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本日、彼らは安眠のとれる寝床をずっと探していた。
寝床ならいくらでもある。4人が横になれる空間さえあればいいのだから、木の下だって、それこそいつものようにジープだっていいのだ。しかし今回探しているのは、ちゃんと彼らの疲れが睡眠によって癒される、そんな場所である。
今まで恐いくらいにパッタリと途絶えていた敵の襲撃が、今日は思い出したように続々と訪れ、敵を見ない間あれほど膨れ上がっていた寂しい思いが、三連続目の敵の襲撃にはさすがにうんざりした気持ちの方が大きくなっていた。
数多い敵を立て続けにこなしていたものだから、体力自慢の彼らでも今回はさすがに体が休息を求めていたようで、だからこそ、皆が皆、早く村に行きたいと思っていたのだ。それなのに、昼間襲ってきた敵さんたちのおかげで予定は大幅に狂い、当初予定していた本日着くはずだった村にはほど遠く、挙句のはてに今日はこの森で野宿となってしまったのである。
だから少しでも安眠できる場所を求め、そして先には求めるものが必ずあると信じて、彼らは森の中を進み続け、 やっと木で建てられた1件の家を見つけることができ、そこを本日の宿と決めたのだった。
そして八戒は今日一日頑張った彼らに明日も頑張ってもらおうと、ジープとともに闇の森を慎重に歩いていた。
朝彼らに果物を食べてもらうためである。今日の疲労で、多分身体が糖分を求めているだろうから。
少し先を進むジープに木に実る果物を見付けてもらって、八戒がそれをもぎ取るという形式は項を制していて、持参した容器にはすでに4種の美味しそうな実が入っていた。せっかくだからもう1種類と思って未だ先を進んでいるのだが、今までの順調さはなりを潜め最後の1つが見つけられず、そろそろ諦めモードに入っていたときのことだった。
「ピーッ」
どうしたのだろうか。突然ジープが騒ぎだした。
それは実を見つけたときとは違う声なだけに、八戒は先に待つ何かに意識を向けながら、どんなに小さな音も立てないよう細心の注意を払ってジープの元へと向かって行った。
一歩、また一歩と近づき、そこを覆い隠している簡単に音を立ててしまう葉をそっと捲ってみると、そこには小さめの池が広がっていた。
周囲を囲っている岩肌により、そこはとても冷たい空気が流れているように感じられたが、それ以外は何もなく、敵さえもいない。
どうやらジープはこれを八戒に知らせたかったらしい。
「こんなところに…」
近ごろたとえ日中がどんなに暖かいと言っても、たとえ夜もどんなに過ごしやすくなったとしても、さすがにこんな遅くに水浴びをさせてしまっては、風邪をひいてしまうのは歴然だ。
「明朝、皆にこの池の存在を知らせて、出発前に入りましょう。ジープも一緒に」
「ピーッ」
ジープはとても嬉しそうに鳴いた。
まずは透明度とばかりに、確認のために池へと近づいていく。
これまで歩き通しだったからだろうか、八戒の体は火照ってきていた。べつに汗をかくほどまではいかなかったが、この状態で目の前に水があると、体を拭いたくなってくるのはどうしてだろうか。
「………」
じっと水面を見つめること数秒。
腕を拭うことくらいなら良いだろうと思い、持参してきたタオルを池につけてみれば。
「温泉、ですか」
手には思ってもみない熱が感じられた。
それはとても暖かく、ほっと力が抜けてしまうちょうどいい温度だった。これなら今から入っても湯冷めはしないだろう。
そうすると彼らも呼んできた方がいいのだろうか。そうふと思ってはみたものの、よくよく思い出してみれば、八戒が出てくるときに悟空がうとうとしていたのだ。ましてや今日はほとほと疲れているはずだから、多分他の2人ももすでにくつろぎ、もしかしたら全員夢の中かもしれなかった。それならやはり翌朝にした方がいいのかもしれない。
