彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1
 

アコヤ
AKOYA 根の行方 VOL.1
彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1
 
【目次: プログラム解説彩里京鼓プロフィール
【メディア論評|00年DECEMBAR 邦楽ジャーナル10月17日付産経新聞 夕刊平成12年10月1日 関西芸能
 
と き
2000年10月19日[木] 午後6時30分開演 
開場午後6時
ところ
国立文楽劇場 大ホール 大阪市中央区日本橋1-12-10 TEL:06-6212-2531
 
プログラム

一・栄の段



二・責の段


三・昇の段
■蘇莫者(聖徳太子傳古典本曲)
■ときみるごとに〜悲篥3管のために〜(1999年三宅榛名作曲)
常盤津 景清


■〜インプロヴァイズ〜 尺八・舞
■AKOYA (2000年彩里京鼓作曲)

■秋風の曲(光崎検校作曲)
秘曲 鶴之巣籠(尺八古典本曲)
 

彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1

        プログラム
 
         
一・栄の段 蘇莫者(聖徳太子傳古典本曲)
          幸せの時代の象徴である夢殿に、景清が一人たたずんでいます。
          月明かりの中で吹く「蘇莫者」は、物思いにふける景清の心を表しています。
ときみるごとに〜悲篥3管のために〜 (1999年三宅榛名作曲)
          京都五条坂に住む遊女アコヤは、景清に出会い、恋に落ちます。そして、二人の子供に
          も恵まれ、幸せな時を過ごします。そんなある日、最近景清との恋仲を噂されている小
          野姫より手紙が届きます。手紙を見たアコヤは、嫉妬に狂い景清を問いつめようと景清
          の後を追ってゆきます。
常盤津 景 清
          蛇の目傘を、さした景清が力強く八島合戦を踊ったあとアコヤとの郭での良き時を舞い
          ます。衣装がぶっかえった後は景清の強さと勇猛ぶりを見せます。その背景にはひたひ
          たと近づいてくる悲劇の象徴が現れます
 
二・責の段  〜インプロヴァイズ〜 尺八・舞
          景清は、源頼朝を討つという大業の前に、アコヤの嫉妬により捕まった小野の姫を助け
          るため捕らえられます。頼朝を討つことが出来なくなった無念と、アコヤに対する怒り
          は、最高潮に達します。
          一方アコヤは、景清に「小野の姫の事を聞きたい、景清様は捕まってしまった・・・」
          と複雑な気持ちで景清に会いにゆきます。やっと会えた景清、うれし、かなし、と思い
          ながら近づきますが、景清の逆鱗に触れ、自分が犯した事の重大さに気がつきます。
AKOYA (2000年彩里京鼓作曲)
          景清の怒りをおさめ、また、自分の心に偽り無きことを箏の音で表します。ついにアコ
          ヤは力つきてその命の灯火は燃え尽きてしまいます。
 
三・昇の段 秋風の曲 (光崎検校作曲)
          アコヤの魂は、菩薩様との出会いにより、現世の苦しみから解き放たれます。
秘曲 鶴之巣籠(尺八古典本曲)
          菩薩様のお力により替え玉が処刑され、景清は囚われのみから解き放たれますが、アコ
          ヤは今はもう他界し、決して触れることも、交わることもできません。また、出家の身
          となった景清は、未だ昇天することも出来ず、ただ、アコヤが菩薩様に導かれてゆくの
          を祈るのみなのです。

彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1


 解 説

●文楽とアコヤ
 近松の「出生景清」を題材に、長谷川千四の改作で、「壇浦兜軍記」として演じられています。
 初演は享保十七年、竹本座であると言われています。本来は五段からなりますが、現在演じられているのはその内の三段目の琴責の段だけです。
 この中で阿古屋は、景清の子供を身ごもりながら、その居所をわざと聞かず、本心知らぬことで景清を助ける女の鏡的に描かれています。

