最近は、当然といえば当然ですが、大学で電子工学を学んだ人であっても、電子管(普通は真空管)の原理や動作を知らない人が多いようです。
一方で、世間ではなぜか再び真空管の方が自作アンプのトレンドになってきています。(なんでだろ?)

そこで、半導体なら自信がある、という人の為に真空管の使用法の説明をやってみたいと思います。
このページはトランジスタの使い方に精通していない人には読めませんので、そのつもりでどうぞ。
 

真空管には、その極数で二極管、三極管、四極管(ビーム管)、五極管 にわけられるます。(高周波用の五格子変換管とか、ブラウン管とかもありますがここでは扱いません。)
また、構造により直熱管と傍熱管の二種類があります。
この他、形状的な区別でST管、MT管、G管、GT管といった区分けもありますが、これも、ここでは取り扱いません。
(実際に製作するには、ソケット形状の問題もあります。)

真空管とは、早い話、ヒーターで暖められたカソード(陰極)から飛び出した電子がプレート(陽極)に飛びつくのを、グリッド(制御格子)電圧で制御する、ただそれだけです。



直熱管と傍熱管:

真空管(っていうか、電子管) には直熱管と傍熱管の二つがあります。
傍熱管では、トランジスタのエミッタに相当するのがカソードですが、直熱管は、これがヒーターと一体になったもの(フィラメントと言う)と思えば良いです。
つまり、直熱管では、カソード出力でのフォロアってのは、極めて困難 (不可能では無いが)です。
直熱管の良い点は、すぐに暖まる、フィラメント材質を吟味すれば長寿命である、等。
 


二極管:
要するに整流素子。ツェナーDi に相当するもの (定電圧放電管) もあります。
不活性ガスの入ったのも偶にあります。




三極管:
グリッド(制御格子)の電圧でプレート電圧が制御される素子。

半導体で近いのはRFパワー素子のSITですね。SITだって滅多に使われないので、RF回路を良く知っている人でも、使ったことはないかもしれませんが。

上の、プレート電圧とプレート電流の関係は、三極管の静特性です。ナナメの線が幾つかあるのは、グリッド電圧によってプレート電圧がどのように変化するのか?を表している訳です。FETの規格表を見れば、ゲート電圧(VGS)でドレイン電流が変化する図が出てるでしょう?あれと同様に考えて良いわけですが、変化するのが電流ではなく電圧だって事です。

プレート電圧の制御と言ったって、まさか超伝導素子じゃあるまいし、出力抵抗=0Ωのハズは無いですよね。
だから当然、ある値--プレートの出力抵抗値--を持ちます。
それが、上のプレート曲線の斜めの傾きです。言い替えると、プレート電圧に対するプレート電流の比例定数がプレート抵抗です。これをrp:プレート内部抵抗と言います。

一方、グリッド電圧が変われば、プレート電圧が変わると同時に少しプレート電流が変化している訳ですから、プレート電流とグリッド電圧もまた、比例関係にあるわけです。これは、FETなんかと同じですね。だから、比例定数としてのgm(yfs)もまた同じようにあるのです。つまり電流の増幅率ですね。

じゃあ、このプレートに定電流の負荷を与えたら・・・上の図に、真横のロードラインを引けばどうなる?
これが三極管の三定数の一つ、μ:増幅率です。

プレート特性により、シャープ・カット・オフとリモート・カット・オフ(バリミュー管)に分けられます。後者はRFやIFのAGCに使われます。


四極管 (ビーム管):

コントロール・グリッド電圧でプレート電流が制御される素子。つまり普通のFETと似た特性。スクリーン・グリッド(遮蔽格子)と呼ばれるものを付けたらこうなる。
もともと、高周波用に生まれたらしい。

        *ヒーター (フィラメント) 、カソード、プレート等は三極管と同じ。

 
ビーム管と言うのは、本来四極管が持つ欠点である負性抵抗性(dynatron特性;プレートが暖まると、スクリーンにプレートから電子が飛びつく)が現れるのを防ぐために開発されたものですが、現在の出力段用の四極管は全てビーム管です。