それに温泉好きは朝風呂が1番いいとよく言うではないか、と三蔵を思い出して八戒はくすりと笑った。
「では、今夜は一人占めと言うことで」
衣服を脱ごうと上着の裾に手をかけたが、そこからは進まずにふとジープに目を向けた。
当のジープはすでに覚悟をしていたようで、木の下で丸くなり、やんわりと瞳を閉じて休憩タイムに入っていた。八戒はそんなジープの姿を見るや、はんなりと微笑んで、中断していた脱衣を再開した。
脱いだ服は1枚1枚丁寧に畳んでいく。それを持ってジープへと近付いて隣にその服を置いてやると、服の上で寝るよう促した。
人間が最も楽になれるであろう裸体になった彼は、今度は自分も寛ぎタイムとばかりに、池に入るべく振り返った。
水面には綺麗な月。
風もない今は水面も動いておらず、寸分の違いもなく反射しふわふわと浮いているそれはあまりにも綺麗で、それに引かれるようにゆっくりと歩を進めて行った。
乾いていた体にまとわりつく水。その抵抗力によって思うようには進まないものの、この池を今夜限り自分が独占できるということに、八戒はいつも悟空が温泉で嬉しそうに泳ぐ気持ちがよくわかった。
そんな気持ちなどすっかり忘れていた。
いつの間にか大人になり、子供心など忘れてしまっている。
それは自分に余裕がないのか。それとも積み重ねられる日常に、記憶の回路がパンクしてしまうのか。
そんなことを考える八戒だったが、昔から自分には世間一般に言う子供ゴコロというものは存在しなかったことを思いだして、昔あるべきはずのものを今更ながらとりかえそうというのか、八戒は水面にあお向けに寝るように浮かんだ。
ふわふわと浮かぶ月と同様、ふわふわと浮かぶ八戒。
綺麗だなとめったにない格好で月見をしていたが、ゆっくりと瞳を閉じると、今度は水の流れを感じていた。
穏やかなそれに身をまかせていると、なんとも心が広くなる思いがするのは気のせいだろうか。
旅の疲れも忘れ、行き先の不安も忘れ、ただ流れを感じるだけ。
まるでこの姿は…。
「こんな時間に何してやがる」
飛びあがったのは八戒だった。
確実に人がいないとわかっていたから、あんなに堂々と裸で水面に浮かんでいたのだ。
慌てて立ちあがろうと底に足をつけたとたん、足が思いのほかずぶりと深く入ってしまい、そのおかげで八戒はうまく立ちあがることができないかった。
「おいっ」
ごぼっと一度は頭を水中に潜らせてしまったものの、本来運動神経は鈍くない方なので、すぐにも頭を出すことに成功した。ところが慌てたのは三蔵も同じで、法衣を着ていても気にもせず、なりふり構わずに水の中に入ってしまっていた。
絡みつく法衣が邪魔になり思うように前へと進まなかったものの、それでも水分を含んで重くなった服をものともせずに素早く八戒に近づくと、慌てたふうが動作に含まれたままで彼の腕を掴んだ。その力強い三蔵の腕に八戒も甘えるように掴むと、体勢を整えようとしている八戒を手助けするように、ぐいっと上へと上げてくれるのと同時に、もう片方の腕で八戒の腰を支えてくれたのである。
体勢も整い、完全に立つことのできた八戒は、はあはあと荒い息を整えつつ、ひどく驚いている心臓をなだめていた。
「何やってんだ。寿命が縮まったらおまえのせいだぞ」
「…そ…それは、困りましたね。少しでも長生き、してもらわないと…」
ふう、と大きく息を吐くと、にっこりと微笑んで彼は言った。
「まったく。馬鹿ザルやエロ河童じゃねえんだから、手間かけさせんな」
「すみません」
「で?何してたんだ?ガキじゃあるまいし」
「ちょっと…くらげの気持ちに浸ってました」
くらげ?海にいる、透明なあのくらげ?
