SAIYUKI

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赤と黄のアルバム 2000.12.15
SANZO×HAKKAI
 青々とした葉をつけていた木が衣替えをし町を黄色や赤へと色づけて、秋の訪れを告げる。
 それにならうようにして、町の人々が着用する服さえもが季節の変わりを実感させてくれた。
 青から茶や黒のモノトーンへ。薄着から動きにくそうな厚着へ。
 これからだんだんと寒さが増してくる一方だが、それでもすれ違う人々の顔が楽しげなのは、今が紅葉と呼ばれる美しい時期だからだろう。
 年に1回だけしか見られないのだから、どの町の人も紅葉を楽しもうとしているようだ。
 だから八戒も。
「紅葉、見に行きませんか?」
 今回を逃したら、次はまた1年後。しかしそのときにはこのメンバーで行けるかわからないだけに、せっかくだから行って紅葉を楽しみたかったのである。
 思い出にするためにも。
「紅葉かあ。いいねェ」
「露店あるかなあ」
 八戒の提案に悟空も悟浄も賛成だったのだが。
 多数決で決まるのであれば確実に過半数を超えているため可決されるのだが、結局のところは三蔵の意見が重要視されることになっている。
「三蔵は?」
「俺はいい。お前らだけで行ってこい」
「えー、何でだよ」
「手間を増やす気か」
「ああ、なるほど」
「……なに?」
 もみじはお寺に植えられているところが多いがこの町も例外ではなく、背の高い木に囲まれたここからは少し奥ばったところにある小さな寺院が、この町唯一の紅葉スポットだそうだ。もみじに何か意味があるのかそれとも人を呼ぶためなのか、小さな寺院にしては多く植えられていて、この時期になると隣の町からも見物客が訪れるという。それはこの町の自慢の1つでもあるらしく、宿屋に着いた早々、主人が親切に教えてくれたのだった。
 三蔵は、だからこそ行かないというのだ。
 寺院にもみじがあるからこそ、行かないと。
 まだ陽が出ているこの時間帯。どういう形で自分が最高僧の三蔵法師であることを知られるかわからないというのが理由だった。その原因の一番有力なのは悟空で、彼がところかまわずについつい大声で三蔵の名前を呼んでしまうということなのだが、今回それをされてしまって偶然にももし寺院の者に聞かれてしまったら、すぐにでも捕まってあのやっかいな説法をせがまれることは目に見えていた。
「…それなら、イチョウはいかがです?」
 もみじを見に行きたいというのが、正直なところ。しかしそれはみんなで行かないと意味がないのである。
「あ、それさんせー」
「なら三蔵サマも文句ねーよな」
 悟空と悟浄もこう行ってることですし、ね?とでも言うように、八戒は無言のままにっこりと三蔵に満面の笑みを向ける。
 三蔵も八戒を無言で見返し、見つめ合うことほんの数秒。
 だがその数秒が勝敗を決するのはわかりきっていて。
 けれどそんなことをしたとしても、三蔵が八戒にかなうわけないのだ。
「………」
 ふうと1つ溜め息を吐くと、やはり無言で席を立つ。
「三蔵?」
「行くぞ」
 たった2人が起こす大歓声を背にして、八戒が慌てて階下へ行くのを目にしながら、やはり無駄なあがきだったと三蔵は思っていた。
 1人先に下へと向かていた八戒は主人に容器を借りるのが目的だったようで、それは後で銀杏を取るのに使うようである。
「八戒。その入れ物、なに入れんの?」
「銀杏ですよ」
「ああ、そっか。イチョウだもんな」
「今日はこの銀杏を使って夕食を作ってもらいましょう。たとえば茶碗蒸とか…」
「茶碗蒸…わあ…」
 などと八戒と悟空が道すがら話しをしていたから。