 【琴責の段のあらすじ】
 秩父重忠は禁裡守護代官として堀川御所にありました。
 阿古屋が景清の行方を知らぬと言うので、助役岩永が拷問しようとするのを制し、琴・三味線・胡弓を阿古屋に奏でさせ、その音色によって偽りではないと検証して阿古屋を許しました。

●近松門左衛門とアコヤ
 近松門左衛門の作品では、阿古屋は「出世景清」という題で書かれています。
登場人物においては、阿古屋、景清、阿古屋の兄十蔵は文楽と一緒ですが、その人格は全く違います。ストーリーも文楽の阿古屋とは趣を異としています。

 【あらすじ】
 平家の落ち武者景清は頼朝への復讐をもくろみました。
 阿古屋との間には二人の子供がいますが、この頃は小野の姫のもとに入り浸っておりました。
 景清を信じ愛している阿古屋でしたが、嫉妬の愛憎を利用した敵役兄十蔵の教唆で、心ならずも阿古屋は景清を裏切ることとなりました。
 阿古屋の裏切りで、景清はお尋ね者となりますが、彼の行方を問われ小野の姫はとらわれ責めをおわされます。
見かねた景清は、自ら名乗り出て、とらわれの身となります。
 入牢した景清に阿古屋は子供二人を連れて会いに行きますが、景清は阿古屋を裏切り者とののしり、許しませんでした。
 阿古屋はその場で二人の子供を道連れに自害してわびます。そこに十蔵がやって来て、阿古屋を殺した人でなしと景清をののしります。
 怒った景清は牢を破り十蔵を殺しました。このまま逃げれば、また小野の姫に責めがいくと思い自ら牢に戻ります。
 景清はその後観世音の功力により一命を助けられ、両眼をえぐって日向に下りました。

 
彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1

【箏と舞】
彩里京鼓(さいり きょうこ)

3才より箏、日本舞踊を始め、8才より三味線を始める。1987年 日本舞踊若柳流名取(若柳京鼓)。1985年、箏三味線を沢井忠夫氏に師事。日本舞踊を若柳松紅氏に師事。1990年 沢井箏曲院講師試験首席合格。1991年NHK邦楽技能者育成会36期卒業。1992年 沢井箏曲院合奏ゼミナール卒業。1995年、門下生の会隔年開催。1996年、母若柳吉純美と親子リサイタル「舞と箏」隔年開催。1999年 大阪府芸術劇場平成11年度奨励新人受賞。
2000年1月31日彩里箏舞事務所設立。
     3月20日彩里京鼓リサイタル「箏と舞」(イシハラホール)。10月19日「アコヤ」(国立文楽劇場大ホール)。
     7月20日〜子供のためのコンサート「箏と舞」を12回シリーズで行う。第7回全国箏曲コンクール入選(決勝は12月3日)。
彩里箏舞事務所代表、日本音楽集団研修生、彩里箏舞SCHOOL代表。若柳流吉純美派家元後継者。宝塚小学校箏クラブ指導。豊中市三曲協会会員。豊中市高齢者教養講座講師。

 

彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1
 
メディア論評・・・2000年DECEMBAR 邦楽ジャーナル
メディア論評・・・●邦楽ジャーナル2000DECEMBER
彩里京鼓「洋画のような娯楽性を邦楽で」

「アコヤ 恨(ハン)の行方VOL.1」

 あえていうなら邦楽と舞踊を融合させた無声劇だろうか、十月十九日、大阪国立文楽劇場で上演された「アコヤ 恨の行方VOL.1」、新たな形の美しい舞台が完成した。出演は日本舞踊と箏で活躍する彩里京鼓、舞踊家の若柳吉純美(彩里の母)、尺八演奏家の三橋貴風。
 舞台は近松作品『出世景清』の“琴責めの段”をモチーフとしているが、作品をそのまま芝居にはせず、時間と空間を存分に使い、アコヤの景情への嫉妬心、愛と哀しみを象徴的に表現。見る者は古典から現代曲までをじっくり堪能しながら「アコヤ」の情念の世界に誘われる。音と舞踊が奇妙に織りなすビジュアル的な美しさ。高校時代、工業デザイナーになりたかったという彩里氏が、舞台美術、衣装、台本、照明に至るまで企画し、細部にこだわった。しかし発想は奇想天外、邦楽とは全く無関係の世界からも飛び出してきた。

