クロス・シャント・プッシュプル










日本ではクロス・シャント・プッシュプルと呼ばれている回路があります。
MJ2000年7月号にこれを用いたMOS-FETアンプが本山博司氏より発表されています。

原回路は島田聡氏が学生時代に開発しました。

同様の回路にElectro Voice社のA30型パワーアンプがあります。
 

訂正とお詫び:
その後の調査によると、島田氏が1952年で最初です。EVは1954年でした。
私は何かでEVが先であると読んだと記憶していた為に、「EVが原典だ」と書きましたが、これは誤りでした。また、CSPPの発想のさらに原典としてマッキントッシュがあるようです。
EVでの名称が世界的には流用しており、Circlotronと言うのだそうですが、島田氏が先である以上は、CSPP(Cross Shunt Push-Pull)を正式名称にすべきです。
既に多くの方がお読みになった事と存じますが、全く私の調査不足で、粗忽でありました。
「粗忽なおぢさん」をお許し下さい。m(__)m

この件につき、上條氏が詳細に調査して下さった事を、ここに記しておきます。
 

EV A30の出力部の等価回路を上に示します。

Electro Voice社がこの回路を採用したのは、当時のトランスの事情と多極出力管にあるのでしょう。
当時、多極管を使って十分なダンピングファクターと低い歪みを得るだけの深いNFBの技術は、なかなか簡単では無かったと思います。

高耐圧で大容量のアルミ電解コンデンサも無い時代には、電源のデカップリングすらNFBの時定数に影響を与えた上に、出力トランスの性能も思うにまかせず、多極管の高いプレート出力インピーダンスがさらにそれに拍車をかけるといった事があったものと推察されます。

この回路なら、基本はカソードフォロアなので、多極管のネガティブが除ける上に、見かけ上の負荷が出力トランスのインピーダンスの4倍になるので、出力トランスのインピーダンスを1/4に出来ます。(トランスというものはインピーダンスが低い方が高性能にし易い。)
カソードフォロアの欠点である電源利用率の悪化とドライブのしにくさという問題を、フローティング電源の採用でクリアしています。

ところで、この回路は一見したところでは動作原理が理解しにくいと思います。これは、実は一種のバランス出力なのです。
つまり、島田氏のOTLというのは一種のBTLだったのです。上の回路をさらに簡略化して、解りやすいように書き直したのが下の図1です。

こうして見るとよくわかると思います。
明らかに、RLには直流電流は流れない・・というより打ち消しあって直流電圧が発生しないと言うべきか・・ので、中点接地の必要はありません。
但し、フローティング電源なのでバイアスポイントを決めるためにどこかで電位を確定させる必要があります。
EV A30でトランス中点が接地してあるのは、このためです。

ところで、技術的に見るとこの回路にはOTL以外にも面白い側面があります。
カソードフォロア的でありながら電圧利用率が良いのもそうですが、出力トランスを使った場合にも、トランスの電磁結合によらずにPP合成が出来る事があります。極端に言えばシングル用のトランスでも使えるのです。

最近、真空管の全段差動アンプの実験をあちこちのHPで見かけますが、そのメリットは要するにこれです。
A1級の全段差動であっても、電磁結合が全く無関係になるわけではないので、この回路の方がより完全に実現できます。

さらに、カソードの電位はどんなに高くてもさほど困らないので、全段直結がわりに容易な点が上げられます。
しかも、低歪みと高いダンピングが期待できるし、トランスのインピーダンスも低くできるので、高DFで超ワイドレンジ化の可能性があります。

デメリットも挙げておきましょう。
通常のA級ないしは深いAB級でトランス出力のP-Pアンプの場合、電源から見た負荷インピーダンスが見かけ上非常に高くなる、というメリットの一つが無くなってしまいます。つまり各電源には信号電流に比例した電流変化が発生します。

しかも、二つのフローティング電源が片Chづつ入り用ですから、ステレオなら電源トランスの巻き線は出力だけで四つ。
そこに上述の電流変化に耐え得るだけの大容量アルミ電解コンデンサを相当数ぶち込む必要があります。従って電源はかなり大袈裟なものになります。

製作例はここ


この回路を、現在の技術の視点で見つめ直してみるのも面白いと思いますから、例をここに挙げておきます。

上條氏の開発した超三極管接続にはVer.1〜5までありますが、未だVer.4を使った例は無い様です。こんな使い方はどうでしょう。
全段直結にしようとすれば、出力のドライブは必然的にVer.1に似た感じになります。グリッド電位をかなり大きく振る必要があるからです。

ゲインから見て3段アンプになるので、初段プレートのDC電位はあまり上げられません。
超三結Ver.4.1Xって所ですね。

二段目の球にはかなりの負荷が掛かりますから、低いrp と直線性が求められます。
超三結Ver1のドライブ側を三極管にして、電圧発生する帰還を抵抗RLにした場合、RL/rpが利得になる点に注意して下さい。

この回路、試したわけではないので推測でしかものが言えませんが、DC直結でなければ巧く動作しない可能性があります。
初段に対してSGで帰還を掛けているので、初段の動作点に対するSG電流動作点を完全に確定させる必要があるのではないかと思います。
どっちにしろ電源トランスは特注になるでしょうから、わざわざC結にして不安定要素を増す必要もないでしょう。

トランス二次側からの帰還は無くても良いのですが、おそらく利得は余裕があるし、この回路なら極浅いNFBでもDF=30なんて事も可能なので、試してみる価値はありそうに思います。


ところで、Fig1に示した等価回路から、さらにこれを変更することも考えられます。

この方式を使った回路例を下に示します。嶋田氏のCSPPはこうなっているようです。
これにより、電源の煩雑さからも逃れられますが、AB級での連続出力は難しくなります。

基本的には超三結VXです。
異なるのは、直結化がなされている点と、先に示したようにPP合成がトランスの電磁結合によらない点です。
但し、超三結VXは、それ自体がトランスの電磁結合の不整合を正す方向での負帰還作用ですから、何処まで効果があるか解りません。

トランスのインピーダンスが低くできる点は利点です。
それだけ帯域は広げられますし、超三結が最終的にはトランスの特性で決まってしまう点を考えると、メリットはあるでしょう。

直流的には従来のPP回路そのものですが、交流動作はクロスシャント回路です。
このために電源回路は極めてシンプルに出来ます。

電解コンデンサは相当に大容量にする必要があります。それでもAB級動作は苦しいかもしれません。
理想を言えば1000μFぐらい欲しいところです。

功罪相半ばする気もしますが、試してみるぐらいの価値はありそうです。

これらの回路に対するご意見がありましたら、メールでお願いします。

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