SAIYUKI
NOVELS 26
HOME  - 再応 -  2000.8.21
SANZO×HAKKAI
 ジープにいつもより1人分多い手紙を持たせてから、数時間が経過していた。
 あたりはもちろん真っ暗で、猫の目がギラリと光るとビクリと驚きを隠せないそんな時間。
 日付の方も変わろうとしており、この家でも今日という1日が終ろうとしていた。
「悟浄。まだ起きているんですか?僕、休もうと思うんですが」
「もうちーっと起きててよ」
「なんでです?」
 まさかこの時間からカードとかにつき合わせられるのでは…と危惧してしまって、疑問をそのまま口にしたものの、少々八戒は後悔していた。聞かなければ回避できたかもしれないのに。
 しかし八戒のそんな考えとはまったく違う答えが返ってきた。
「ナンか食い物作ってくれっと、嬉しーんですけど?」
 八戒の質問にはニコリと笑ってはぐらかす。
 そういうときの彼もまた、このさきのことを問いただしても口にすることはなく、いつも必ず最後には「そのうち見てればわかるって」というだけである。
 今回もそれと同じようで、大変なことが起こるわけでもなさそうなので、別にいいかと思えてしまう。
「わかりました」
 それにしても、こんな時間に食べ物を作って欲しいなんて、めずらしいこともあるものだ。
 彼はとても遅くまで起きているときがあるが、「酒のつまみを作ってくれ」と頼む程度。それが今回はそういう「添え物」ではないようである。
 あとは考えられることは…。しかし、もうこんな時間だし……。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
「んー…もしかしたら、な」
 実のところ、悟浄はもっと早く彼がここに来ると思っていたのだが、いっこうに姿を現さない。目論見がはずれたか、と思ったりもするのだが、いやはやそんなはずがない。まだジープだって戻ってきていないのである。絶対に彼は一緒にくるだろう。
 八戒に彼のことを言おうか言わまいか迷っていたが、やっぱりここは黙っていたほうが面白いなと考えなおす。まして、もしかしたら今回は、めったに拝めない八戒が驚倒する姿というものを拝見できるかもしれない。
「まあ、あまり深いこたー、気にすんな」
 そして悟浄は笑ってごまかす。
「…普通は気にすると思いますよ」
 こんな時間に来客なんだから。
 そう八戒は少し口で抗議してみるが、ちゃんと台所へと向かっていく。
 明日は何も予定をいれていないから、遅くまで起きていてもかまわないし。
 台所で八戒は1人、テーブルに向かって腕を組む。
 …なにを作ろうか。
 食事をするわけではないだろう。だから少々お腹のたしになるくらいのものを作ったほうがいいかもしれない。
 冷蔵庫を開けてみて、何が作れるかを考える。
 そう言えばと思い出す。
 珍しく悟浄がしきりに肉まんが食べたいと言っていたんだっけ。賭博場を出てすぐのこと。あまりにも急に言い出したものだから、材料などここにあるはずもなく、もう一度戻って買出しに行ったのだった。
 すっかり忘れてしまっていたものだから、夕食には出さなかったのだった。
 よく悟浄も口にしなかったし、彼も忘れていたのかもしれない。
 それならと、まずは肉まんの食材を出す。
 あと一品くらいはと思い、茶碗蒸を作ることにした。
 2つの蒸し器に、それぞれをいれる。待っている間は、フルーツを切って。
 そしてテーブルの上には、肉まんと茶碗蒸とフルーツが並べられていた。
 それを見て、満足気の八戒。
 これだけあれば大丈夫だろうと、ニコニコ顔である。
 終了とばからりにエプロンを外していると、チャイムの音が鳴った。
 台所から顔を出せば、悟浄は窓から外をうかがっている。客人が来たようで、悟浄の顔には嬉々としたものと安堵とが共存しているように、八戒には見えた。
