SAIYUKI
NOVELS 27
HOME  - 興味 -  2000.8.28
SANZO×HAKKAI
 悟空はつまらなかった。
 ついこの前までは悟浄と大声で言い争いをして。
 八戒の優しい声を聞いたり、彼が作ってくれた美味しいご飯を食べたりして。
 三蔵のハリセンは痛くてとても嫌だったけれど、旅の間にたまった仕事を嫌そうに片付けている彼はとても忙しそうで、今のようにかまってくれないよりはまだましだったかもしれないと、思い始めていたりして。
 ジープとだってあれだけしょっちゅう一緒に散歩に行っていたのに、ここ最近まったく出かけていない。
 旅から帰ってからも、毎日ジープはここに来るというのにだ。
 八戒と悟浄が以前の家に戻ってからも、ジープだけはなぜか毎日ここに来ているようだった。すれ違いばかりだけれど、ジープが八戒の元へ戻っていく後姿をよく見かけている。たまには遊ぼうと思っていても、気付けばもうジープの姿はなく、三蔵に聞けば「帰った」という。
 そう言えば、なんで毎日くるんだ?
 悟空は大樹に登り器用にも枝の上に座って太い幹によりかかるという、他人にとっては危なっかしいが悟空にとっては楽な体勢になって、大空という海を優雅に泳ぐ白い雲を何気なく眺めながら、美味しそうな熟した木の実を頬張ってふと浮かんだ疑問について考えてみた。
 ………わかんねーや。
 早々に考えるのを放棄してしまった悟空だった。
 三蔵に聞けばいいことだし。そう結論づけて。
 膳は急げとばかりに、地面から10メートルはゆうにありそうな枝から軽やかに飛び降りて体操選手のように見事に着地すると、何事もなかったかのように急いで三蔵の元へ目指す。
 悟空の頭の中は、ジープだけが毎日ここにくる理由、三蔵の元を訪れる理由、それだけが締めていた。
 周りの音など耳に入らない。
 ただ、「なぜ?」という言葉が繰り返されていた。
 そんな中、かすかな音が悟空の耳をかすめた。
 ………?
 悟空は足を止める。止めてじっと耳をすます。
 もしかしたら気のせいかもしれない。しかしなぜかその音は、自分の勢いを止めるほどの何かを感じさせるものだった。
 それは野生の勘とも言えたかもしれなかった。
 そしてやはり聞こえてくる軽い音。
 かすかに庭に響く、軽い羽の音。
 だんだんと近づいてくるパタパタという音に、悟空は顔をそちらに向けた。
 ここ最近よく見かける、あの可愛らしい姿。
 全身が真っ白で、愛らしいクリクリした瞳。細いその姿を大きめの羽を動かして、一生懸命移動する。
 八戒がとても大切にしていて家族の一員だと言っているほどで、その愛情を返すようにジープも八戒を大切に思っているようだ。
 そのジープが今日も例に漏れず、ここに現れた。
「ジープっ!」
「きゅ〜〜っ」
 がしっ。
 お互いを求め抱き合うシーンなど、まるでそれは生き別れた相手をやっと見つけたときのそれととてもよく似ていた。
「また今日も三蔵に用か?」
「ピッ」
「じゃあ、俺も行くー」
 ジープは三蔵に何の用事があるのか。はたまたジープに三蔵が何の用事があるのか。それをはっきりさせられるのと、もしかしたら今日こそはジープと遊べるかもしれないと、期待に胸を膨らませる。
 まずは三蔵のところまで競争だと楽しそうに言った悟空と、それに少々疲れたそうな返事をしたジープは、今までよりスピードを上げて三蔵の部屋を目指して行った。





 三蔵は机に向かっていた。
 自分でも珍しいと思うほど、真面目にかつ効率よく、仕事をこなしていた。
 これも一重に八戒に会いたいがため。
 本当は気軽に会いに行きたいのだ。悟空が寂しがっているのも知っている。だからこそ、ちょくちょくここを離れても誰にも文句言わせないためにも、こうしていつになく熱心にやっているのに、それを邪魔する奴がいる。
