SAIYUKI

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時がもたらす感情 2000.7.24
SANZO×HAKKAI
 そこの村は近くに川が流れる、環境のいいところにあった。
 さまざまな木がのびのびと育ち、美しい色とりどりの花を咲かせ、美味しそうな実がたくさん実る。
 すべての食物が生き生きとのび、みずみずしい葉をつけていた。
 村に入ったとたん、八戒は美しいと思った。
 これほど美しい自然を見たのは久方ぶり。多分これは環境がいいだけが理由ではないだろう。この村の住人が緑の大切さを心得ているからだ。
 だからここまで美しい姿になれる。
 八戒はこの緑をもっと鑑賞したいという欲求にかられ、買い物ついでに散策に出かけることにした。
「買いだしに行ってきますね」
「あっ、オレもー」
「悟空は待っていてください」
 例えはんなりとした笑顔で言われても、えーっという悟空の不満の声が出てしまうのは、仕方がないことだろう。
 悟空のお気に入りは、八戒とのお買い物である。
 もちろん三蔵や悟浄に比べると、甘やかせてもらえるということもあるが、八戒の纏う柔らかな雰囲気を近くに感じて、優しい笑顔を1人占めした中で外の新鮮な空気を吸う。それが悟空の心までもを穏やかにしてくれる気がするからであった。
「ほら。ジープが遊んで欲しいそうですよ。ね、ジープ?お土産も買ってきますし」
「ピィ」
 さすが八戒。利用できるものは、利用するな。
 ジープが八戒をえらく気にいっていることを利用して、ジープに悟空と遊んでくださいと口外でお願いし1人で出かけようとしている八戒の考えを、三蔵と悟浄はことの成り行きを黙視して見ていながら悟っていた。
 八戒の意図を正確に理解した賢い白竜は、悟空の足元へとパタパタと飛んで行き、甘えてみたりする。
「…うんっ」
 八戒が悟空だけに向けた極上の笑顔のおかげか、それともジープが甘えてくれたことによってお兄さん精神が芽生えたのか、はたまた土産という言葉に心を動かされたのか。
 ジープを凝視すると、先ほどまでの不機嫌はなんのその、元気よく肯定の返事をするとニパッと笑ってジープを抱きしめている。
「じゃあ、行ってきますね」
 ニッコリと笑って出かけて行った、これが濫觴だった。





 どたどたと廊下に響き渡る豪快な音。
 悟浄はチラリと三蔵の様子をうかがう。
 やはり眉間にしわがよっていた。多分マグマがふつふつと煮えていることだろう。
 ジープを引きつれた悟空が外から戻ってきたのだ。
 今まで三蔵のささくれだった神経を逆なでしないように悟浄は大人しくしていたので、静かだった室内は一変して騒がしいものへとなる。
 どこまで遊びに行っていたのか。何をしていたのか。それはまったく想像ができないが、悟空の肩に止っていたジープが、ベッドへとフラフラと移動する姿はまるで病人のようで、今にもパタリと力つきそうである。
 三蔵からジープへと視線を移した悟浄は、気の毒そうな目で見つめていた。
 対してそんなジープの変わり果てた姿を何とも思っていない、まだまだ元気が有り余っている悟空は、室内をキョロキョロと見まわして、目的の人物を探している。
「あれ。八戒まだ戻ってないんだ。腹減ったのに…」
「うるさいっ」
 スパーンッと他人からすれば、なんとも気持ちよすぎるほど、いい音が室内に響いた。
「いってーっ!まだ1回しか言ってないのにー」
 これまた気の毒そうに悟空を見つめる、悟浄。
 そう。それはただ単に三蔵の奴当たりである。
 さっきから三蔵はイラついているようだ。ヘビースモーカーの自分と、負けないくらい吸殻の多い灰皿。煙草の火をもみ消すときの、いつにない乱雑さ。
 吸っているときだって、たまに新聞からを離し、窓から外の道を眺めて軽くため息を吐いていることに、本人は気付いているのだろうか。
 のわけねーな。
 気付いていたら、そんなことを自分がいる前でするわけがないのだから。
「何すんだよっ、このハゲ」
「…殺されてーか」
 今度は銃までかまえてくる始末。
 慌てて悟空は悟浄の後ろへと隠れる。
 せっかく今まで大人しくしていたのに、ここで巻き添えをくっては元も子もない。
「やめとけ、やめとけ。今は何言っても、ハリセンか銃持ちだされるだけだって」
「何?三蔵、機嫌悪ぃーの?」
「そりゃあ、もう。ものすごく」
 悟浄の後ろに隠れてしまったため銃を元に戻した三蔵は、先ほどと同じように、椅子に腰掛けて新聞を広げた。
 その彼には聞こえないよう、鈍ちんのお子様に小声で語りかける。
 確かに機嫌も悪くなるだろう。
 すでに八戒が出かけてから3時間が経過している。それなりに大きい町とはいえ、買いだしにここまで時間がかかるはずがない。
(何しやがってんだ、あいつは。長々と、女じゃあるまいし。そんなに時間がかかるほど買うものがあったか?)