ビーム形成翼と呼ばれる羽根を持ち、スクリーンをプレート電子が飛びつきにくい クリティカル・ポイントに配置し、CGとSGのグリッド(格子)目を合わせてやる事で作られます。

スクリーン・グリッドの使い方としては、ここに帰還をかける事も出来るし、これで相互コンダクタンス(gm)を可変させる事も出来ます。
普通の使い方としては、ここにDC電圧を与えてやれば良い訳です。

つまりDual Gate MOS-FETに似ています。バイアスのかけ方からみれば、MES-FETのほうが近いかな。
Dual-GateのG1入力で、G2固定の時の使い方を思い浮かべて下さいな。あれです。
 



五極管:

基本的な使い方や、特性はビーム管と同じです。

さっき述べた四極管の欠点である所の負性抵抗性を除くために、サプレッサー・グリッド(抑制格子)と呼ばれるものをプレートとスクリーンに間に設け、普通はこれをカソードと同電位で使います。
カソード電位は低いので、プレートからの電子(2次電子と言います)がスクリーンに飛びつきにくくなります。

つまり、ビーム管が四極管の欠点を機械的構造で補ったのに対して、五極管は電気的な構造で解決したのです。

より良い特性を求めて、ビーム構造を持つ (ビーム翼は無いけど) 五極管もあります。




真空管の三定数:

μ (ミュー)、gm (相互コンダクタンス) 、rp (プレート内部抵抗)の三つを三定数と言います。
μは増幅率、 gm は解るでしょう (単位はS:ジーメンス。古くはモー)。
rp はプレートの内部抵抗。単位はΩ。

この内、四極管や五極管ではμは使いません(定電流素子なので、意味を成さないから)。

μ = gm・rp  の関係が常に成り立ちます。
半導体回路の解る人なら、この式からすぐに解るでしょうが、μは無次元です。

FETのソース接地なら、A=gm・RL ですよね。これは四極管、五極管でも同じです。

三極管であれば、定電流負荷を与えたとしても、プレート抵抗があるわけです。
だから、
μ = gm・rp
になるのは、納得できるんじゃないですか?


略号:

コントロール・グリッド:CG(三極管では単にG)またはG1

スクリーン・グリッド:SG 又は G2

サプレッサー・グリッド:SPG又はG3

プレート:P

カソード:K (カソードのスペルはCathodeですが、略号はK。多分、ドイツ語からでしょう。あまり定かじゃありませんが。)
 



バイアス:

ジャンクションFETやMES-FETと同じで、カソードに対してグリッドに負の電圧を与えるデプレッション・モードが普通です。
グリッドに正の電圧を与える球ってのもある事はあります。
ただし、これができるのは通信用の一部の球(送信管)に限られるのですが。

送信管などでは、A級動作でも、グリッドを正にまで振る場合があります。この場合はA2級と言います。
この場合は、グリッド電位がカソードより高い時には、当然、グリッド電流が流れます。

 



アンプでの使い方:

使い方としては、三極管は定電圧出力素子である事から、無帰還でも使え、高いダンピングと低歪みが期待できます。
一方、ビーム管や五極管は高効率と大出力が期待できますが、フォロアにでもしない限り、何らかの形での NFB なしでは使えません。

真空管増幅回路では、OTL を除き、出力段にフォロアが使われることは滅多にありません。

直線性は三極管の方が良い事が多いのですが、直線性を良くするとμが低くなる傾向にあるので、ドライブが難しくなります。
出力段用の三極管は、直熱管が多いようです。
多分、設計された時代でしょうね。新しい音声出力用三極管ってあんまりないですから。

トリエィティッド・フィラメント(レアメタルのトリュームをタングステンに混合したもの)にすれば、フィラメント電圧を注意して管理すれば相当な長寿命が期待できることから、RF用途の大出力管では直熱管がよく利用されます。
とくに移動体での通信出力では、直熱管は 「すぐに声が出る」 ので通常OFFにできる点でも有利です。

