SAIYUKI
NOVELS 52
HOME  - 別路 -  2001.4.27
SANZO×HAKKA
I
 八戒が妊娠したと判明してから、早二週間が経過していた。
 その間、三蔵と八戒は何もしないでいたわけではなく、悟浄と悟空が寝静まる頃合を見計らい、話し合いをしていた。
 しいてお題を決めるなら、「今後のバカとエロ」というところだろうか。つまりは今後あの2人をどうするかということである。
 八戒にとって悟浄という存在はとても大きなもので、ましてや彼に頼んで強引に同居してもらったということもあり、どうしても追い出すなんて非道なことができるわけがない。そして三蔵の方はといえば、あの危険きまわりない野性動物の悟空を野放しにしてしまったら、街中に彼が原因の様々な被害が出、毎日絶えず被害届けがだされるだろうと思うと、不本意ではあるがやはりこのままここに居させた方がいいに決まっている。
 そんな2人の考えとは反面、この家は今までのようにはいかないのだ。
 夜中はとてもうるさくなる。
 これからは八戒ばかりに頼るわけにはいかない。
 些細な物を置くのにも注意しなくてはならない日がいつか確実に来る。
 色々な面において気をつけ、そして気を配らなくてはならない毎日を何年かは過ごさなくてはならないのだから、今まで同様何も考えずにのびのびと過ごすことができないのなら、ここに居させない方がいいのかもしれないと考えてしまうのだった。
 話し合いは答えが見えないまま一進一退の状態が続き、やっと出た答えは彼ら本人に決めてもらうというものだった。
 そして今日、三蔵が帰宅したら八戒懐妊を打ち明けて、肝心なことを決めてもらうという、それはもうとてつもなく大事な日だった。
 そう思って三蔵もまた、道すがら心を決めて帰宅したのに、彼を待ちうけていたのはあまりにも凄まじい光景だった。
 今朝は出かけるときに「今日は遅くなるから、必ず先に食事を取るように」と、三蔵は八戒に言っておいた。でないと、彼はお腹がすいていても、どんなに三蔵が遅くなろうとも、いつも食事をしないで待っているからだ。それは三蔵が何度も念を押しても彼はやめるつもりがないようで、「一人で食事するのは寂しいでしょう?」そう言われた後に、「それとも三蔵は僕が待ってると迷惑ですか?」と悲しそうに言われては、さすがの三蔵も何も言えなくなってしまう。
 迷惑をかけているのは反対だし、まして八戒に対して申し訳ない気持ちになる反面、嬉しくなってしまうのも事実だったから。
 だから今まではそのままにしていたのだが、今の八戒は大事な体なのである。過保護だと言われようが、そんなことどうだって構わない。言いたい奴には言わせておく。だからこそ、今朝先に食事を取るように言っていたのだ。
 だが、それがまさか奴らの実態をあばくことになろうとは、三蔵とて思わなかった。
 頭がガチガチの奴らとともに仕事して、やっと解放されて帰宅して、八戒の優しげな「お帰りなさい。今日もお疲れさまでした」の言葉に少しは疲れがとれて、これでやっとのんびりと八戒を見ながら食事が取れると思っていた矢先。
 ダイニングキッチンに入りテーブルを覗き込んで、そして三蔵は固まった。
「…三蔵…?」
 彼は未だ固まったままである。
 あの三蔵が、ハリセンも出さず、銃も打たずして、無言で一点を凝視したままでいるというのは、ある意味恐いものがあった。
 彼が見つめているのは、皆がすでに食事をすませた後の食卓である。
 いつもすぐに八戒が綺麗にしているので気付かなかったが、そこはあまりにもすごい惨状で、やっと三蔵は現実を目撃することになったのだった。
 悟浄はいいとして、問題は悟空である。
 食べ物に執着のある彼は、物を落としもこぼしもしなければ、お茶碗に御飯粒一つ残すこともない。ただあまりにもものすごいスピードのために、汁が飛んでしまうのだ。つまり三蔵が凝視していた物は、正確には悟空が飛ばした汁だったのである。
 それなのに勘違いした八戒は。
「すみません、今片しますから」
 青いお膳布巾を手にして言うと、彼に気持ちよく食事をしてもらうべく、慌てて片付けを始めた。
 素晴らしいスピードで手を動かし、あっという間に目の前にはいつも目にする綺麗なテーブルを再現させた。その彼の気持ちを無駄にしたくはなかったし、この後には大事な話が控えているのだからと、もうすぐパパになる三蔵は少しは大人になったようで、この場はこの憤りをぐっとこらえたのだった。
 八戒が用意してくれた食事をすませ、皆が待つリビングへと足を運ぶ。
 ずいぶん前から話があると言ってしまっては、彼らがいらぬ緊張をしてしまうかもしれないと、そんなこと9割はないだろうそんな心配をしたためか、八戒はまだ悟浄にも悟空にも何も話していないようだ。
 こちらへと近づいてくる三蔵に気付いた八戒は、そこでやっと二人に前振りをする。
「三蔵が話があるそうなんです」
 改まって何だろうと怪訝そうにした二人だったが、怪訝そうにしたのは三蔵も同じだった。
 悟浄と悟空はトランプをして時間を潰していたようだが、食事直後なのにもかかわらず、悟空はお菓子を食べていたのである。それだけでなくカードに夢中になっていた彼は、いつもであればすぐに気付くはずなのに、ところどころこぼしているのに気付かなかった。
