まさみ
          さま 
  翡翠の騎士  後編
2000.10.18
悟浄×八戒
「それってヤバいじゃんか! 悟浄! 早く戻れよ!!」
「言われるまでもねぇ!」
 八戒が敵の手に落ちたかもしれない。 普段の八戒ならともかく、盲目といっていい今の彼が敵の手中で無事でいられるだろうか… そんな焦燥に駆られながらジープのエンジンを始動させ、アクセルを踏み込もうとしたその時。 茂みから何かが飛んで来た。
『キューーッ!!』
 飛んで来たそれは小刀だった。 ジープのタイヤを狙ったらしく、掠めて地面に刺さる。 悲痛な泣き声を上げてジープは白竜の姿に戻り、車体がなくなった事により三人は地面に尻餅をつく状態になってしまう。
「ジープ! 大丈夫か!?」
 悟空が羽根を羽ばたかせてホバリングをしているジープに手を伸ばす。 ジープは足から出血をしていた。 悟空の腕に止まり、長い首を曲げて自分の足から出ている血を舐め取るが、出血は止まる事がない。 傷はそんなに深くはなさそうので出血自体は直に止まるだろうが、こんな状態のジープに再び車になってくれと頼むのは酷というものだ。
「あーあ、これじゃあムリさせらんねぇな。 ジープ、お前はどっかに隠れてな。」
 覗き込みながら悟浄がいうと、ジープは切なげな声で鳴いて悟浄達の顔を凝視する。
「八戒の事なら大丈夫。 俺達に任せろって!」
 悟空の言葉に頷いたような仕草を見せると、ジープは上空へと飛び去って行った。
「気に食わんな…」
 三蔵は立ち上がり、銃を構える。 紫暗の瞳に怒気を孕ませ、触れれば切れそうな程に鋭い空気を身に纏っているその姿は、敵に対して明確な殺意を持っている事が一目で見て取れた。
「同感。 ヘタな小細工重ねてチクチク攻めて来やがって… 相手を焦らして楽しむのは、ナニの時だけにしとけよな!」
 悟浄の手の中に小さな発光体が生まれ、それは瞬時に体積を増して錫杖へと姿を変えた。 振り上げた錫杖から三日月刃が分離し、それ自体が意思を持っているかのように小刀が飛んできた茂みに一直線に向かう。 刃が茂みを薙ぎ払うと、木々の残骸と共に数秒前までは妖怪だったモノが散らばり、深紅の池を作る。 それが戦闘開始の合図となり、周辺の茂みから一斉に妖怪達が飛び出して来た。
「げ〜、まだこんなに居たのかよ。」
 悟空がウンザリした口調でボヤく。 霧で視界が悪いので正確には把握出来ないが、周囲を取り囲んだ妖怪達は40人はいるだろうか。
「何人居ても雑魚は雑魚だ。 こんな奴らに時間取られんじゃねぇぞ!」
「理解ってるって!」
「こんくらい、ラクショーでしょ!」
 三蔵の放った銃弾に撃ち抜ぬかれ、悟空の如意棒に打ち払われ、悟浄の錫杖に切り刻まれ、敵の数は確実に減って行く。 しかし…
「でやややぁっ!!」
 霧に霞む先に見つけた人影めがけ、悟空は如意棒を振り上げて突進する。
「ま、待て待てっ!!」
「えっ!?」
 その先から聞こえて来たのは、イヤになるくらい聞き覚えのある声。 だが一度ついた勢いは止まらない。 如意棒を振り下ろすのはなんとか留めたが、そのまま前方の人物めがけタックルをする体制になってしまった。
「ぐはっ!!」
 悟空のタックルを受けた人物は悟浄だった。 二人はもつれ合うようにして転倒する。
「って〜… やい、猿! てめぇ、何処見て戦ってんだ!!」
「霧の所為でよく見えなかったんだからしょうがねぇだろ!!」
「しょうがねぇで済みゃ坊主はいらねぇよ!!」

「何をやってんだ、あのバカコンビは。」