 ついた先はこの町にしては少々大きめの公園だった。
 入り口を入ってすぐには広場になっており、噴水を囲むようにしてベンチが所々に置かれている。さらにその周りをイチョウなどの樹木が植えられていて、心和む絶好の休憩場所になっていた。そこを通りぬけて奥へと進むと、ブランコや滑り台などがそろった子供の遊び場となっており、幼児からご老人まで幅広い年齢層が利用できるようになっていた。そしてそこは今、落ちたイチョウの葉が黄色いジュータンとなっており、ここだけ異世界を思わせる雰囲気を作っている。しかし、この銀杏独特の薫りを嫌ってか、それとも寺院へ紅葉がりにいっているからか、紅葉まっさかりのこの時期、親しみ深そうなこの公園には人影がまったく見られずに物静かな空気が流れていた。
 この公共の場は、今まさに三蔵たちのためにあるというものである。
「くっせーな」
 それでも悟空は銀杏を探して。
 八戒は形のよい葉を探している。
 三蔵と悟浄は近くのベンチに腰掛けて、喫煙タイムを満喫していた。
 銀杏が容器一杯まで集まると、へへへと満足気に悟空は笑った。そしてもうそれは終いとばかりに、今度は今まで採種に専念していた両方の手でイチョウの葉をすくうと、八戒の頭上からパサパサとかける。まるで子犬が「遊んで」とばかりにしっぽをぶんぶん振りながらじゃれてくる感じの彼に付き合って、八戒も同様にイチョウの雨を降らせてやる。
 楽しげな笑い声が響き笑顔が惜しみなく出されているそこは、外部から見るととても羨ましく、その仲間に入ろうと次いで悟浄が2人がいる傍のイチョウの木を蹴って頭上にぱらぱらと降らせた。
 子供っぽいと思うその行為は実はやってみると中々にはまってしまうもので、高見の見物をしている三蔵を観客として、3人はこのじゃれあいに熱中していると、日が沈むのが早いこの頃はすぐ暗くなってしまった。
 まだ気分が高揚しながら帰路につく悟空と悟浄を微笑みながら見ていた八戒は、帰路の途中にある町の広告板の前を通ったときに彼らからそれへと視線がいった。
 そこには大きく「夜間拝観のご案内」と書かれている広告が張ってあり、この紅葉シーズンをもっと楽しんでもらおうと、寺院が夜8時から夜10時までライトアップされて昼とは違った風景が見れるという特別な企画のようだった。
 だったとは、ただその広告板の前を通過したときにちらっと目を通しただけで、八戒もじっくりと見たわけではないのでわからないが、「夜間拝観のご案内」、「夜8時から夜10時まで」、「ライトアップ」この3文字が強調された文字で書かれていたので、そう判断しただけだった。
 宿屋を目指しながら、八戒は考える。
 夜8時。それはちょうど夕食を済ませた後のころだ。
 多分人は多いだろうが、それでもこの紅葉の時期にもみじを見ない手はない。
 昼の紅葉も綺麗だが、さぞや夜の紅葉も綺麗なことだろう。
 それならと八戒は今夜あの寺院へと行くことを決めていた。
 1人だけ残すのなら、1人で行った方がいいから。
 でも行ってみて違ったりしたらまぬけだな、などとクスリと笑いながら考えに没頭していた八戒は、自分を見ている視線にはまったく気付いていなかった。





 やはり運動をした後の食事はとても美味しく、今日もちゃんと食事ができたことに神様に感謝しながら、八戒は食後の一服をしていた。
 悟空が席を立ち。
 悟浄が町へと出かけて行く。
 三蔵はまだ新聞を読んでいたが、その間に八戒は机の上にある食器を片付けに行った。
 戻ってみるとすでに三蔵の姿はなく、部屋へと戻ってしまったようだ。
 今がチャンスである。
 あとは部屋で寝るだけだ。だからと、八戒は1人静かに宿屋を後にする。
