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今日は三蔵の誕生日。
自分のために用意されるプレゼント、豪華な食事、祝辞。八戒が自分ごとのように嬉しそうに微笑んでくれるその笑顔が加わって、表情には出さないが嬉しさは増してくる。しかしどんなプレゼントよりどんな食事よりも、彼には楽しみにしているものがあった。
だからこそこの後の夜がとても楽しみなのである。
ことはさかのぼること2日前。
カーテンに隠された窓に寄りかかり、隙間から見える月夜を眺めながら煙草を吹かせていたときだった。
「もうすぐ三蔵の誕生日ですね」
眠っていると思われた八戒から突然振られたその話題。
八戒の声が少々弾んでいるように思えるのだが、対して三蔵は自分の誕生日なんぞにはまったく興味がなく、だからこそそれを言われても「だからどうした」で終ってしまう、その程度のものだった。
「何かほしいものはありますか?」
白い布団にくるまり頭だけちょこんと出して、にっこり何かをねだるように問いかけてきた彼を、三蔵は凝視する。
何をそんなにわくわくしたような顔をしているのだろうか。よほど自分のプレゼントを買うことが楽しみなのか。そんな顔をして聞かれると、希望にそえるよう何か言ってやりたいのはやまやまなのだが、あいにく三蔵は物に執着するタイプでもないので、欲しい物など思い当たるはずがない。
「いや」
「…そうですか」
少し落胆したような声。
ふっと三蔵は笑うと、飲んでいた煙草を灰皿へと強く押し付けて途中で中断させると、八戒の元へと近付いていく。
心持ちあがっている八戒の顎のラインを手でなぞり。
「明後日の夜。開けておけ」
その言葉が何を意味しているのか。それ以上言われなくても、八戒は安易に想像できた。
瞬時にして顔を赤く染めながら。
「…それはプレゼントにならないでしょう…」
口外に肯定してくれた。
そうして約束を取りつけた三蔵は、そのときからどうやってその夜をすごそうかと考えていた。
今はもう冬になろうとしているので、夜はとても肌寒く、外でできるはずがない。
まだやったことはないが、風呂場でもいいかもしれない。
しかしそれはすぐに却下される。安い宿だったら風呂場が共有かもしれないし、たとえ各部屋についていても狭い上に風呂場はとても音が響くからだ。
あの八戒の案外高い喘ぎ声を他の奴らに聞かせるなど、そんなことをさせてたまるか。
そしてふと浮かんだ八戒の誕生日。
あの夜は自分の思い通りにことが運んで、さらにめったにお目にかかれないものを目にすることができた。
綺麗な緑色をしたコイン大くらいの飴たった1つで見てくれた八戒の悦楽に従順で淫靡な姿は、三蔵の内に秘めるものをこれ以上ないくらい熱くしてくれた。
八戒は少々嫌そうにしていたが、あの飴の効果があるうちは彼だっていい思いをしているはずなのだ。それに自分が生まれた日という一応彼が言うには特別な日ということもあって、きっと言えば八戒はあの飴を使うことを許してくれるだろう。
それならば。
ぜひとも今回もあの姿を見せてもらおうと、八戒が悟空と買い物に行っていていない間に、飴が入った瓶を荷物の中から探していたのだが。
ない。
どんなに探してもない。
誰かが食べたのか?
いやそれはありえない。そうしたらあの効果が現れて、我慢するのが大変なはずだ。
八戒が食べるとは思えないのでもし食べた奴がいるのなら悟空か悟浄のはずだが、あの荒れ狂う熱い波を我慢しているそぶりは今まで見られなかった。
では隠したのか?
