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三蔵は庭園で捕まえた八戒を引きつれて、待望の浴場へと来ていた。
大浴場、岩風呂、檜風呂と3種類ある浴場は、どれもとても広く、大浴場には男女それぞれ露天風呂へと連結されている。
混浴を期待していた悟浄にとっては混浴がないため悲しいことこの上ないだろうが、三蔵にとってはうるさい奴らと離れられゆっくりと羽を伸ばせられることは、至極幸せなことだった。
そして2人は檜風呂へと入っていた。
六角形に作られたお風呂。桶や椅子までが檜という徹底振り。脱衣所には「お風呂から上がったらお飲みください」と冷たい水までもが用意してある。だが、なによりも三蔵を喜ばせたサービスは、この檜風呂が予約しないと入れないというという点だった。
旅館の趣旨は、家族水入らずでゆっくりとくつろいでもらいたい、というものだっただろうが、それを使わない手はない。
いち早くそのことにチェックを入れていた三蔵がもちろん予約を入れないはずがなく。
八戒はこの後訪れるめったにない出来事が待っていることなど知るよしもなく、三蔵とのんびりこの檜風呂を満喫していた。
時間はまだたっぷりある。
脱衣所が1つのくつろぎ場所となっているここはとても広くとられていて、ガラスのテーブルと檜でできた椅子とが置かれている。
三蔵はその椅子に腰をかけ、扇風機から運ばれてくる風にあたって、ほてった体を冷やしていた。
「どうぞ」
設置してあった飲み水を2人分紙コップに入れて用意すると、1つを三蔵に渡し、八戒は対面したもう1つの椅子へと腰掛けた。
「ああ」
素直に受け取り、一口含んだみる。
その水は思ったより冷たく、飲み込んでも冷たい水が喉を冷やし、通っていく感じがリアルにわかるくらいだった。
さすがに水自体も甘くて美味しい。
コップに口をつけながら、三蔵は八戒を伺い見る。
いつもは白い彼の肌は、今はほんのりとピンクに染まっている。
頭を左右へ振っている扇風機の人工的な風が八戒の浴衣の裾を豪快にめくり、スラリとした足が見え隠れし、たまに豪快に上へと裾をめくり上げる。
それが気になるのだろう。裾を気にしてかがめば、暑いためか浴衣の前襟を少し広げているので、そこからは胸が見え可愛らしい小さな飾りまでが目に入ってくる。
「…八戒…」
「はい?」
今も三蔵が呼びかければ、かがんだままの体勢でこちらに向かってニッコリ笑いかけている八戒の前襟は、大胆と思えるほどの開き具合だった。
熱い風呂は体を火照らせ、欲情をも火照らせる。
それなのに、そんな格好をされては…。
読んでいた新聞を簡単に畳むと、無言で八戒の前へと歩いていく。
三蔵の意図がわからず、ただじっと見上げているだけの八戒。
その向けられる視線ですら、三蔵にはそそられるものがあった。
テーブルと椅子の背もたれとに、それぞれ手を置いて八戒の逃げ場を無くして。
ぎしっと椅子が音を立てる。
三蔵はじっと瞳を覗き込む。
八戒ももまた、三蔵の瞳をじっと見返す。
数秒の沈黙がとてつもなく長く感じるとき。
「…誘ってんのか」
「えっ」
八戒には一瞬何を言っているのかわからなかった。
誘っている?
何が?
何に?
頭の中を駆け巡る「誘ってる」の言葉。
三蔵の瞳が閉じられ、だんだんと近づいてくる。
暖かく柔らかいものが八戒の唇へと触れた。次いで、ざらっとした感触が唇の輪郭をなぞり、濡れた感じが後を追う。
そこにきて、やっと八戒はさきほどの誘うの意味を理解したのだった。
もしあそこで自分が傍観者だったのなら、誘うの意味を間違うことなくすぐ理解できたことだろう。自分でも、あのときどうしてすぐにわからなかったのだろうかと、不思議に思うくらいだ。
「…ん……」
永遠に続くと思われそうな長い長い口付け。
唇を存分に味わった舌は八戒の口内へと進入に成功し、自由気ままに駆け巡る。
八戒の舌に絡み付みつき、1つ1つの歯の形をなぞり、また絡みつく。
「……ふっ…」
向きを変えてはまた繰り返すその行為を、飽きることなく何度も何度も。
たまに暖かい空気が口腔に流れるのは、八戒の漏らした吐息か三蔵のものなのか。
舌が麻痺してしまうのではないかと八戒が頭の端で考えたとき、侵入者は名残惜しげに離れていった。
「誘ってる以外、考えられんな」
浴衣の前襟に手をかけ、思い切り力強く広げる。
突然胸に触れてくる空気。
その冷たさに、痺れていた頭がやっと働きだす。
「ちょっ…三蔵っ」
「ここを見せたり隠したり」
胸にある主張している小さなものを指先で軽く引っかく。
「あっ…」
「まして…」
のけぞる首筋に顔をうずめていた三蔵は、だんだんと下へと移動していく。手でもてあそばれている飾りと、対象に存在しているもう1つの飾りを口に含んだ。
同時に浴衣の合わせてある裾から手を忍び込ませ、八戒の火照っている滑らかな肌を存分に味わう。
「ここまで見せられてはな」
「そんなつもりは、ああっ」
