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暖かい湯船に充分に浸かり、旅の疲れをほぐす。
バスタオルを片手にバスルームから出てきた八戒は、ここ最近いつも開いているその本を今日もまた熱心に読んでいる三蔵に声をかけた。
「三蔵、遅くなりました。お風呂いただきましたから、入ってくださいね」
「ああ」
それでもまだ読書に熱中している三蔵に、八戒は肩をすくめた。
そして瞳に入ったそれは、カップくらいの大きさのガラスビン。さっきまではなかったような気がするが…。
「三蔵。それなんですか?」
「あ?ああ、これか」
やっと顔を上げた三蔵は八戒がいう「それ」に視線を向けると、忘れていたとばかりに手にとって蓋を開ける。
「昨日町を歩いてて見つけたものだ。食うか?」
食う?
やっとそれで食べ物が入っていることに気付いた。
三蔵が食べ物を買ってくることじたい皆無に等しいことなので、八戒が想像ができなかったのは仕方がないことである。
斜めになっている口から覗き込んだが、灯りが入ってこないそれは何が入っているのかまでは見ることができなかった。
せっかくだからと、指をいれて1つ手に取る。
それはコインくらいの大きさの飴だった。
綺麗な深い緑色をしたその飴は、まるで八戒の瞳のようだった。
あまりにも綺麗なそれは光ることはないが、宝石と言っても誰も疑わないような感じさえうける。
それを灯りにかざして、八戒は一言溜め息交じりに言う。
「綺麗ですねえ…食べるのもったいないです」
「食いもんだぞ。食べんでどーする」
「はは。そうですよね」
少々大きいかとは思ったが、それでも八戒は口に含んだ。
久しぶりに舐めた飴はそんなに甘くはなく、これならまた食べてもいいなと思えるほどのものだった。
三蔵は八戒が飴を食べたのを確認すると、読んでいた本を閉じてバスルームへと移動していく。
「風呂に入ってくる」
「ごゆっくり」
言葉がくぐもらないように、口の頬袋に飴をいれて挨拶をする。
その姿がまるで子供のようで。
三蔵は口の端で笑った。
「…プレゼントだ」
今日は八戒の誕生日。
三蔵は町に出かけたときにこの飴を見つけて、自分のために買ってきてくれたのだろうか。
彼が飴屋に入り、このビンを手にとってレジへと足を向けている姿を想像してしまった八戒は、それこそ本当に食べないで飾っておこうかと思ったくらいだった。
「…有難うございます」
今度こそバスルームへと向かう三蔵の背中に向かって八戒は言った。
だからこそ。
三蔵が意味ありげに笑ったのを八戒が気付くはずがなく。
今日のこの幸せな1日のことだけを考えていた。
嬉しい1日だった。
旅の途中の誕生日なんて期待する方がおかしいし、実際のところまったく気にしていなかったのである。
なのに悟空も悟浄もプレゼントを用意してくれて、あまつさえ三蔵にまでまさかのプレゼントをいただいてしまった。
それが飴だなんて…。
くすくすと、もう一度笑った。
幸せな今日のこの日を振り返る。あまりにも没頭していたためか、気づかぬうちにずいぶんと時間が経ってしまったようだ。
すっかり忘れていたためにまだ乾いていない髪を、思い出したかのように持っていたバスタオルで拭う。
その際にタオルの端が八戒の顔に触れた。
「?」
なんだろう。今の感じは。
しかし一瞬走り抜けたそれは、もちろん掴めるわけもなく。結局わからないまま逃げられてしまった。
そういえば。お風呂に入ってきたとはいえども、けっこうな時間が過ぎているのに、まだ体が火照っているのはどういうことだろう。
火照っているというより、これは熱いと言った方が適切かもしれない。
八戒は慌てて窓に近づくと窓を大きく開けて、少しでも熱が冷めるように外気に体を当てる。
「どうした、八戒」
ちょうどバスルームから出てきた三蔵が背後から声をかけたが、八戒は振り向くことができなかった。
こんなに熱い体だ。顔だって赤いことだろう。それに気付かれては、三蔵がいらぬ心配をしてしまうかもしれなかったから。
そんな八戒の思いとはうらはらに、三蔵は八戒へと近づいていく。
「まだ髪が濡れてるぞ」
窓を大きく開けて外気が容赦なく室内に入ってくる中、髪が濡れたままというのは、風邪をひけといっているようなものである。
八戒が髪を乾かすために被っていたバスタオルを少しめくり、髪の濡れ具合を触って確かめる三蔵。
ピク。
また八戒の体をさきほどの感覚が突き抜けていった。
三蔵の顔にシニルな笑みが浮かぶ。
「早く乾かせ。風邪を引くぞ」
八戒の耳元でこれ以上ないくらい低く呟き、最後に意地悪く優しげに息を吹きかければ。
「はあっ」
口から漏れたそれは完全な喘ぎ声だった。
はっと口に手を当てるが、ときはすでに遅い。
おかしい。どうしたんだろう、自分の体は。
どうしてこんなになってしまったんだろう。なにもしていないはずなのに。
そのときになって、やっと気付いた。
もしかして、先ほど舐めた…飴?
