SAIYUKI
NOVELS 15
ものと想いと切掛と 2000.6.24
GOJYO×HAKKAI
 曇ってる。
 悟浄はそう思った。
 目線を少し下に下げているため、自分から見ると俯き加減に見える。その八戒を真正面から悟浄は見つめる。
 そのあからさまな視線に気付かないわけはなく。
「どうしました、悟浄」
 左手に茶碗を持ち、右手で持った箸で肉じゃがをつつこうとしたそのままの体勢で、小首をかしげているその姿は…。
 可愛いかったりするんだよな。
 大の男に使う言葉でないのは百も承知。それでも、綺麗な彼がたまに除かせる可愛いさは、最大の魅力だと思っているので、誰が何を言おうとかまわない。
「いや。綺麗だなーと思って」
 ニッコリ笑って言うと。
「お上手ですねえ。そんなこと言っても、何も出ませんよ」
 八戒もニッコリ笑って返してくれる。
 旗から見ればいつもの彼と何ら変わりがない。だがそれは普通の人が見た場合に限る。
 やっぱり八戒の笑顔が雲っている。
 今ので確信できた。
 彼は今、何か気がかりなことがあるようだ。しかし、それを軽々しく口にする奴でないことはわかっているので、悟浄は何もできないでいる。いつもなら悟浄にさえ悟られることはない八戒なのだから、それを考えると結構深刻なことなのかもしれない。
 ……どうしよう。好きな奴ができた、とか言われたら。それが三蔵だったら悔しいだけですむが、あの年中食うことしか能のない、全身胃袋の悟空に負けたとなったら……。落ち込んできた…。
 まだそうと決まったわけではないのに、話が勝手に進行してしまう悟浄だった。
「悟浄。何考えてるかわかりませんが、今食事中なのを忘れないで下さいね」
 手、と一言言われて、やっと箸を進める手が止っていたのに気付く。
「はい」
 少しでも早く八戒には気がかりなことを解消してもらわないと、こっちがうつ状態になりそうだと思いながら、八戒の機嫌が悪くならないうちに考えるのをいったんやめて、食べることに専念する。





 真っ暗な闇。
 家の灯りが点々としているくらいなのだから、まして外を出歩く人などあまりいるはずがない、ほとんどの動物が活動をやめる真夜中。
 甘く暑い吐息が重なり合う。
 シーツの上で乱れる髪が、離れないように指に絡み付く。
 腕で頭を抱え込んで、人肌を感じている。
 まだ引っかかっているだろう八戒に、今このときだけは忘れさせようと、ときにはいつも以上に激しく、ときにはいつも以上に優しく、悟浄は彼を愛する。
 熱い時間をすごし同じベッドで眠るとき、たまに彼は悟浄にすり寄ってくる。それは先ほどの行為の余韻なのかそれとも闇を苦手としているのか定かではないが、無意識に甘えが出てしまうようだ。
 今日はどうかとそのときを待っていた悟浄は、すり寄ってきた八戒に今がチャンスと内心ほくそえんだ。彼はこういうときが一番無防備だからだ。
「なあ、八戒」
 甘えてきた体を優しく抱きしめる。
「何か気がかりなことでもあんだろ?」
「……」
 八戒は悟浄の胸に、じっと頬を寄せている。
 心臓の音、血の流れ。彼の生きている証を、耳をすませて聞いている。
「1人で抱え込むなよ。俺がつれーだろ」
 ナンもできなくて。
 その言葉で八戒は動いた。
 身を起こして振り返り、悟浄を見つめる。
 ベッドに横になり、片手を頭の後ろに置いている尊大な態度とはうらはらに、彼の瞳は真剣みを帯びていた。それを見て取った八戒は、ゆっくり息を吐くと、覚悟を決めて身を正す。
「…すみません」
「は?」
 何に対して謝っているのか、まったく検討がつかない悟浄。
 自分に心配をかけてしまったことを、彼は謝っているのだろうか。
「実は、朝近くの赤ちゃんを抱っこしていたんです。そのときに、その子がネックレスで遊んでしまったもので…壊れちゃったんです」
 ネックレス。銀色のそれは、以前悟浄が八戒の誕生日にプレゼントしたものだった。
 今まで花をあげたことなら数え切れないほどたくさんあるが、物は一度もないという彼なので、それを選ぶのにはけっこう時間を要してしまった。色々と探して見てもこれといってめぼしい物が見当たらず、結局女に渡すような物になってしまったのだが。
 石もなく何の飾りもない、チェーンのみのもの。ただ鎖の形が珍しかったからそれにしたのだ。そんなシンプルなネックレスを八戒はとても喜んでくれた。その彼の笑顔を見て、後悔したことまで思い出す。そんなに喜んでくれるなら、もっと早く探し始めて、少しでもいいものをあげればよかったと。
「僕の不注意で。すみませんでした」
 八戒はふかぶかと頭を垂れる。
「だから朝から様子がおかしかったのか」
「…わかりました?」
 1つ息を吐く。態度には出していないつもりだったのに。
「わからんでか。でもお前のことだから、もう修理に出してんだろ。じゃ、いいじゃねーか」
「ええ、それはそうですが。でもとてもショックだったもので…」
「そっか。俺って幸せ者だな」
「…え?」
「すごく気にするほど、大切にしてれてたんだろ」
 ありがとな、と言って悟浄は笑う。
「…あなたは本当に優しい人ですねえ」
「お前もだろ?人があげたモンをそんなに大事にすんだから」
「あれはあなたがくれた物だからです」
 好きな人に貰ったものだから、大事にするのは当然。
 真面目な顔できっぱり言う八戒から、愛の言葉を言われたような気がした。
「いくら貰い物でも、ここまで大切にしませんよ」
「じゃあ、ぞんざいに扱われないように気を付けねーとな」
「大丈夫。そんな心配は不要です」
「そこまで言われちゃー、男冥利に尽きるな」
 はっと笑って、片腕で八戒の腰を抱く。
 気が抜けない。
 綺麗な彼が自分以外に目を向けないよう。自分の元を離れないよう。
 頑張って男を磨かなくてはならない。
 今回のできごとは、いかに自分が彼を愛してるかを認識したとともに、八戒の自分に対する想いを実感でるものだった。




END