SAIYUKI
NOVELS 43
HOME  - 着想 -  2001.1.3
SANZO×HAKKAI
 食器がぶつかり合って、今にも壊れそうなカチャカチャという音をたてる。その危なげな音と紙の乾いた音、衣擦れの音、そして扉を開閉する音が、休むことなく室内を駆け巡る。
 それでなくともお世辞にも楽しいとは言えない作業なのに、三蔵と八戒はあまり言葉も交わさずに黙々と進めていた。
 三蔵は八戒が引越しの際に持参した箱から食器を取り出し、割れないようクッション代わりしていてた新聞紙を、破る音をたてながら豪快に外している。
 八戒は皮を剥かれたその食器を、棚の中へと種類別に丁寧に分けてしまっていく。
 どちらともに単調な作業をしている二人だが、顔に浮かぶ表情は対照的なものだった。
 それでも八戒は何を考えているのか微笑ましげにしているが、問題は三蔵である。いかにも面白くないというように、眉間にしわを寄せ、瞳を少し細め、鋭い視線で手にした食器を見つめている。これでも最初はただの無表情だったのである。それが時間が経つに連れ、だんだんと憮然としたものへと変わっていった。
 別に三蔵はこの作業が嫌いなわけではなかった。
 細々とした物が多く結構時間がかかってしまうので人数が多いほど゛早く終るというのに、八戒は台所用品が所狭しと敷き詰められた箱の中身をたった1人で片付けていたのだ。さすがに自分が悟空と悟浄を上へと追いやってしまったがためのことなので、見かねた三蔵が手伝ってやることにしたのだ。
 自業自得のそれ。ましてこうして引越しの片付けは面倒なのは事実だが、これからの時間が始まるという実感が沸いてくることなので、だからこそそれ自体は何とも思っていない。
 なのだが。
 三蔵はまた1つ、丁寧に包まれている新聞紙をみかんのように剥きながら、出てきた食器を見ては眉間にしわを寄せた。
 こうして1つ、また1つと片付けていくたびに、とあることに気付いたのだ。
 ここにある食器は悟浄のあの家から持ってきた物であり、すべての品々に八戒と悟浄との共通の思い出が詰められた品なのだ。それに対して三蔵と八戒には共通の品という物がまだ1つもない。これからじょじょに作りそして増やしていくのだから、今はなんて当然のことなのだが、わかってはいるもののそれが三蔵にとっては面白くなかった。
「……三蔵?」
「何だ」
 またもう1つガサガサと包んである新聞紙をはがし、出てきたカップを軽く見つめると机の上に置くということを続けながら三蔵は何でもないように返事をする。それでもやはり憮然とした表情は変わらず、堅い声音のそれに、八戒は苦笑を禁じえない。
「三蔵が手伝ってくださったので随分と助かりました。あと少しなのでもう大丈夫ですよ。有難うございました」
 つまらないでしょう、と付け加えられたその言葉で、八戒が誤解していることに気付く。
 だがそれを否定して本当のことをそのまま口にできる三蔵ではない。
「いや、まだいい。気にするな」
「はあ…」
 そんな顔をして「気にするな」と言われても、さすがの八戒も「そうですか」と軽くすませられるはずがない。気にならないわけがないではないか。
 では何がそんなに気に入らないんだろう。
 しかし八戒も三蔵が言わないことは百も承知なので、それ以上口にしないことにした。
 その代わり機械的に手を動かして作業に徹している三蔵を、ちらりと横目で見ながら監察することにした。
 新聞紙から顔を出した醤油皿を机の上に置く。
 新聞紙から顔を出したお茶碗を、眉間にしわを寄せながら机の上に置く。
 新聞紙から顔を出した2組の箸に、視線が一瞬にして鋭くなると、平静さを保つように瞳を閉じて机の上に置く。
 ぶっ。
 八戒は三蔵に気付かれないよう、顔をそむけて肩を振るわせた。
 さすがにここまでくれば容易に理解できる。
 彼の憮然とした表情。彼の不機嫌。彼が眉間にしわを寄せた理由。鋭い視線の理由。
 彼も自分と同じことを考えていたのだ。
 ここには2人の物が存在しない。この大きな家にある2人の物は、たった1つのベッドだけ。これだけはまだ家ができる前に、三蔵が仕事を終えた後に2人で買いに行ったものだった。ましてや2人の思い出の品などあるはずがないのである。
 三蔵と生活していたのは旅の間でしかなく、そのときの物など残っているのはほんのわずか。それに確かにこれから少しずつ増やしていけばいいことなのだが、今日からスタートする生活の中で他の人との思い出がつまった物ばかりで場所を埋められてはでは、やはり淋しいと思ってしまうのはしかたないだろう。
「三蔵。後で買出しに付き合って頂けます?」
「何で俺が」
「お願いします」
 八戒は三蔵がそういうことを嫌うのを知っている。それなのに申し出ただけでなく、引き下がる様子が微塵も感じられない。
 三蔵が八戒を見つめれば、微笑んでいるだろうと思っていた彼の顔は、予想に反して真剣そのものだった。
 気付かれたか?
 それとも思っていたのは自分だけではなかったのか?
「…ふん。退屈させんなよ」
「もちろんです。ぜひお願いします」
 にっこり笑って八戒が嬉しそうに言った。
 それならば早くこの作業を終えて、店が閉まらないうちに2人で出かけよう。
 悟空と悟浄にはだまったままで。彼らには留守番をしてもらって。
 多分悟空などは「腹減った」と騒ぎ出すかもしれないが、机の上にお菓子でも置いておけば大丈夫。
 だから。
 一緒に出かけ、一緒に選び、買い物をして。
 お茶碗、箸、湯のみ。まだ使えるが、せっかくだから歯ブラシも用意してしまおう。
 そしてさっそく今日からそれらを使うのだ。
 新生活が始まるのだから。
 ずっと願っていた、2人の生活が。
 床の上には新聞紙や切れ端で散らかっているが、箱の中は確実に少なくなっていて。
 ゴミが増えるのはいつも嫌な気持ちにさせられるが、今回はなぜだかとても嬉しく思えてならなかった。
 明日の朝には大量のゴミ袋と、使わなくなった箱が出てくるだろう。それを片付けるのもまたとても大変な作業なのだが、三蔵は嫌がるかもしれないが出勤前にゴミ袋を1つ持っていってもらおう。
 三蔵があの法衣を着たまま、ゴミ袋を持つ姿を想像しながら、八戒は心が沸き立つ思いがしてならなかった。






END