SAIYUKI

22222HIT
reason 2001.5.26
SANZO×HAKKAI
 ガタガタと揺れる車体。
 自然の中にある道というものは、発展した街のように道が整備させているわけではないので、起伏が激しいところがあることは重々承知しているが、頭ではわかっていてもやはり重力に反することなどできるはずがなく、車体に合わせて揺れる体は右へ左へと動いてしまって安定を保つことができないでいた。それなのに、唯一悟空の瞳だけは身体とはうらはらにとても安定していた。
 悟空の瞳に映るのは八戒の顔。
 いつもの優しげな表情は変わらずに、穏やかな色を放つ深い緑色の瞳をまっすぐ前に向けている彼。そんな彼を悟空は月のように綺麗だと、本人には言ったことがないが密かに思っていたりする。
 昼に輝く太陽のようにとても存在感が強いのに対し、夜に輝く月はひっそりとしていて冷たく感じられることもままあるが、悟空が岩牢の中で見つめていた月は優しく暖かい光りを放つとても綺麗なものだった。なぜ自分がここにいるのかわからないし、鎖で繋がれているかわからないが、いつかもし幸運にもこの岩牢から出ることがあったとしたら、昼の輝かしい太陽に触れ夜の輝かしい月に包まれたいと、そう思っていた。
 太陽に触れることはできた。
 とても輝くそれに触れることは命がけだということが理解できた。
 でも月に包まれるのは、まだできていない。
 きっと月光のように、優しく暖かいものなのだろう。
 そう悟空にとって珍しく少々夢見ごこちでいたのだが、それでもやはり身体の方は現実から抜け出せないでいた。
 ぐう〜。
 悟空はお腹に手を当てて静まるようにしているが、続けざまにきゅるんという淋しそうな音がしてきた。
「…八戒。腹減った」
「じゃあ、そろそろ休憩にしましょうか」
 天が悟空の味方をしているのか、先にはちょうど休憩には絶好である森が見えて来たところだった。
 ね、とちらりと向けてくる八戒の眼差しはどこか流し目に近いもので、先ほど八戒のことを考えながら彼の横顔を見ていたせいだろうか、いつもなら三蔵が1人占めしてしまってあまり見られない彼のそんな瞳に、自分でもわからなまま悟空は動揺していた。
「う、うん」
 そんないつもとは違う悟空の態度に、悟浄は不信感を露に彼を見つめ、三蔵は眉を寄せて何事か考え込むのだった。
 しばらく森の中をそのまま走行していると、草が所狭しを生えクッション代わりとなる場所が見えてきた。そこでジープを止めると、少々早めに済ませたお昼に続き本日二度目の休憩に入るべく、食べ物を広げ始める。
 カップから登る湯気は、身体も心も癒してくれる。そう感じるからこそ、夏本番のような暑さのときには丁重にお断りしたいが、今日のように心地よい風が吹く穏やかな日は、飲み物をホットで飲むのも悪くはないと思うのだろう。
 買っておいた月餅をウーロン茶とともに食べ、予定では残り3時間足らずのジープでの旅を乗り切るために、今のうちに身体を伸ばしてつかの間の休息を味わっていた。
「はっか…」
 八戒が片付けを終え、ジープから戻ってくるのを見計らって、悟空は八戒にお散歩のお誘いをするつもりでいた。だがさすがというべきなのだろうか。それよりも鼻1つ分だけ早かったのは悟浄だった。
「八戒。湖があんの、知ってるか?」
「いつの間に…」
「すごいだろ?ホラ、行ってみようぜ」
 目前でかっさらうその彼に、怒りが込み上げてくる。だって昨夜は、悟浄は八戒と同室だったのだ。何も今日だって独り占めすることないじゃないか。
「おい、待てよエロ河童。八戒は俺と散歩すんのっ!」
「ああ?何、決めつけてんだよ、サル。八戒が行くって言ったのか?」
「それは…。でもそんだったら、悟浄だって同じだろっ」
