SAIYUKI
NOVELS 59
なによりも重きモノ 2001.11.30
SANZO×HAKKAI
 それまではプレゼントを買うときの状況として、おおまかに2つに分かれると思っていた。
 1つは、まださほど分かり合っていない友人のために、何を買うか悩みに悩んでしまうということ。そして残りの1つは、分かり合っている友人だからこそ、その人に今、何を渡せばよろこんでくれるかを、すぐにわかって選べるということ。だからいつもプレゼントを買うときにそれが知人の物であれば、リラックスした状態で選ぶことができた。もちろん、買う物の色や形など先に細かく決まっている場合は、例外としてそれを探すのに時間がかかることもままあるが、でもすでに決まっているだけに悩むことはないのでとても安心していられる。
 ところが、それ以外にももう1つのタイプがあることに、つい最近やっと八戒は気付いたのだ。
 その残りの1つ。3つ目は、とても好きな相手だからこそ、渡す物を悩んでしまう、ということだった。
 ふう、と八戒は溜め息を吐くと見ていた雑誌をパタンと閉じ、今まで座っていた、このキッチンに内緒で運んできた椅子の上へとそれを置くと、ゆううつそうに足取り重く、ダイニングに続く扉へと向かって行った。
 今日まで様々な店を見て歩いた。
 少し店内で時間を潰しては、どういう品が売れていくのか見てみたりもした。
 あまり読むことのない雑誌を、店の人には申し訳ないが、立ち読みもしてみたし、こうして何冊か購入しては探してもみた。
 無料でくれる通販の雑誌までチェックして、普段見ないドラマも監察してみた。
 もちろんそこまでやらなくとも、今までだって「これなら似合いそうだ」とか、「それなら使い勝手がありそうだ」とか、そんなように色々と目に付いたものはあることはあった。
 しかし何かが違うのだ。
 それがあまりにも漠然で、どこがどう違うのかまでははっきり分からずじまいで。考えて、考えて。あまりにも考えすぎても決まらなくて。
 この際、彼の好きな煙草でもいいかもしれない。
 などと一瞬でも考えてしまうことがあったりして、そのたびに八戒は自分が嫌になっていた。
 だから今の状況をどうにかしたくて、助けを求めることにしたのだ。
「……悟浄?」
 カチャ、とゆっくり扉を開けて、顔だけ出してみたりする。
 悟浄は悟空とテーブルを挟み、八戒が焼いたクッキーを食べながらテレビを見ている最中だった。
「ナニ?」
 もぐもぐと悟空のように口を動かしながら、視線を八戒へと向けてくる。
 彼らしからぬ、扉からひょこっと顔を出している、そんな姿を目にして小さく笑ったりして。
「あの…ちょっと……」
「ん?」
 ちょいちょいと、手を振っておいでをしてくる八戒。
 優男のくせに、満面の笑顔で何でもないことのように、さらりと毒を吐いてくる。本人には自覚がないようだが、毛の生えた心臓の持ち主である彼が、いつも見せるそんな姿とはまったく違う今のそれに、ついつい笑みは深まるばかりだった。
「ああ…」
 悟空の頭に掌を乗せ、兄さんぶった口調のわりには「全部食うなよ」と子供っぽいことを言いながら、ついつい八戒へとすべて視線を向けてしまっていたので、一瞬鋭くなった三蔵の視線には気付くことなく、悟浄は目を笑わせたまま八戒へと近付いて行った。
 八戒は悟浄が部屋を出てすぐに、扉を堅く閉める。キッチンへと向かった後も、そこが2人だけだと分かっているのに、きょろきょろと様子を見るという徹底振りを見せる始末だ。
 そのあまりにも慎重すぎる姿は、悟浄の顔から笑みを失わせ、強張りを生ませていた。
 やっと2人だと納得した八戒が、強張る悟浄へと向けてきた言葉は。
「三蔵のプレゼント、何にしました?」
「……あ゛?」
 不覚にも、とてもマヌケな顔をしてしまった悟浄だった。
「『あ』って…もしかして、悟浄もまだ買ってない、とか?」
「ああ。そう言えば、明日、奴の誕生日だっけか」
 なぜこんなとこにかけられているかわからない、店の名前が入っているカレンダーを見て、悟浄はその事実にやっと気付いた。
「そう言えば、って…」
「別に何でもいいんじゃねーの?」
「何でも…」
