SAIYUKI
NOVELS 22
HOME  - 存在 -  2000.8.4
SANZO×HAKKAI
 真っ青な空。雲はところどころあるものの、青々とした空が一面に広がっている。
 こういう日は外で元気に遊びたいと思っても、今ここにはジープはいない。
 川にでも行って涼しげに水遊びでもしたいが、一緒になって騒いでくれる悟浄はいない。
 寂しいから甘えさせてもらおうと思っても、暖かい腕をもつ八戒はいない。
 そして。
 今日の朝は精進料理だった。
 今日の昼も精進料理だった。
 こんなんじゃあ、すぐお腹がすいちゃうよ。そう思った矢先で。
 ぐゅ〜。きゅるるる。
 悟空の意見に同意するように、お腹の虫が自己主張した。
「なー、三蔵。腹減った」
「……」
 いくら新聞を読んでいるからと言って、こんなに近くで訴えている声が聞こえないはずがない。
 なのに三蔵は一瞥もくれることがなかった。
「なーってばっ!」
「うるせーっ」
 スパーンッと相変わらず気持ちいい音が、一瞬だけ室内を支配した。
「その辺の木でも食ってろ!」
 あげくのはてに、悟空は部屋を追い出されてしまって。
 つまるところ三蔵は機嫌が悪かったのだ。
「ちぇっ」
 悟空は小さく文句を言いながらとぼとぼと庭まで歩いて出たが、とうとうお腹をおさえてへたり込んでしまった。
 こういうとき、八戒だったらすぐ食べ物を出してくれるのに。優しく微笑んで「どうぞ」と。
 そこで呆然としてしまった。
 次に八戒の手料理を食べれるのはいつだろう。
 大好きなあの八戒の笑顔を見れるのはいつだろう。
 明日?明後日?それとも1年後?もしかしたら、それ以上かもしれない。
 前回はあまり会えなくても大丈夫だった。たまには遊びにきてくれていたし、深く八戒とは関わりがなかったから。でも今は違う。彼の魅力を充分知ってしまった。暖かさを知ってしまった。
 甘い蜜を吸った後に、それ以前に戻れるほど、悟空は大人ではなかった。
「お前も辛いよな」
 ポンポンとお腹を叩けば、きゅるるという返事。
「そうだよな。……よしっ」
 突然勢いよく立ち上がると、お腹が空いているのを忘れたかのように、元気に走り出した。
 そんな悟空とはうらはらに、三蔵の機嫌はいっこうによくはならなかった。
 昨日まで傍にあった愛しき人の存在が、今は気配すら感じられず。
 自分の近くに彼がいないという現実と、自分の素直じゃない行動とに、腹立たしさを覚える。
 それを少しでも紛らわせたくて、頭に入らないながらもこうして活字を目で追って叩き込む努力をしているのだが、それが無駄な努力であることも、実は三蔵は知っていたりする。
 コトン。
 テーブルにカップが置かれる。
「はっ…」
 八戒と呼ぼうとして顔を上げる自分に、また腹が立った。
 そこにいたのは、自分の身の周りの世話をするまだ年若い僧だった。
「何か?」
「いや」
 長い旅の間に自分の飲物を持ってくるのは八戒だとすり込まれているようで、条件反射で名前を呼ぼうとしてしまっていた。
 人払いをし、気配がなくなったのを確認してから、深く息を吐く。
 ポケットに手を入れると、カサッと乾いた音がした。
『おはようございます。今日も良い天気ですね。これで僕も安心して目一杯掃除ができます』
 そう、丁寧な文字で書かれてある、白い紙。
 それは今朝八戒から届いたものだった。
 まだ別れてから1日も経っていない。なのに……。
 ポケットの中で八戒からのその手紙を、ぎゅっと握り締める。
「きゅ〜っ」
 コンコンと窓を叩く音がすると同時に、自分を呼ぶ聞きなれた声がした。
 窓を開けて、中へ招き入れる。
 ずいぶんと早い返事だな。
 たとえ、まめな八戒といえども、そこまでまめな彼ではない。
 いぶかしく思いながら、ジープの足に縛られている紙を解いてみると。
『悟空が遊びに来ています。忙しくなければ迎えにきてあげてくれませんか』
「あの、馬鹿ザルがっ!」
 慌てて部屋を飛び出して、ジープに変身してもらうと、すっ飛ばして悟浄と八戒の住む家を目指す。
 さきほどは悟空の勝手な行動と手間をかけさせることに不機嫌がつのってしまったが、しかし今こうして家をわざわざ目指していても、嫌な感情はわきあがってこなかった。それよりも、何かが晴れていく気がする。
 ちゃんとそれと直面すれば何であるのかがわかるはずだが、そうするとなんとなく悟空に感謝しなくてはならないような気がして、気持ちを切り替え、三蔵は運転に専念することにした。
「邪魔をする」
「いらっしゃい」
 扉を開けてみれば、そこにはいつもの光景があった。
 悟空が食べ物を頬張っている姿。
 そんな悟空にちょっかいを出している悟浄。
 そしてにっこり笑って自分に話しかけてくる八戒。
 どれもこれもが今までの安心する図。
「ゆっくりして行けるんでしょう?…三蔵?」
 めずらしく凝視したまま動かない三蔵を不思議に思ったのか、小首をかしげて覗き込んでくる八戒。
 瞬間、ここだと確信した。
 自分の居場所はここなのだ。
 寺院でもなければ、悟空との2人の世界ではなく。
 悟空と悟浄そして八戒の3人が同伴する世界。
 ここが、自分が一番落ち着いていられる、自分が自分でいられる場所なのだ。
「ああ」
 今日くらいはいいだろう。せっかく来たのだから。
 次はいつになるのかわからないのだから。
 悟空が作ってくれたチャンス。
 感謝しなければいけないという事実を、今度こそ三蔵はきちんと認めざるをえなかったのだった。






END