「さ、ん、蔵…もしかして、さっき、の、飴…」
熱い。水風呂にでも浸かりたいくらい、とても熱い。
「なんだ?」
三蔵も八戒の甘い声に誘われたのか、八戒のうなじに唇を押し当てていた。
ペロリと舐める。
「ああっ…。な、んか…あの……」
「プレゼントだと言っただろう。今日はお前に快楽のみを味あわせてやろうと思ってな」
「そんなのっ」
いらないと言おうと思ったが、三蔵は八戒を振り向かせると性急に唇をふさいだ。
「んっ……ん」
口内を三蔵の舌が暴れまわる。それでいて優しく触れたりする。
そのギャップがまた八戒の熱を強くした。
「ふっ」
少しずつではあるが、確実に八戒を熱が支配していっているようで、抵抗するように三蔵の服を強く握り締めていた手が、今ではただ置いているというだけである。
ぎゅっとつぶられていた瞳も、今はただ閉じられているだけ。得られる感覚を確かなものにするかのように。
三蔵は瞳を開いて八戒の変化を確認すると、彼の足の間に自分のを入れて逃げられないよう固定する。そして膝を軽く曲げると、強く八戒自身を刺激した。
「んんっ」
次いで足を緩く上下に動かしたり貧乏ゆすりをしたりして、確実に八戒を追い詰めていた。
そして手で掴んでやれば。
「……っ」
三蔵は唇を解放した。
肩であえいでいる八戒の体はまだまだ熱がこもったままで、たった今解放したはずの八戒自身はまた主張をし始めた。
「何を…入れた、んです?」
「媚薬だ」
そんなあっさりと!
しかし三蔵の言う通り、確かに今まで感じられなかった以上の快楽を得ているのは事実なことで。
できれば早くこの熱が引いて欲しいのに、もっと欲しいとねだる自分がいることも自覚した。
「素直になれ。まあ拒めないはずだがな」
三蔵は開いていた窓を閉めるとカーテンをも閉めて、その場で八戒の服を脱がし始めた。
すでに胸の突起は自己主張していて、飴を舐めるように丹念に舌で弄くる。
それに反応してだんだんと更に固くなっていくそれを軽く噛んむ。
「ああっ」
のけぞり、白い首筋が露になる。
その首筋を舌でなぞりながら、もう一度八戒自身を手で遊んでやれば。
「あーっ」
八戒は髪を振り乱した。
「いや…なんか……だめです…」
「なんでだ?」
「変に、なって…しまう……」
「気にするな。ここにいるのは俺だけだ。いくらでも変になれ」
そう三蔵は言ってはいるが、まだ少しの自制がある八戒は、どうしてもその快楽と行為に浸ることができずにいた。
熱い。苦しい。
確かにこの悦楽に身を任せてしまえば、どんなに楽になるだろう。
そうわかっていても、どうしても最後の一線を超えることができなかった。
そんな八戒のことなど重々承知している三蔵は、最後の砦を壊すために八戒を口に含んだ。
「はあっ」
舌で先端を舐る。しゃぶる。一度はずして筋をなぞり。また含んで顔を前後にゆする。そればかりか、指を奥にもっていくと、すんなりと迎え入れてくれた蕾を刺激する。
「はっ…あ、あ…んっ……」
そして。
「ああーーっ」
砦は壊された。
室内にはどちらともわからない甘い息が充満している。
獣のようによつんばいになり、まだ自分で見たこともない恥ずかしいところをすべて、赤ん坊のように無防備に晒している。
三蔵に落手された八戒は、実際のところすでに何も考えられず。
「ん、…あっ、ん…」
三蔵が作り出す悦楽の波に溺れているだけだった。
「はあっ、あっ……ああ…
吐息まじりの甘い声は途切れることはなく。
「あ、…っ……あ、はっ………そこっ」
