SAIYUKI
NOVELS 37
子供と大人の差  2000.10.31
SANZO×HAKKAI
 その街に着いたのは、大きく真っ赤な太陽がどこまでも続く空と、地上の上に存在する生物や物質を、同色に染め上げていく夕暮れどきのことだった。
 古めかしい家々が並んでいるとても小さな街だったが、町全体の雰囲気はとても暖かく、故郷というものをあまり強く感じていない三蔵一行は、こういうところを「故郷」と呼ぶのだろうと誰もが口にはしなかったもののそう感じていた。
 こういう街にはもちろん「おふくろの味」というものがあって、それがとても期待できるものであるだけにそれをとても楽しみにしていた悟空は、今もこの活気溢れる食堂で三蔵の目の前に座って。
「うっまーいっ」
と、満面の笑みを浮かべ、皆が感嘆するスピードでかぼちゃの煮付けをたいらげていく。
 オレンジ色に輝くそれは、型崩れもせず味もちょうどよく、悟空じゃなくとも満点をあげたくなるほどの味だった。
「それにしてもさぁ…」
 悟空はかぼちゃの煮付けを綺麗に食べ終えると、キョロキョロと室内を監察する。
「なんで皆、これ注文してるんだろう…」
 この食堂にいる客、すべてのテーブルの上にこれと同じものが置いてあるのに、とても不思議な感じがする。
 確かにとても美味しかったが、おすすめメニューにはこのかぼちゃの煮付けはなかったし、ここにいる皆が皆これが大好物などあるはずがない。
「それはきっとあれですよ」
「あれ?」
 八戒が指を指したその先には。
 カウンターにずらりと並んだかぼちゃ。それは目、鼻、口とが綺麗にくりぬかれていて、大小様々の仮面となっていた。
 多分その切りぬいたところを出しているのだろう。
 よく見るとこの煮付けの方もオレンジ色の身の部分が多く、皮がついているのは2割くらいのものだった。
 悟浄は気付かれないように、さりげなく、だがしかし、ちゃんと選んで、皮が付いているものをのけていたりしていた。
 別に嫌いではない。でも皮がついていると食べたときに皮だけ口に残ってしまうことがしばしばで、それが少々苦手ではあった。だから好きでもないそれは、ついついできることなら食べたくないの部類に入ってしまって、箸がよけてしまうのだ。
 しかしそんな悟浄の努力もなんのその。
「悟浄。皮がついてるのも、ちゃんと残さず食べてくださいね」
「うっ…」
 にっこり笑って先手を打たれてしまった。
「えっ、悟浄、んなの残してんの?うわっ、ガキくせー」
「…てめーには言われたくねェよ」
 そう呟く言葉はとても弱々しいものだった。
「なあ。あのかぼちゃの。何に使うんだろーな」
「ああ。今日はハロウィンですね」
 確かに町全体が浮き足立っているとは感じていた。しかしよく見れば子供が一番楽しそうではないか。
 窓の外には、母親に手を繋がれて帰宅するにこにこ顔の女の子や、父親に肩車をされて楽しそうにしている男の子。その無邪気な子供たちが全員わくわくとした感情を露にしている。
 それはとても微笑ましい光景。
「ハロウィン?……なに、それ?」
 あのかぼちゃはどう見ても仮面だと思う。ちゃんと顔らしく彫ってあるようだし。でもあの仮面をつけてどうするんだろう。
 そんな疑問が悶々と彼の頭を駆け巡る。
 そしてたまたま三蔵を見てしまい。そしてたまたま三蔵がその仮面を被る図なども、想像してしまったりして。
「ぶっ」
「…きさま。今何か想像しただろ」
「ううん。そんなこと、ないっ」
 慌ててぶんぶんと首を振って否定する悟空だったが、そのあまりにも必死すぎる姿がすでに肯定しているのだと、絶対に彼は気付かないだろう。
「えっとですね、悟空。ハロウィンなんですけど…」
「ガキが菓子貰えンだよ」
「えっ!マジ!?」
「事実ですけど…ちょっと悟浄、簡潔すぎませんか?」
「………なんていい日なんだ…。こんないい日作った人、俺そんけーすんな…」
 言うと思った…。
 しみじみと語るその言葉は誰もが想像していたものだったし、悟空が起こす行動も理解していたから。
「おい、猿。お前、ガキじゃなかったんじゃねーの?いつも言ってんじゃん」
 自分が先ほど八戒に逃げ道を塞がれたものだから、この悔しさを悟空にも味合わせてやろうと思って先手を打ってみた悟浄だったが、悟空が本当にガキだったのをすっかり失念していたようだった。
「ううん。俺、ガキでいいや」
「あっそ」
 こういうときだけガキを認める悟空に、悟浄は呆れるばかりだった。





 ドンドン。主を呼ぶその音。どうやらお客さまのようだ。
 八戒は読んでいた頁に近くにあったメモを挟むと、まるで周りに気遣うように音を立てずに扉を開ける。
「はい?」
「ハロウィン〜っ」
 そこにはかぼちゃで作られた仮面を被った悟空が、わくわくした面持ちで立っていた。その後ろには嫌そうに仮面を手に持つ悟浄がいる。