 くるりと悟空と悟浄が同時に八戒を見ると、同時に詰め寄ってくる。
「「八戒はどっちがいい?」」
「…僕はどちらでも…」
 彼らの勢いに押されひるむ八戒の返事に、また2人はぎゃいぎゃいと騒いでいる。そんな彼らを見つめる八戒の顔には苦笑が浮かぶばかりだった。
 八戒はわからなかった。どうして彼らはここで「一緒に行動する」という結論に達しないことに。湖に皆で行けば、悟浄の「湖に行く」という目的も達成できるし、悟空の「散歩に行く」ということだって達成できるはずなのに。
 そんなことを考えている彼には、もしかしたらずっと気付かないかもしれない。悟空や悟浄の目的には「八戒と2人で」という点が重要視させているということに。
 考えごとをしながら何気なく兄弟喧嘩を眺めていた八戒の腕が、突然ぐいっと後ろに引かれた。
 見ればその主である三蔵はうるさそうに眉根を寄せており、彼は無言のままその手を引くと、何の抵抗も無くされるがままについてくる八戒を近くの大樹まで連れてくると、彼の肩を軽く押して根元へと座らせるよう促した。
 きょとんという眼差しのままに、三蔵の言葉を求めるよう見つめてくる八戒に、それでもやはり言葉を投げることはなく、幹に上体を預け、力なく伸ばして座っている彼の足元にごろんと横になると、三蔵は八戒の腿に頭を乗せてきた。
「さ、三蔵?」
 安定する場所を探すように暫くの間動かしていたものの、ほっと身体の力を抜いたとかと思うと。
「よし」
 それはそれはとても満足そうに呟いた。
 彼は本当にそれでいいようで、先ほどまであった眉間のしわが無くなっており、身体からは無駄な力が抜けられて瞳はゆっくりと閉ざされていく。
「出発は1時間後だ」
 それまで心地よい風にあたりながら、穏やかな眠りを貪っていればいい。
 そう彼は行っているようだった。
「……はい」
 他人との接触をとても嫌う彼が、たまに何気なくこういうことをしてくると、嬉しいとは思いつつも心中穏やかでないのが本音だった。
(眠れませんよ三蔵。心臓の音がうるさくて…)
「やっぱりさ、お前が決めてくんね?」
 悟空と悟浄が振り向いてみれば、そこにはさっきまで確実にいた八戒の姿はなく、視線を漂わせているうちに、木陰で身体を休めている八戒と三蔵の姿を見つけた。
 ましてや羨ましいことに、八戒に枕代わりまでしてもらっているのだ。
「あっ、こんの生臭坊主っ!テメー、何オレたちの隙を突いて八戒さらってんだよっ!」
「そうだそうだっ。三蔵、ずりーよ!」
「うるせーっ!そんなに行きたけりゃ、てめえらで勝手に行きやがれっ」
 三蔵が放った鉛玉に追いやれるように、悟空と悟浄は納得がいかないままその場を後にしたのだった。





 珍しく本気で寝てしまった三蔵と、彼の重みがあるのにもかかわらず、やはり本気で寝てしまっている八戒を、ある程度の時間をかけて戻ってきた悟空と悟浄が起こすことができなかったおかげで、結局出発が予定より1時間送れたことにより、街には夕刻には着くはずが実際には陽がとうに暮れた真っ暗な夜になってしまった。
 心配していた宿の方も三軒目でどうにか取れ、1階の食堂でのんびりと食事にありつけている。
 しかし実際のんびりしていたのは三蔵と八戒で、悟空と悟浄に至ってはいつものごとく、三蔵が呆れ、八戒が感心してしまうほどのものすごいスピードで、運ばれてくる食事の品々を片っ端から平らげていた。
「うまかったー」
 パンと1つ両手を合わせ「ごちそうさま」をすると、悟空は八戒ににかっと笑顔でおねだりをする。
「なあ、八戒。今日は俺と一緒の部屋にしよ?」
「おい。それじゃあ八戒が可哀相だろ。運転で疲れてるってーのに、お前と同室じゃあテメーのいびきがうるさくて、ゆっくり寝れねえっつーの」
