河村 くるみ
          さま 
  妖精の住む森
2000.6.28
三蔵×八戒
砂漠ばかり通っていた。
当然ではあるが砂まみれの汗まみれ・・・
早く風呂に入りたい。
全員がそう思っていた。けれどいくら走っても町には到達できそうにない。
今夜もまた野宿か・・・
誰しもが項垂れたくなる気持ちになったそのとき。
「あ、三蔵!森!」
悟空の声に一行は前を凝視した。
確かに森らしきものがあった・・・
「もしかしてあれですかねえ」
「あれってなによ」
「ほら。前の宿の主人が言ってたじゃないですか、この砂漠のどこかに妖精の住む森があるって」
「まさかー」
「取り合えず、砂漠で野宿よりはいいだろう」
三蔵の言葉にジープはそちらに向かって走り出したのだった。

 「妖精の森とはよく言ったものですね」
その森についてからは感嘆の声が漏れるばかり。
美しい・・・まだ人に荒らされた事のないような、神秘的な森だった。
生い茂る木々には光りごけが生えて、暗い森をうっすらと照らす。
みた事もないような花々。
そして更に奥に進むと・・・
「湖だ!」
大喜びで駆け寄る悟空。
すんだ水に手を浸し、嬉しそうにいう。
「俺水浴びしたい!」
言うなり制止も聞かずに服を脱ぎ散らかして飛び込む。
「気持ちイーーーー!」
「へー気持ちよさそうじゃん、俺もはいろっと」
悟浄も服を脱ぎ湖に飛び込む。
「ふー、気持ちイーぜ?おまえらどうすんの?」
まだリクの上で湖で遊んでいる二人を眺めている三蔵と八戒に振り返って問う。
「お前らといっしょに入るなんざごめんこうむる」
「僕は今はいいです」
「あ・そ」
予想通りの答えであったため、それ以上の要求は特にしない。
そして水をかけてきた悟空と戯れた。
「なにやってんだあの馬鹿コンビは・・・」
「仲良くっていいじゃないですか」
「やかましくてかなわん」
くすくす笑いながら、八戒は歩き出す。
「どこへ行く」
「周囲の探索ですよ、この辺、調べたほうがいいでしょう?」
「そうだな・・・」
「じゃあいってきます」
「八戒」
「はい?」
「・・・気をつけろよ」
新聞から目を離さずにいう。
この手の台詞はどうも苦手らしい。
くすっともう一度笑って、
「はい」
そう言って、八戒は森の奥に姿を消した。

 「八戒どこまでいったんだよさんぞー」
「俺が知るか!」
「まー、もうすぐ帰ってくんだろ?あいつこういうところ、ことのほか好きだからねー、
その辺で茸でもとってんじゃねえの?」
八戒の行動はお見通しとばかりに悟浄が言ったそのとき。
「お待たせしましたー」
「八戒!」
たたたっと悟空が駆け寄る。
「いやあ、途中で食料になりそうなもの拝借していたら遅くなっちゃって・・・」
手には茸だの山菜だのが抱えられていた。
悟浄の予想通り。
三蔵はなんとなく面白くないものを感じて一つ舌を打つ。
「嫉妬は良くないんじゃない?」
三蔵にしか聞こえない声で・・・
「殺すぞ貴様・・・」
明らかに不機嫌な三蔵にくっと笑い、悟浄は少し遅くなった夕飯の支度をする八戒を手伝うために 立ち上がった。
その様子を遠めにみて、三蔵は一人呟く。
「でけえんだよ・・・三年の差は・・・」
妬くなっつっても無理だろう・・・
三年間、寝食共にしていた悟浄。
たまにしか逢えなかった三蔵。
今は四人一緒でも、その差はいかんともしがたくて、
たまにこうして悟浄に三年の差を見せ付けられるのが・・・・
「くだらねえ・・・」
今は自分の隣で笑ってくれているのだからいいではないかと思えばいい。
けれど、欲というのは際限がない。
独占欲は後から後からわいて出る。
今共に料理をする八戒が、いつも自分の横にいる彼と違って見える・・・
同じ八戒なのに・・・
遠く感じる。
埋めたくても埋まらない三年の差は、追いかけるほどに開いていく気がした。
悟浄にしても、八戒にしても、互いに親友というだけだというが・・・
遠く感じるときがある・・・
「三蔵」
はっと我に返り顔を上げる。
「御飯、できましたよ」
にこりと微笑む。
数ヶ月前に、苦労して苦しんで、傷つけて・・・それでもやっと手に入れた笑顔。
「ああ・・・」
なにを迷う・・・
彼は・・・ちゃんと自分の横にいるのだ・・・

