北条 冬姫
          さま 
  Happy Birthday
2000.9.21
三蔵×八戒
まもなく三蔵にとって、一年の内で一番大事な日がやってくる。
愛しくて、大切な恋人、八戒の誕生日。
この日だけは八戒とずっと一緒にいようと、三蔵は心に決めていた。
戦いの最中は、三蔵の傍らにいつでも八戒の姿があった。
でも今は戦いも終わり、八戒は山奥の小さな村で悟浄と共に暮らしている。
出来る事なら、三蔵も一緒に暮らしたかったが、玄奘三蔵という名前がそれを許さない。
だから三蔵は、1週間に一度あるかどうかの逢瀬を心待ちにしている。
だけど、八戒の誕生日ともなれば話は別だ。
誰が何を言おうが、たとえ寺院にとって大事な用事が入っていても、三蔵はこの日だけは寺院を抜け出すつもりでいる。
三蔵にとって、この世に八戒以上に大切なものなどないのだから。



三蔵の様子がおかしい。
悟空は思った。
何だか今日は、朝からソワソワしているような気がする。
「なぁ、さんぞー。どうしたんだよ。腹でも壊したのか?」
悟空がいつもの口調で三蔵に言った。
「お前と一緒にするなっ」
すかさず三蔵のハリセンが悟空の頭を直撃した。
「いってぇなぁ。心配してやったんだろー。」
「余計なお世話だ。バカ猿」
「もう三蔵なんてしらね〜よっ」
悟空はそう言って、三蔵の部屋から出ていった。
「せっかく一緒に八戒の所に遊びに行こうと思ったのに…」
悟空の言葉は三蔵に届く事はなかった。

『俺はそんなに普段と態度が違うだろうか?』
部屋に残った三蔵は1人考えていた。
自分では、いつもと同じつもりで行動していた。
だけど、他人からみたらそうは見えないらしい。
「八戒の所為だ…」
八戒の事を考えるだけで、いい年をした大人がドキドキしてしまう。
八戒の笑顔を見ているだけで、幸せな気分になる。
未だかつて、三蔵はこんな思いをした事がなかった。
明日は八戒の誕生日。予定通り、日付が変わった瞬間に八戒の家を訪ねる。
この日の為に根回しをして、悟浄を家から追い出している。
だから、八戒生誕の夜は2人だけで過ごせるはずだ。
プレゼントも用意した。準備は万端。
あとは、人知れずに寺院を抜け出す時を待つばかり。
三蔵はその時を、今か今かと待ちかねていた。





「八戒、俺、今日の夜、出かけるわ。たぶん戻らないから戸は鍵を閉めときな」
悟浄が、午後のお茶を楽しんでいた時、突然言い出した。
「また、新しいターゲットでも見つけたんですか?この所毎日じゃないですか」
八戒は呆れながら言う。
「そうなんだよ。すっごくいい女が居てさ。今日あたり落とせそうなんだよな。」
「はぁ、そうなんですか。相変わらずですねぇ。」
「お前もたまには一緒に行こうぜ」
「今日は止めておきますよ」
「そうか、残念だな。今度、絶対一緒に行こうなっ」
八戒は「はい、はい」と、仕方なさそうに答えた。
「そういえば八戒。そこの花はどうしたんだ。朝はなかったよな。」
悟浄がテーブルの上の花を指して言った。
「午前中に悟空が持ってきてくれたんですよ。悟浄が戻るのを待っていたんですけどね、用があるとか言って、悟浄が帰ってくる少し前に寺院に戻りました。」
「ちび猿が持ってきたぁっ!!。それにしても、花を持ってくるなんて、どーゆう風のふきまわしだ。明日は嵐か?」
「相変わらず口が悪いですね。悟空に失礼ですよ」
クスクス笑いながら、八戒は言った。
悟浄と悟空は、喧嘩もよくするが根本的に仲が良い。
だから、悟空に対して悟浄が扱下ろしても本気ではない。
ただ単に素直に誉める事が出来なくて、結果として扱下ろしてしまう。
『ようするに、悟浄は恥かしがりやなんですよね。』と、八戒はいつも思っている。
2人でゆっくりと午後のひとときを過ごしていたら、気がついた時には暗くなり始めていた。
時計を見ると、午後5時を指している。
「じゃあ、俺そろそろ出掛けるわ」
そう言って、悟浄が席を立つ。
「いってらっしゃい。気をつけて」
八戒が笑顔で送り出す。
悟浄は「ああ」とだけ答えて、扉の向こうに消えた。
八戒は家の中で、悟浄の外を歩く足音を聞いていた。
別に期待していた訳ではなかった。
でももしかしたら、今夜だけは家に居てくれるかもと、思っていたのも事実だった。
「1人で迎える誕生日は、いくつになっても寂しいですね」
溜め息を付きながら、八戒は言った。
「きゅー、きゅー」
「ジープ?」
八戒の首元にジープが頬擦りをしてくる。
「慰めてくれてるんですね。ありがとう」
「きゅー」
「僕は1人じゃなかった。ジープがいてくれるんですよね」
初めて1人で迎える誕生日に八戒は考えが暗くなってしまっていた事に気づいた。
でも、それもジープの慰めのおかげで吹っ切れた。
「ジープ、今夜はジープと一緒に、ちょっと早めのお祝いをしましょうか」
「きゅーっ!!」
ジープは八戒の言葉に、羽をバタバタさせて飛回った。
「ちょっと待ってて下さいね。準備をしますから」
ジープに向って八戒は微笑みながら言った。