 離れた所から二人の言い争う声を聞きながら、三蔵は飽きれたように呟く。 しかし、この霧では同士討ちも止む追えないかもしれない。 いや、それを狙っての霧なのだろう。
「この霧と雑魚共は、俺達を足止めして八戒から引き離す役目も兼ねてるようだな…」
 敵の全滅は時間の問題だが、この深い霧の中で八戒の姿を探す事は容易ではない。 何より厄介なのは、戦いのどさくさに紛れて、来た方角… つまり八戒がいるであろう方角が既に理解らなくなっている事だ。
「全てヤツの計算通りか… ますます気に食わねぇぜ!」
 憤りを銃弾に乗せ、向かって来る敵に次々とぶちこんで行く。 間抜けなくらいにアッサリと敵の策略にハマってしまって、掌の上で踊らされている事が理解っていながらどうにも出来ない。 喪失感、不安、もどかしさ。 我ながららしくないと思う感情が、胸中を交錯する。
「渡さねぇ……」
 無意識に呟いたその言葉は銃声に掻き消され、三蔵本人も口をついた事に気づかなかった。

「だーっ、退け! こちとら、お前と遊んでるヒマなんてねぇんだ!!」
 未だに自分の腹の上に乗っかる体制になっている悟空を払いのけて立ち上がり、悟浄は錫杖を構える。
「そんなの、俺だって同じだよ! 早くしないと……」
 遅れて立ち上がった悟空も如意棒を構えた。 八戒を狙ったあの妖怪は、恐らくこの一団のボス。 この連中より強いに違いない。 そんな奴に八戒を奪われてなるものか。
「あぁ、早くしねぇとな。 護るって決めたんだからよ…」
 悟浄は片手をズボンのポケットに入れる。 その指先に触れるのは、この世で一番大切な人の右瞳にあるべき片眼鏡。
 絶対に取り返す。 決して失わせない。 あの笑顔も、翡翠の瞳も全て…
『八戒……!』
 その瞬間、三人の心の叫びはシンクロした。


「うっ……」
 息が詰まる。 起き上がろうとすると全身に痛みが走る。 八戒は苦痛に低く呻いた。 あの時、ジープから投げ出された直後。 地面に叩きつけられた身体はそれでも止まらず、投げ出された材木のように数メートルは転がった。 咄嗟に頭を抱え込むようにして最低限の防御の態勢は取ったので骨折などの大怪我は免れたが、全身を強く打ったダメージは大きい。 身体中が軋むように痛む。 遠のきそうになる意識を必至に呼び戻し、八戒はうつ伏せに横たわっていた状態から顔だけを上げた。
「三蔵達と引き離されてしまったようですね。 一人ずつ始末するつもりなんでしょうか…?」
 だとしたら、真っ先に自分が狙われたのは不運としか言い様がない。 いや、ひょっとしてこんな状態の自分だから狙われたのでは…? そんな事を考え始めた矢先、恐れていた事態が訪れた。 頭上に気配を感じる。 高さから推測して木の上か何かに居るのだろう。
 このままではマズイ。 両手を地面につけ、必死で身体に起き上がるようにと命令するのだが、まだダメージから回復しきっていない身体はその命令を中々受けつけてくれない。 気を全身に巡らせてダメージを少しでも早く回復させようとする一方で、歯を食いしばり、ゆっくりと上半身を持ち上げるがそれだけの動作にも普段の倍の力を要した気がする。
「ぐっ!!」
 ようやく持ち上げた身体だが、頭上から飛び降りてきた何者かに背中を踏みつけられる事で再び地面に張りつけられた。 続けざまに髪を掴まれて顔を引き上げられ、首筋に何かが押し当てられる。 チャイナカラーの上から伝わって来るのは、刀の感触。
「どうやら先程と同じ方のようですが… 随分と僕に執着するんですね。 一目惚れでもしちゃいました?」