だが旅人の荷物などたかがしれている。隠せるところなどあるはずがなく、もしあったとしても簡単に見つけることができるだろう。それなのにこんなに探してもないのだから、隠したとはとうてい思えない。
すると残る理由はただ1つ。
……捨てたな。
嫌がっていたのでまたあれを使われてはたまらないと、三蔵が知らない間に捨ててしまったのだろう。その機会はたくさんあるのだから。
一瞬三蔵は考える。
しかし三蔵がそれだけで諦めるはずがなく。
室内には三蔵1人。彼が意地悪そうにニヤリと笑ったのを、誰も知るよしがなかった。
八戒は鏡に目を向けながら、1人考えにふけっていた。
先日三蔵から、今日のこの夜を「開けておけ」と言われたときから、もちろん何を意味しているのかはわかっている。
それはいつもしている行為。
別に今更なんてことはないのだが、しかしこれからあの熱く頭が痺れるときがくるのかと思うと、けっこう恥ずかしいものがある。
心臓の早鐘をどうにか静めたくて1つ大きく深呼吸すると、視線を脇に動かして置いてあったバスタオルを取ると髪をふく。しかしやはり目の前の鏡にいつの間にか視線が戻ってしまう。
鏡の中にいるのは上半身が裸の自分。まだ拭い切れていない水分を含んだ髪は、少々ぼさぼさしていた。
その髪を両方の手でかるく整える。
この髪を三蔵が指で梳き。
左手を洗面台に預け、右手をそのまま顔のラインを通って手を口元へと移動さる。そして人差し指で下唇を軽くなぞった。
この唇を三蔵のそれと重ねて。
鏡に映る上半身は、三蔵がつける赤い印で一杯になるだろう。
三蔵の唇、舌、指、そして熱い吐息。
すべてが自分をも熱くしてくれる。
想像を膨らませてしまった八戒は、内に聞こえる心臓音が壊れそうなほど激しくなったことにも、こんなことを想像してしまった自分にもとても驚いて、気付けば鏡の中の顔がほんのりと赤くなっていた。
まったく。欲求不満ですかねえ…。
お風呂から出たばかりだからこれくらいの顔が赤い程度なら大丈夫だろうと、八戒は慌ててバスルームから出て行く。あまり待たせては三蔵が機嫌を損ねてしまうかもしれないから。そうしたらとうてい八戒には勝ち目などなく、ましてや何をされるかわからない。それはどうしてもとうぜん避けたいことだったのである。
そんな内心の焦りなど見せずに八戒は悠然と三蔵が待つ部屋へと足を踏み入れる。
三蔵は椅子に腰掛けていた。
机の上には悟浄から送られたプレゼントの小さ目の箱が置いてあり、彼が茶目っ気で選んだショッキングピンクのリボンがほどかれ、紫のチェックの包み紙がはがされている。中身が何なのかをすでに確認した三蔵は、読書をするわけでもなくただ暗闇の中に潜んでいる何かをぼーっと見つめていた。
その端正な横顔を八戒も凝視する。
あまりにも端正すぎて、この世の人とは思えないくらいだ。
「三蔵。悟浄からのプレゼント、いったいなんだったんですか?」
未だ心臓の音は激しく、ことに及ぶ前にそれを少しでも静めるために、他愛ない話でもしようと八戒は三蔵に近付いた。
しかしその問いとはまったく別の言葉が、八戒が好きな低音の声で流れてきた。
「八戒。頼みがある」
「はい?」
三蔵はまだ窓を向いたままなのでどうような表情をしているのかが伺えない。
しかし声はとても真剣で、ましてや三蔵にしては珍しく、改まったお願いごとである。
何ごとかと透明な窓ガラスが鏡が代わりとなって映る、三蔵の顔を八戒は見つめた。
窓に映る三蔵も八戒を見つめているようで、物を隔てて瞳と瞳を交差した。
ゆっくりと振り返る三蔵。
案の定、彼の顔には表情と呼べるものが一切なかったので、余計に八戒には三蔵の意図が読めなかった。
「あの飴をなめてくれ」
ぎくり。
先ほどまで自分が淫らに思えてくるほど人には言えない想像をしてしまって赤くなった顔から、熱がさーっと引いていくのを八戒は実感した。
三蔵からのめったにない願いごと。
