展示室20   義太夫 「蝶の道行」






(佑国)藤間喜州     (小槙)藤間由喜絵


の写真も古いもので、僕が長崎で初めて本格的な発表会を催した時
の写真です。最初に取り立てた名取りの、名披露目に付き合って踊り
ましたが、もう20年以上も前の事です。実質3間位しか間口のない
客席が300席の小ホールに、大道具もそれなりに飾りましたから、
舞台が狭くて、普段稽古場で踊ってるような感覚で踊ったものです。
藤間勘寿朗師は、この作品を何度も振り付け直しておられますが、僕
が頂いてる振りは一番最初のもので、僕はこれが一番気に入ってるの
で、ずっとこの振りを使わせて頂いてます。愛し合っていた若い男女
が、其々お家の為に犠牲となって命を落とします。その魂が蝶に変身
して道行になると言う趣向で、とてもファンタスティックなので人気
が有り、各流で色々に振り付けて踊られています。       






勘寿朗師の振りでは、最初に2人の帯に長いしごきを結び付けて、セ
リか花道から出ます。2つの魂が、まるで赤い糸で結ばれているよう
です。最後の「セメ」になってからは(丸ごと着替えるやり方もあり
ますが)、ブッ返って下の写真のようになります。この衣裳は、白地
に黄色い夜光塗料で模様が描いてあります。「死出の山・・・」の後
の長い合方で、一旦舞台を暗くしてブラックライトだけを点けて踊る
ので、まるで本当に空中で大きな蝶が舞っているような感じです。こ
ういうケレン味のあるやり方を嫌う人もいらっしゃいますが、僕が子
供の頃初めて観た時には、素直に心を奪われてウットリしてしまいま
した。こういう踊りは、芝居っ気タップリ、ケレン味タップリでも、
いいんじゃないでしょうか。                 






僕がもう1つ気に入ってる所は、最後に死なない所です。大抵どこの
流儀でも、最後は岩山の上で折り重なって死んでしまいます。勘寿朗
師が後から振り付けられたものも、そのようになっています。でも、
2人は既に死んでいるのですから、また死ぬのには抵抗があります。
「蝶に生まれ変わったのだから、また死んでも可笑しくない」という
ご意見を尊重したとしても、余りにも可哀想ですし、こういう義太夫
の古風な作品の場合は、キッチリとキマッた方が相応しいように思い
ます。散々苦しんだ揚句に、2人がパッと袖を広げて、チョンパで照
明が全開になると、お客様もホッとして救われたような気分になられ
るようです。                        




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