三蔵はどうして八戒がそんな物の気持ちに浸るのかが不思議だった。
「いえ、なんだか水面に浮かんでいたら、くらげみたいだなあ、なんて思って…」
「………」
そのくらげのおかげで、自分は寿命が縮む思いをしたのだろうか。
しかしそんな三蔵の気持ちなど、絶対に八戒はわかってはくれないだろう。今だって、三蔵の心臓は早鐘ほどの運動をし続けているのに、彼ときたらいつものあの人食えぬ笑みで、何事もなかったかのように「有難うございました」と、支えてくれた礼を述べているのだから。
八戒はそのまま腕を放そうとしたが、意のままにはならなかった。三蔵がしっかりと掴んで離さなかったのである。
「三蔵…あの……」
八戒の戸惑いがちな声を無視して、三蔵は八戒の腕を束縛したまま、体の向きを変えると。
「ジープ」
ジープの小さな耳がピクリと動いて首が擡げられると、つぶらな眼差しが三蔵を見据えた。
「先に戻ってろ。荷物は持っていく」
「きゅ〜」
たとえ途中からは八戒の肩に止まっての移動だったとは言えども、毎度のことながら今日も日中は走り通しだったために疲れが溜まっていたようで、元から軽い羽を、今まで以上に軽い音をたてて、ジープは嬉しそうにきた道を戻っていった。
「…付き合えってことですか?」
「嫌なら帰ってもかまわん」
「素直じゃないんですから」
三蔵のひと睨みを肩をすくめてかわすと、八戒は三蔵に連れられて岸に上がる。
水位は彼の腰ほどだったが、やはり水分をずいぶんと含んでいて、ゆうに胸を越えたところまで法衣の色は変わっていた。さすがにこのままでは風邪をひいてしまうので、やっと手を離してくれた三蔵の濡れた服を乾かすために、八戒は彼からライターを借り、近くに落ちている枝を拾い、木の葉を集めてきて、火を起こす準備を始める。
八戒はポケットの中に手を入れてみる。すると指には固い感触があたり、すっかり忘れていたが、先ほどルート確認したときに用いた紙を入れておいたのだ。その内容はすでに八戒の頭の中に入っていて、なくてもいいものだと判断した彼は、その紙にライターから火を移すと、小さいが確実にある炎を消さないように、1枚1枚木の葉を乗せていく。
何度か繰返して、ようやくパチパチという、紙ではしない音が火から聞こえてきたころ、それとは別に衣擦れの音が八戒の耳に届いてきた。
何気なく視線を向ければ、そこには俯き加減で服を脱ぎ捨てていく三蔵の姿があった。
水分を含んだ布は随分と重たくなるもので、地面へと落とされていく法衣は鎧のような気さえしてくるほどだった。
少しずつ少しずつ、坊主だからと言ってあなどれないほどの筋肉を均等につけた裸体が、八戒の目の前で露になっていく。
今までだって何度も見ている姿だった。
一緒にお風呂だって入ったこともあれば、関係だって持っている。
それなのに彼の裸を見ている自分が、なんだか急に恥ずかしくなっていた八戒だった。加えて、相変わらず綺麗だなあなどと思いながら、今まで見てきた彼の素肌を思い出してしまっていることが、さらに恥ずかしさを強くさせていた。
欲求不満なのではないかと思ってしまうその考えを消すようにふるふると首を振ると、何ごともないように彼へと近付き、しわがつかないよう注意を払って丁寧に服を枝へとかけていき、物星竿代わりとなった枝にすべての服をかけ終えた八戒は、再度泉へと入るべく振り返った。
瞬間、動きを止める。
三蔵はすでに泉に入っていた。
濡れた上半身。同じように濡れた手でかきあげられた少々長めの前髪は、水分により上げられたままになっており、いつもは隠れている額を露にさせていた。
偶然にも月の真下にいる彼は、月光を全身に浴びていて、濡れた裸体がたまにキラキラと光っている。
