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八戒が帰ってこない。
すれ違いが多いこのごろ、今度こそ八戒と向き合って話をしようと、三蔵は今までより早く帰宅することに努力して、こうして八戒を待っている。
先日、喧嘩をした。
些細なことでの喧嘩だった。
売り言葉に買い言葉。頑固な2人が切れた状態で喧嘩をすれば、治まるものも治まらない。
もし第三者の人物がいて、その模様を1部始終みていたとしたら「くだらない」の一言ですませてしまっているだろう、そんな本当にくだらないことだったのに。
それなのにすでに5日。もう八戒とは口をきいていない。
ちゃんと三蔵も八戒も、この家から朝出かけて、この家に戻ってきているはずなのに、三蔵が帰ってきたときには八戒はすでに寝ていて、たまに三蔵が早く帰れば八戒が遅かったりする。朝だって八戒の方が早く出かけていくので、三蔵が起きたときには誰の姿もそこにはなく、ただ机の上に「おはようございます。ちゃんとご飯食べてくださいね」という書置きが残されているのみ。
明日は2人とも休みだ。ゆっくりとできるはず。
それならと八戒が帰ってくるまで、三蔵はとことん待つことにしたのだが。
いっこうに八戒が帰ってくる気配がなかった。
刻一刻とときは過ぎて行く。それに平行して、三蔵の機嫌も刻一刻悪くなっていった。
何をしてるんだ、あいつは。
だんだんと集中力までも欠けていき、活字までもが頭に入らなくなってきたころ。
やっと控えめにドアを開く音が聞こえた。
「…三蔵…」
八戒は驚いた。
まさかこんな時間まで起きているなんて。
確かに明日は三蔵もお休みで。だから起きていても仕事に差し支えがないだろう。だがこんな遅い時間、いつもの三蔵ならとっくに布団に入っている時間帯のはずなのだが。
違っただろうかと時計を見てみれば、短い針は1を指していた。
「ずいぶんと遅いお帰りだな」
「すみません…」
「何をしていた」
「悟浄と…」
悟浄と久々に酒を飲んでいたのだった。
三蔵は早く寝てしまうのでのんびりしていても平気だろうと思い、さまざまなことを悟浄に聞いてもらっていた。
先日三蔵と喧嘩したこと。なぜかすれ違いが続いてしまうこと。朝は一応朝食を作って出かけるが、怒って食べてもらえてないかもしれないこと。それを確認するのが怖くて、いつも三蔵が起きる前に出かけてしまうこと。
たくさんのことを聞いてもらっていた。
悟浄は自分とはまったく関係ないことなのに、静かにそれでいて真剣に話を聞いてくれた。
すごく自分にとっては有難い時間だったのに、三蔵が待っているとは思いもよらなかっただけに、申し訳ない思いが強くなった。
「悟浄と?何をしていた?こんな遅くまで」
「何って話を…」
「ベッドの上でか?」
「どうしてそんなこと言うんですかっ」
「むきになるところが怪しいな」
「三蔵っ」
三蔵は八戒の腕を掴むとぐいぐい引っ張って寝室へと向かって行った。
なんの抵抗もできずにただ三蔵のなすがままにされている八戒が悟浄とのできごとを肯定しているようで、三蔵の苛立ちはピークに達していた。
その気持ちは態度に現れ、寝室にくると一度八戒を抱き寄せてから、力強く胸を押してベッドへと倒す。
ベッドが大きな悲鳴を上げた。
いつにない三蔵のその姿に恐怖を感じた八戒は、三蔵の冷たい視線に見据えられて蛇に睨まれた蛙のようにまったく動けずにいた。
三蔵はゆっくりと八戒の上着のボタンを外して行く。
上着の白がシーツの白と同化する。
少しずつ見えてくる肌色は三蔵の気持ちを高揚させていった。
最後のボタンを外し終え、まだ肌にからんでいる布が邪魔のように、思いきり勢いよくシャツの前を左右に開いて全開にさせる。
そしてゆっくりと三蔵は八戒の肌に手を這わせた。