ましてや今日は三蔵の誕生日。
たとえあの飴があの飴だけに嫌いといえども、今日という特別な日ならなめてあげてもいいのだが。
ぜひとも彼の願いをかなえたいとは思うのだが…。
「…あ、あの……」
「無理か?」
「それが…」
捨ててしまったなどと、言えるはずがない。
「どうした?まさか、ないとは言わないだろうな」
「………」
三蔵を凝視する。
三蔵が視線を向けてくる。
嘘を許さないようなまっすぐな瞳。いや、嘘をついても心の底までをも見通して簡単に暴いてしまいそうなほどの、鋭い光をその瞳は帯びていた。
だからこそ、八戒は返答に困っていたのである。
そしてその沈黙こそが答えだということを、八戒は気付いていた。
「…物を粗末にするなと悟空によく言うお前が、な」
三蔵の唇に笑みが浮かんだ。
無意識に八戒は後退る。
三蔵の機嫌を損ねてはまづいと慌ててバスルームから出てきたのに、なんとなくそれは無駄骨だったような気がしてならない。
体の熱は引いたのに、心臓の早鐘はいっこうに引かなかった。
「2度と出来ないようにしてやる」
「えっ」
2人の間にあった1歩の距離を詰めてくると、三蔵は右手で八戒の左手首を掴んで軽く自分の手をひねる。するといとも簡単に八戒はくるりと後ろを向いた。間髪入れずに、今度は左手で八戒の右手首を掴むとぐいっと後ろへ持っていき、そのまま左手のみで八戒の両手首を後ろで固定し、右手でテープルの上にあるショッキングピンクのリボンを取って、彼の手首を後ろでひとまとめに束縛した。
「三蔵、やめてくださいっ」
そんな言葉で彼がやめるはずがないことはわかっているのに、言わないと気がすまなかった。
案の定、八戒の必死な声は三蔵を更に煽る。
両手を使えないという不安定な体制の八戒を横抱きにすると、ベッドの上に放り投げて左手で八戒の肩をベッドに縫い付け、右手で八戒の上着を捲し上げる。
「三蔵っ!」
三蔵の手は胸の飾りを目指すべくだんだんと上へと移動していたが、その直前でピタリと止った。
「ふん。興奮してんのか?」
「違いますっ!」
「どうだかな」
ニヤリと笑った三蔵の顔があまりにも意味ありげで、そこでやっと八戒は気付いた。
三蔵が始めからあの飴がないことを知っていて、自分が彼の掌で躍らされていたことに。
弱そうな布での束縛は、大きな恐怖が八戒の頭を占めた。
初めてのその行為。動けないという不便さ。見えない先への不安。
そんな状態で体を重ねてもとうてい無理だろうと思っていたが、愛しい人の指や唇はいつものように優しく暖かいものだったので、予想に反して体は反応し彼がもたらす快楽に流されて行く。
「はあっ、あ……」
その声には必死な色は微塵も感じられず。
乱れた呼吸に、ところどころ愉悦の声が混じる。
もう何度果てたことだろう。
手が使えないのをいいことに、三蔵は散々八戒をじらした。
八戒の弱い部分を、舌や指で丁寧に愛撫する。
突起し濡れた2つの飾りと震える体は三蔵の何かを波立たせ、そしてそれに動かされるまま、三蔵はさらに愛撫を強くした。
八戒自身に刺激を与えぬままに。
いや、と。
お願い、と。
八戒がそう何度も小さな震える声で言っても、三蔵の態度はまったく変わらない。
ましてや八戒の手は縛られたままなので、自分でどうにかしたくとも彼にしてもらうしかなく、小さな快感が蓄積されて果てていくのは体力をただ消耗するだけで、内で燃える熱が引くことはなかった。
直接与えて欲しいという願いが、無意識に八戒の腰を動かせる。
「腰が動いてるぞ」
人の悪い笑みを浮かべて三蔵が知らせてあげれば、八戒は一瞬にして赤くした顔をそむけた。
それでもやはり今では強がりなどできるはずがなく、濡れた瞳をゆるゆると三蔵に向けると、熱い吐息とともに何度目かの願いを口にする。
「三蔵…お願い、します…」
「そんなに欲しいのか?」
「…はい」
だんだんと声までもが濡れてきた感じを受ける。