 こんな状況でも相手に付け入る隙を与えてはならない。 首筋に刀を付きつけられているというのに八戒の声音は至って冷静で、口元には笑みまで浮かべている。
「フン、大した余裕だな。 弟を屠った奴がこんな優男だなんて目を疑ったが、その余裕が虚勢じゃねぇなら納得出来るかもな。」
「弟?」
「昨日お前が倒した妖怪だよ。 トボケても無駄だぜ。 俺には、お前の身体に付着してる弟の鱗粉が見えてるんだからな。」
 どうやらこの妖怪は、昨日八戒が倒した毒蛾の妖怪の兄らしい。 あの鱗粉は瞳を傷つけるだけではなく、復讐のターゲットだという証を刻みつける役割も果たしていたようだ。
「弟さんの仇敵だから、貴方は僕だけを狙ったんですか…?」
「あぁ、そうだ。 三蔵一行抹殺の命は受けているが、そんなの知ったこっちゃねぇ。 他の奴らなんてどうでもいい。 お前だけをぶっ殺せりゃ俺はそれでいいのさ!」
「っ……!」
 髪を掴む手に力が込められ、八戒は眉根を寄せる。 そういえば、前にも同じような事があった。 三蔵に追われる身だったあの時、家族を、兄を殺されたという者に襲われた。 あの時は自暴自棄になっていて、その後自分がどうなろうとどうでもよくて、気がついたら自分の右瞳を抉り出していた。
(あの行動が今の状況を不利にしてるなんて、なんとも皮肉な話ですよ。)
 心の中で自嘲気味に笑う。 これも自業自得かもしれないが、でも後悔はしていない。 右瞳の光は失ってしまったが、それ以上に明るく自分の進むべき道を導き照らしてくれる三つの光―気高き紫暗の光と、純粋無垢な金色の光と、自分を惹きつけて止まない深紅の光―に巡り合えたから。 その三つの光の元へと還る為にも、なんとしてもこの危機を乗り越えねば。
(そろそろいけそうですね…)
 身体のダメージが回復して来たのを確認するように両の掌を握ったり開いたりしてみる。 本調子とはいかないが、戦うには支障なさそうだ。 尤も、この瞳でどこまでやれるかは理解らないが。
「どうした? 命乞いはしないのか?」
「そんなのする気はありませんよ。 かと言って、死にたいわけでもありませんけどね。」
「何?」
「肉親を殺された貴方の無念さ、理解らないわけではありません。 復讐の刃を向けられても当然だと思ってます。 けど、僕はまだ死ぬわけにはいきませんので…」
 わざとゆっくりとした口調で喋りながら、八戒は気を集中させ…
「せいぜい悪あがきさせてもらいますよ!」
 一気に放出した。 発光した身体から放出された気は大気とぶつかり、一陣の風となって八戒を中心に波紋状に丸く広がって行く。 風に乗った衝撃波に、男は弾き飛ばされる。 間髪を容れずに飛び起きた八戒は、手中に気を溜め、男の気配めがけて放った。 炸裂音と共に地面が抉り取られる音が木霊する。 決着は一瞬についたかのように思われたが、消える筈の気配はまだそこにあった。
「外した…!?」
 八戒は心の中で舌を打つ。 狙いは正確だったが避けられたようだ。 数発を立て続けに打つが結果は同じ。 男は思ったより素早いらしい。 瞳が見えれば動きを先読みして狙いを調節出来るのだが… 瞳のハンデが予想以上に響く。
「その眼帯は弟の鱗粉にやられたんだろうが、そっちの瞳も見えてねぇな?」
 霧の向こうから聞こえる声に、八戒の表情が一瞬だけ強張る。 戦いで敵に弱みを握られる事は避けなければいけない。 幸いにも右の瞳が義眼だという事を知らなければ見た目は誤魔化せるので、気取られぬように注意はしていたのだが… ここでそれを否定しても、バレるのは時間の問題。 ならば隠してもムダだろう。
