SAIYUKI
NOVELS 38
大切な2人の時間 2000.11.9
GOJYO×HAKKAI
 んーっ。
 窓を開けて朝陽と清々しい空気とを室内に入れながら、悟浄は両手を上げて大きく伸びをすると、窓のサンに手をついて外を眺める。
 今日はとてもいい天気だ。気持ちがいいくらい青空が広がっているので、多分昨日よりも気温が上がって過ごしやすくなるだろう。
 自分の誕生日にはふさわしい日だ。
 天気さえもが自分を祝ってくれているようで。
 願いをかなえられるような感じがして。
「うっし」
 絶対に彼はくる。そのときにおねだりしてやるんだ。
 多分彼のことだから嫌とは言わないだろうが、もし言ったとしたら……OKもらうまで何度でもお願いしよう。
 うんうんと頷きながら、悟浄はそう心に決めた。
 コンコン。
 そのときドアを叩く音がした。
 きた。
「悟浄、入りますよ?」
 いつもより少し強めに叩くことにより自分が来たことを更に主張してから、八戒はノブを回した。その彼を、窓を背景に悟浄は出迎える。
「あれ、起きてたんですか?」
 この時間は大抵まだ布団の中にいる悟浄なだけに、目を覚ましているだけでなく、きっちりと服を着込んで出発の準備までしてある彼の姿に、八戒はあからさまに驚いている。
「よっ」
「おはようございます」
 それでも驚倒からすぐさま立ち直り、そんなことなど微塵も見せずに、にっこりと爽やかな笑みを浮かべて挨拶をする八戒は、さすがと言えよう。
「ぜひいつも、こうでいてもらいたいですねえ」
 八戒は冗談半分本音半分で、笑みを崩さずに呟いた。
 しかし朝一番に見る八戒のこの笑顔が悟浄はとても好きだったので。
「それはムリだな」
 考えるそぶりさえ見せず、あっさりと却下した。
 そりゃあ八戒の願いだったらできることならかなえてやりたいと、常々悟浄は思っている。でも毎日きちんと起きてしまうと、八戒が起こしにこなくなってしまうではないか。朝っぱらからあのうるさい馬鹿ザルと喧嘩して1日が始まるなら、やはり愛しい人の笑顔を見て気分よく1日をスタートさせたいと思ってしまうのは当然だろう。だから、たとえそれが八戒の願いだとしても、ぜったいにこれだけは譲ることができない。
 そのために強く否定した悟浄に、苦笑を浮かべるだけの八戒は、あまり口やかましく言うつもりはないようだった。
 実際のところ、八戒も悟浄を起こすのを結構気に入っていたのだ。たまにベッドに引きずれこまれてしまうこともしばしばあったりするが、それは置いといて、寝ている姿や起きたてという彼の無防備な姿を見れるというのが、お気に入りの一番の理由だろう。だから彼が皆と同じように起きてきてしまうと、その楽しみがなくなってしまうし、暗黙の了解で悟浄を起こしにいくのが自分となっているために、お役ご免のようで悲しかったりもする。
「ところでさ、八戒」
 悟浄の顔には、一大決心のような厳しいものが。
「お願いがあんだけど」
「…な、何でしょう?」
 彼から改まってのお願いなど、今までに告白されたときの一度きりだけなので、どれほど重要なものなのかと構えてみれば。
「今日はオレの誕生日だろ。だからさ……今日1日、オレといてください」
 あまりにも想像とはかけ離れた言葉だった。
 それでも彼はとても真剣な眼差しをしていて。
「…ぷっ」
 八戒は我慢しきれずに吹き出してしまった。
「なんで笑うんだよ…」
「すみません」
 面白くなさそうにしている悟浄に、まだ目元には吹き出したときの笑みが残っていたが、それでも綺麗に微笑むと、八戒は「はい」とはっきり言ってくれた。
「そうだ、悟浄?」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」
 八戒が軽くついばむように口付けた。
 今日最初のキスだった。





 いつもの光景。
 騒がしい兄弟喧嘩と2人に制裁を加える保護者。それを穏やかに見つめる保父さん。
 その食卓はなんらいつもの変わりなく。
 相変わらず、悟空にちょっかいを出して楽しいことは楽しいが、やはり今日1日八戒と一緒にいれることに勝るものなどあるはずがない。
