SAIYUKI
NOVELS 31
たくさんの感謝を君に  2000.9.21
SANZO×HAKKAI
 そこは緑の多い町だった。
 今までの道のりがあまりにも石や岩が多くてガタガタしていただけに、このギャップの激しさには正直言って驚いた。それでなくとも、ここまで緑の多いところはないというだろうに。
 水ももちろん綺麗ならば、空気ももちろん綺麗。
 その町に今回は2日間滞在する予定である。
 ここに着いたのは太陽が完全に姿を隠すまであと3時間くらいはありそうな、まだまだ今日1日は結構余裕で過ごせるであろう時間帯だった。その着いた早々に三蔵が公言したことだった。理由はよくわからないが、三蔵の言葉は絶対だし、そこまで急ぐ旅でもないのは重々承知しているので、八戒もあまり気にしない。それに自分だって長時間の運転と長時間の体勢とで肉体的にも精神的にも疲れていたし、ジープだってずっと動いているのでとても疲れているようだ。この場を借りて充分に休息をとってもらおうと、いつもとは違って日程のことなど八戒は考えるのをやめてしまった。
 そして部屋が決まって食事を済ませて。
「行ってきまーすっ!」
 ジープに乗っていても元気。食事中も元気。元気元気の相変わらずの悟空は元気よく挨拶をして、同じ暗い元気よく宿屋を出て行く。
「行ってらっしゃい」
 つい今しがたここに着いたばかりなのに元気だなあと微笑ましい気持ちのまま、爆弾の勢いのまま出かけていく悟空を、八戒は宿屋の前にある大樹の下で見送った。
 姿が見えなくなるまで何度も振り返って大きく手を振る悟空が、珍しいことに町へと向かっていたことにやっと気付いた八戒は、何事かとちょっと考えてみたりした。
 しかしもちろん答えが出るはずもなく。
 まあ、こういうときもあるでしょうと、考えを強引に切り上げることにした。
 そして部屋へ戻るべく、くるりと振り返ると。
「ちょっくら、出かけてくるわ、俺」
 今度は悟浄が出てきたところだった。
「どちらへ?と聞くのは、やぼですか?」
「んー、そうだな。今更っしょ?昼はジープの上ではねまくり。夜はベッドの上ではねまくり…」
 スパーンッ!!
「くだらんことはそのくらいにして、さっさとそこをどけ」
 音もなく背後に忍びよるのが実は趣味ではないかと悟浄が常々思っている三蔵が、今日もまたハリセンで背後から攻撃してきた。
「いてーっ。くだらないとは何だよっ!性欲は三大欲求の1つだぞっ」
「何もしゃべれないようにしてやろうか」
 今日も大地に降り注ぐ陽の光が、三蔵の手の内にある銃を鈍く光らせた。
 それに加えて、三蔵の1トーン低くなった声。
「行ってきます」
 すごすごと出かけて行く悟浄を気の毒そうに見る八戒だった。
「夕食はいかがします?」
「こっちで食うよ」
 ということは悟浄の言うところの、「夜はベッドの上ではねまくり」はしないのだろうかと思ってしまう八戒だったが、あえてそれは言わなかった。なんとなく三蔵の機嫌が悪くなりそうだと感じたから。
「あれ、三蔵もですか?」
「ああ、行ってくる」
 そっけないと感じるその口調に、八戒はわからないように溜め息をつく。
 なんとなく取り残された気持ちがした。
「………」
 しかし三蔵がそれを逃すはずがなく。
「待っていてくれ。早く帰る」
 瞳を見開いて三蔵を見てしまった八戒だった。
 もしかしたら初めてかもしれない。そんな言葉を言ったのは。
「…はい。行ってらっしゃい」
 淋しさが薄らいだような気がした。
 ふわっと微笑むと八戒は優しい声音で声をかけ、正しすぎるほどまっすぐな姿勢で先を見据えて歩く三蔵の姿が見えなくなるまで、その場で彼を見送った。
 パタン。
 淋しさは薄らいだはずだったのに。
 自分では優しく閉めたつもりだったがみょうに大きく響いてしまったその音に、ドアを閉めた格好のままで八戒は室内を見回す。
 そこにはベッドが4つと、自分たちの荷物が置かれている。
 貴重面にベッドメイキングされている洗いたてを想像させる真っ白いシーツが、この室内に人の生活の雰囲気を感じさせないでいた。
 いつもならとても騒がしいのに、偶然にも皆が出かけてしまい、突然静かになってしまった自分の周り。
 1人のときも落ち着けていいとは思っているが、いざこうして突然1人になるとこれはこれで嫌なものだと思ってしまう。
「わがままだなあ」
 小さく呟いたつもりのその声までもが、やはり予想より大きく耳に届いた。
 あまりにも1人を忘れてしまった自分。
 あまりにも人の暖かさに浸ってしまった自分。
 もう昔のように1人には戻れないことに気付いてしまった八戒は、もし今回の旅で死ぬことがあったら最初がいいなと思ってしまった自分の考えが、とても暗い方向へと向かっていることに気付いた。
 ぶんぶんと頭を振って、すくっと立ちあがる。
「ふ。邪魔が入らないうちに、さっさとやることをすませてしまいましょう」
 まずは洗濯。そしてジープを洗って。
 皆が帰ってくる間にこの2つはすませたいなと思ったが、早く帰ってきてほしいという思いも同時に存在していたのだった。





「行ってきまーすっ」
