SAIYUKI

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思い入り深き品 2000.7.10
SANZO×HAKKAI
 人工的ないくつもの小さな灯りが、この村をほんのりと照らし出す。
 力強い太鼓の音が心臓まで響き、血を煮えたがらせて人々の活気を呼ぶ。
 村に着いてから聞こえてくる小さな音に耳をそばだて、他の者には感じ取れないかすかな匂いに鼻をぴくぴくさせている。瞳は輝き高揚する気持ちを抑えられずにいる、落ち着きのない悟空の姿に微笑みを隠せない八戒は、今彼の頭の中を一番締めているであろう感心事を宿屋の主人に聞いてみた。
「今日はお祭りですか?太鼓の音がしているようですが…」
 人当たりのよい好青年のお客様がニコニコと笑って話しかければ、主人もニッコリと親切に答えてくれる。
「ああ。今日は収穫際なんですよ。それだけに小さい村ですが、一番大きなお祭りで。ちょうどいいときに来てくださいました。楽しんでいってください」
「はい。有難うございます」
 そして締めくくりに花を咲かせたような、極上の笑みを向ければ。
 さすがだ、八戒!今日の夕飯は久々に豪華になりそうだ。
 横から今のやり取りを何気なく見ていた悟浄も、八戒の笑顔に目を奪われながら、相変わらずの彼独特の商談に閉口していた。
「祭りだって。なあ、三蔵」
「知らん」
「なんでだよーっ。たまにはいいじゃんか」
「どこがたまにだ。お前は祭りがあったら必ず行ってるだろーが」
「けちーっ。……八戒ぃ〜」
 ここ最近では悟空にもやっと学習能力がついたようで、三蔵がだめなときは八戒を見方につけろと、今度は八戒に甘えてみる。
「そうですねえ…」
 自分には権限がない。行かせてあげたいのはやまやまだが、結局は三蔵の意見できまるのだ。しかし、悟空の甘え方は父性本能をくすぐられるものが…。
 チラリと三蔵を伺ってみる。彼はそしらぬ顔をしているが、こちらに意識を向けていることは明白だった。
 この様子なら大丈夫。
「…行っちゃいましょうか」
「やったー!」
 その八戒の言葉を待っていたかのように、悟空と悟浄が三蔵をじっと見つめる。
 悟空は「なあ、いいだろ。行こうよ」と期待を込めて、悟浄は「さあ、お前はどう出る」と面白そうに。それぞれ瞳の意味は違っているものの、「八戒は行くと言ている」と語っていた。
 その居心地悪い視線に、「お前がよけいなことを言うから」と三蔵は八戒をひと睨みする。
 しかし彼の鋭い眼光を何とも思わない八戒は。
「みんなで行った方が楽しいですよ。三蔵も行きましょう」
 最後の駄目押しをした。
 少し甘えの入った言い方をする八戒に、三蔵がかなうはずがないのだ。
 そんな自分と、意見を撤回しなくてはならないことで、苛立ちがつのる。
「ちっ」
「やったー!!」
 そしてこの勝負は悟空に軍配が上がったのである。





「やきそば〜。焼き鳥。お好み焼き…たこ焼き。綿菓子、杏飴に、リンゴ飴、クレープ〜。…あっ、とうもろこしも食べなくちゃな」
 別に決まりはないはずなのに、嬉しそうに悟空は断言する。
 宿屋を出てから、何を食べようかと永遠食べ物の名前を言い続ける彼。耳に入ってくる単語に胸焼けし、嫌気がさしていた三蔵に、やっと救いの手が差し伸べられた。
「悟空。あれやろーぜ」
 悟浄が指を指した先は、輪投げだった。
「やるやるー」
 あまり最近ではお目見えしないものだが、単純でありながらも侮れないその遊び。
 だんだんと2人のボルテージも上がってくる。
 遊びに熱中している彼らを、斜め後ろのベンチに腰を下ろしながら、微笑ましげに八戒は見つめる。
「平和ですねえ」
 この村も平和。
 祭りを楽しんでいる自分たちも平和。
 しかし、そんな平和なひとときを過ごしていた八戒にのみ、突然不幸が襲いかかる。
「…どうしたんです、悟空。そんな顔して」
 眉を寄せ、口をへの字にまげて、悟空は戻ってきた。
 悟浄は対して嬉しそうだ。というよりは、にやけていると言った方がいいかもしれない。
 2人の表情を見てとったとたん、八戒の脳裏に嫌な予感が横切った。
「八戒、これやる」
 ぬっと出してきた悟空の手には、白いビニール袋が握られていた。
 今の輪投げで貰ったようだ。
「有難うございます。悟空が取ったんですか?すごいですね」
 まだ不吉なものが消えない八戒だったが、せっかく貰った物だしと、中身を確認する。
「…これって…」
「ん。エプロン」
「こいつ、さっき輪投げの親父に『これ、お母さんにあげな。坊主』って言われたんだぜ」
 まだ憮然とした表情をしている悟空。理由は坊主と言われたことにあったようだ。
 もう子供じゃないというのが彼の言い分だろうが、外見はどう見ても子供なので、それは仕方がないことだろう。
 そのときの光景を思い出したのか、また悟浄は盛大に笑い出す。
 しかし、八戒と三蔵の引っかかったことは、彼らとは違う言葉にあった。
「…お母さん…」
 悟空は自分にくれるといってなかっただろうか。
 母という言葉は自分にはとても似つかぬものなのに。
「…あの……悟空…」
「だって。他にあげる奴なんて、いないし。三蔵にあげるわけにはいかないし」
 とにんに悟浄の笑い声が更に大きくなる。
 彼は三蔵のエプロン姿なるものを想像してしまったようだ。
 涙を流しながら笑い転げている悟浄を、銃口が狙っていた。
「想像してんじゃねー」
「おわっ。しねー方がムリだっつーのっ」
「…わかりました。有難くいただきます」
 悟空を元気付けるためにと、内心冷や汗を流しながらも、顔はニッコリとして返事をする八戒。
「よかったー。じゃあ、明日の朝メシ、それ着けて作ってくれよな」
 太陽のように笑いかけながら嬉しそうに話す悟空は、八戒の気持ちなど少しも理解できていないだろう。
 さすがの八戒も、これには適わなかったようである。先ほど悟空に向けた笑顔のまま、固まってしまった。そんな彼の手には、赤いバラやピンクのバラがちりばめられ、ピンクと白のレースがふんだんに使われた、女の子らしいエプロンが握られていた。
 子供の無邪気さは、ときに残酷なものになると、あらためて思い知らさせた瞬間でもあった。





