SAIYUKI
NOVELS 29
HOME  - 切実 -  2000.9.10
SANZO×HAKKAI
 三蔵は彼と出会ってからよく赴くようになった先へ足を向けていた。
 そこは斜陽殿から5〜10分ほどの道のりにある、とても美しい森だった。
 悟空もよく1人でこの森に行っては、太い枝に腰かけてじっと空を眺めたり、茂みに入り込んでは何かから身を守るように小さく丸まって昼寝をしたりしている。
 しかし今回は悟空は連れてきていない。
 この森を静かに体全体で感じたいから、三蔵は1人できていたのだ。
 苛立った気持ちがわいたとき。なぜか喪失感を感じたとき。
 そんなときにはいつもここにきて自然を感じて心を落ち着かせる。
 今回もそのためだった。
 公務がまだまだ残っているのに、加えて仕事の邪魔をする奴らがいる。ジープは帰るし、手紙は今だ来ない。
 どこに向けていいのかわからない怒りがふつふつと沸き立ってきていた。
 だからこそここに来たのだ。少しでもこの気持ちを押さえることができたらと思って。
 いや、それも含まれてはいるが、今回は少しいつもとは違う理由も含まれたりする。
 子供ではないので八戒に会いたい気持ちを押さえているが、本当なら公務をそっちのけで行きたいのだ。行って彼の姿を見て、声を聞いて、抱きしめて。八戒の薫りを存分に感じる。
 彼は森の薫りがすると気づいたのはいつだっただろうか。
 だからかもしれない。彼の近くにいると心が和み安心する。
 それとも反対だろうか。
 この森にくると八戒を感じることができるから、心が和むのかもしれない。
 三蔵は何もしない。ただたまに思い出したように煙草を吸い、後は目を瞑っているだけ。
 風の音、草の音、鳥の声。そして森の薫りを思いきり感じるために深く深く呼吸する。
 しばらくすると、ガサガサという音が聞こえてきた。
 まったく邪魔されてばかりいると少々ムッとしながらも、自分のこの時間を意地でも死守するべく、三蔵は瞳を開かなかったし、そこを移動しようとも思わなかった。
「何してんだ、三蔵サマ?」
 その口調。思ってもみなかった人物に、思わずまぶたを上げてまっすぐ彼を見つめた。
 そう。うっとうしい長さの赤い髪を束ねもせずに流している、三蔵の恋人の憎たらしい同居人を。そして昨日の出来事を思い出し苛立ちは増すばかり。ついでに殺意まで芽生えてきた。
 カチャ。きっちり銃口を彼の額へと向けて、安全装置を解除した。
「どうして貴様がここにいる」
 見下ろしてくる赤い瞳を紫の瞳が挑戦的に見上げる。
「ごあいさつだな。せっかくお前のところに遊びにきたってのに」
 こなくてもいいとは三蔵の声。これ以上うるさい奴が増えてほしくないし、それはそのまま邪魔する奴ともなりうるのだから。
 ところが……。
「八戒っ。クソボーズがここにいるぞっ!」
 後方へ大声を上げて同居人を呼ぶ。
 思わず立ちあがって悟浄が声をかけた方へと視線を向ける。もちろん悟浄の意味ありげな笑いに、1つ鋭い視線を投げかけるのを忘れない。
「じゃあな、三蔵。俺、先に行ってるわ」
 ひらひらと手を振ると、あのとてもいい奴は茂みの中へと姿を消した。
 完全に姿が見えなくなったころ、悟浄出てきたところからひよっこりと八戒が顔を出す。
「三蔵」
 ずっと聞きたいと思っていたその声。
 ずっと見たいと思っていたその姿。
 最後に会ったのはいつだっただろうか。旅をする前など1ヶ月会わないということもあったというのに、旅をしていつも八戒を近くに感じることに慣れてしまった今では、たとえ3日会わなかったとしてもそれが1週間にも感じてしまうのが不思議だ。
 八戒も嬉しそうに見えるのは、それは三蔵が八戒に会えて嬉しかったから、そう見えただけかもしれないが。
「ジープが二日酔いなので、手紙運んでもらうの悪くて。来ちゃいました」
 にっこりと笑顔で言う八戒は、木漏れ日があたってとても美しかった。以前から綺麗な顔をしているとは思っていたがここまでとは思わず、一瞬見惚れてしまう。
「三蔵?…怒ってます?」
 覗きこむようにして小首をかしげる八戒から顔をそむけ、いやと小さく言った。
「ついでにジープときのこ狩りしてたんです」
 美味しそうでしたよと、きのこが入っている袋を持ち上げて微笑む八戒の言葉を決定的なものにするように、ジープが首から小さな白い袋をさげて姿を現した。
 そんなに入ってなさそうな袋の大きさなのに、ふらふらするところが二日酔いの証なのだろう。
 だんだんと低空になってくジープは茂みにぶつかりそうになり慌てて高度を上げるがそれも遅く、袋をひっかけてしまった。
「ジープっ、大丈夫ですか?落としましたよ」
「キュッ」
 きのこを拾って袋へといれてやり。
「先に行っててください」
「ピー」
 パタパタと少々危なげに飛ぶジープを視線で追いながら、心配ですねと溜め息交じりに言う。
 そのさまをじっと見つめていた三蔵は突然ぐいっと八戒の手を引くと、その勢いのまま歩き始める。
「三蔵?」
「…心配なんだろ」
 見失う前にジープの後を追おうとしてくれているのだ。
 そっけない言い方。そっけない態度。それでいてとても優しい彼。
 だが少々すねているようだ。それはそうだろう。せっかく会えたと思ったとたん、第三者の心配をしているのだから。
 本人には聞こえないように小さく笑うと。
「会えて嬉しいですよ」
 これまた小さく呟いた。
 それでも三蔵は八戒のその囁きをしっかりと拾ってくれたようで。
「……ああ」
 三蔵は「会いたかった」とは言わない。もちろん言うとはこれっぽっちも思ってなかった。しかし八戒の手を握る三蔵の手に力が込められたことで、彼も自分と同じなのだと容易に理解できた。
 まったく不器用なんですから。
 八戒は自然と顔に笑みが浮かぶと同時に、心が温かくなってくのを感じた。
 そして三蔵は近くに八戒の気配を感じ手のひらから八戒のぬくもりを感じて、先ほどまであった苛立ちが消えているのを自覚した。
 八戒がいるのといないのとでは、こんなにも自分に影響があるのを実感せざるを得なかった。
 三蔵はまっすぐジープを捕らえている。
 八戒は空いている右手で前髪をかきあげながらどこか遠くを眺めている。
 違うところを見ているのに、こんなにも暖かく優しいものに包まれている2人。
 三蔵は再度ぎゅっと強く八戒の手のひらを握り締めた。
 するとぎゅっと手のひらを強く握り返された。
 八戒も同じように思っているととらえていいのだろうか…。
 この手を離したくないと。
 子供だったらただをこねてこの手をずっと握っているのにと、子供のころの自分を振り返ってもそんなことなど1回もしたことがないくせに、自分が大人になってしまったことを少し恨めしく思った三蔵だった。






END