オーディオでは「直熱管の音」と言って喜ぶマニアも居ますが、私は使い方次第だろうと思ってます。

直熱管では、フィラメント中点から接地するのが一般的な使い方です。

直熱三極管は普通、μが低いものが多いです。
当然ながら、μが低い=グリッド・バイアスが深いと言う事なので、自己バイアスは難しくなります。
Nch-MES とかJ-FETだけで何段も直結にした自己バイアス回路がどうなるか、考えてみればわかるでしょう?
つまりマイナス電源が必要な事が多い訳です。回路図にはC電源とか−Cって書いてあることが多いです。

オーディオ用の‘銘球’に直熱三極出力管が多いのも事実です。300B、211、845、45、50、DA30、2A3等々。

かの有名な300BはWE (Western Electric) が開発した球で、同社はもともとが映画館や電信電話等のプロ・ユースでのリース専門の会社でした。
この為、市場流通量が極めて少なく、オリジナルは極めて高価な物になっていて、特に古いものでは一本15万円ぐらいします。

最近、WEも復刻した様で、少しこなれてきたみたいですが。

DA30は欧州製ですが、もはや一本が30万円とかになってしまいました。

私は、その価値を認める気には到底なれませんが、思うに、こういうのに手を出す人ってのは
「この球、ものごっつぅ高いんやで。 わしゃ金もっとるし、なんぼでも買うたるでぇ。」
ってぇのも、言いたいことの一つなんじゃ ないですかねぇ。

  (こんな事を書くと、血の巡りが悪い割には頭に血が上り易い人がいて、
   「なに〜、てめぇ、WE300Bの音に文句つけんのか?」
  なんてぇ事を言い出しそうですが、私はWEが悪いとか言ってるんじゃなくて、
  高すぎるって言ってるんです。絶対的な物理特性は優秀です。)
 

多極管(ビーム管と五極管とその仲間を総称してこう言う)はいろんな使い方ができます。
SG(スクリーン・グリッド)をプレートに接続すると、SGから高い帰還がかかるので、出力が電圧性になり、三極管みたいな特性になります。
これを三極管接続(通称、三結)と言います。

出力トランスの一次巻線の40〜50%ぐらいに中間タップを設けて、ここからSGに帰還をかける事もあります。
これをUL(ウルトラ・リニア)接続と言います。特性としては三極管と多極管の中間になります。

多極管のオーディオ用‘銘球’ではEL34(6CA7)、6550、6L6とそのファミリー、KT-88等があります。

EL34は五極管、KT−88はビーム管の代表選手です。
オーディオアンプでの世界的銘器では、前者はマランツが、後者はマッキントッシュが使って一躍その名を馳せました。
オリジナルはEL34はPhilips、KT-88は英国Gold-Lion。

 



回路例:

実際のオーディオパワーアンプ回路は、例えばこんな感じ。
 

これは、極めて平凡な回路で、入力を三極管で増幅して、トランス負荷の五極管でSP駆動する。ただ、それだけ。

プレートの電源は+BとかB電源とか書いてあることが多いです。
B電源とC電源が出てきました。Aはどこか?ヒーターです。

NFBをかける場合は、普通はトランスの二次側から、初段のカソードにかけます。直流を阻止するCを入れることもあります。
Cを入れて終段のプレートから初段カソードに帰還をかける場合もあります。
NFB抵抗を小さくして、初段カソードにもう一本抵抗を入れて、Cでバイパスする場合もあります。

半導体でも低周波専門の人には、この、トランス負荷ってものが解らないらしいですな。
インダクタンス負荷で、+B電圧を中心にP電圧が振れるって事が納得できないらしいんです。

高周波回路ではごく当たり前の事なんですがね〜。
そもそも、これが理解できないって事は、「リアクタンスとは何か?」 という基礎的なことを理解してないって事になりますね。

もし、これを読んでいるあなたもそうなら、「基礎電気回路」でも読んでからにして下さい。
 

この例では、SGを+B (電源)につないでいます。つまりは、ファイナルの真空管をFETで置き換えても同じ動作だという事です。

三極管の増幅率は、負荷抵抗よりもμで決まるってのは、トランジスタに馴れた人にはわかりにくい点ですね。
だって、電圧出力なんだから。とは言っても、内部抵抗があるので、負荷抵抗でゲインが変わります。

やってみないとわかりにくい所でしょうな。

敢えて説明するなら、トランジスタのB-C間に帰還抵抗を入れた状態だと思えば近いですかね。
帰還抵抗値が小さいほどゲイン(μ)も rp も小さくなって、直線性が良くなるのは解るでしょう?