「確かに、今の僕は何も見えていない状態です。 でも、ちょうど良いハンデだと思いますよ。 敵討ちなんですから、アッサリ負けたくはないでしょう?」
 余裕たっぷりに言い、敵に送るには勿体無いくらいの綺麗な笑顔を向ける。 もちろん虚勢でもハッタリでもなく、勝てるという確信から来る余裕。
 今の八戒には見えないが、周辺には濃い霧が立ち込めている。 という事は、距離を取れば向こうも八戒の姿を視認する事は困難になる。 八戒は気配で相手の位置を把握出来るし、仮に相手も気配を読めたとしても、得物が刀ならばある程度接近しなければならない。 でも、八戒には飛び道具である気功術がある。 さっきは避けられたが、向かって来る気配をギリギリまで引きつけて狙い撃ちすれば、外す事はまずないだろう。
「随分と腕に自信があるようだが、その余裕、いつまでもつかな…?」
 その声を合図にするように、突如として気配が増大した。 えっ? と思った時には、既に複数の気配に取り囲まれていた。
「ま、まさか…!」
 小さく叫び、周囲を見渡すようにして気配を探る。 そんなに大きな物ではない。 小動物のそれに似ているようだが… 耳を済ますと、微かにパタパタと羽音のような物が聞こえる。
「蝶。 いや、蛾ですか… さっき纏わりついて来たのもこれのようですね。」
「その通り。 俺の可愛い使い魔達さ。」
 無意識に口にした言葉への返答。 声の発生源を辿りたくとも、周囲に反響してしまって位置が特定出来ない。 一つ一つの気配に注意を払ってもダメだった。 相手は気配を同化させているらしく、どれも同じ物としか感じ取れない。
「気配を隠すなら気配の中。 中々良い作戦ですけど、気配を完全に消した方が効果的なんじゃ… あぁ、それが出来ないから使い魔さん達を利用してるんですね。」
 そう言って、尚も周囲を探る。 八戒の唇は笑みの形に吊り上がってはいるが、瞳は空を睨みつけたまま笑ってはいない。
「な、何だとっ!?」
 図星を指されたのか、声に動揺が現れている。
「やっぱりそうだったんですか? じゃあ、これが精一杯って事ですね。 それなりに強い方だと思っていたんですけど、期待外れのようですねぇ。」
「貴様…!!」
「どうぞ、そちらからかかって来て下さって結構ですよ。 僕の方はいつでもOKですから。」
 挑発し、自分に向かって来させる為に八戒は意図的に煽るような物言いをする。 それと同時に右手と左手にそれぞれ気の塊を練り上げ、いつでも放てる体制を取った。
「そんなに死にてぇんなら、お望み通りにしてやるぜ!!」
 怒鳴り声と共に、使い魔達とその主と思われる気配が一斉に急接近して来た。 してやったりという笑みを浮かべ、八戒は淡く発光した左手を右肩の辺りまで持っていく。
「害虫駆除!!」
 左手を薙ぎ、自分を中心に大きな衝撃波の円を描く。 衝撃波に呑まれた多くの気配は瞬く間に消滅し、その中の一つだけが残った。
「そこです!」
 右斜め後ろ。 そこから迫ってくる気配に右手を突き出し、手中の気を炸裂させる。
「がぁぁっ!!」
 手応えを感じ、男の苦鳴が響き渡る。 だが八戒は眉間に皺を寄せた。 今の一撃で仕留めるつもりだったのだが、気を炸裂させる直前に左の瞳に激痛が走り、文字通り気が散って威力が落ちてしまったのだ。
「ちっ… くしょぉぉぉっ!」
 刀が空を切る音を聞く。 八戒はその音と気配に全神経を集中させ、間合いを推測して紙一重で攻撃を避けて行く。 今わの際の最後の足掻きだろうか。 攻撃というより、ヤケになってメチャクチャに刀を振り回しているといった感じなので太刀筋が読めない。 気を放つどころか刀を避けるので精一杯だ。 防戦一方では埒が明かない。 何とかして相手の隙を突かねば。 しかし、そう思う事で八戒の集中力が僅かに削がれ、間合いを取り損ねてしまった。 敵の刀が右袖を掠める。 八戒は咄嗟に後ろに飛びのこうとするが、続けざまに軸足も斬りつけられてしまう。