そのときになってやっと気付く。
八戒が震えていることに。
はっとして顔を上げて八戒の表情を見ると、強く瞳を閉じて眉を寄せ、唇も引き締めて顔をそむけるようにしていた。
それを見て今まで三蔵を支配していた黒いものがだんだんと浄化されて行く気がした。
今まで何をしていたんだろう。
最初はただ八戒と話をしたくて、彼を待っていただけなのに。
いつまで経っても帰ってこない八戒に苛立ちを募らせ、帰ってきたと思えば1人静かな部屋で彼を待っていた間中、八戒は親友の悟浄と過ごしていたという事実を知り。以前から八戒と悟浄との関係を気にしていた三蔵は、今までの苛立ちがいっきにここで爆発して、それから今までのことはよく覚えていなかった。
酷い仕打ちをしたような気がする。
元に八戒がこんなに震えているではないか。
三蔵は体をずらして上に移動すると、八戒の髪をかきあげた。そして頬へと軽くキスをする。
突然のその優しげなキスに、八戒は三蔵の変化に気付き、様子を伺うようにゆっくり顔をそちらに向けた。
顔がだんだんと三蔵の方に向く度に、頬からまぶたへ。まぶたからおでこへ。そして唇へと、優しいキスは移動していく。
「すまなかった」
「いえ…」
今度は深く深く口付けを交わす。こんなにも体力を消耗するものだという事実を知るまで繰り返されたキスは、やっと糸を引きながら唇が離れて終了した。
荒い息を整えるために激しく上下する胸に三蔵は振れる。
ゆっくりとこわごわとしたその動さ。それは八戒がまだ震えていたらどうしようかという、三蔵の不安の現れかもしれなかった。
「…お前が」
胸の飾りを引っかかれて、一瞬頭の中が白くなる。
そのときに綴られ始めた三蔵の真意。
「えっ?」
「お前が悟浄の名を口にしたから」
それは嫉妬だと三蔵もわかっている。
八戒が悟浄と口にしたとたんに内が熱くなった。そのときを思い出したしてやつ当たりでもするかのように、指で遊んでいた飾りを口に含んでカリと噛んだ。
「んっ…」
しかしそれを後悔したように、今度は優しく舐め上げる。
「あっ…親友だって言ったじゃないですか…」
「ああ、そうだな。頭ではわかっているつもりなんだが」
わかっていてもそれが感情に繋がるとは限らないと、このときはっきりと三蔵は実感したのだった。これを言っても仕方がないのはわかっている。言ったとしても実際に体験しないとわかってはもらえないことだから。
それがあまりにも悔しくて、今度は胸の飾りを片方は舌で片方は指先で、意地悪をするようにもて遊ぶ。
「はっ」
「すれ違いばかりで」
口付けを再度交わす。しかし今度は先ほどの深いものとは違い、八戒の唇の感触を味わうように何度も軽い口付けをする。
その間、三蔵は右手で八戒のジーンズのジッパーを下げると、その同じ手を腰へと回して。
口付けを止めたとたんに、右手に力を入れて腰を浮かせて、思いきり両手で下着ごとジーンズを下げた。
今まで何度もしてきた行為。なのにこの布ずれの音が、妙に生々しくて恥ずかしくなった。
「お前に触れられなくて」
少しずつ下へとずれていった三蔵の唇と手が、八戒の下半身へと到着した。
三蔵の手の平で上下としごかれる。
広げられた内股にキスが降る。軽く舐めるように。強く跡をつけるように。
「たまにお前を見るとしたら死んだように寝ている姿だ」
たまに先端を突ついては、また手のひらで全体を愛撫する。
だんだんと主張していく八戒の分身。少し開いた唇から漏れてくる甘い喘ぎ。
それはすべて自分の手でなされており、まるで八戒を自分の色で染めているような感じがした。
そう思ったとたん、三蔵の内をぞくりとしたものがかけぬけた。
今のは何だろう。
しかしその瞬間的なものは、三蔵が意識する間もなく通りすぎてしまったので、言葉にすることはできなかった。