 次の日。今日も元気に悟空はお出かけをして行った。
 今日は窓から見送った八戒に、彼は変わらず姿が見えなくなるまで何度も振り返っては大きく手を振っていた。
「んじゃ、行ってくるわ」
 そして悟浄もまた出かけていく。
 本当はとても気になる。
 何かがあるような気がして。しかしそれを口に出す勇気が、なぜか出てこなかった。
「…三蔵はでかけないんですか?」
 なんとなく三蔵も出かけると思っていただけに、余裕な態度で椅子に腰掛けて新聞を読んでいる三蔵に聞いてしまった。
 しかし。
 バサリと新聞を下げると、現れた三蔵の顔は眉間にしわを寄せていた。
「お前は俺を追い出したいのか?」
「いえ。そんなつもりはまったく。ただ三蔵も出かけるような気がしていたもので」
「昨日のうちに用は済んだ」
「そうですか」
 ちょっと嬉しくなった八戒だった。
 自分でも不思議なくらい、昨日の寂念が残っているようだった。
「どうかしたか?」
「いいえ」
 八戒はきっぱりと否定する。目を閉じて、ゆっくりと首を振って。
 それでも三蔵は、そんな八戒から何かを感じ取ったようだった。
 新聞を丁寧に折りたたんでテーブルに置くと。
「八戒。出かけるぞ」
 三蔵はドアの外へと消えて行った。
「あ…行ってらっしゃい」
 出かけないようなことを言っていたのに…。
 沈んでしまう声を三蔵は多分聞かないままに、彼は出かけて行った。
 ドアを凝視してしまう。
 なぜか目が離せない。
 思考はまったく動かない。
「何をしている。お前も一緒だ」
 ひょっこりと姿を現した三蔵に、心臓が飛び出るほど驚いた八戒だった。
「びっくりした…」
「早くしろ」
「あ、はい」
 慌てて三蔵の後を追いかける。
 どこにつれていくつもりだろう。しかしもうどうでもよかった。
 太陽がまだ高い位置に顔を出しているこの時間に、2人だけでのんびりとお出かけだなんて。
 にっこりと八戒は三蔵の背中を見つめた。
 その視線を感じたのか、三蔵は立ち止まり八戒を振り返る。
 気付けば二人の間は少しだけ距離が空いていて。
 あわてて八戒は距離をつめた。
「どこまで行くんですか?」
「もう少しだ」
 目前にそびえ立ついくつもの階段。
 その高い壁を作る段差は、圧迫感さえ感じさせる。
 その階段を三蔵は先に踏みしめた。
 1歩1歩着実に、安定したリズムで歩ほ進め。
 そして最後の一段を登りきれば。
「おめでとうっ!!」
「えっ」
 ここは緑の多いこの町を一望できる高台だった。
 そこにテーブルと椅子を置いて。
 テーブルの真ん中には、色とりどりの花を咲かせた大小様々の大きな花束が花瓶に入って置いてある。
 そして所狭しと置かれている、見事な食事。
 三蔵に促されて、八戒は用意された椅子に腰掛けた。
「八戒。これ俺たちからのバースデープレゼントな」
 にかっと爽やかな笑顔でいる悟空は、見るとところどころかすり傷がある。
 悟空は近くの山々を駆け巡り、見事な花を取ってきた。
 机の上に飾られている高そうな花束は、悟空がとってきた野生の花だそうだ。
「久しぶりに用意したぜ。お前の味にはおとるけどな」
 八戒と同居する前までは自分で料理を作っていたこともあるという悟浄は、やはり案外料理が上手で、今回のこの食事は悟浄が用意したものだという。
 作ったのもあるけど買った物がほとんどだぜと、彼は言っているが。
「たまには外で食事もいいだろう」
 そしてこの見晴らしがよく心地よい風が流れるくつろぎの場所を見つけたのは三蔵。
 町の中を歩き回り、広々とした空間・静寂・安穏、この3つを兼ね備える場所を探し出したらしい。ずいぶんと我侭な注文だが、それでも探し出したところは賞賛に値する。
「じゃあ、改めて。誕生日おめでとうなっ!」
「…有難うございます」
 いつの間にか3人で話しをしていたのだろう。
 そして個々の役割分担を決めて、昨日のうちにここまでやってくれたのだ。
 確かに昨日は寂しい思いもした。
 仲間がどんなに素晴らしいものかもわかった気がした。
 しかし今回ので寂しい思いも帳消し。そして今度こそ仲間の存在価値をはっきりと実感した八戒だった。
 有難う、元気をくれて。
 有難う、自分を見つけてくれて。
 そして。自分の傍にいてくれて、有難う。
「じゃあ…明日からは今まで以上に頑張らないといけませんね」
 そう言った八戒の顔には、めったに見られない満面な笑顔だった。
 いつも料理をしてくれる八戒。
 いつも安らぎをくれる八戒。
 いつも優しく接してくれて、いつも笑顔でいてくれる。
 そんな彼にいつもしてくれるお返しとして。
 すべてを返すことはできないが、少しでも八戒がくつろいでくれることを願って3人で用意したこの場所を八戒は気に入ってくれたようで、花がほころぶような暖かいその笑顔を見ておもむろにほっとする3人だった。
 有難う、生まれてきてくれて。
 有難う、ここにいてくれて。
 そして。暖かい腕を広げてくれて有難う。
 色々な有難う。様々な有難うの意味。
 そのすべての有難うが、今ここに存在しているようだった。






END