揺れる腰は三蔵の指を少しでも深く飲み込むため。
さそう言葉とその淫猥は、ときを増すごとに大きく、激しく、大胆になっていく。
その初めて見る淫らな姿は、三蔵をも熱くさせ引きつける。
こんな姿をさせているのは他でもない、自分なのだから。
「ああっ、あっ、あ…」
薬のおかげだろう。最初からあまり前座をせずともすなりと指を受け入れていたが、もう指ではものたりないようである。
もう何度果てたかわからない。三蔵の手で追い詰められたかわからない。
しかし熱はいっこうに冷めやらず、体はつかれているのに内側が強く三蔵を求めている。
「さん、ぞう………もう…」
それだけで何が言いたいのか三蔵は理解していたが、あえてわからないふりをした。
「どうした?」
「もう……来て、ください」
「いいのか?」
「あなたが」
ゆっくりと三蔵を振り返る。
ほんのりと染まった肌。うっすらとにじむ汗。じんわりと瞳に溜まる涙。
加えて艶かしい表情をして、誘うように視線をからめる。
喘ぎすぎて乾いてしまった唇をゆっくりと舌で舐めて。
「あなたが、欲しい…ん、です。おね、がい…します」
その瞬間をまっていたかのように、三蔵は一気に後ろから突いた。
「あーっ」
三蔵もすでに限界だった。
八戒の快楽に溺れている姿はあまりにも官能的で、八戒の悦がり声は直接三蔵自身に響いていたのだ。
そんな状態で内に入れれば、止めることなど難しいはずで。
「んっ、ん、あっ…もっ、とっ」
八戒のおねだりに答えるように少し向きをずらすと、さらに奥へを目指すよう、今まで以上に大きく腰を突き上げる。
「あっ、あっ、ああ……あーっ」
のけぞり、髪を振り乱し、シーツをかき乱したりしていたが、一瞬今までで一番高い声を出したかと思うと、糸の切れたからくり人形のようにパタリとベッドに力なく倒れ、そして八戒は微動だにしなくなった。
喉が乾いた。
喉の皮膚と皮膚とがくっついてしまいそうな感覚を覚え、八戒はまだ夢の淵を佇んでいる意識を無理やり現実へと持ってくると、台所へと向かうべくベッドを出た。
ガタンッ。
「あれだけやったんだ。立てるわけねーだろ」
「誰のっ」
キッと鋭い視線を三蔵に向けて声を荒げれば、その声がいつものあの穏やかな八戒の声とは打って変わったガラガラ声だったので。
はっと口をつむぎ、恨めしそうに三蔵を睨む。
「あれだけ悦がったんだ。当たり前だな」
いけしゃあしゃあと。自分が発端のくせに。ましてや余裕でベッドから降り立つと、椅子に座りすっきりした顔で煙草に火をつけるものだから、よけいに憎たらしくなる。
「だが、悦かっただろ?」
昨夜の行為を思い出して赤面しつつも、三蔵の言ったことを否定できないので、八戒は視線をそらした。
「まあ…」
腰に力が入らない八戒が立てるはずもなく、まだベッドの下に座ったままでいる彼の元へと近づいていくと、そっぽを向いている顎を軽く掴みんで、くいっと自分の方へと顔を向けさせる。
「まだあれはたくさんあることだしな」
なだめるように何度も軽く口付けた。
その優しげな口付けで三蔵のことを許してしまいそうだと感じた八戒は、それでも残りのあの飴は彼の知らぬ間に捨てておかなければならないと、強く決心したのだった。
しかしそんなことをしたら、今度は三蔵の報復が待っているということまでは、今の八戒には考える余裕などあるはずがなかった。
END
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