月が綺麗な夜。
木々の隙間から漏れる月光が美しく、八戒はしばらくそれを眺めていた。
昔からなのだが・・・不思議と森林は落ち着く。
母なる大地に根を生やし、何千年もこの世界をみてきたであろう大樹に身を預ければ、
一体になれる気がした。
幼いころ、母の面影を探しては木に寄り添った。
知らない母の面影を・・・
「おかしなものですね」
自嘲気味に笑うと、他の三人を起こさぬように湖に向かって歩み始めた。
「やっぱり綺麗ですねえ・・・」
湖面に映る世界。
翡翠を思わせるようなそんな色で、とてもすんでいて、結構深さがありそうなのに
そこまで見えそうな透明度・・・
手をそっと浸す。
冷たい感触、でも気持ちいい・・・
「お邪魔して、いいですか?」
この湖に、妖精がいたとしたら・・・
ここは彼女達のオアシスなのだろうから・・・
断りを入れて、八戒は服を脱ぐと丁寧にたたみ、モノクルとバンダナもはずして中に入る。
波紋が広がり、一歩一歩と受け入れてくれる湖。
水を掌にすくっては肩や腕にかけていく。
冷たい水音がやけに響いて感じる。
木々に生い茂った光りゴケは月の光を受けて昼間よりも美しく神秘的な発光を見せる。
「綺麗ですねえ・・・」
呟いて。
このまま・・・この湖の中に溶け込めたら・・・
こんな自分でも・・・綺麗になれますかね・・・
罪に汚れた、血にまみれた自分でも・・・・
『俺、きれーな瞳だと思ったんだぞ!』
『ああ、おまえは美人だって、安心しな、悟浄様のお墨付きだぜ?』
『今のままでも・・・充分・・・』
「綺麗・・・ですか?」
誰が?なにが?
嘘つき・・・

 「八戒?」
ふと何かに呼ばれた気がして目が覚めた。
彼の名を呼んだのは、隣で寝ていたはずの彼がいないから・・・
「どこに言った・・・」
一つ舌を打ち、捜しに歩く。
呼ばれている。
「今行くから・・・そんな声で呼ぶんじゃねえよ・・・」
低く呟いて・・
声というよりも、音・・・
誰かの奏でる心の音。
酷くすんでいるのに、綺麗な音なのに・・・
壊れそうな音・・・
美しいハープの音色にも似た声の音。心の声の音。
おまえなんだろう?
この先にあるのは、昼間に見た湖。
草を掻き分けて進み・・・
三蔵は息を飲んだ。
翡翠色の湖。
淡く光る森林。薄く照らす木立から漏れる月光。
そして・・・その中心部に、こげ茶色の髪から水をしたたらせて
両の手に水をすくっては零れ落ちるそれを眺めている。
湖と同じ色の瞳。
白い肌が月光を受けて・・・水の滴が淡く光って・・・
「妖精・・・」
「え?」
呟いた声さえ届いてしまうほど静か。
その人が振り返り、翡翠の瞳に三蔵を移す。
「三蔵・・・?」
名を呼ばれても動けない・・・
消える・・・消えていく・・・
パシャン・・・
静かに水音を立て、三蔵は濡れる事も構わず湖に入った。
ゆっくりと近付く。
妖精・・・
そって手を伸ばして髪に触れる。
濡れて冷たい。綺麗な髪。
「三蔵?」
名を呼ばれて、腕に抱きしめる
「三蔵・・・?」
どうしたんですか?
あなたが・・・
「妖精・・・」
「え?」
「そう見えた」
「僕がですか?」
「ああ・・・」
「そんなわけないでしょう?」
「見えた」
ずっと自分に聞こえていた音楽はなる。
奏でられる旋律は綺麗なのに悲しい・・・
心の音楽
その音楽が、独奏でなくて、自分の心の音と、重奏となれば・・・
悲しくないだろうか・・・
「妖精はいたんだ」
「いませんよ・・・」
「八戒・・・」
「三蔵、いるのは妖精じゃないんです」
罪人なんです
声に出さずとも聞こえる。
「八戒・・・・」
「この湖に溶けられたら・・・綺麗になれたかもしれませんね・・・」
抱きしめた腕を緩める。
「さ・・・」
声を飲み込む。
自分の音と混ざるように・・・
聞こえるか?俺の音楽が・・・音が・・・聞こえるか?

悲しい音・・・綺麗で・・・鋭い・・・
でも、なんだろう・・・酷く悲しい音がする・・・
音が泣いてる。
泣き止んで・・・あなたに涙は似合わない・・・
「ここにいろよ」
「三蔵?」
「俺がいる・・・そして、おまえもここにいるんだ」
もう一人じゃない。
一人じゃない・・・
悲しい独奏を止めて・・・
二人かなでる二重奏
悲しみをけして・・・
「三蔵」

「・・・・・」
「妖精はね?音楽がすきなんですって」
「・・・・・」
ふわりと笑う。
まさに、妖精のように・・・
いや・・・妖精というよりも、むしろ・・・
「妖精は、綺麗な音楽にのって、踊るんです。楽しそうに」
心の音が聞こえる。
あなたの音が・・・
あなたのバイオリンの響きにハープを添えて・・・
もう独奏じゃないね・・・
楽しい・・・

妖精は踊りだす。
美しい月夜の晩に、
人知れず踊る
女神の奏でる美しき旋律にのせて・・・・






END
 相変わらず、暖かく優しいお話を書く、くるみさん。このお話もくるみさん特有の優しさが出
 ています。三蔵が妖精に見えた、湖の中にいる八戒は、さぞや綺麗だったことでしょう…。
 悟浄の「嫉妬は良くないんじゃない?」と、三蔵の「でけえんだよ・・・三年の差は・・・」が、私は
 すごく好きですっ(^^)しかし服が濡れるのも構わず、湖に入っていく三蔵。さすが八戒への
 愛は違うわね〜と思いました。                 本当に有難うございましたっ!!