「アコヤ」の舞台裏
 いいものを創ることに対して妥協を許さない三人が打ち合わせを重ねて完成したオリジナル「アコヤ」。そのコンセプトは「洋画のような娯楽性を邦楽で感じてほしい」というもの。実は舞台には皆がよく知っているハリウッド映画や某テーマパークのアイデアの引用もあり、三人のみが共有する真剣な遊び心がある。

アコヤが奏でる箏
 古典から新曲までの要素を織りまぜて彩里氏が作曲。責めるのが尺八でそれに対して景情への一途な想いで応えるのがアコヤの箏。曲には難度の高いテクニックもあえて入れた。「アコヤがお箏弾きなら、それだけのものを弾きこなさなければ死ぬに死ねない心境だと思います。アコヤというキャラクターを細部に至るまで箏で表現しました」と彩里氏。

 「洋画のような娯楽性」、邦楽界にはなかった発想だ。それは多くの人の心をつかむ魅力をもつ。また台詞のない劇だけに、海外公演も期待できそうだ。再演も予定しており、舞台のあちこちに彩里氏の新たな試みを発見するのも楽しいかもしれない。

責めの段「AKOYA」(彩里京鼓作曲)を奏でる彩里京鼓氏。
責めの段「AKOYA」(彩里京鼓作曲)
彩里京鼓(さいり・きょうこ)3歳より箏、日本舞踊、8歳から三味線を始める。日本舞踊を若柳松紅、箏三味線を沢井忠夫に師事。99年大阪府芸術劇術奨励新人賞を受賞。日本音楽集団研修生。「誰もがもっている普遍的な感性に響く作品を創り、演じたい」舞・尺八演奏など。

●彩里京鼓(さいり・きょうこ)3歳より箏、日本舞踊、8歳から三味線を始める。日本舞踊を若柳松紅、箏三味線を沢井忠夫に師事。99年大阪府芸術劇術奨励新人賞を受賞。日本音楽集団研修生。「誰もがもっている普遍的な感性に響く作品を創り、演じたい」舞・尺八演奏など。

邦楽ジャーナル2000 DECEMBER 誌面
 
ディア論評・・・●邦楽ジャーナル2000DECEMBER
 
メディア論評・・・平成12年10月17日(火曜日)付 産経新聞 夕刊
スターになって、古典広めたい
3歳から始めた“二刀流”

平成12年10月17日(火曜日)付 産経新聞 夕刊・原本
平成12年10月17日(火曜日)付 産経新聞 夕刊・原本
平成12年10月17日(火曜日)付
産経新聞・夕刊
 「二十歳を過ぎたころ、日本舞踊とお箏のどちらを取るの、と周囲からかなり強く言われました。日本人はカテゴリー主義というか二つはできない、一つのことをやらなければならないと考えます。しかし、無理をしてやってきたわけでなく自然だったのです。私は両方をやっていたから、認められるようになってきました」

 日本舞踊と箏の“二刀流”で活動する彩里京鼓はこう話す。日本舞踊の家元である母親の手ほどきがあって、三歳から二つを抵抗なく続けてきた珍しい存在。練習方法や表現の仕方などがまったく違うからこそできたのだという。
 「弦楽器であるお箏の練習は技術の問題があるので日々やっていないとだめです。一方日本舞踊は何十時間も集中してできるものではありません。作品をイメージしたり頭を使います。アプローチの仕方が若干違います。これがピアノとお箏だったらできなかったと思います」
現代曲で面白さに目覚め