「お前が選んだンなら、たとえ嫌でも受け取るだろうよ」
 あまりにもあっけらかんという悟浄に、八戒の方が少々あきれてしまう。やはり人の意見を参考にすることが間違いだったのだろうか。それとも悟浄に聞くこと自体が間違いだったのか。
「…嫌な物では困るんですが……まあ、でも、有難うございます。あまり参考にはなりませんでしたが、1つだけわかったことといえば、もっと気を楽にしろということですね」
「そうそう。気楽に、気楽に、ネ」
「…はい……」
 そして背を向けると、悟浄をおいて扉へと向かっていく八戒のその足取りは、先ほどよりもさらに重いものになっていた。





 窓の外は灯りが恋しくなるほどの暗闇。
 その恋しい灯りをいっぱいにした室内のリビングには、先ほどまでわいわいとしていた悟空と悟浄の姿はなかった。だが姿は見えなくとも聞こえてくる2人の声が、まるでエコーをかけたようなのは、きっとお風呂にいるからだろう。
 だから今、このリビングには2人だけ。
 テーブルには三蔵のコーヒーと、そして彼が読んでいる夕刊が半分、身を擡げている。そしてソファには、八戒が膝にクッションを置いて座っている。
 そんな2人を包んでいるのは、紙をめくる音のみだった。
 カサカサと軽い音が交差する中、三蔵は視線を感じて顔を上げた。
 とたん、緑の瞳とぶつかる視線。
 彼はとても驚いたように瞳を見開くと、慌てて綺麗な笑顔を向けてきた。そしていつまでも視線をそらさない三蔵に痺れを切らして、先に視線をそらしてしまった。
 彼は何でそんなに自分を見ていたのだろうか。しかも見方が見方である。まるでやましいことでもしているかのように、盗み見るように自分を見ていたのだ。
 三蔵は何か八戒にあったのかもしれないと、1つでも見逃すことのないように監察をし始めた。
 まずは彼が今見ている雑誌。
 そう、今日に限って、彼は雑誌を見ていた。彼の膝の上と雑誌との間にはクッションが置かれているために表紙まで見えず、いったい彼が何の雑誌を読んでいるのかまではわからなかったが、それでも見ていること自体がとても珍しかった。彼が雑誌を読むことなどあまりなかったから。もっぱら文庫か文芸書で、絶対に悟空や悟浄など見向きもしないような本ばかりである。
 何が彼にそうさせているのか。
 そういえば先ほどの、悟浄との内緒話と何か関係があるのだろうか。
 あの時だって八戒は、あの場に三蔵がいることを承知の上でのあの態度である。
 面白くねえ…。
 思い出したとたん、三蔵の内に忘れていた何かがふつふつと沸きあがる。だがそれが大人気ないことだとわかっているので、それでも彼なりに一生懸命その感情を堪えていたのだが。
 八戒がまた、チラリと三蔵に視線を向けた。そしてまだ三蔵がこちらを見ていたことに、とても慌てた様子を見せたのである。
 そんな彼の態度に、三蔵の中にあった何かが切れた。
 彼は黙って新聞を置くと、さっさと八戒へと近付いていく。
 何の感情も浮かべていない顔。しかし三蔵の瞳の奥とそして彼の足音が、とても彼が怒っていることを告げていた。
 どうして彼が怒っているのか、八戒にはわからない。
 だからこそ、困惑をしたままで、視線を彼から逸らせないでいた。
 三蔵は八戒の頭を抱えるように彼が座っているソファの背に両手を置くと、ぐいっと顔を近づけた。
「おい」
「は、い?」
 あまりにも動揺しているその声。
 それは当たり前だ。
 たとえ恋人という関係になってからもう時間がずいぶんと経ったとしても。たとえよくキスをしているとしても。たとえそれ以上の、深い関係を持っているとしても。
 とてもとても好きな彼。あまりにも綺麗な顔が近付いて、捕らえられると離れられなくなるその瞳で見られると、心臓が激しく音を立てるのは今も昔も八戒には変わりがないのだから。
 それなのに三蔵はまったく違うことを思ってしまったようだった。
「何で動揺している?」
「何でって…」
「やましいことでもしてんじゃねえだろうな」
「やましいこと?どうして…」
「人のこと、探るように見てんだろうが」
「探るようにって…」
「見てないとでも言うのか?」