 翌朝。
 食欲をそそられる美味しそうな薫りが台所から漂ってくる。
「すげーっ、八戒、似合うーっ。本物のお母さんみたいだー」
「そうですか?」
 この一晩の内に八戒は覚悟を決めたようで、昨日までの落胆はまったくなく、悟空の誉め言葉にも心から喜んでいるようだった。
 悟浄は煙草の煙を思いっきり吸い込んで蒸せているし、三蔵は新聞をめくる手が止まってしまっている。
 宿屋の主人にお願いして台所を借りることが出来たので、朝早くから支度をしていたために、八戒が出来あがった品々を運んできた今の今まで、彼のエプロン姿を誰一人として見ていなかったのである。
 その姿は予想以上の似合いようだった。
「悟空。もう少しでできますから、それまで大人しく待っていてください」
「はいっ」
 いつもより返事がいいのは、お母さん効果かもしれない。
 また台所へと戻って行く八戒の背をじっと見つめる悟空。
 ガタンと椅子を鳴らせて急いで立ちあがると八戒を追いかけ、後ろからぎゅうっと抱きしめた。
「…悟空?」
「へへ」
 振り返り、八戒は悟空を見る。どうしました?と。
 しかし悟空は何も言わずに八戒に笑いかけると、もう一度力を込めて抱きしめ、満足げにテーブルへと戻って行った。
 その嬉しそうな彼を見るのは、食事以外では久しぶりだった。
 あんなに幸せそうにしてくれると、こちらまで幸せな気持ちが移ってくる。
 それを抑えられずに口元に笑みを浮かべて台所へと戻り、盛りつけをしていると。
 すっと手が伸びてきて肩に軽く重みがかかると、首に手をまわされ抱きしめられた。
 八戒の右の頬には、赤い髪が触れている。
「悟浄、どうしました?」
 八戒の優しい問いかけに、パッと手を離す悟浄。
 手伝おうとやってきた彼だったが、八戒の後姿を見て、自分もわからぬままいつの間にか抱きしめてしまっていたようだ。
「あ…いや…。これ持ってっていーのか?」
「ええ。お願いします」
 盛りつけが終っている品を手にすると、悟浄はポリポリと頭をかきながら、リビングへと戻っていった。
 ああいう照れた彼を見るのも久しぶりだった。
 いつも堂々としている彼だから。
 くすくすと八戒は笑いながら、お鍋を上の棚にしまおうとする。
 少々高めの棚でも、世間一般からすれば背の高い八戒には余裕である。左手で棚の戸を開け、右手で鍋を仕舞う。
 その両手が上がっているときを狙ったかのように、後ろからするりと手がしのんできて、八戒の腰を両サイドからぎゅっと掴むと、後ろへと引っ張られた。
 突然なことに体勢を崩しそうになった八戒は、あわてて左手を棚に置いたまま、右手を流しに置いて体を支える。しかしそんな努力もつかの間、八戒はぐいっと向きを変えさせられた。
 顔に近づいてくるものがある。反射的にぎゅっと目を瞑るそのほんの少しの間に目に入ったのは、金色の髪だった。
「ん…」
 ゆっくりと優しく触れてきた唇は、だんだん深いものへと変わっていき、ついには八戒の足が震えるまで続けられた。
 今まで何度も交わした口付け。
 タイミングをよく理解している三蔵は、頃合を見計らい唇を解放すると、自分に体を預ける八戒を片手で支えながら、近くにある椅子へと導き座らせてやる。
「たまにはこういうのもいいな」
 なんということをと、抗議してくる八戒の目にはうっすらと涙がにじんでいた。
 なぐさめるためにか、湧き上がってきた衝動を抑えるためか、軽く再度口付けをすると、三蔵は盛りつけが終った最後の一品を持って、何事もないようにリビングへと戻っていった。
「なあ、三蔵。八戒まだかかりそう?」
 さきほどの八戒の言葉を忠実に守っている悟空は、今おあづけ状態である。
「調理器具をかたしていたからな。もう少し時間がかかるだろ」
「そっかー」
「『もう少し時間がかかる』ねえ」
 三蔵の言葉を繰り返す悟浄の深い意味を理解していないのは、悟空ただ1人だった。
 若奥さんがするようなこのエプロン。
 それぞれ思い入れの深いものになりそうだった。




END