 悟空にとってはとてつもなく運が悪いこの光景を偶然にも目撃してしまった三蔵は、この食べカスの香りに誘われ、影から出てきたゴキブリがそれに群がるという、とんでもない想像をしてしまったのである。
 衛生上とてもよくない環境になりそうだと思っていたのに。
「何、三蔵」
 と、あたかも自分は関係ないというように、あどけなく聞いてくるものだから、それまで我慢していた感情が一気に爆発してしまったのだった。
「キサマら出ていけ」
 今の彼には話し合いをするなどということは、すっかり頭から抜けていた。
 ましてや悟浄においては、ただ巻沿いをくっただけである。
「何でっ!」
「どーゆーコトよ」
「三蔵、それじゃあ話し合いになりませんってば…」
 各々の素早い反応に、無意識に出た言葉にやっと気付いた三蔵だった。ちっとしたうちすると、ソファーにドカッと座る。
 結局話しの主導権を握ったのは八戒だった。
「あのですね…」
 くるりと悟浄に対面すると、本来の目的である話しをし始めた。まずは手始めから。
「悟浄、今まで以上にうるさくなってしまうんです」
 それはもう申し訳なさそうに。
 次いで悟空へと向くと。
「悟空、この家に新しく一人増えたら、仲良くしてくれますか?」
 彼には笑顔で語る。
 それに対して悟空は「うんっ!」と元気良く返事をすたものの、悟浄は無言だった。彼はそのとき頭の中で考えを巡らせていたのである。
 改めて話すという、深刻な内容を。
 察しのいい悟浄のこと、いつもならここまでくれば話の展開が読めるはずなのに、そんな彼でもさすがに今回は白旗を挙げたくなったほどちんぷんかんぷんだった。
 もし八戒が女性だったのならもちろん即座にわかっただろうが、相手は正真正銘男性なのである。それは今まで同居していたときだって、旅をしていたときだって、ちゃんとこの目で確認してきたことなので、揺るぎなく自信を持って言い切れることで、間違いなどあるはずがない。だからこそ、この場で事の真実を悟れるはずがなく、彼の考えはせいぜい孤児を引き取るということくらいしかいかなかった。
 ところがこの家には八戒だけでなく、あの三蔵がいるのである。たとえ八戒の頼みとは言えども、彼が見知らぬうるさいガキを引き取り、あまつさえ同居などとは考えにくいのである。
 そんな堂々巡りをしていた悟浄の考えを覆したのが悟空だった。
 彼は持ち前の素直さで、思い当たった通りのことを口にしていた。
「何?八戒、赤ちゃんできたの?」
 そう。悟浄が無意識に否定したことをだ。何の疑問ももたずに、それはもうあっさりと。
 そんな彼に悟浄は呆れ顔で「んなワケねーだろ」と内心否定したのだが、それを見事にうちくだいたのは八戒本人だった。
「えっ…」
 それから彼は言葉を続けられなかった。
 顔を赤く染め、瞳は落ち着きなくキョロキョロと動いている。しかしそれもほんのつかの間、まだほんのりと顔が赤いまま、彼は少々照れたような微笑を浮かべた。
「よくわかりましたねえ…」
「マ、ジ?」
「嘘言ってどうするんですか」
 信じたくないというように悟浄がゆっくりと三蔵を見てみれば、彼は無表情のまま外に目を向けていた。
(……原因か…)
 どう考えてみても、これは常識でないことだ。
 当の本人たちは何とも思わなかったのだろうか。
 そこまで考えて、悟浄は深く溜め息をついた。
 この際、そんなことはどうでもいい。とにかく二人の赤ん坊ができたことは喜ばしいことなのだから。
「おめでとう!」
「よかったな」
「…有難うございます」
 二人の心からの祝福に八戒の笑顔は更に深くなる。
 それは幸福に満ちているものだった。
「それでですね…」
 今まではもちろん前振りである。この後が重要なのだ。二人にここに残るか、それとも出ていくか選択してもらわねばならないのだから。
 別にそれは今すぐではない。答えは子供が生まれるまでお預けでもいいわけだし、たとえ出て行くということになっても、子供が生まれるまではここにいてもいいのだから、結局はまだ先の話である。それでもやはり、少しでも早く決断をしてくれれば、それにこしたことはないのだが。
 とにかく考えておいてほしいと、それが三蔵と八戒との、2人共通の思いだった。
 それで話しを締めくくるはずが。
「俺、洗い物係になる!」
 元気よくそういうと、これまた元気よく台所に向かっていった。
「さっそく、八戒がよく使う物の中に高いところに置いてあるモンがないか、よく見なきゃなんねーな、三蔵」
 目元に笑みを浮かべて意味ありげに見つめながら悟浄は三蔵に言うと、悟空の後をついていった。彼もまた悟空の手伝いをするつもりらしい。
「それもだけどよ、お前の場合は散らかすな、だろ」
「うるせーなあ。じゃあ悟浄は何の係だよ!」
「オレかあ?俺は洗濯係でもすっかな」
 キッチンから聞こえてくる2人の会話から、聞かずもがなここに残ってくれるようだった。
 八戒は三蔵を見て微笑んだ。
 三蔵は八戒を見て口の端をあげ、シニカルに笑った。
 なんだかんだといっても、今までうるさくそして楽しく過ごしていたのである。突然その輪の中にいる2人が消えてしまっては、寂しくなるのは必然だろう。
 色々な意味で忙しい日々になるだろうが、これからも楽しい毎日が送れそうである。
「なあ、ところでさ。八戒って男じゃなかったっけ?」
「………」
「…子供、産めるんだっけ?」
 悟空の疑問符たっぷりのその言葉に、三蔵と八戒は苦笑するだけだった。






END