「朝起きればお前はいない」
「あっ……あ、ああっ…」
八戒の背がはねる。
三蔵は彼がそろそろ限界だと悟り、手を離すと八戒自身を口に含んだ。
「ああっ」
唇をすぼみ頭を前後に振って、舌で先端舐め上げて愛撫する。これが最後とばかりに、力強く吸い上げれば。
「ああーっ」
そして三蔵の口内は八戒の液で一杯になった。
ゴクッと喉をならして一気に飲み込む。
静かな室内は八戒の荒い息と三蔵のその喉が鳴った音だけが支配していた。
「…飲んだんですか?」
「悪いか?」
「無理しなくてもいいのに」
「俺が無理する柄か?」
もう一度三蔵は八戒自身に触れると、先端にまだ残っている液をそっと指ですくった。
「これもお前がここにいるという証だな」
そのまま指を八戒の最奥へと移動させて、少しずつ秘めていく。
「だが今回のことはいい機会だった」
ゆっくりと秘めた指を動かし始める。
第1関節まで引き出すとまたゆっくり根元まで戻す。
それを違うことなく繰り返す。ただ違うことは指を引き出すたびに、早さが違うことだけだった。
「…ああ…」
「お前の存在を重々承知できたからな」
含んだ指で内壁を引っかく。
「くっ」
壁がすぼみ、三蔵の指が締められる。
「この感じ」
今度は優しく指を回して内を開かせていく。
その優しさに安心したのか、蕾がだんだんと緩んでいった。
ふして指を2本に増やす。
「ん…」
「この暖かさ」
また今までと同じように、指を抜き差しと繰り返し、2本の指が別々の生き物のように内をかき混ぜる。
八戒は口にはしないが、もっととねだるように内壁が三蔵の指に絡むような感じを受けたとたんに指を引きぬいて、すでにパンパンである三蔵自身を一気に内へと叩きつけた。
「あーっ」
「このっ、声…くっ」
無意識に八戒が力を入れてしまったがために、内にいる三蔵自身が締められた。
じっと動かずに八戒が慣れるのを待ち蕾が緩んでくると、今度からは待たないとばかりに休むことなく体を前後に動かす。
「あっ、あっ」
断続的に漏れる八戒の喘ぎは、三蔵とそして出している八戒自身をも、反応させていく。
今まで三蔵の言葉をちゃんと理解していた八戒だったが、だんだんとそれさえもが危うくなってきているのをもう1つの自分は判断していた。
だんだんと激しい行為に没頭していく。
三蔵は八戒の内の柔らかさと熱さに。
八戒は三蔵の固さとリズムに。
それぞれ夢中になっていく中、三蔵はこれだけはと強く願った。
「八戒」
「あっ…」
強い理性で三蔵は動きを止めた。
なぜ。もうすぐ終りが近づくというのに。
腕を三蔵の背へと回し、ねだるように抱きしめる。
じらさないで。お願いだから。
「八戒」
もう一度呼ばれて、八戒は無意識に誘うような瞳で三蔵を見る。
「これだけは覚えておけ」
今までの言葉はどうだっていい。行為に流されて覚えてなくてもかまわない。
だが、これだけは。これを忘れたら、お前を許さない。
耳を舌で舐めてから耳たぶを緩く噛む。そして吐息まじりに…。
「お前をもう離さない」
「もう離さないで…っ」
八戒に強く抱きしめられたとたんに、三蔵は奥の壁を叩いた。
「その言葉っ、忘れるな、よっ」
「ああーっ」
再開した動きは今度こそ休まることなく、確実に追い詰められていく三蔵と八戒は、同時に最後の瞬間を迎えたのだった。
優しく髪を梳かれている。それは起こさないよう、細心の注意を張られながら行われているようだった。
その指の温かさは誰のものかを八戒は違えることなく理解いていたが、ちゃんと瞳で確認したくてゆっくりとまぶたを持ち上げた。
「おはようございます」
「ああ」
じっと見つめてくる強い瞳。
カーテンの隙間から漏れてくる朝陽に照らされる、彼の輝かしい髪。
昨夜までのあの重苦しい空気が嘘のように、今室内は暖かいもので満たされていた。