ただし、等価回路で言えば電流源にパラに rp が入った形になります。(電圧出力じゃなかったかって?鳳-テブナンの定理とノートンの定理を、もう一回勉強しましょう!)
そういう意味で言えば、C-E間に rp が入った形になります。 

ヒーターは、カソードを暖めて電子が飛び出すようにする道具です。だから、別にDCでもACでもよいです。
もっとも、大昔の球にはDCしか受け付けないものもあります。

この例では全ての球が自己バイアスになってます(バイアスは負だから、グリッドがGND電位でカソードに抵抗を入れればできちゃう。

ただし、直熱三極管を使う場合は、固定バイアスの方が普通です。
でも、固定バイアスは、熱暴走しないように、グリッド抵抗の設定が難しくなります。
ゲインを取るには大きい方が有利でしょ。でも大きくするほど暴走しやすいんです。

注意を要する点としては、SGは電流が流れるという事。これがDual-Gate-FETと違う点です。この為、真空管の規格には、最大P損失(トランジスタの最大コレクタ損失と同じ)以外に、SG損失の規定があります。

もう一つ、SGは電圧が低いときにgmが高くなるってのも、Dual-Gateと違います。

この例ではシングル増幅ですが、P-P(プッシュプル)にする場合は、正の出力と反転出力で各々逆に巻いたトランスの巻き線をドライブします。
そのトランス自体は電磁気的に密に結合させる事で合成します。

これだけ知っていれば、半導体通の貴方はもう真空管アンプの設計が出来る!
・・・うそです。(^^)
 


位相反転回路(Phase Splitter):

P-Pの話が出たので、おまけ。要するに、シングル入力からP-Pを得るためには反転回路が入り用ですわね。その事です。
次の三種類の回路がよく使われます。
 

1)ミュラード結合:
差動増幅回路(半導体で言えば、計装増幅とかの意味じゃなくて、エミッタ結合の意味で)の一方の入力が交流的に接地された回路のこと。
 

2)自己平衡回路:
上の回路に一見すると少し似ていますが、原理は全然違っていて、一方の入力に負帰還を掛ける事で反転させたもの。
 

3)P-K分割回路:
エミッタとコレクタは位相が反転してますね。
流れる電流はニアリーイコールですから、抵抗値が同じなら同じ電圧ですわ。要はそれです。最大電圧が取り難いって事も解りますね。

 
他にもいろいろあります。トランスを使えば簡単に出来ることは、誰でも解りますわね。SGを使うクォード型ってのもあります。

御精読ありがとうございます。


追記(2005/5/6):電子の二次放射について質問があったので追記しておきます。

四極管のダイナトロン特性は既に書いた通りですが、上に書いたプレートからの電子の放射の事を「二次電子放射」と言います。


勿論、「二次電子」という特別な電子が、何処かから湧き出るわけじゃありませんから、放射するのはプレートです。言葉を覚える必要は無いですけど、意味は理解して下さいね。

そのプレート表面の電子の加速ポテンシャルは、二次放射するためには概ね10V程度が必要とされています。

また、ですから当然、一次電子放射によってその放射係数は決まりますが、それは時に見かける解説にあるプレートによる熱電子の“反射”ではありません。 なお、カソードからの一次電子放射のことを“熱電子”と言います。


事実、プレート温度上昇によって、放射係数は減ります。だから“プレート電子”とわざわざ書いたのですが・・・(そこまで読者に読解力を要求している訳じゃ無いですが、話に聞くところでは、上の文章から、このプレート電子を熱電子と曲解をする人もいるらしいので、敢えて書いておきます。えらく器用な読み方だとは思いますが(笑))

1920年代の古い物理学論文にこの辺りの事が書いてあったりするのですが(^^;)、まあ知らなくても設計できますから安心して下さい(笑)。

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