 食事後の一服とぱかりに煙草の煙をくゆらせながら、悟浄は余裕の態度で言う。
「なあ、八戒?」
 などと同意を求めたりしてくるが、八戒は曖昧な笑みを浮かべることにかできなかった。
 そんな彼に肩を組み、そのままぐいっと手前に引いて顔を近づけると、悟浄はまるで女性相手にするようにいつものおちゃらけた口調とはうらはらに真面目な声音で語りかける。
「だから今夜は俺とにしようぜ?」
「何でだよっ!昨日もそうだっただろっ」
「昨日はカードで決めた正当なものだぜ?今夜はお誘い、って奴さ」
「誘うんなら外でしろよ。エロ河童っ」
「僻みか?ああ?おチビちゃん」
 再度ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた2人を割るように、テーブルの上にチャリンという音が落ちた。
 見ればそこには2つの部屋のキー。
 黄金色に輝くそれが「拾って」と主張しているようだった。
「どの部屋にする?」
 どちらに八戒がくるのかは、もう今になっては運しだいである。
 三蔵と八戒が見つめる中、悟空と悟浄がゆっくりと腕を伸ばしルームキーを取る寸前で、2人はくるりと振り返ると先に客室へと続く階段を昇り始めた。
 同じタイミングでキーを取ると、ぐっとそれを握り締める。
 自分たちが手にしているキーで部屋の扉を開けたとき、にこやかな八戒が待っているか、それとも仏頂面の三蔵が眉間にしわを寄せているか。
 ごくりと生唾を飲みながら今夜の勝敗のことを考えていたとき、階段を半分ほど上がったところで振り向いた。
「おやすみなさい」
「は?」
 それは少々早いどちらかに送る挨拶だと、最初は思った。しかし何となく何かが違うような雰囲気を悟って、悟浄が口を開こうとしたとき。
「その鍵、1人部屋ですから」
「…え?」
 八戒の最後の言葉にチャリンと金属がぶつかる音が被さった。それは少しだけ遠くから聞こえたもので、できることなら他の客が発した音だと思いたかったのに、三蔵へと視線をずらしてみればちゃっかり片手にもう1つ鍵が握られているのが目に入った。
「今日、4部屋取ろうと思ってたんですけど、あいにく1つだけ2人部屋になってしまったんですよね。そのことを三蔵に言ったら、悟空と悟浄に1人部屋を使わせてやればいいって言ってたものですから」
 というわけでゆっくりと休んでくださいね、と満面の笑顔で言われてしまった。
「きたねーぞ、こんのハゲっ!」
「男なら正々堂々、勝負しろよっ」
「言ってろ。どうであれ結果がすべてだからな。行くぞ、八戒」
「はい」
 ふん、と高飛車にも感じられる勝ちほこった顔を2人に向けたあと、三蔵は八戒とともに部屋へと姿を消して行った。悟空と悟浄に「こいつは俺のものだ」と言わんばかりに、八戒の腰に手を当ててである。
 堂々と繰り広げられていた「八戒強奪作戦」に三蔵が苛立っていたことに、そのときになってようやく気付いた2人だったが、懲りない彼らは次こそは三蔵に気付かれないようにしよう、と決心したのだった。そんなところが、三蔵にバカコンビと言われる所以であることを、当の本人たちは気付きもしないのだろう。
 そして三蔵はといえば、また明日から行われる水面下の争いに巻き込まれる予感を微かに感じて、八戒の腰に当てている腕に力を込めた。
 その力に八戒が三蔵を見る。
 少々強い光を宿して見返してくる紫の瞳には、はんなりとした微笑が映り、瞬間紫の瞳は穏やかな物へと変わっていった。
 この微笑みを誰にも渡さないと、戦闘を真っ向から受ける決心をする三蔵だった。
 三蔵一行は西へとひたすら旅を続ける。
 その間には敵の襲撃があり、危険な旅ではあるけれど、それは毎日行われている過激な内訌が、敵をあっさりと倒している1つの理由かもしれなかった。






END