 三蔵はバサリと新聞をめくり、活字を目で追う。
 そして1つ1つ今回の補充しなくてはならないものを、今思い出せるかぎり頭に描いてみる。
 やはりそんなに種類はないはずだ。
 それとも1件1件の距離が離れているのだろうか。…それも考えにくい。
 じゃあ、寄り道だろうか。それにしては長すぎる。
 時間を忘れて夢中になっている?悟空じゃあるまいし、それはありえない。
 道に迷った…。口があるのだから、人に聞けば帰ってこれるはずだ。
「…なあ。三蔵の動きがとまった。何か考えごとしてるのかなあ」
「試して見るか?」
 先ほどまで読んでいる振りをして動かしていた瞳が、今では一点を見つめたまま動かない。
 すでに三蔵は自分の考えに没頭してしまっていた。
 店員に捕まっている?好青年で通るからな。ありえることだ。
 それとも最悪の場合…。
「三蔵。これ飲めよ」
 コトと軽い音を立てて、テーブルの上にコップが置かれた。
 濃い茶色とも黒とも言える液体が氷とともにコップに入っており、ガラスの周りにはところ狭しと水滴が付着していて、とても美味しそうだ。
「冷たいのもいいだろ。たまにはオレが作ったのも飲めよ。八戒には負けるが、なかなかのもんだぜ」
「ああ」
 透明なコップを手に取ると、冷たさが手にまで浸透してくる。
 それを口に運ぶときには、一時中断されていた先ほどまでの考えごとが、また頭をもたげてきた。
 何か事件に巻き込まれた?
 連絡したくてもできないでいる?
 ……ありえない…ことはない…。
 悟空と悟浄がじっと見守る。
 その視線さえも気付かないほど、三蔵は自分の世界に浸っている。
 怪我がひどいかもしれない。例え八戒といえども、なにがあるかわからない。人質などとられていたら、動くことすらできないかもしれないし、人質の代わりになっている可能性もある。そして手篭めにされ散々もてあそばれたあげく、最後は無残な姿で川に浮かぶ冷たい体に…。
 考えれば考えるほど、最悪な方向へと向かっていく。
 手篭めなど、普通男性が男性にやることはないのだが、三蔵はそこまで考える余裕すらなかった。
 悟空はただじっと見る。
 悟浄は面白そうに見つめる。
 三蔵はその冷たい飲み物を口にして。
 ぶっ。
「な…なんだこれはっ」
「…あ、俺のコーラ無くなってる…」
「…きさま…」
「まあまあ、茶目っ気じゃないのよ、三蔵サマ」
 胸倉を掴んで、こめかみに安全装置を外した銃を当てられて、悟浄は慌てている。
「それに、そうでもしないと、嫌なこと考えちゃうでしょ」
「!!」
「ほらほら。そんなに心配なら、動けばいいことだろ。意地はらずに」
 いくらなんでも、普通飲むときに香りでわかるだろう。
 コーラの香りがしなかったといえども、豆の香りもしないはずだから、コーヒーではないことぐらい容易にわかる。
 そんなことも見ぬけないほど心配なら、考えてばかりいないで行動に移せばいいのだ。
「………」
「行かねーの?」
 悟空も悟浄もすでにドアのところで待機していた。
 まったく馬鹿らしい。頭が固くなっているのかもしれない。こいつらに遅れを取るとは…。
「行くぞ」
「なあ。先に八戒見つけた奴が、今夜八戒と同室っての、どお?」
「あっ、それ面白そー。サンセー」
 よけいに八戒を探す闘志が燃える三蔵だった。





 八戒は焦っていた。
 すでに宿屋を出てから、4時間が経過している。
 薄暗くなったここにいるのは、すでに自分たちだけになっていた。
 まさかこんなことになるとは思わなかったとはいえ、さすがに彼らは心配しているだろう。
「まずいですねえ…」
 深々と息を吐く。
