く荒海を表現する。ついに男は「クジラ」の背にまたが
ると、急所めがけて力強くモリを打ち込むが、次の瞬間跳ね飛ばさ
れて力尽き、海中に沈んでいく。              
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     浜   辺


ナレーション]

男は鯨と共に水底深く沈んでいった。だんだんと薄らいでいく意識
の中で、男は死を覚悟した。「大したやつだぜ、こいつは。こんな
のに出会ったのは生まれて初めてだ。こいつとなら、心中するのも
悪くねえや。だが俺も、我ながらよくやったと思うぜ。なあカカア
そっちへ着いたら誉めてくれるだろう・・・。」そう心に呟くと、
男の意識は途切れた。
                   

意識を取り戻した男は、浜辺に打ち上げられた自分に気付く。そし
てなにげなく海に目をやると、モリが刺さったままの「クジラ」が
浅瀬でじっと男を見守っている。男は波を掻き分けて「クジラ」に
近寄ると、モリをつかんで止めを刺そうとする。しかしなぜか気持
とは裏腹に、モリを引き抜いてしまう。           






「クジラ」はだんだんと元気になり、力強く動き始める。男は自分
のとった行動が理解できず、唖然として後退りする。再び気を取り
直してモリを振り上げるが、結局何も出来ずにしゃがみこんでしま
。男の気持ちを察したかのように、16人の男女は入り乱れなが
ら幾つもの輪を作って踊り始める。             






雄大な母なる「海」と、悠久の「生命」を表現した踊りの輪に、男
もだんだん引き込まれていく。やがて「クジラ」は「波」と共に、
悠然と沖に向かって去って行く。一人取り残された男は、じっと
辺に
たたずんだまま「クジラ」を見送る。          






[ナレーション]

男には解らなかった。何故自分がこうして生きているのか、何故あ
いつがこんな所にいたのか、あと一突きで止めを刺せたはずのモリ
を、どうして引き抜いたりしてしまったのか。そして、それにもか
かわらず今、何故こんなに爽やかな気分なのか。男には何も解らな
かった。だが男の顔には、不思議と穏やかな笑みが浮かんでいた。
「あいつはいいなあ。あいつみてえな生き方もあるんだなあ・・・
俺ももう一度生きてみるか、あいつに負けねえように・・・。」男
はそう呟いてモリを担ぐと、ゆっくりと水平線に背を向けた。
 







下の写真は、「くじら浜」上演の時の、ポスター&チラシです。1度
掲載した後、削除したのですが、ご要望(?)に答えて、再掲載しま
した。モリ撃ちの漁師が、お姫様が着るような打掛を肩に掛けている
のは、「古典舞踊も創作舞踊も、両方ご覧になれますヨ!」という程
度の意味しかないのですが、ご覧になった方々には大変なインパクト
を与えたようで、狙いは100%成功でした!(笑)      






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