「八戒。これ食ったら散歩いかない?」
 行くわけねーだろ。約束したんだからよ。
 八戒が言うよりも早く、悟浄は言葉にせずに返事をすると、内心ほくそえんでいた。
「すみません、悟空。お誘いはとても嬉しいんですが、先約がありまして…」
「センヤクぅ〜」
「ええ。悟浄と」
 ちょっと優越気分だったりする。
「なーんだ、そっか。ちぇっ、なら仕方ないよなー」
「どうせ誕生日くらいは一緒にいたくて、八戒に頼んだんだろ」
 見ていたわけではないはずなのに、確信をついてくる三蔵にやはりただ者ではないと悟浄は思った。
「ああ、そっか。悟浄、おめでとー」
「…とってつけたように言ってんじゃねーよ」
 ま、おめでとうと言っただけでも良しとしよう。
 ところがこいつは…。
 チラッと三蔵を見る。
「今日で30になったか?」
 こいつは……。
 悟浄は八戒の腕を掴むと出口へと向かって行く。
「行こうぜ、八戒。三蔵の近くにいるとハゲが映るぞ」
 出る直前に仕返しとばかりに言った悟浄だったが、ドアが閉まる前に三蔵の銃に含まれていた弾が彼の背中を追うこととなった。
 ぎりぎり避けることができた悟浄だったが、小さな風が頬を過ったようだった。
「危ねー、危ねー。ったく、マジであいつは坊主のくせにバリ危険人物だよな」
「わかってるなら、刺激するようなこと言わなきゃいいんですよ」
 なんだかんだ言っても楽しんでいるくせにと、八戒はわかっていたがあえて口にはしない。
 くすくすとただ笑うのみだった。
 そんな他愛ない会話で歩を進ませて、散策を楽しんでいると近くの林へとたどりついた。
 森ほどうっそうと木が生えているわけではないので、いたるところに小さな休憩場所となりうる空間があり、またそこには木漏れ日が差し込んでいてとても気持ちがよさそうだ。
 それでもそこでは足を止めずに、そろそろ紅葉に時期になるであろうここを、たまに小枝を踏みながら奥を目指して行く。すると川へと出ることができた。
 起伏がないために流れの緩やかなその川は、見ているだけで心が和む。
 結局2人してこの川辺に座り込んでここを目的地とし、眺めを楽しんでいた。
 奥には緑色の服を着た山があり、その服にはところどころ黄色や赤などの色も混じっている。その山が寂しくないようにか、近くには透明度の高いこの川が流れていて、たまにちゃぽんと魚がはねる音は、まるで山に話しかけているようだ。
 無言でこの綺麗な情景を見詰めていたが、何を思ったのか突然八戒は立ちあがると、川へとずんずん近付いていき、しゃがみこんで冷たい川に手をいれた。
 小さく笑っているようだ。
「?」
「悟浄、来てください」
 声を弾ませて微笑んで呼びかける彼があまりにも可愛らしくて、抱きしめてキスしたい衝動にかられたが、いかんせんあまりにも距離がありすぎたので、悟浄は断念せざるをえなかった。
「ほら、魚ですよ」
 手を見てくださいという彼の言葉通り川に突っ込んだままの八戒の手を見てみると、その手に小魚たちが集まってきていた。
 よく見てみないと判別できないほど、川の底に敷き詰められている小さな石と同じ色をしていたし、とても小さい魚だったが、とても好奇心が強いようで、八戒の手を口でつんと突いている。
「くすぐったい」
 彼は手を引っ込めたいのをぐっとこらえて、くすくすと笑いながら小魚たちの仕草を見つめている。
 悟浄はそんな彼を覗き込んで、今度こそすばやくキスを奪った。
「魚もお前にキスしてんだ。恋人のオレが負けてたまるかってーの」
 まったく魚と張り合ってどうするんですか。
 そんな呆れたような顔をしている八戒だったが、それでも表情を笑みへと変えると、ゆっくりと瞳を閉じてくれた。
 悟浄も再度ゆっくりと顔を近づけると、八戒の唇に己のを触れさせてその柔らかさをじっくりと感じる。
 これが今日2度目のキス。
 この後次の村へ向かうべくここを出て行くわけだが、1年に1度の自分の誕生日の今日、いったいこの感触をどれくらい味わえるのだろうかという期待と不安が、悟浄の脳裏を横切るのだった。
 なんとなくだが、2人には邪魔されそうな予感さえしてしまうのだから。






END