SAIYUKI

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濃く色づく赤い色 2001.6.2
SANZO×HAKKAI
 三蔵の後姿がとても好き。なぜか後ろ姿を見ているとそっと抱きしめたくなり、抱きしめているととても安心してくるから不思議だと、八戒は常々思ってしまう。
 それほど好きであり好んでよく見ている姿なのだが、しかしそれでも今の彼の後姿は、彼との初対面から今の今までの記憶を探ってみても初めて目にするものだから、八戒はとても静かに、周りに聞こえないよう注意するように溜め息をついた。
 もし目の前にいるプライドの塊で出来たような彼がこの溜め息を耳にしてしまったら、何を言われるかわからないから。
 手で抑えていた暖簾を下ろし、八戒は皆が待つリビングへと戻って行った。
 そういえば今回のことも、最終的には三蔵のプライドが原因だと思い立ち、更に溜め息をつく八戒だった。
 それは本当に些細なことで、昨晩食事をした後に久しぶりに皆でカードでもやろうとという話しになり、せっかくだからとその勝敗で部屋の割り当てを決めることにした。
 種類は婆抜。
 抜けた1番と2番、残った3番と4番とで部屋を共同するということにしたのだが、やはりカードにはめっぽう強い八戒が1番に抜け、隠れた素質かただの意地か、2番目に抜けたのは三蔵だった。
 別に三蔵と八戒が同室になることはいっこうにかまわない。八戒と絶対に同室になりたかったわけではなく、ただ安眠が保証される、悟空を除いた2人なら、悟浄はどちらでもかまわなかったのだ。それなのにたった1枚差でよりにもよって悟空と同室になってしまうし、それを百歩譲ってよしとしたとしても、悟浄の心の奥底にはなんとも言えない感情がふつふつと沸きあがってきていた。
 それは三蔵にカードゲームで負けたのが原因だろう。
 悟浄はこれでもカードで食べていた身であるし、ましてや金額の差はあれど、当時は負ける方が珍しいほどだった。今だってどこかの街でやるときもあるし、旅に出てからの勝負は今のところ負け知らずだった。それなのに、例えゲームとはいえども、頭の固い坊主たちに囲まれ幼児期からそこで育ってきたのにもかかわらず、なぜか破綻した性格の持ち主である最高僧の三蔵さまに負けるということが、悟浄のギャンブラー魂に傷をつけたのである。
 だからこそ悟浄は昨夜の屈辱を挽回するべく、強風に煽られこの街で足止めを食らってしまった今日、暇つぶしにとカードに誘ってきたのである。
 今度は悟浄が最も得意としているポーカー。
 そのときもまた八戒には負けてしまったものの、三蔵に勝てたことは思惑通りだった。だが、「より勝負を面白くするために」などと調子に乗って賭けを要望してしまい、その賭けの内容を後先考えずに料理などと言ってしまったあげく、三蔵があの悟空にさえも負けてしまったことは、さすがの悟浄も頭を抱える思いだった。
 そう。料理人が三蔵というところがまずいのだ。
 これが八戒だったら番万歳だし、悟空だったとしても泣きつく彼に負けた八戒が代わってくれるはずだっただろう。
 確かに最初はよかったのだ。
「料理なんぞ作ってられるか」
 手札を乱暴にバサッと投げ捨て、その代わりに三蔵は懐から煙草を取り出した。
 苛々しげにライターの火を付けて、一つ煙を吸う。
 このときにそのままにしておけば何も問題はなかったのだが、いつものくせでついつい悟浄の口からは売り言葉が出ていた。
「あら、三蔵さまってば、やっぱり料理の腕はからっきしなのねえ」
 自分で言った後に、しまったと思った悟浄だった。
 このままではいつもの流れから言って、売り言葉に買い言葉になってしまう。だが、口にした言葉を取り消すことなどできるはずがなく、案の定ヒクリとこめかみを振るわせた三蔵は、まだ吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押しつけると、無言で立ちあがった。
「三蔵、どちらへ?」
「賭けだろうが」
 彼の苛立ちは今では足取りにまでに及んでいた。
「いえ、僕がやりますから」
「俺がやると言ってんだ」
 すでに三蔵も意地になっていた。
 そんな状態の彼を八戒といえども止められるはずがなく、台所に向かう後姿をただ見送るしかなかったのである。そして彼が台所に消えてからこの1時間ほど、八戒は心配でたまに台所を覗いては、今回のように溜め息を付いて帰ってくるのだ。
「どーよ、按配は?」
「さあ…」
「いい匂いはするんだけどな」
 くんくんと犬さながらに鼻を鳴らしながら、自慢の臭覚で状況を判断している悟空だった。
「匂いと味は比例しねえからなー」