「正直だな」
その言葉と同時に、今回初めて奥の秘めた場所へと指を入れた。
「ああっ」
八戒の体はふっと力が抜け、息もとても荒れていた。
「指を入れただけだぞ。…淫乱だな」
何も言い返す気力さえない。
もうこれ以上はやめてほしいのに、まだ三蔵が自分の内に入ってきていないことから、このままでは終らないことを八戒は悟っていた。
快楽という暴力があとどれくらい続くのかと思っていたとき、八戒自身が柔らかく生暖かいものにすっぽりと覆われた。
「はあっ、やめっ…」
口では否定したものの、それはまさに八戒が待ち望んでいた悦楽だった。
「んっ……あ…」
あれほどやめて欲しいと思っていたのに、解放されたそれがまた頭をもたげてくる。
しつこいくらい舌が絡みつき。
軽く先端を突つき。
強くかつ勢いよく吸い上げる。
秘所にある指は中をかきまわし。
柔らかい壁をなぞり。
すぼんだ入り口を優しくさする。
「…ふっ…あ、ん……ああ…」
三蔵がもたらす甘美の波は八戒の内にある熱を激しくさせ、ただ官能のみを求めさせるものへと変貌させる。
もうどうなってもいい。
もうあなたしか見えない。
もうこの熱をどうにかして欲しい…。
「さんっ…」
乱れる息のためちゃんと言葉にならない。
それでも自分が呼ばれたことに気付いた三蔵は、八戒を口から解放すると彼の顔を覗きこむ。
淫欲を含んだ瞳を向けて
「あなたが…欲しい、んです……もう…我慢、できないっ」
その言葉を待っていたとばかりに、三蔵は自分の高ぶりを八戒の秘所へと突き入れた。
「ああっ……っ」
甘く熱い喘ぎ声。
いかに彼がそれを望んでいたのかが伺えたが、それ以外に苦痛をも含んでおり、それが何に対してなのか一瞬にして理解した三蔵は、入れただけで動かずにそっと八戒の背へと手を回す。
「……あ」
それまでも縛られていた腕が悲鳴を上げていたのに、今三蔵が一気に動いたために両手には相当の負担をかけてしまったようだった。
しゅるっと音がした後に、八戒の目の端に強いピンクの色が走った。
それがその夜八戒の瞳に映った最後の映像だった。
三蔵が欲望のまま八戒の中を動き回る。
八戒は瞳を強く瞑り、三蔵だけを感じている。
やっと今まで支配していた熱が絶頂を迎えた瞬間に一緒に溢れ出すと、すうっと意識が闇へと落ちていった。
疲れた体は深く深く眠りの域をさまよって、おかげで八戒はいつもより早めに目を覚ましてしまった。
まだ三蔵どうよう自分も全裸だったが、少し体を動かして見れば不快感はまったくなく、彼が後始末をしてくれたのがわかった。
その動きで三蔵も目を覚ましたようで。
「すみません」
起こしてしまったことを謝罪する八戒に、気にするなというように頬へ軽くキスが降った。
「ところで、悟浄のプレゼントってなんだったんですか?」
『忘れらんねーモン、お前にやるよ』
そう豪語しただけに、八戒としてもとても気になるところだ。
「ああ」
三蔵は上半身を布団から出すと、手を伸ばして机の上にある白い箱を取り出した。
「見てみろ」
「?」
小さ目の箱なのに、重さは予想以上にある。
興味が引かれるままに八戒は蓋を開けて中身を確認すると、すぐさま蓋を閉じてしまった。
その仕草はもう見たくないというようだった。
「こ、これって…」
真っ赤に顔を染めて無言で三蔵へとその箱を返す八戒。
その彼の姿に三蔵はふっと笑った。
「今度使ってみるか?」
「けっこうです」
強い視線ですぐさまきっぱりと拒絶する。
八戒の脳裏にはあの赤い髪と赤い瞳をした親友の姿が現れる。
絶対に許しませんからね。
軽はずみにあんなものをプレゼントして、自分のことを少しは考えてもらいたいくらいだ。
心の中でそう毒づくと、どうやってとっちめてろうか八戒は一生懸命、策を練るのだった。
END
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