八戒はまだ知らない。三蔵がどんな行動を起こそうとしているかを…。




「ジープ、大丈夫ですか?」
八戒は心配そうに覗き込む。
お酒が大好きなジープは、ちょっと目を離すとすぐ飲み過ぎてしまう。
今もジープはヨロヨロになりながら、でもご機嫌に八戒の周りを飛んでいる。
でも、ジープの目は焦点があっていない。
「ジープ、今日はもう休みましょう」
八戒はジープを抱きかかえて、寝室へと向った。
寝室に入った途端、ジープは自分専用のベットへと無意識に向っていた。
このベットは、ジープの為に、八戒が手ごろの籠を見つけて作ってあげたものだ。
ジープはとても気に入ってくれたらしい。
作ったかいがあったと、八戒は微笑む。
「ジープ、お休みなさい」
ジープに挨拶をしてから、八戒は自分のベットに近づいた。そして、ベットのサイドテーブルに見かけない物がのっているのに気づいた。
「何でしょう?掃除した時はなかったのに…」
リボンの掛けられている箱を手にとって見る。
そして、八戒はベットに腰掛けて、リボンをひも解いた。
箱の中から出てきたのは、紅茶だった。
中国紅茶の中でも人気の高い、雲南紅茶。一般には「ユンナン」と言われ、親しまれている。
八戒はこの紅茶が一番好きだった。しかも、今目の前にある紅茶は、その中でも最上級に分類されだろうと思われる品だった。
「誰が…」
八戒は紅茶の影に、一枚のカードが添えられている事に気づいた。
そのカードには『Happy Birthday 八戒。』とだけ書かれていた。
名前がなくても八戒にはそれが誰からのプレゼントかすぐに分かった。
カードに書かれていた文字には、よ〜く見覚えがあったから…。
「悟浄、覚えていてくれたんですね」
その事が八戒には、涙が出るほど嬉しかった。
誕生日を迎える夜を、1人で過ごすのは寂しかった。
誰かに傍にいてほしいと思っていた。
でも今は、皆の優しさに触れ心が温かい。
「悟浄からは紅茶、悟空からは花を頂いたんですよ、可喃。明日は三蔵が遊びに来てくれるそうですし、ジープも僕を慰めてくれたんです。僕はなんて幸せ者なのでしょうね。そう思いませんか、可喃」
八戒は窓の外を眺めながら呟いた。