「あなたの腕は温かい」
喧嘩をしていた時間を取り戻すように、八戒は少し甘えてみたりする。
三蔵も同じようなことを思っていたのか、優しく抱きしめて八戒の髪にキスを降らせた。
「…三蔵。喧嘩している間、僕が作った朝食、食べてくれてました?」
「ああ?当然だろうが」
それでなくとも生きている八戒を感じさせるものがあまりにも少なかったのだ。
今まで通り朝自分のために頑張って朝食を作ってくれたんだと、いつもの変わらぬ味にいつもの変わらぬ八戒を感じることができて、喧嘩をしているときは1日の内一番好きな時間帯になっていたくらいだ。
八戒はさもありなんと断言するその言葉に、嬉しさがこみ上げてきた。
なに馬鹿なことを言ってんだという口調だったが、もしかしたら食べてもらえてなかったかもという不安感にかられていた八戒にとって、「当然」という言葉は本当に本当に嬉しかったのだ。
「じゃあ…」
なごり惜しかったが八戒は三蔵の腕から抜け出すと台所へと歩いていった。
こんなときくらい、ゆっくりとこの優しい時間に身をゆだねればいいのに。それよりも何か大切なことでもあるのだろうか。
三蔵は八戒の後を追って、台所へと入っていこうとするが。
「座って待っていてくださいね」
嬉しそうに言う八戒の言葉に逆らうことができなかった。
本当なら八戒とキスを交わしてからしようと思っていた朝の一服だったが、時間を費やすのには他に考えられなくて、結局煙草の1本に手を伸ばして火をつけた。
3人様のソファに1人で贅沢に座り、ゆらゆらと不規則に揺れる煙をぼんやりと見つめながら今の心の充実感に浸っていると、香ばしい薫りがかすかに鼻をかすめた。
なにかと尋ねることもない。これは…。
台所へと瞳を向けたとき、ちょうど八戒がカップを持って現れた。
「お願いがあるんです、三蔵」
かちゃんと音を立てて、目の前に置かれるコーヒーカップ。
「飲んでいただけますか?」
お願いされるまでもない。
八戒がいれる温かいコーヒーはとても久しぶりだし、ずっと恋しいと思っていたものだった。
肯定をするより早く、三蔵はカップを持って口に運んだ。
じっと一連の動さを見つめる八戒の視線に気付き、三蔵はあまり言わないことを今回かぎりは口にした。
「うまい」
とたんに花が綻ぶような微笑みを満面に浮かべる八戒。それさえもが三蔵の恋しいものだった。
「お前は味見したのか?」
「あっ」
ここに運ばれたカップが三蔵のみだったことを言っているのだろう、そう思った八戒だったが見当違いだったようだ。
あわてて台所に向かおうとした八戒に「違う」と短く言葉がかけられた。
無言で視線を投げかけられる。そしてそらされた視線をたどってみれば…。
「えっ…」
隣に座れといっている?
とまどう八戒。
「八戒」
「はいっ」
あまり落ち着きそうにないなあと思いつつ、ゆっくりと三蔵の要望通りに腰を落とした。
待っていたかのようにぐいっと顔を上げさせられると、三蔵の顔が近づいてきた。
唇に忘れられない感触。
そして程なくして、温かい液体が口内に入ってきた。
「どうだ?」
こくんと軽く喉が鳴る。
どうだと言われても…。
そこで八戒はとあることを思いついた。
「…あまりよくわかりませんでした」
まさかそう返ってくるとは思わなかったのだろう。
三蔵は八戒を凝視して、八戒はにっこりと微笑み返した。
三蔵が小さく笑ったような気がした。
「だから、もう一度お願いできますか?」
「言われるまでもない」
どちらからともなく、近づいていく2人。
こんな穏やかな朝はとても久しぶりだった。
だからこそ。
まだもう少し幸せを実感していたいと、2人は思っていたのだった。
END
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