「八戒。わりー、出て」
「あっ、はい」
 それなのに悟浄が出ないということはどういうことだろう。
 一瞬浮かんだ疑問だったが、しかし暗闇の外でお客様がお待ちしていると思うと、そんなことも言ってられない。
 慌てて八戒は玄関へと向かった。
「いらっしゃい……」
 玄関のドアを開けながら挨拶をするが、最後まで口にすることができなかった。
 なぜならば、そこには悟空の口を押さえている三蔵の姿があったのだから。
「…三蔵」
 どうしたことだろう。珍しいこともあるものだ。こんな夜中に彼らがここにくるなんて。
 見たいと思っていた八戒の驚きの表情を拝めて満足の悟浄。加えて思惑通り、三蔵がここに来たことにも大満足である。
 呆然と動けないでいる八戒のわきをすり抜けるように、三蔵は悟空を引きずったまま家の中へと入っていく。
 そのあとには、トタトタと白い姿が中へと入っていく。
「お待ちしてました」
 いつの間にか平然と椅子に座っている悟浄の顔は、人の悪い顔をしている。
「うるせー」
 そんな彼にまんまと手玉にとられてしまい、まして考えていることがわかっているにもかかわらず、ここに来ずにはいられなかった三蔵は、今にも銃を出してきそうな雰囲気をしていた。





 八戒はとても忙しかった。
 こんな夜中の時間。本来ならば、とっくに夢の中であろう時間なのに、とてもとても忙しい。
 なぜならば、突然の訪問者のせいである。
 まさかこんな時間にお客様がくるとは思わないし、ましてや三蔵と悟空がくるとは思いもよらないので、寝床の準備がまだできていなかったのである。
 まあ、最悪の場合は、旅を振り返るという意味も込めて、2人ずつ寝ればいいことなのだが。
 …やっぱりそうしてもらおうかな。
 布団を出しながら、八戒は考えなおす。
 今から掃除機をかけてしまうとご近所迷惑ですし……。
 口に指を当てて、うーんと考えに没頭していた。
「…八戒」
 あまりにも唐突な呼びかけに、驚きを隠せない八戒。
 声の方へと振り返ると、ドアのところに佇む三蔵の姿があった。
「どうしました?」
「今日、珍しく賭博場に行ったそうだな」
「ええ。あまりにも久しぶりなので、皆様にとてもよくしていただきました」
 ニッコリ笑って報告をする八戒だったが…。
 はて、なんでそのことを三蔵が知っているのだろうか。
 そしてやっとのこと、すべてを理解した。
 悟浄が三蔵に報告をしたことを。
 八戒の顔があまりにも嬉しそうだったため、三蔵は眉間にしわを寄せながら、無言で八戒の傍へと近づいていく。
「…三蔵?」
 その彼のあまりにもすごい迫力に、少々あとずさる八戒。
 背中に壁の固さが当たった。
 三蔵は左手を壁に置き、八戒の顔を間近で見つめる。
「八戒」
「はい?」
「わかっているか?お前は俺のものだ」
「………」
 もしかして、三蔵は嫉妬しているのだろうか。
 もしかして、賭博場に行ったことに不満なのだろうか。
 わざわざこんな夜中に、これを言いにここまで来たのだろうか。
 ふつふつとこみあげてくる嬉しさ。
 ふつふつとわきあがってくる暖かさ。
 こういう束縛もたまにはいいものだと、八戒は隠せずにいる微笑を三蔵に向けて実感した。
「何を笑っている」
「嬉しいんですよ。じゃあ…」
 八戒は三蔵の唇に自分のそれを重ねる。
「あなたは私のものですね」
 ニッコリ笑っていう。
「心配しているんですか?大丈夫。あなた以上に素敵な人はいませんよ」
 八戒は自分から三蔵の首に腕を回し、口付けをねだる。
 今回は悟浄に感謝しなければなりませんね。
 こんなに自分が愛されていること。
 こんなに自分が彼を愛していること。
 たった1枚の手紙が、お互いの想いを再確認させてくれたから。
 誰もが眠る真夜中。
 彼らはとても幸せだった。






END