そのような情景で、彼は強い眼差しを八戒に向けていたのだ。
あまりも綺麗でいて、しかしそれだけでなく剛毅さをも見せつけるその姿に、八戒は視線を外せなくなっていた。それだけでなく、三蔵が向けてくる視線はあまりにも強く、余計に八戒は動けない。
瞳に映る三蔵の視線は八戒から外すことはない。その彼の右手が上げられていくのを、コマ送りほどのスローモーションで見ていた。
そして人差し指を立てると。
くいっ。
命令されたわけではない。暗示にかけられたわけでもない。
それなのに催眠術にでもかけられたように、八戒も視線を未だ外せないまま、足をのろのろと動かしていった。
ゆっくりと水に入り、水の抵抗力もなんのその、三蔵の元へと目指して行く。
少しずつ近付いて行く中で、あと数歩で彼の元へと辿りつくというとき、残りの数歩を促すように三蔵はゆっくりと両手を心持ち上げた。それに誘われるように八戒は最後の数歩を詰め、三蔵の胸へと体を預ける。
「…反則です」
「何がだ?」
きゅっと抱き返してくれる三蔵の腕が心地よかった。
「月光を浴びる今のあなたは、あまりにも綺麗すぎる」
「それをいうならお前もだろう?」
「なぜです?」
「疲れただろうからな。今日は我慢しようと思ったんだが…」
三蔵は舌で八戒の唇をなぞった。
そして軽く振れたまま言葉を綴る。
「火の熱で赤く染まったここが」
三蔵の左手が下へ降りると、さわさわと八戒の丸い尻をなぞる。
「俺を誘っているようだったぞ」
「んっ…」
先ほど三蔵の裸体を見、いらぬ想像をしてしまったときに、体の奥底に熱いものが沸き立っていたようだ。それを隠していたのにもかかわらず、三蔵のその振れるか振れないかの微妙な手の動きが、またその熱を呼び覚ます。
甘い吐息を吐いたときに開いた唇から、三蔵は難なく舌をさし入れると、口付けというよりもただ相手を貪るという、激情そのままの行為を交わしていき、もてあました三蔵の左手は背中の筋を上から下へ、下から上へと移動していく。
「ん…はあ…。そんなわけないでしょう」
「本当か?お前のここは、そうは思っていないようだな」
「ああっ」
知られたくなかったその事実。
八戒の中心部が心持ち力を持ってきていたのだ。
それを三蔵の右手が優しく覆った。
そう、ただ覆うだけ。それ以上は何もしないでいた。
確かに何もして欲しくないとも思う。しかしそう思う半面、強い刺激を与えてくれることを求めている気持ちが少なからずあることにも、すでに八戒は気付いていた。ところが自分からはどうすることもできない。動くことも、そしてお願いすることも。
この沸き立つ感覚を抑えようとするように、八戒は強く瞳を閉じた。しかし彼はすっかり忘れていたのだ。暗闇の方が感覚が鋭くなることを。
三蔵はこのときを狙っていたかのように、背中をさまよっていた左手をゆっくりと前の飾りへと目指して行った。もちろんその移動さえもが力を加減し、より意識をそちらへと向けるよう、感覚を鋭くさせるように仕向けたさせ、辿り着いたときには三蔵の思惑通り八戒の体は敏感になっていた。
軽く触れただけで。
「んっ」
息とともに甘い声を漏らす。
軽く弾いてみれば、ふるふると体を小さく震わせ、それを堪えるようさらにぎゅっと強く瞼を閉じた。
軽く摘んでみれば、とうとう堪えきれずに頭をのけぞらせ、今の快感を克明に三蔵に告げてくれた。
ちょうど三蔵の肩に八戒の頭が乗るかたちとなったために、三蔵の目前には八戒のすっと伸びる首筋があり、三蔵はことさらゆっくりと舌でその筋を上から下へと辿っていった。
「はあ…」
彼の息の甘さは濃くなっていくばかり。
舌でなぞるだけでなく、ときたま停留しては赤い印をつけていく。それは彼が自分のものであるという強調と、そして2人の想いの現われでもあった。