 三蔵は右足を八戒の足と足の間へと割り込ませる。そのおかげで、先ほどまで八戒が見ていた雑誌は、痛そうな音を立てて床へと落ちてしまった。開かれたところは通信教育のページだったが、確実に彼が読んでいたのとは違うページだろう。
「そんなことねえよな」
 そして八戒の右側にある空いているスペースへと膝を折った状態で左足を乗り上げると、さらに彼の自由を奪ってしまった。
 もうこれで逃げられない。
 身体も言葉も、そして視線も。
「どうなんだ?」
「…見てました。でも…やましいことなんて、してませんっ」
「ほお。じゃあ、言ってみろ」
「えっと…」
 視線を逸らす八戒。ところが、そんなことを許しはしない。
 左腕を折り体重をそちらへとかけると、右手で八戒の顎を持ってぐいっと顔を戻させると、視線を再度合わせるようにした。
「言ってみろ」
 瞳で八戒を縫い付ける。
 声で八戒を追い詰める。
 もう無理だと八戒は悟った。
 彼に秘密にすることなど、始めからできるはずがなかったのだ。
「……三蔵…」
「何だ」
 八戒はゆっくりと瞳を閉じた。
 彼に気付かれないよう浅く、それでいて緊張をほぐすように深い呼吸をして。
「プレゼント、何がいいですかっ」
「………」
 一気に八戒は胸の内を打ち明けた。
 おかげで心が晴れたのだろう。まるでつっかえていた何かが取れたように、八戒は三蔵のことなど気にもとめず、さらに言葉を綴っていく。
「ずっと考えてたんですっ。でも、どうしても決まらなくてっ、そのっ……」
 しばし見詰め合う2人。
 三蔵は糸が切れたように、ことんと八戒の肩に額を乗せると、盛大な溜め息を吐いたのち、左足を乗せていた場所へとドカッと腰を落とした。頭は背へと乗せ、瞳を閉じられているさまは、脱力しているようだった。
「三蔵っ」
「…昼間の悟浄と話しは何だったんだ?」
「昼間ですか?悟浄は何を買ったのかと思って…参考にしようかって……」
 そんなことで、自分はいちいち反応してしまっていたのか。
 大人気ないとわかっていたのに、感情をぶちまけてしまったのか。
 勝手な想像と、そして思い込み。
 相手が愛しい人だったからこそだとはわかっているが、それでも情けないと思う。八戒に何が起こったとしても動じることなく、この手で抱きしめ守りたいと常々思っているのに、こんなにも彼の一挙手一投足に反応してしまうなんて。
「情けねえ…」
「……そんなことないです」
 それは優しく、そして温かかった。
 愛しさの込められたその声音に、三蔵はゆっくりと瞳を閉じて顔を向けて見ると、八戒はとても嬉しそうに、それでいて照れたような笑顔を満面に浮かべていた。
 明らかに、幸せだと言っている、そんな笑顔だった。
「僕は嬉しいですよ。三蔵がそういうところを見せてくれるだなんて」
 八戒はゆっくりと立ち上がり、三蔵の前でピタリと立ち止まると、今度は八戒が三蔵の頭を抱えるように両手を背に置いて、笑顔のままで見おろしてきた。
「ましてや、そうさせているのが僕なんですから…。あなたから貰った、この嬉しい気持ち。それを三蔵にも感じてもらいたいんですけど?」
 そして軽く唇に柔らかな感触を感じた。
「これじゃあ、伝わりませんよね?だからさっきの質問に戻らさせていただきますが、プレゼント、何が一番欲しいですか?」
 その問いに答えるように、三蔵は八戒の腰に左手を回すと、首にも右手を回し、その両方に軽く力を込めて自分の方へと引き寄せた。
「うわっ」
 近付いた八戒の唇に先ほどと同じような軽い口付けをすると、悪戯を楽しむ子供のような瞳をして、八戒に提案した。
「一番はお前だろ?」
「………三蔵。それだと定番ですよ」
「定番でもかまわん。嘘は言ってねえ」
 そして再度の口付け。まるでそれは約束を守るための誓約書のようにも感じられたが、それでもかまわないと八戒は思った。
 相手を欲しいと思う気持ちは、自分もそうだったから。
 三蔵とのキスがとても好きだったから。
 だんだんと深くなっていく口付けに、いつしか八戒も没頭していった。
 結局、明日は三蔵の誕生日だというのに、何を渡すのか決めることができなかった。
 だがそれでもいいかもしれない。
 たまには2人で探しに行くのも、それはそれでいいのかもしれないから。






END