SAIYUKI
NOVELS 13
朝訪れた小さな幸せ 2000.6.14
SANZO×HAKKAI
 久しぶりの晴れだった。
 空気は澄み渡り、木を切る人もいなければ薬草をつむ人もいない、静まり返ったまだ早朝と呼ばれる時間に、森の中を八戒は1人散歩していた。
 手に持つのは1本の白い花。
 さきほど見つけた花だった。
 今まで見たことがない、その綺麗な花は八戒の心を引きつけた。
 じっと花を見つめること3分。ペコリと丁寧にその花に向かってお辞儀をすると、ポキンと折ってしまった。
 そうして今手に持っている次第である。
 昨夜の雨を身に纏った白い花を、久しぶりに大地に振りそそぐ太陽の光にかざしてみる。
「本当に綺麗ですね」
 太い茎をピンとまっすぐに伸ばした花は、光を反射させてきらきらと輝いている。
「誰かを彷彿させますよね」
 背筋をまっすぐに伸ばし、揺るぎなく人の心の奥底までをも見ぬいてしまいそうなほど、強い眼差しを前に向け、黄金の髪をたなびかせている彼の人。
 いつもその人の姿に目を奪われてしまうのだ。
 この花は彼の姿に似ていると思った。
 だからこれはお土産。
 多分、彼は眉を寄せ、くだらんと言うだろう。
 そんな三蔵を思い浮かべてしまって、くすくすと八戒は笑う。
 まるでいたずらっ子になった気分だ。
 口元に笑みをのせたまま、八戒は宿へと向かった。





 まだ寝ているであろう三蔵を起こさないように、静かに戸を開閉する。
 八戒は部屋に入ると、音を立てずに2つのコップをテープルに置いた。
 1つは自分の飲物。もう1つは先ほどつんできた花がいけてある。
 その花を、窓から光が指し込むところへと移動させ、またうっとりと八戒は見つめた。
 目は花から離さず、飲物を口に運んで、朝の少しの運動の疲れを癒す。
 それはめずらしく紅茶だった。コーヒーは香りが強いので、それで三蔵が目を覚ましてしまうかもしれないという、八戒の危惧からである。
 何度かコップから体内へとキャラメル色の液体を流し込み、ゆっくりと息を吐くと、瞳を窓の外へとむける。
 すがすがしい気持ちで人々の活動していく様を眺めながら、のんびりと椅子に座って紅茶を飲む。
 たまにはこういうのもいいと思う。
 さて。体が休まったところで、自分も活動を開始しよう。
 今日はやることがたっぷりなのだ。
 まずはたまった洗濯物を洗って。食事の支度をして。そうそう、昨日は行けなかったから、買い物にも行かなければならない。
 今日も忙しい1日が始まる。
 まずはその前に目の保養をしてからと、八戒は椅子から立ちあがると足音を立てずにベッドへと近づき、三蔵の顔を覗き込む。
 いつも眉間にしわを寄せ、不機嫌そうにしているその顔は、今は穏やかで安らいだ顔をしている。
 相変わらず、綺麗だ。
 その顔を見ていると、自然に笑みがこぼれていくる。
 突然、にょきっと布団から手が伸び来ると、八戒の腕をつかみ、力強く引っ張った。
「えっ。うわっ…」
 もともと前かがみで三蔵の顔を見ていた八戒は、いとも簡単に三蔵の上へと倒れ込んでしまった。
 三蔵は八戒の手を掴んだ左手はそのままに、右腕を八戒の首に回すと、さらに体を密着させるように抱き込んだ。
「起こしてしまいましたか?」
「寝ろ」
 八戒の疑問には答えず、
「そう言われましても…。目、覚めちゃいましたし」
「いいから寝ろ」
「やりたいことがたくさんありますし」
「何度もいわせるな」
 三蔵の抱き込む腕の力がまた強くなった。
「…一緒に寝てくれます?」
 たまには甘えてみたくなったりする。
 その言葉で緩くなった腕を外して体を起こし、三蔵の顔を覗き込む。
 彼は目を瞑ったままだった。
「………」
 考え込んでいるのだろうか。それとも寝てしまったのだろうか。
 そんなことはないだろうと、すぐ自分の思考を否定する。
 だって今の会話だって、はっきりとしたものだったのだから。
 じっと見つめる八戒の視線に気付いている三蔵は、いつまで経ってもそらされないのに痺れを切らしたのか、片目をうっすらと開け八戒を見る。
 その目は明らかに「くだらんことを」と言っている、いつもの彼。
「…特別だ」
 しかし、その後に綴られた言葉は、とても以外なものだった。
 あまりにも以外すぎて驚きを隠せずにいる八戒を待たずして、彼を押し2人の間を開かせると、ばさっと布団をめくって、またもやぐいっとひっぱった。
 引いた手はそのまま八戒の首の下に置く。体は当然向かい合って。そうして右手は布団を直し、八戒の体の上に乗せる。加えてまだ体の力が抜けていない八戒の体を癒すように、ポンポンと布団の上から体を叩くという、三蔵らしからぬ行為までついてくる。
 もしかしてあんなにはっきりとした口調だったのに、三蔵は寝ぼけているのかもしれない。
 そう疑ってしまう八戒を誰が責められるだろう。
「…お邪魔します」
「ああ」
 目の前には、先ほどまで見ていた、三蔵の綺麗な顔。
 彼の規則正しい寝息。
 彼のぬくもり。
 子供が親と一緒に寝たがるのは、安心するためだろうか。
 今の自分のように…。
 めったにない、こういう出来事も、またいいと思う。
 今日はやることがたっぷり。
 洗濯物はたまっていて。食事の支度もするはずだった。買い物だってあるし。
 今日も忙しい1日なのに、この幸せを壊したくないと思う自分もいる。
 ふふ。
 小さく笑うと、八戒は今日の予定をすべて変更することにした。
 洗濯物は後でにしよう。食事はどこかで買ってきてもいい。買い物はみんなで出かければいいことだ。
 そう切り替えたとたん、体の力が自然と抜けた。
 もう、今の幸せに浸ることにしよう。
 はっきりとした思考。冴えてしまっている目。
 せっかくの三蔵の好意なのに、もしかしたら眠れないかもしれないが、それでも八戒はゆっくりと瞳を瞑っていった。
 額に暖かく柔らかい感触を感じたまま…。
 ゆっくりと……。



END