もうここまでくれば八戒の熱は最高に高まり、三蔵の手中にある八戒のものもずいぶんと熱く自己を主張していた。
「ずいぶんと乗り気じゃねえか」
「だってあなたが…ああっ…」
三蔵は右手の親指と人差し指はそのままに、残りの三本の指で主張された八戒のものを引っかいた。まるで弦を引き、音楽を奏でるように。
それは突然の、あまりにも強烈な刺激だった。それなのに三蔵が親指と人差し指で八戒の根源をぎゅっと抑えていたため、激流は外へといかずに内側で荒れ狂う。
熱は高くなり、鼓動もそして呼吸さえも、すべてが激しくなっていく。
体は震え、とにかくこの激しさをどうにかしたい、ただそれだけに意識が集中し、足の力さえもなくなってしまった。
かくんと崩れる足に八戒の体は水の中へと入っていこうとしたが、胸を遊んでいた三蔵の左手が彼の体を支えてくれた。
「さん、ぞう…」
自分の名を呼ぶ彼の声はとても熱く、甘く、そして濡れている。
「放して…」
頭1つ分低くなった八戒の顔を上向かせると、三蔵は彼のしっとりした唇に近づけ、やさしく言葉と息を吹きかける。
「このままだと泉を汚すだろうが」
いつもは気にもしないくせに、そんなことを口にする。
口元に笑みを浮かべる彼は珍しく表情が浮かんでいて、それはまるで悪戯を楽しむ子供のそれに似ていた。
「そんなこと…っ…言ったって…」
「もう限界か?」
八戒からの言葉はなかった。しかし微かに彼の唇が動いたことを、近付けていた三蔵の唇がかすかだが確認していた。
『…はい』
三蔵は力のなくなった八戒の体を支えながら抱きかかえると、ゆっくりと焚き木へと近づいて行った。
熱い赤い光りに照らし出される濡れた肌。それは水から汗へと変わっていた。
しんと静まり返ったこの場所からは、激しくも甘い呼吸が風に乗られて消えていき、寝静まったこの森で行動しているのは彼らだけ。だからもちろん声が聞こえるのも、2人のものだけだった。
「はあっ…あっ」
「くっ…お前が、声を出すなんて…」
向かい合っている左手で抑えた八戒の肩に引き寄せられるように、三蔵は何度も何度も繰返し体を前へと動かしている。
「あっ、んっ」
その動きはリズムはよいが、とても力強いものだった。
「珍しいな…」
八戒が絶えられないというように首をふるふると振るたびに、パサパサと髪が地面を叩きつける乾いた音を立てているが、それは八戒の熱にうなされた声ですべてかき消されていた。
「外、だからか?」
「ちがっ、はっ…」
今の感情や感覚にまかせて強く握り締めていたためにむしられた葉が、力を緩められた八戒の指からハラハラと落ちていく。そして三蔵の体に腕を回した。
それは八戒が自分にだけにしか見せない癖。
もちろん当の本人が知る由もないそれは無意識なもので、彼が頂点へと登るころになってくると必ずしてくる行為だった。恐いからすがるのか、それとも幼子が温もりを求めるのと同じなのか。どちらにしろ三蔵にはそんな八戒が可愛く思えてしまう瞬間だった。そういうとき、三蔵もやはり本人なのに気付いていないが、ふっと目元は緩み口元には笑みを浮かべ、優しげで幸せそうな表情になっているのだ。
「お前の声が聞けるなら、外でするのも悪くはないな」
悦楽を追求するためのリズムは三蔵の声をもとぎれとぎれにしていたが、それでも八戒にはちゃんと理解できたようだ。
「いや、です」
「…そういうことにしといてやるよ、今は、な」
「ああっ」
その言葉が合図となり、リズムがいっそう早くなった。
それでなくとも八戒は三蔵が引き起こした快楽を追い続けているのである。今日とてすでに何度目かの絶頂への駆け足であり、その分最初より簡単に波にさらわれてしまうのだ。