「ちっ、あのくそじじいどもっ。」
三蔵は夜道を走っていた。先刻から三蔵の口から出る言葉は、寺院の坊主達への悪態だけ。
八戒の元へ出掛けようと部屋から出た三蔵を迎えたのは、見たくもない年老いた坊主共の顔だった。
その用件はというと、三蔵にとってはどうでもいいようなくだらない事だったので、三蔵の機嫌は一気に悪くなった。
坊主達を一喝してから、三蔵は機嫌を損ねたまま寺院を出た。
でも、その時には三蔵が予定していた時刻を大幅に過ぎていた。
「あいつらの所為で、1時間のロスだっ」
何とかして遅れを取り戻そうと、町まで急いだが、そんな時に限ってなかなか脚が見つからない。
三蔵の機嫌がさらに悪くなったのは、いうまでもない。
ようやく八戒の元へ行く車を見つけた時には、日付が変わるまで2時間を切っていた。
いつも八戒の元に行く時には、ジープに来てもらっていた。
だが、今回は八戒の元に行く事を内緒にしておく為、ジープを呼ばなかった。
「何か理由をつけて、来てもらえば良かったな」
三蔵は今更ながら後悔した。
八戒達の住んでいる村へもう少しだというのに、三蔵を乗せた車は突然止まってしまった。
「こんなところでどうしたんだ?」
三蔵は声に苛立ちを含ませながら言った。
運転手は申し訳なさそうな顔をする。
「お客さん、すみませんがここで降りて下さい。事故でこれ以上進めません。」
その答えは今の三蔵にとっては、一番考えたくない容赦のないものだった。
『まさかっ』と思い、三蔵は車から身を乗り出した。
三蔵の目に映ったものは、土砂で埋もれてしまった道だった。
運の悪い事は続くというのを、三蔵は誰かから聞いた事があった。
だが、三蔵は自分で体験した事はなかった。
「どうしてっ、今日この時に体験する破目になるんだっ」
三蔵はやり場のない怒りを堪えるのに必死だった。
車から降りて、三蔵は目的地に向って走っていく。
運転手の視界から三蔵の姿が消えるまで、あっという間だった。
三蔵は足場の悪い山道をものともせず、全力で駆け上がっていった。
その甲斐あって、日付が変わる5分前に八戒達の住む家に辿り着いた。
弾んでいる息を整えながら、三蔵はあ〜ぁと思う。
本当ならもっとかっこ良くきめるはずだったのだ。
八戒の前に涼しい顔をして姿を現すはずだった。
「でも、今のかっこじゃなぁ…」
今の自分の姿を見て、三蔵は苦笑する。
三蔵の体の至るところから汗が滝のように流れている。
髪も乱れ、服も裾に泥が跳ねて汚れてしまった。
「昔の俺からは想像がつかんな」
誕生日に会いたいが為に、なりふり構わずに行動する自分がいるなんて思いもしなかった。
「それだけ、八戒に掴まっているって事か…」
そう呟く三蔵の顔には、言葉とは裏腹な笑みが浮かんでいた。
横目で三蔵が、時計を見る。
12時まであと少し。八戒がいるであろう、寝室の窓に三蔵は近づく。
思った通り、その部屋には明かりがついていた。
三蔵は見つからないように、窓の下に隠れた。
八戒は喜んでくれるだろうか。驚いた顔を見せてくれるだろうか?
いろいろな思いが三蔵の中で渦巻いている。
三蔵は時計の針が12に掛かった途端、窓を叩いた。