 少し考えればわかることをわざわざ聞いてきたり。
 数人の供をつれた初老の男が機嫌とりにきたり。
 ぎゃいぎゃいうるさく近くで騒がれたり。
 そのたびに、鋭い視線で睨みつけ、不機嫌を隠そうともせずに毒舌を吐いて奈落の底に突き落とし、ハリセンで容赦なく後頭部を叩く。
 こうして自分の目的をさえぎるものを排除してきたのに。
 勘に触るくらい大きな足音が、この部屋めがけて近づいてくる。
 ………またか。
 まったくいつになったら学習するんだと、それはあまり期待しない方がいいのかもしれないと思いながら、三蔵はハリセンを片手にドアへと忍び寄った。
「サンゾーっ」
 バタンッ。
 パーンッ。
「つーっ。いってーな、三蔵っ」
「何回言わせりゃ気がすむんだっ。静かにしろと言ってんだろーがっ」
 そんな2人の掛け合いはさすがに慣れているようで、我関知せずとばかりに隙間からパタパタとジープが部屋に入ってきた。のんびりと飛行して、いつものサイドテーブルに着地する。
 悟空が頭をさすっているのを横目にジープに静かに近寄ると、礼のかわりにジープの頭をなでて、足にくくってある白い紙を外した。
「……なに、それ」
 悟空のその質問には一切答えずに、紙を丁寧に開くと活字を目で追う。
「なあ、三蔵っ」
「うるせー」
 ぐいっと見ていた白い紙を悟空へと押し付ける。
『まだ毎日暑いですが、確実に秋は近づいているようですね。今日とんぼを見ました』
 その字は知ったものだった。
 旅の最中、宿帳によく書かれていた字。
 まっすぐに綺麗な書体は誰が見ても読みやすく、それは八戒の字だとすぐにわかった。
「これ、八戒から?」
「ああ。近況を報告してもらってる」
 半分本当な理由で悟空に言ってみるが。
「ずりーよ、三蔵っ。八戒と恋文交換してるだなんて」
 恋文…。
「いつどこらから恋文なんて単語聞いてきたっ」
「えっ?前から知ってたぜ。らぶれたーって言うんだろ?だって悟浄よく言ってたもん。『ちょーもてっから、ラブレターは毎日貰ってたんだぜ。恋文とも言うんだけどよ』って」
「あんのエロ河童。今度叩きのめしてやる」
 今度八戒の家に行ったときには、彼に挨拶をするよりもまず悟浄をどうにかしなければならないと、強く心にきめる三蔵だった。
 あまり変なことを教えると、変なことを言い出しかねない悟空なのだが。
「俺も八戒と悟浄に手紙書きたいーっ」
 案の定だった。
「うるせーっ」
 少しでも話を続けるとこちらが不利だと思った三蔵は、それから先の悟空の言葉を聞こうとはせずに、時間をかせぐべく1人外へと出て行った。
 残されたのは、ベッドの上で目を閉じて体を休めているジープと、八戒からの手紙を握り締めて閉められたドアを見つめている悟空。
 悟空は視線をドアから手紙へとゆっくり戻し、もう一度書かれた内容を読んだ。
 難しい漢字はわからない。でも八戒がとんぼを見たことだけは読み取れた。
 買い物帰りにたまに寄り道して散歩の時間を少しだけ楽しんだことがあった。たまには自分の手を引いて、ゆっくりと前を歩いてくれる八戒。綺麗な花をみかけたり野生動物をみかけては、はんなりと優しく微笑してその笑顔を自分にも向けてくれる。
 優しくて暖かいそんな時間と八戒本人。
 近くに彼はいないのでもう簡単にその時間は共有できないけれど、でも本当はいつでも八戒の傍にいたいのだ。
 一緒にまた散歩したい。
 そう強く願った悟空は。
 はっと顔を上げるとジープを見てにやりと笑った。





 今日も相変わらず天気がよかった。
 今日はとんぼを見れて秋が着実にきていることを実感したが、陽が傾くのがこんなに早くなったのだと、洗濯物をとりこみながらあと1時間くらいで赤く染まりそうな空に目を向けて、八戒は更に秋の訪れを再確認していた。