「ぁうっ!」
 体制が一気に崩れ、八戒はあお向けに転倒してしまった。 男はすかさず八戒の上に馬乗りになり、刀を振り上げる。
「くっ…!」
 一か八か、八戒は首を思い切り左へ捻った。 首筋に風を感じ、直後に地面に刀が突き刺さる音がする。
(心臓を狙われていたら終わりだったかもしれませんね…)
 八戒は、自分の勝負事に関する勘の良さを初めてありがたく思った。
「ちぃっ… しぶとい奴め!」
 男が地面から刀を引き抜こうとする時、一瞬の隙が出来た。
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
 八戒は手中に素早く気を集めて敵に向かって放つ。 瞬間的に溜めた気なので軽い衝撃を与える程度の物だったけれど、隙を作るには十分な物だった。 男は怯んで後ずさる。 その機会を逃さず、体制を立て直す為に置き上がろうとするが……
「つっ…!」
 眩暈と共に襲って来た激しい虚脱感にそれを阻まれてしまう。 戦い以外にも身体のダメージ回復で気功を使った事が響いたのだろう、八戒の気力は尽きかけていた。 その場に座り込んだまま立ち上がる事も出来ず、何とか捻り出した隙もムダになってしまった。
「ヒャハハハ! 今度こそもらったぁっ!!」
「……!!」
 刀を振りかざす気配を眼前に感じるが、攻撃に転ずる余裕も短時間で気の防護壁を練り上げる程の余力もない。 八戒は両腕を頭上で交差させて精一杯の防御体制を取る。
『ギィンッ!』
 刹那、金属同士がぶつかり合う様な鈍い音が八戒の耳に飛び込んで来た。 刀が振り下ろされる気配は消え、その変わりに良く知った気配を近くに感じた。
「やっと見つけたぜ。 大丈夫か、八戒!」
「悟空…!」
 やはりその気配は悟空の物だった。 八戒と男の間に飛び込み、如意棒で刀身を受け止めたのだ。
「八戒に酷い事しやがって、この野郎… ぜってー許さねぇぞ!!」
「うるせぇ! ガキが邪魔するんじゃねぇよ!!」
「俺はガキじゃねぇ!」
 悟空はそのまま刀を打ち払おうとするが、男も予想外の力で押し返して来たので鍔迫り合いの体制になる。
「こんのぉっ!!」
 自分がここで頑張らないと八戒を救う事が出来ない。 今の悟空の頭の中にはそれしかなかった。 戦略も何も考えずに力任せに刀を押し返す。
「でやぁ〜〜〜っ!!」
 男の力は持ちこたえたが、刀が耐えきれなかった。 男の手元に柄の部分だけを残し、刃は根元から折れ、砕け落ちる。 悟空はすかさず如意棒を如意三節棍に変化させ、片端を片手で持って下から斜め上へとおもいきり振り上げた。 三節棍の打撃が及ぶ範囲に男は確実に存在していたのだが、三節棍が男を捕らえる事はなかった。 背を反らし、背後に飛ぶ。 この動作だけで男は三節棍を避けていた。 男の素早さと反射神経に驚くと共に、そのしぶとさへの苛立ちを覚えながら、悟空は三節棍を構え直す。 しかしその時、またしてもあの『纏わり付く物』… 男の使い魔の蛾達が悟空を襲った。
「ま、またかよっ!!」
 蛾の翅(はね)が目の前をちらつき、顔を打つ。 悟空は三節棍を振りまわす事で蛾を追い払おうとするが…
「う、うわっ!!!」