 初めからプロを目指していたわけではない。大阪府豊中市立南桜塚小学校から第一中学校、府立豊中高校と進んだ。面白さに目覚めたのは金蘭短大に進学してから。大学で筝曲部に入った。
 「たまたま聴きにいった演奏会が沢井忠夫先生でした。とても感動して、翌日入門させてくださいと電話をしました。長唄も地歌もやりましたし、古典ばかり勉強していました。沢井先生が弾く現代曲を聞いて、お箏でもこんな曲ができるんだ、と思いました」
 沢井先生は昭和十二年生まれ。東京芸大を卒業し、積極的に現代の作品を取り上げた。またまた沢井筝曲院で後進を指導し、邦楽の普及に多大な貢献をした。平成九年五十九歳で早逝した
 
同じころ、日本舞踊も若柳松紅に師事した。江戸の芝居ものを勉強させてもらったことがきっかけになったという。
 「セリフを話すことで芝居をする楽しみに目覚めました」

新しい形のあこやに全力

 ↓舞台「道成寺」
舞台「道成寺」
彩里京鼓UP写真。 今、最も力を注いでいるのが十九日に国立文楽劇場で行う「アコヤ 恨の行方VOL1」と題した公演。まさに。“二刀流”を存分に生かしたものになっている。「アコヤ」は歌舞伎や文楽の「琴責め」で知られる「阿古屋」がベースの一つになっている。近松門左衛門の「出世景清」を踏まえて作られた浄瑠璃「壇浦兜軍記」の三段目。平家の残党、景清の行方を捜す為愛人の遊女阿古屋が調べられる。阿古屋に琴、三味線、胡弓を演奏させるが、その演奏に乱れがないため本当に行方を知らないのだと、釈放される。
 彩里の「アコヤ」はこの芝居を舞台に乗せるのではない。景清と阿古屋の愛と哀しみを箏、尺八、舞で表すまったく新しい形のパフォーマンス。
「尺八の三橋貴風さんにお箏を引く人はたくさん知っているけど、君のように日本舞踊もやっている人は知らない。君らしい活動をやってみたら、と勧められました。阿古屋はまさに私だと思いました」
 栄の段(平家の繁栄)、責めの段(琴責め)、昇の段(昇天)という構成で、菩薩を母、若柳吉純美、景清を三橋、アコヤを彩里が演じる。常盤津の「景清」、尺八本曲の「鶴之巣籠」などや自作の曲が演奏される。
 「文楽の『阿古屋』とは趣を異にします。最愛の人を失う究極の悲しみを表現したい。現代でもヒット間違いなしのメロドラマです。一心に景清を思った阿古屋を菩薩が救うという救済の場で終わります」
 衣装、演出、振付に加え、高校時代に工業デザイナーを目指したこともあるという才能を生かして舞台装置も自ら考えた。約一時間五十分の総合的な作品だ。
 
「スポーツで言えばトライアスロンみたいでしょうか。いろんなことをやってきたからできるんです。踊りですか、箏ですか、と質問されますが、そう質問されないように認められたい」
職人ではなく芸術家に・・・

箏演奏中の彩里京鼓 今後は三つの活動を柱にしていきたいという。「アコヤ」のように文学作品をシリーズ化した舞台。もう一つは「芸術性を追求し、それぞれソリストとして認められる」ための日本舞踊やお箏のリサイタル。そしてレクチャーコンサートなど地域社会への貢献。
 「邦楽や古典を広めたい、とボランティアで踊りをしたりしていますが、それだけでは普及しないことが分かってきました。たとえば東儀秀樹さんが出たことで雅楽を多くの人が知りました。スターが生まれないと人の興味を引かないんです。成功してもいないのに邦楽を聞いてください、といくらいっても人は動いてくれません。古典を埋没させないためにもプロとしてやっていきたい。職人ではなく芸術家としてやっていきたいと思います」
 
