SAIYUKI
NOVELS 23
様々な幸せのかたち  2000.8.8
SANZO×HAKKAI
 幸せとは何だろう。
 食事の後にお茶を飲んでくつろいでいたこのとき。
 突然わいた疑問に、八戒は手を止めて小首をかしげる。
 幸せ。それはそれは色々たくさんあるだろうと、今日はまだ片手にも満ちていない数時間のときを振り返ってみる。
 例えば…。
 いつも一番早く起きるのは八戒。今日も今日とてみんなはまだ夢の中。
 1人でベッドを抜け出して身支度を整えて、散策に出かける。
 それはいつもの習慣。
 出かけようとしたときに、パタパタと後ろから軽い羽の音が近づいてくる。
「ジープも一緒に行きますか?」
「キュ」
 低位置である方にジープが降りたのを確認して歩を進める。
 目的地までの道すがら、
「おはようございます」
 爽やかな空気に心が支配され、その気持ちのままニコリと挨拶をすると。
「おはよう」
 と気さくに返してくれる街の住人。
 外と中という固い壁を造らずに接してくれるこの街に滞在できて、よかったと思うこの気持ちも結構幸せ。
 例えば…。
 散策の途中のこと。ジープが1本の花をくわえてきた。
「僕にですか?」
「きゅ〜」
 白かと思いきや薄くピンク色の、何枚かの花弁が密集して作っている、1つの花。
「ありがとうございます。お花にお礼はしてきましたか?せっかく頑張って綺麗な花を咲かせたのに、頂いてきてしまったんですから」
 慌てて飛んでいくジープの後を追い、今八戒が手にしているのと同じ花を咲かせている植物に、ジープとともにペコリとおじぎをして、お礼の代わりにする。
 ジープの優しさと、嬉しさのためかたまに擦り寄ってくるその甘える仕草に、何かくすぐったさを感じる。
 これも幸せ。
 例えば…。
「少し遅くなってしまいましたね。ジープ急ぎましょう」
 以前から食事に遅れるようなことがあったら先に食べておいて欲しいと念を押してあったため、みんなは先に食べているだろうから別に急ぐ必要はないのだが、今まで遅れたことが一度たりともないために、だからこそ、けよいに焦りが自分を襲う。
 できうるかぎりのスピードで宿屋に戻り、食堂へと向かった。
「あっ、来たっ」
「すみませんっ。遅くなりました」
「おっせーよ、八戒っ。食事、さめちゃうよー」
 テーブルを見ると、運ばれてきている食事の数々はまだ山盛りで、誰一人として食事に手をつけていないことが理解できた。
「…待っていてくれたんですか?すみません。先に食べててよかったのに」
「かわいくねーなあ。せっかくお前のこと待ってたんだろ。何か言うこと、他にあるんでない?」
「そーだよ。みんなで食べなくちゃ、美味しくないだろ、こういうのはっ!」
「おーおー。いっちょまえに、いいこと言うねえ」
 驚いた。まさか自分のことを待っていてくれていたなんて。いつ帰ってくるのかもわからない、自分を。
「はい。有難うございます」
 極上の笑みを浮かべ、八戒は心の底から礼を述べた。
「うし」
「んじゃ、いっただっきまーすっ」
 みんなが自分を待っていてくれる。
 ここが自分の居場所だと、確認できる。
 これもまた幸せ。
 止めていた手を思い出したようにまた動かす。
 カップを口元に運ぶと、こくんとお茶を飲み、のどを潤す。
 幸せと一言に言ってもかたちは十人十色だし、また1人の人でも幸せのかたちは色々ある。
 結局のところ、幸せが何かとは言い切れないが、そのかたちは十人十色だという結論に達してしまった。





 三蔵は新聞を広げていたものの、視線は目の前に座っている八戒にくぎづけだった。
 のほほんとお茶を飲んでいたかと思えば。
 小首をかしげて。
 視線はどこか一点を見つめたまま、考え込んで。
 しばらくそうしていたかと思えば、口元を少し緩めて微笑むと、またお茶を飲む。
 何を考えているんだか。
 脇ではもちろん悟空と悟浄が果物の取り合いをして、ぎゃいぎゃいと騒ぎたてている。
 チラリとその2人の様子を見て、こちらに感心がないことを確認すると。
 コツン。
 足で八戒の足を蹴る。
「?」
 八戒は視線を三蔵に向けた。
 思惑どおりだ。
『何を考えている』
 八戒の瞳をまっすぐに見つめれば。
『なんでもないですよ』
 にっこり笑って返された。
『何だ』
 今度は睨んで再度問いただす。
『…幸せについてです』
 苦笑いして、やっと答えが返ってきた。
 幸せ?なんでそんなことを考えているんだ。
「八戒。用を思い出した。つきあえ」
「えっ。は、はい」
 すくっと立ち上がると、有無を言わさずに出て行こうとする。
「俺も行くー」
 悟浄とのじやれあいもなんのその、三蔵の言葉にすぐ反応する悟空だった。
「来るな」
「えーっ、なんでー」
 頬を膨らませて抗議してみたが。
「悟空。果物ならなんでも食っていいぞ」
 めったにない三蔵のお許しに。
「やったっ!」
 一度立ち上がったものの、すぐ座りなおすと、「おねーさんっ」と注文をし始めた。
 用事とはいったいなんだろう。
 三蔵の1歩後ろを歩きながら、八戒は考えていた。だか、いっこうに思いつかない。
「それで。幸せの答えはでたのか?」
 突然立ち止まると、三蔵は八戒が隣に来る前に立ち止まってしまったことに、眉を寄せた。
「いえ。でも色々な幸せがあるということには気付きましたが」
「そうか。ならば…これもその1つ、か?」
 ぐいっと腕を引っ張られると、暖かく柔らかいものが、軽く唇をかすめて行った。
 白昼堂々のましてや道のど真ん中の行為に、八戒は真っ赤になる顔を、どうにもすることができないでいた。
「なっ……」
「行くぞ」
 しかし、戸惑っている八戒をまったく気にもとめずに、三蔵は1人すたすたと先を目指して歩き出した。
 信じられない。
 とことん三蔵法師とは、名ばかりの人物である。
 それでも。多分自分は今までの名だたる三蔵法師の中でも、一番彼が好きなんだろう。
「三蔵、待ってください」
 あまり大きくない声で呼びかけても、雑多な音の中、彼はちゃんと自分の声を聞き分けてくれる。
 立ち止まって、ゆっくりと振り返ってくれる。
 これも幸せの1つ。
 …ああ、なるほど。
 そしてやっと自分なりの答えが導き出された。
 幸せとは、心が暖まるものを言うのかもしれないと。
 八戒は自分を待つ三蔵の元に歩み寄りながら、幸せの1つを握っている彼がいつまでも自分を見つづけてくれればいいと思った。
 そうすれば幸せはいつまでも続きそうな、そんな感じがするから。






END