「きゅ〜〜っ」
「ジープ」
 パタパタと軽快な飛び方で戻ってくると、八戒の肩へと当然のように降り立った。
 また今日も手紙を運ぶというお勤めをしたことを誉めてもらいたいというように、八戒の頬に頭をこすりつけている。
「おかえりなさい」
 優しく頭をなでる八戒の手にジープは甘えるようにして、瞳をうっとりと閉じてもう一度今度はその手に頭をこすりつけた。
「ちょうど洗濯物も取り込み終えたことですし」
 うんしょと、洗濯籠を抱えてジープにニッコリと笑いかけた。
「疲れたでしょう。たまにはお酒でも飲みましょうか?」
 ねっ、と同意を求める八戒の前で、こくこくと一生懸命頷くジープ。
 疲れたからお酒というのは少々違っているのだが、いつもジープがしてくれているお礼として彼の好物であるお酒をたまには飲ませてあげようということだった。
「きゅーっ」
 めったにありつけない好物に加え、今日は八戒も一緒に飲んでくれるということで、ジープはとても嬉しそうに八戒の頭上を飛びまわる。
 そんなジープを見ながら、絶対に二日酔いにはさせないようにしなくてはと、心に誓う八戒だった。
 まだ夜にはなっていない。
 悟浄だって帰ってきていない。
 けれど、八戒はジープのために酒の用意をする。
 ジープと自分のとにお酒を注いでから、ジープが嬉しそうにお酒を舐めている姿を微笑ましげに眺める。しばらくして三蔵からの手紙を、今思い出したかのように開いてみた。
 そこに書かれていた文字に、瞳を見開く八戒。
『八戒いっしょにとんぼみよう』
 その字はどうみても悟空のものだった。
 今回は悟空からの手紙のみを運んできたことを考えると、悟空が三蔵になんだかの形で自分との手紙のやりとりを知り、三蔵の知らないうちに手紙を書いてジープをよこした、というところだろうか。
 そう考えて、くすりと八戒は笑った。
 三蔵の怒った姿をも思い浮かべてしまったからだ。
 そう言えば以前悟空は今いるところをあまり居心地のいいところではないといっていた。
 頭の固い人たちに囲まれている悟空は、一緒に遊んでくれるという人がいるはずもなく。彼は毎日をとても寂しい思いをして過ごしているのだろう。
 考えに浸りながらお酒が入った自分のカップを持とうとして、八戒はやっと気付いた。
 ジープが自分の分をも舐めていたのである。
「ちょっ、ジープっ。ダメじゃないですかっ、そんな飲んじゃあ」
「きゅっ…ひっく」
 完璧に酔っていた。
 あーあ。これなら明日悟空と一緒にとんぼを見れるかもしれませんね。
 多分この調子なら、ジープは明日ダウンしてしまうことだろう。それなら自分が三蔵の元へ出向くしかない。
 旅の間で知ったこと。結構、ああ見えても三蔵は子供っぽいところがあったりするのだ。
 もし手紙を渡せずにいたら三蔵はイラだって周りの人たちに必要以上にあたるかもしれない。まして彼が不機嫌だということを、彼を怒らせてからでないと周りの人たちは気付けないだろうから、よけいにたちが悪い。
 それなら自分が明日、直接会いに行けばいいことだ。
 まずは悟浄の帰りを待って明日一緒に行かないか誘ってみよう。
 突然会いにきた自分を見て三蔵はどう思うだろうか。どんな表情を見せるだろうか。
 すやすやと気持ちよさそうな寝息を立ててテーブルの上で寝てしまったジープを見ながら、八戒はくすくすと三蔵のことを思いながら笑っていた。
 その三蔵は、といえば。
「こんのバカ猿っ!何勝手にジープ帰してんだっ!!」
 スパーンッと室内に響き渡る見事な音。
 悟空は三蔵の怒りを買っていた。
 そして、やっぱり河童を殺す、と心に決めてたのだった。






END