それでも最初は三蔵の言葉に相槌などを打っていた八戒だったが、今ではすっかり快楽を甘受していた。
もう何も答えない。
ただ三蔵にしがみつき、三蔵だけを感じ、彼から与えられる甘い波に身をまかせているだけだった。
「あっ、さ、さんぞっ…もっ」
「…くっ」
「んっ、はっ…ああーっ」
ぴんと張った背中。
のけぞる首。
そして体を大きく振るわせると、八戒は上体を三蔵へと預けていった。
パチパチという爆ぜる音が、八戒の意識を浮上させた。
火照った体に心地よい、ほどよい地面の冷たさが頬から感じられる。
ゆっくりと瞳を開いてみれば、三蔵と視線が合った。彼の瞳は珍しくとても穏やかで、このままずっと彼のその瞳を見ていたいと、八戒はあまり思考が回らない頭で考えていた。
「おい」
「……はい?」
声さえもが、どこかまだ違う淵を歩いているような、そんな夢見ごこちな印象を受けさせるものだった。
「起きれるか?」
「多分…」
そう八戒は言うものの、彼は一向に起きあがろうとしない。八戒を見つめ、彼が起きあがるのを待っている三蔵がいるのにもかかわらずだ。いつまで経っても瞳を三蔵に向けたまま、からそらすことなくただ横になっているだけだった。
「…ちっ」
とうとう待ち切れず、三蔵は立ちあがった。
つかつかと八戒へと近付いてくるときにも、八戒の瞳は三蔵から離れなかった。だからこそ、彼が近付いてくることは認識していても、彼が何のために近付いてくるのかまでは考えられていないようだった。
八戒に近付き片膝を立てて座ると、すっと両手を差し出して横たわる八戒を抱き上げた。
ぱちくり。ぱちくり。
そこまできて、ようやく八戒の思考は回復した。
「わっ。すみません、降ろしてください」
「今更何を気にする?誰かいるわけでもなし、てめえのトロさを呪うんだな」
「そんなっ」
「うるせえ。このまま落すぞ」
そう言って三蔵は歩き出す。
自分より重い八戒をさも軽そうに抱き、足取りもまたしっかりしていた。それは腕の中で大人しくなった八戒に、歩調と同じ振動で教えてくれた。
「あの…」
どこへ行くのかと尋ねようとした。まさか帰るわけではあるまい。だって三蔵も、そして自分も、何一つ服を身に着けていなかったのだから。だがその前に、泉に入った彼はそっと中へと降ろしてくれたのだった。
「洗ってやろうか?」
今日の三蔵は本当に子供っぽい。今もまた口元に意地悪そうな笑みを浮かべている。ところがそれは八戒が示す態度が原因であり、今も真っ赤に顔を染めているために三蔵が面白がっているということに、本人は気付いているのだろうか。
「いえ、結構です。それくらい自分でできますから」
「遠慮するな」
「遠慮しますよ。だって、それ以上の進展がないなんて保証は、どこにもありませんからね」
さきほどの行為で、いったい何回自我を失ったことか。それなのに、もし今回身体を洗ってもらいまた激しい行為へと発展でもしてしまったら、たまったものではない。
ふいっと少々すねた様子で語る八戒に、三蔵はふっと笑みを深めた。
「否定はせん。だが…」
三蔵は右手で八戒の顎を持って顔の向きを自分の方へと変えさせると、さきほどの行為でたまに噛んでいたのだろう、少々赤くなっている彼の唇に、そっと己のを触れさせた。
「これくらいで我慢するさ」
「…仕方ないですね…」
そうして今度はどちらからともなく、軽く唇が触れられた。
まっすぐ水面へと降り注ぐ月光は、瞼を閉じてお互いを感じている二人の上にも無条件で降り、真っ暗の闇の中、綺麗に彼らを浮き上がらせていたのだった。
END
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