三蔵の手がだんだんと上にいきゆっくりと振れるか振れないかの微妙なタッチで、内腿をなで上げた。
「だ、だめですっ……だ、れか…き…たらっ」
「平気だ」
頭ではやめて欲しいと思っている。
誰がくるかわからない。いつ入口のドアが開くかわからない。
だからこそ吐息しか出てこなくなりそうな口から、懸命に言葉を綴ったのに。
三蔵は無碍も無く、小さな抵抗を封じてしまった。
もう八戒からは甘い吐息しか出てこない。拒絶なんてできるわけがない。
三蔵の愛撫に見をまかせる八戒は、彼のなすがままに快楽しか追わず、敏感に反応を繰り返す。
胸をさまよっていた手を更に下へと移動させ、八戒の分身へと手を伸ばした。
「はあっ」
八戒の顔がのけぞる。
眉根を寄せて上げる声は、艶やかなものだった。
三蔵は中指を口に加えるとたっぷりと舌で濡らし、最奥へとゆっくりと潜り込ませた。
「…ああ…」
断続的なその行為に、八戒の思考回路は霞がかっていった。
ピンクに染まった裸体。申し訳無さ程度に体に絡まる浴衣。そこから見える濡れた小さな飾りと三蔵が手にしている高ぶり。
そんな自分の姿を想像することも考えることも出来ずに、八戒はただ濡れた吐息をもらし、いつしか没頭していく。
間髪いれずに抜き出しされる指。それがだんだんと八戒を淫らにさせていき、知らず知らず腰は揺れて自分から誘っていく。
前後から送られる愛撫に、もう我慢ができなかった。
「…さ、んぞっ…」
「なんだ」
「もう……もう…き、て…くださ、いっ…」
三蔵はくっと喉元で笑った。その言葉を待っていたのだ。
柔らかく笑う八戒が、今は艶かしい表情をしている。
優しく話しかける八戒が、今は甘い声を出している。
切なそうな表情。濡れた声。
いつもの彼からは想像できない姿でねだられるのが、一番くるものがある。
「後ろを向け」
テーブルの上に八戒の上体を乗せる。
ガラスの冷たさにビクッと震えたが、それもすぐわからなくなってしまう。
「ああーっ」
三蔵が一気に体を突き上げた。
「あっ」
最初に感じる異物感は、だんだんと悦楽を呼び起こす。
その八戒の淫靡な声に突き動かされる三蔵。
一瞬きつく締めつけられるが、すぐ甘えるようにからんでくる内側に誘われ、奥へ奥へとたたきつける。
その三蔵の激しい動きにほんろうされ、あられもない声を上げさせられる八戒。
それは2人の 波が引くまで続けられた。
「信じられませんよ、本当に、あんなところで」
「あそこだからだ。すぐ体が洗えるだろうが」
「…あなたって人は…」
八戒は少々だるそうに、三蔵はいやにすっきりとした面持ちで、部屋に戻るために館内を歩いていた。
「あら。あなた、さきほど庭園に行かれませんでした?」
階段を昇っていたときのこと。
すれ違った仲居の1人に、突然八戒は声をかけられた。
ニコリと笑って話しかけられれば、もちろんニコリと笑って返事をする。
「ええ。素晴らしいところですね」
とても落ち着けるあの庭園。
八戒はとても気に入ったが、その中でも一番なのがあの橋だった。
「池に橋があったのは、ご覧になりまして?」
「はい。手すりにあった石造は、とても繊細でした。素晴らしい芸術品だと思います」
「……そうですか」
八戒の言葉を耳にしたとたん、仲居の女性は目を見開き、驚きを隠せないでいた。
それを不思議に思うのは、もちろん八戒である。
もしかして自分は芸術音痴なのかと、変なことまで考えてしまう。
「?」
「有難うございます。そうですか、石造までご覧になられたんですね」
女性はニッコリ笑いかけると
「では、良いことを教えて差し上げます。お部屋にお戻りになったら、旅館案内の1ページ目に目を通してください。お客様は、まだ読んでいませんでしょう?」
「はい。すみません」
「いいんですよ。必ずご覧くださいね」
そして丁寧な物腰でお辞儀をすると、八戒とは反対の方へと歩いて行った。
何気なくその女性の後ろ姿を見届けて視線を元へ戻せば、先に行ったと思っていた三蔵が階段を昇りきったところで、立ち止まっているのを目にした。
彼の優しさに、はんなりと微笑んで三蔵の隣へと歩みよる。
仲良く歩調を合わせて部屋へとたどりつき、さきほどの女性の言葉通り、テーブルの上に置いてあった旅館案内の本を開いてみた。
……庭園内にある池。そこに掛かっている橋に石造が見えたとき、恋人と一緒に渡ると、2人は神様から永遠の祝福を受けるという、言い伝えがあります。ぜひ行ってみてはいかがですか。
八戒は庭園を思い出す。
確かに七福神らしき石造が並んでいた。
顔一面に微笑みが広がっていく。
仲居の女性はこのことがいいたかったのだ。
本から顔をあげ、三蔵に目を向ける。
彼はハリセンを片手に、素晴らしい手首のフックを使って、連発で2つの頭を叩いていた。
永遠の祝福。
これが本当になるかはわからないが、信じてみてもいいかもしれない。
仏頂面の顔を見ながら、八戒は心が暖かくなるのを感じた。
END
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