 灰皿に煙草の灰を叩き落して、恐いことを言ってくれる。
「聞こえてんぞっ!」
「…悟浄、お願いですから、これ以上三蔵を逆撫でしないで下さいね」
 このままいけば今夜も同室の自分にお鉢が回ってきそうな、そんな嫌な予感が八戒はするのだった。
 しばらく、判決を待つ被告のような気持ちでいた彼らは、暖簾が上げられると同時に一斉に瞳がそちらへと向けられた。
 向こうの別世界からやっと戻ってきた三蔵は、金魚の形をした手袋風の鍋掴みをし、少々大きめの鍋を両手に持つという、めったにお目にかかれない姿をしていた。
 悟空は三蔵の格好よりも食べ物の方が大事のようで、手にしている鍋を凝視してゴクンと唾を飲み込んでいる。
 悟浄は慌てて顔をそむけ、肩が震えるのを必死に堪えると同時に、笑い声が出ないように我慢していた。
(に、似合わねー)
 仮装に匹敵するぜ、と一瞬でも思ってしまったことを、絶対に口にしないようにも注意して。
 そして八戒はといえば、鍋敷きも持ってきて欲しかったなどと、まったく違う次元のことを考えていたりした。
「残すなよ」
 ドカッとテーブルの上に鍋を置くと、三蔵はもう用事はすんだとばかりに椅子に座ってしまった。
「…何、これ?」
 置かれた鍋を点になった瞳で見つめて呟く悟空。
「お粥と黒豆ですねえ…」
 蓋を開け、中身を4人分に分けながら呟く八戒。
「……精進料理?」
 目の前に置かれた、真っ黒なお豆さんと赤いポイントがやけに目につく真っ白なお粥を目の前にして、淋しげに小さく呟く悟浄。
「きさまらは精進料理をバカにするつもりか?」
 いえ、めっそうもございません、とばかりに3人一斉に首をぷるぷると振るのだった。
 悪夢のときか、はたまた至福のときか。
 ゆっくりと最初の一口を運ぶ仕草は、どちらかといえば悪夢を覚悟しているように感じられた。
 ところが。
「うめえっ。すげーよ、三蔵っ!」
「以外な特技ってヤツ?」
「僕もそろそろ引退ですかね」
「馬鹿にしてんのか?これでも昔はやらされてたんだからな」
「だよなー。いくらお前でも、おしめも取れないガキのころから三蔵さまじゃねえもんな。でもその尊大さは変わらなさそーだけど」
「黙って食って、さっさと部屋に行きやがれっ!」
 銃弾の音が効果音となったそれは大きな効果があったようで、目を引きつけるほどのスピードでお粥を食べ終わると、豆の入った皿を手にさっさと自室へと戻って行った。
「…素早いですねえ…」
「きさまも少しは見習って早く食え。戻るぞ」
「ちょっと待って下さい。せっかくあなたが作ってくれたんですから、ゆっくり味わせて下さいよ」
「たかが粥だろうが」
「でもやはり違います。あなたが作ったのと、僕が作ったのとでは。それに初めてですからね、あなたの料理は」
 柔らかな微笑みは、とても嬉しそうで。
 ゆっくりと口に蓮華を運ぶと、はんなりと微笑んで「美味しい」と彼は言う。
 三蔵はいつも黙々と食事をする。八戒がわざわざ作ってくれたとしてもそれは同じで、うまいなどと口にするとことはごくごくまれなことである。そのごくたまに口にした言葉を拾うと、決まって八戒は「有難うございます。作りがいがありますよ」と本当に嬉しそうに微笑んで言うのだ。
 その気持ちがそのときわかったような気がした。
 そんなに嬉しそうに、また美味しそうに食べてくれると、次もまたその姿を目にしたくて作ってしまいたくなるものなのだと。
「…ふん」
 これからはたまに「うまい」と口にしてみてもいいかもしれないと思うのと同時に、やはり本当にたまには彼に何か作ってあげてもいいかもしれないと思い始めていた。もちろんそれは彼だけにであって、悟空や悟浄のためになんぞはまっぴらごめんだ、と思っているのだが。
「ふう。ごちそうさまでした」
 両手を合わせてゆっくりとお辞儀をする八戒に、待ってましたとばかりに立ちあがる
「行くぞ」
「まさかこんな機会があるだなんて夢にも思ってませんでしたよ。悟浄には感謝しないといけませんね」
 三蔵は八戒に背を向けた状態だったし、ましてや八戒もちょうど席を立ったものだから、椅子が動く音と重なりはっきりとした形の言葉を耳にすることはできなかったが、「そのうちにな」と聞こえたような気がした。
 願望だったのかもしれない。
 しかし真実かもしれないそれは、そのときを待ってみてもいいかもしれないと、そう八戒は思った。
「ご主人にお願いして、あの金魚頂いちゃいましょうか」
 今回の記念と、そしてまた彼がこれを使ってくれることを願って。
「うるせえ」
 彼は否定するように呟いたが、しかし後に荷物の中から金魚が首を出しても、悟浄と悟空がそれを見て笑う度にハリセンの音が響くだけで、捨てるようなことはしていない三蔵だった。






END