 誰にも言わずに。そして見つからないようにこっそりと。
 今回のことは絶対に内緒だ。
 だって水臭いといわるだろうから。
 それでもやはり後ろめたいのだろう。
 きょろきょろとあたりを見まわして、誰もいないことを確認してから宿屋を出る。
 出てからも頭上を見上げて、自分たちの部屋の窓がこちらにはないことを確認して。
 うん、大丈夫。
 確か寺院の道は…と主人が言っていた言葉を思い出しながら、歩を進めようとしたそのとき。視界の端に光が見えたような気がした。
 その光の元が何かと振り向いてみれば。
「…三蔵…」
 宿屋の壁によりかかり、悠然と煙草を吸っている最高僧の姿がそこにはあった。
 部屋に戻っていると思っていただけに、八戒の驚倒は計り知れない。
「…どうしたんですか?」
「…お前こそ、こんな時間にどこへ行く」
「あの…ちょっと……」
 どうしよう。
 誰にも言わないでいおうと思っていたのに。
 嘘を言いたくないので言ってもかまわないが、狂うように赤く染まったもみじは言葉に出すだけでは物足りないくらい綺麗で、けっこう安らげる自然が好きな彼だって本当は見たいに決まっているのだ。しかし三蔵法師という立場が邪魔をして行けないでいるのに、「紅葉を見に行く」というのはやはり残酷なのではないだろうか。
 それともここはごまかして、やはり行くのを断念する方が得策なのか…。
 一瞬のうちに八戒の脳裏をかけぬけていく思い。
 その躊躇が八戒よりも早く三蔵を動かした。
 ざっと砂をこする音を立て、三蔵は背を向ける。
「…行くぞ」
「え?」
「寺院に行くんだろ」
「あのっ」
 何でわかったんだろうという疑問が八戒の行動を鈍らせた。
 慌てて三蔵の後を追う。
「どうしてわかったんですか?」
 背中へ投げかける疑問は、煙草の煙とともにいとも簡単に答えが返ってきた。
「さっき案内見てただろうが」
 立ち止まってみていたわけではないのに、それでも三蔵にはわかってしまっていたのだ。
「…いいんですか?」
 一緒に言ってもいいのか。それが八戒の心配事だった。
 さっきは断ったのに。
 そりゃあ1人で行くのはやはり淋しいとは思うし、ましてやこういうイベントはやはり好きな人と行きたいと思うのも事実だが、でも彼が無理をするのなら自分の我侭などどうでもいいことだった。
「猿もいないしな」
 それにあまり明るいところにいかなければ、くらくて顔の判別などできないだろう。
 それが彼の言い分だった。
 とにかく自分が三蔵法師だとばれなければそれでいいのだ。
 自分の顔を知っている奴がいるなら、この闇で隠せばいい。
 自分の名前を知られているなら、彼に言わせなければいい。
 ただもみじを見ている間だけ。
 その間だけは名前を言うのを我慢してもらえばそれでいいのだ。そうすれば一緒にいられるのだから。
「…あなたって、本当に僕を甘やかしすぎですよ…」
 諦めていた紅葉を見れることに喜びを感じ。
 それを愛しい人を見れることにさらに喜びを感じ。
 口に出さなかった考えを悟ってくれたことに嬉しさを、そしてここで待っていてくれたことに優しさを感じる。
「でも、ライトアップされてるから、ばれちゃうんじゃないですか?」
「……ボーズは寝るのが早いからな。平気だろ」
「そうだったんですね」
 でもあなたは昨晩寝るのが遅かったですよね、と意味ありげなことを口外に行っている八戒のその口調に、三蔵は眉間のしわを深くする。
 暗い夜。静かな道。
 普段1人で歩くには寂しいところだろうが、たとえ彼が憮然とした表情をしてようとも、彼の眉間のしわが何本も刻まれていようとも、一緒に歩んでくれるこの道はとても暖かく八戒には感じられるのだった。






END