 母、若柳吉純美の話
 門前の小僧ではありませんが、私が日舞をやり、家にお箏もあったので自然体で同時進行で始めました。遊びながら踊っていたという感じです。センスは良かったと思います。普通は始めてもなかなか続けられませんし、好きなことで生活していけるのは幸せなこと。若い人には古いものを大切にしてほしい。若い人のパワーがないと古いものが消えていってしまいます。
文・江原和雄  写真・林俊志   (舞台「道成寺」は彩里京鼓提供)  
 
彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1

 
メディア論評・・・平成12年10月1日 関西芸能
連載 この人 彩里京鼓
関西芸能・平成12年10月1日
 「いま、彩里京鼓がおもしろいよ・・・」と声をかけたら彼女、 表情を崩して笑いころげた。無性に明るい。関西芸能 平成12年10月1日
 「おもしろい・・・とは芸がすばらしいってこと・・・」とつけ加えたら、今度は照れ笑いをした。二つの顔をもつ女―彩里京鼓は箏曲家の名、若柳京鼓が日本舞踊家。
 一人ふた役を見事にこなしつつある才女 いや彩女といったら、ほめ過ぎだろうか。
 「この人」に登場を願った理由は、今秋10月19日夜、大阪・国立文楽劇場で“彩里京鼓リサイタル”をもち、箏と舞による創作「アコヤ」を発表する話題の人。文楽・歌舞伎で知られた近松名作「壇ノ浦兜軍記(かぶとぐんき)」のヒロイン・阿古屋(遊女)を演じる。文学好きの彼女にとっては願ってもない素材・上演である。当然、二つの顔が披露される。当日のプログラムに私は「魅力的な“アコヤ”讃」なる一文を贈った。いま沈んでいる邦楽・舞踊界に新しい風を注ごうとする姿勢が実にうれしい。
 狂言界で和泉元弥、野村萬斎らがスターダムに乗ったし、雅楽界にも東儀秀樹、津軽三味線でも石田兄弟が・・・、彼らに負けじと彩里京鼓が本舞台にノリ始めた。芸欲が実にいい。
 京鼓―父は陶芸家(岩本浩氏)、母は日舞家、先頃、吉純美派家元・若柳吉純美の名乗りをあげた。京鼓の本名・岩本京子だが、いわば芸術家肌家系の名門子女である。
 九州、福岡生まれの京鼓は、三歳のとき踊りを、母の手ほどきをうけた。同じ頃、箏を箱田歌穂センセに師事した。九歳のとき家庭の事情で大阪へ。「お琴も踊りも大好き。とくに踊りはいいべべ(着物)が着られるからスッゴイ好き」子供心にも手放しの喜びようだ。その後、京都の若柳旭甫に師事、十三歳のとき「若柳京鼓」を名取った。邦楽も縁あって沢井忠夫の門下に飛び入り、現代邦楽も学んだ。さ行が強運の相・・・占い師のことば通り、彩里京鼓と命名。今春も「箏と舞リサイタル」を大阪・イシハラホールで開いたばかり。そして「アコヤ」の発表とくれば、まこと強運の持主か。去る九月「彩里倶楽部」を大阪、キタのホテルで発会、結成した。いわば後援会のスタートで喜びひとしお。今年、十二月京都南座の「顔見世興行」の演目に「壇ノ浦兜軍記」が登場。主人公、遊女・阿古屋に坂東玉三郎が扮し、琴・三味線・胡弓を弾く・・・。いわばこの芸を彩里京鼓が先取りするわけだ。いやはや「いま、京鼓がおもしろい」とご推薦申し上げるゆえんです。

彩里京鼓リサイタル 〜 アコヤ 〜 根の行方 VOL.1

前の頁へ戻る |本頁TOP