 気持ちよさそうに眠る子供が体を動かしたのを、手を添えることによって膝の上に乗せている頭が落ちないよう、手伝ってやる。
 早々に買い物をすませた八戒は、あとはゆっくり自然を満喫できると、最後に悟空のお土産を買うため屋台に並んでいた。そこで迷子の子供を見つけたのである。不安そうに見つめる子供に、少しでも気休めになればと、悟空の分とは別に子供のために買って渡した。それを気に入ってくれたようで、手に握り締めて大人しく一緒に交番まで行ってくれたのだが、いざおまわりさんにあずけ別れようとすると、子供は八戒の服の裾を掴み、泣き出してしまったのである。見かねた八戒は、おまわりさんの許可をもらって、親が捜しにくるまで近くの公園で遊んであげていたのだ。しかしいっこうに親は公園に姿を現さず、遊び疲れた子供は今、ベンチに横になり八戒の膝を枕に気持ちいい寝息を立てている。
 どうしよう。どうすれば三蔵たちに連絡がとれるだろう。こんなことなら、1人で出るんではなかった。
 当初の目的である、自然の満喫は川にも森にも行けなかったが、この公園で充分達成できた。
 今だって自然が心地よい風を運んできてくれる。
 いつもなら心が穏やかになっていることだろう。だが、今ではそれも効果がない。
 子供のこと。三蔵たちのこと。
 心配は募るばかりである。
 はあ、と何度目かになるため息をつく。
 すると入り口から、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。
 親かと思い、肩の力が抜けたのだが。
「…三蔵…」
 それは紛れもなかった。
 例え遠くからでもわかる。
 見事な黄金の髪をサラリとたなびかせ、法衣に身を包み、ピンと背を正して、意志の強そうな瞳をまっすぐ前に向け歩く。
 その姿は自分の自慢でもあり、また自分が好きな姿でもあった。
 彼は探しに来てくれたのだ。
 極上の笑みを浮かべると、八戒はキョロキョロと三蔵が座る場所があるかを探し出す。
「すみません。遅くなってしまって…」
「本当だ。手間をとらすな」
「はい…」
 ぶっきらぼうだが、三蔵の髪が少し乱れていることから、色々と探し回ってくれたことが安易に想像できた。
 ちょうどそのとき、待ちに待った親がおまわりさんと一緒に姿を現した。
 とても疲れていたのだろう。母親の腕の中に移動しても、子供は目を覚ますことはなかった。
 深々とお辞儀をして感謝の意を述べ去っていく親子と、持ち場に戻っていくおまわりさんに、笑顔を向ける。
「有難うございました」
 姿が見えなくなるまで目で追いながら、八戒は言う。
「………」
「探してくれたんですよね」
 くるりと三蔵の正面に向き直り。
「心配をおかけしました」
 ペコリと頭をさげる。
 頭が上がったときを狙ったかのように、三蔵がふわりと抱きしめた。
「…こういうことは、今後、まっぴらごめんだな」
 最悪のことを考えていて、胃が痛くなるほどだった。
 そのことを消し去っても、後から後から浮かんでくる考え。
 どんなに探しても見つからないと、段々想像が真実になっていくような気さえしてくる。
 探すことなんてどうでもいい。足だって手だって口だって、いくらでも使って探してみせる。
 だが、冷や汗が出て、背筋が寒くなるような、そんな体験。
 それだけは、もう2度としたくないことだった。
「はい」
 いつも強くありつづける人。
 何があっても揺るぎ無く、何があっても動じない。
 なのに、なぜか今の三蔵は弱々しく感じられた。
 迷子になった子供に暖かい手を差し伸べるように、八戒は優しく抱き返す。
 恋人たちの再会を、豊かな自然が祝福しているようだった。




END