八戒は一度ベットに入ったのだが、中々寝付けなかったので、本を読み始めた。
だが、八戒の目は字を追っているだけだけで、意識は他に飛んでしまっているようだった。
そんな八戒のもとに届いた音。
コンッ・コンッ
音の聞こえた方に顔を向ける。窓の外を見ても、誰もいない。
「空耳だったんですね」
八戒は本に意識を戻した。
するとまた窓を叩く音がする。
八戒は窓に近寄った。
「悟浄ですか?」
扉の鍵は閉めておけと言われたので、その通りにしていた。だから、戻ってきた悟浄が家に入れなくて困っているのかと八戒は思ったのだ。
だけど、八戒が問い掛けても返事はない。八戒が首を傾げたその時、思いもよらない人物の顔が八戒の瞳に映った。
八戒は幻かと目を擦ってみる。でもその瞳には三蔵の姿は映ったまま。
八戒は急いで窓を開けた。
「三蔵…」
八戒は瞳を見開いたまま、三蔵を見つめた。
三蔵も八戒の顔を見つめる。そして、笑顔で言った。
「Happy Birthday 八戒」
三蔵のその一言が、八戒の耳に届いた。
八戒の瞳から、涙が零れた。
これには三蔵が驚いた。泣かせるつもりなんてなかった。
ただ喜んでくれる顔が見たかっただけ。
それなのに、八戒は泣いてしまった。
三蔵は恐る恐る八戒の肩に手を置いた。
「八戒?」
「すみません、三蔵。今日、僕の涙腺おかしいんです。
呆れないで下さいね」
泣き笑いの表情で八戒が言う。
「おかしいですね。嬉しくて涙が止まりません」
八戒は顔を手で覆ってしまった。その八戒の姿に三蔵は愛しさがますます募った。
「八戒。どうしても日付が変わって一番にお前におめでとうを言いたかった。他の誰にも先を越されたくなかった」
三蔵が八戒の顔を上げさせながら言った。
八戒の瞳からはまだ涙が溢れている。
三蔵は八戒の瞳に口付けた。
八戒の涙が止まるまで、何度も何度も口付ける。
「三蔵、ありがとうございます」
三蔵の耳に、八戒の小さな声が届く。
まだ涙の乾ききらない顔に、八戒は笑顔を見せる。
そして、三蔵を窓越しに引き寄せ、抱きついた。
三蔵は八戒のその行動に慌てた。
本当なら嬉しい行為なのに、汗の臭いを気にしている三蔵にとっては、最もやってほしくない事だった。
中々離れない八戒に、三蔵は正直に言った。
「八戒、凄く汗臭いんだ。だから離してくれ」
三蔵の懇願の言葉に、八戒は顔をあげた。
そして、不思議そうに三蔵を見つめる。
「三蔵、貴方の匂いですよ。全然気になりません」
そう言って、八戒はますますきつく抱きついた。
「八戒、そう言ってくれるのは嬉しいんだが、本当に臭いと思うぞ」
「私が大丈夫だと言ってるんです。ここに来る為に汗をかいたんですよね。だったら、臭い訳ないじゃないですか。三蔵が私の為にかいてくれた汗なんですから」
そう言って八戒は、三蔵のうるさい口を塞いだ。
三蔵は八戒の口付けを受けながら、さっきの八戒の言葉を思い返した。そして、八戒をぎゅっと抱きしめ返した。
八戒の口付けが離れたと同時に、三蔵は抱きしめている腕を解いた。
「三蔵、愛しています。貴方の行動に私はいつも驚かされてばかりですね」
そう言った八戒の目から、また涙が溢れる。
綺麗な宝石のような涙だった。
すみません。という小さな声が聞こえる。
良く見ると、三蔵の服は八戒の涙で濡れていた。
「八戒、俺もお前を愛している。お前だけが、俺にこんな行動をとらせるんだ。よく覚えておけ」
三蔵の脅しともとれる言葉に、八戒は笑顔で答えた。
「はい、よく覚えておきます。」
三蔵はもう一度八戒を抱きしめた。
募るばかりの愛しさを込めて、力の限り抱きしめる。
「八戒、今日は1年で一番俺にとって大事な日だ。なにせ八戒がこの世に生まれた日だからな。八戒が生まれなければ、俺達は会う事も出来なかった。」
三蔵の言葉に八戒は胸を詰まらせる。
「今日の三蔵は、私を泣かせるような事ばかり言いますね。困ってしまいます」
八戒の困惑気味の表情に、三蔵は笑みを漏らす。
「お前のいつもと違う顔が見れた。これからは、どんな顔も俺に隠すな。」
「三蔵も、私に全てを見せてくれますか?だったら、約束します」
「もちろんだ。」
窓越しでの会話だと言う事を、2人はすっかり忘れている。
今の2人はお互い以外は目に入らない。

「八戒、誕生日おめでとう」


2人の夜は、まだ始まったばかり。






END
 ラブラブモード炸裂で、とても幸せになりましたーっ(><)相変わらず可愛らしいお話を書い
 てくださって…。有難うございます。とても三蔵が八戒のことを想っていましたが、他のキャラ
 も八戒思いで。悟浄なんてベッドのサイドテーブルにプレゼントを置いておくあたり、このっに
 くいねえ、と思いました。でもやっぱり日付が変わったと同時にお祝いしたい三蔵の気持ち、
 よくわかりますっ!!                          有難うございましたっ!!