 突然、一匹の大きな蛾が悟空の鼻先に止まった。 その感触の悪さに悟空の腕が止まる。 男はその隙を見逃さず、悟空の如意棒を弾き飛ばし、膝蹴りを喰らわせた。 男の膝は、防御がガラ空きだった悟空のみぞおちに深くめり込む。
「が… はっ……」
 呼吸が詰まり、口の中に血の味が広がった。 悟空は呻き声をあげ、身体をくの字に曲げる。 男はその腹を蹴り上げて更に追い打ちをかける。 地面に倒れ込んだ悟空は、うずくまったまま動かなくなってしまった。
「悟空!?」
 悟空の低い呻き声と何かが地面に倒れ込む音を間近に聞いた八戒は、反射的に身体を乗り出して手を差し伸べた。 蛾の群がる隙間を縫って、悟空の髪らしい感触が手に触れた。
「悟空! しっかりして下さい、悟空!! ご…」
 殺気みなぎる男の気配を目の前に感じ、八戒は息を呑む。 ダメ元で気功を使おうと手をかざすが、手を上げきる前に首を無造作に掴まれ、地面に押し倒された。
「これで最期だ。」
 男は淡々とした声で言い放ち、少しづつ八戒の首を絞める手に力を込めて行く。
「っ… は、離し……」
 首を締め付けている男の手を爪で掻き毟り、少しでも緩めようとしているのだが、男の手は緩むどころか、ますます強く締め付けて来る。 息苦しさに眉を顰め、男の手を引き剥がそうと懸命にもがくが、思うように力の入らない身体ではそれもままならない。 意識が朦朧としてきた。 元々暗かった視界が、より一掃暗くなって行く。
(悟空… 三蔵… 悟浄っ…!)
 無意識に、助けを呼ぶように三人の名を心の中で叫ぶ。
「…… ロ奄、嘛、咤、叭、ロ迷、吽!!」
 幻聴だろうか、耳の端を三蔵の物らしき声が掠めた。 いや、幻聴なんかではない。 八戒は見えない瞳を見開く。
(三蔵…!)
「魔戒天浄―!」
 八戒の耳に、今度こそハッキリと凛と通る声が響いた。 激しい風と共に闇を打ち砕く魔天経文の力が吹き荒れ、使い魔達を一掃し、男の動きを止める。 するとそれを待っていたかのように三日月刃が飛来し、八戒の首を締め上げている男の両腕を切り落とした。 男は断末魔にも似た悲鳴を上げて地面に倒れ込む。
「ガ、ハッ…! ゲホ、ゲホッ! ッ…」
 喉に急激に息が通った事で、八戒は激しく咳き込む。
「八戒! 大丈夫か!?」
 悟浄が駆けよって来た。 優しく抱き起こし、背中をさする。
「何とか持ち堪えたようだな。」
 悟浄の背後から覗き込みながら三蔵が言う。
「はい。 ご心配をおかけしました…」
 そう言って苦笑する顔色は蒼白に近く、未だに息も荒い。 足の刀傷、土埃で汚れた服と顔、首に残る指の形の鬱血の痕。 苦戦の跡の数々に、悟浄と三蔵は眉を顰める。 三蔵は踵を返すと、未だ苦痛に呻いている男の方へと歩み寄って行った。
「俺をコケにしてくれた礼と、八戒が世話になった礼をしたいから簡単には殺してやるまいと思ったが……」
 のたうちまわる男を、紫暗の瞳が見下ろす。
「その悲鳴は聞くに耐えん。 死ね。」
 直後に響いた銃声を境に、その悲鳴は途絶えたのだった。






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 ふう。一応これで離れ離れになっていた三蔵・悟空・悟浄と八戒とが一緒になりましたねえ。
 今回もまた「うっ…苦しい……」というところがございましたが、まあ闘いが終ったことですし
 ね。あとは八戒の目が治ればこれでもう番万歳ですねvvところで私は悟浄の「相手を焦らし
 て楽しむのは〜」のセリフが実はとてもお気に入りvv本当に彼らしいですよね。あとは最後
 の三蔵の「その悲鳴は聞くに耐えん」ですねvv           有難うございましたっ!!