「ああ。ちょっと待っててくださいね」
 姿を隠した八戒はパタパタと室内をかける音とともに、またこちらへと戻ってきた。
「はい。どうぞ」
 何枚ものクッキーが入った透明な袋が悟空の手に乗せられた。
「わあ…」
 悟空の瞳はキラキラと輝いてそのクッキーを凝視している。それは小さな子供が川岸で綺麗な色の石を見つけて喜ぶ姿と少し似ていると、八戒は微笑ましくなる。そして悟空の顔には「本当に貰えるんだ」と書いてあった。
「さっき、作ったんですよ。悟空のために」
 にっこりと微笑んで言えば、悟空の笑みは更に深くなる。
「八戒の手作りかあ」
「はい。悟浄も」
「……オレもガキっつーこと?」
「さあ」
 先ほどとなんら変わらない笑みを浮かべる八戒の真意などわかるはずがない。
「………」
「なあ、八戒。三蔵知らねー?」
 ちゃんと悟空は三蔵の部屋も訪れていたらしい。多分三蔵が部屋にいてもお菓子など用意していないだろうし、それを悟空も心得ているのだろうが、それでも行ってみるところが彼らしい。ところが予想に反して部屋にいなかったことが、とても気になるようだ。
 こんな小さな町だから三蔵が何かの用事で外出するとは考えにくいし、ましてや今夜はどこもハロウィン一色なので面白いことなどあるはずがない。
「ああ。それなら…」
 大きく扉を開いて室内を開放すれば。
「…テメーが、なんでここにいんだよ」
 堂々と八戒の部屋の椅子に腰掛けて、足を組み、煙をくもらせて新聞を広げている三蔵の姿があった。
 そのさまはいつも食事をした後に一服とばかりに寛いでいるさまとまったく同じで、いかに彼がこの八戒の部屋を訪れてから時間が経過しているのかが伺えた。
「………」
 三蔵はチラリと悟浄たちに視線を向けただけで、また新聞へと意識を向ける。
(はいはい。早く退散しろってことね)
「行くぞ、悟空」
「ああ」
「後で何か飲み物でも入れますね」
 悟空と悟浄が部屋に入るのを見届けると、丁寧に扉を閉めて、もう1つの透明な袋を開けてお皿にクッキーを並べる。
「三蔵もいかがですか?」
 今飲み物を入れてきますからと言って部屋を出ていこうとする、八戒の背中に届いた三蔵の声はいつもより低めで、その言葉は八戒の想像を超えるものだった。
「悟空のため、なんだろ?」
「……三蔵…」
 扉に手をかけていた八戒は、その言葉に振り替えざるをえなかった。
 まさか先ほどの些細な会話を気にしているとは思わなかった。会話をというよりも、内容のようだ。
 八戒がわざわざ悟空のためにしてあげたことが、とても気にくわないらしい。
 ぷっと笑ってつかつかと三蔵に近付くと、クッキーを1枚だけ手に取る。
「じゃあ、これなら食べてくれますか?」
 半分だけ口に加えて、三蔵に自分の顔を近づけた。
「………」
 今までの八戒からは想像できない行動で、三蔵は呆然とする。
 こんなことをするようになったのは、それだけ八戒が三蔵に心を許して甘えるようになったからだろうか。
 これではたとえクッキーがあるとはいえども、キスをねだっているようではないか。
 そう三蔵が感じたことを素直に言ってしまうと、彼は怒ってもう2度とこのようなことをしてくれなさそうだから、三蔵はあえてそのことを言わないでおいた。
 そんなことを一瞬の間に考えていたのだが、八戒は三蔵が怒りもせずこのクッキーも食べる気配も見せず、何も行動に出ないことを不思議に思っているようで、小首をかしげている。
 三蔵はふっと笑うと、八戒の肩に手を置いてまずはクッキーをかじり、そのまま八戒の唇の感触を味わう。口に入れたクッキーのおかげでそれはとても短いもので、三蔵からすれば物足りないのが当然だった。
「美味しいですか?」
「ああ」
 自分の意図のままに三蔵が食べてくれたことが嬉しかったようで、八戒は綺麗に微笑んでいた。
 しかし三蔵はもっと綺麗な八戒の姿を知っている。
 もっと見たい。もっと味わいたい。
「…今日はハロウィンだったな」
「ええ」
「ガキだけじゃなく、大人も楽しまねえとな」
 ぐいっと八戒の手を引くと、左手を八戒の首に回してキスをする。それが深い口付けを予告しているようなもので、案の定、だんだんと濃厚になる口付けに八戒は耐えるだけで精一杯になっていく。
「…はあ…」
「悟空ばかり喜ばせてんじゃねーよ」
 三蔵は八戒の上着の裾から手を入れると、彼の肌を味わうようにゆっくりと上を目指していく。
「あのっ、飲み物を…」
「後にしろ」
 まだ抗議をしそうなその唇を自分のそれでふさいでしまった。
 外はまだハロウィン一色でにぎわっている。
 子供たちの嬉しそうな騒ぎ声は少々三蔵にとっては耳障りだったが、それもそのうち目の前にいる人の声で気にしなくなるだろうと、彼は彼なりに大人のハロウィンを楽しめそうだった。






END