SAIYUKI
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偶然がうんだ結末 2000.5.7
GOJYO×HAKKAI
 偶然だった。
 お昼前に突然降り始めた雨が豪雨に変わる直前に村に着いたことも。
 こんな天気なので旅人の大半が早めに本日のねぐらを決めていて、ほとんどの宿屋が満室となっている中、エアコンが壊れているという理由で客を入れていなかったとある宿屋で、そのひと部屋を合わせて2つ、八戒の口車に乗せられて割引価格で部屋が取れたことも。
 夕方には雨がやみ、まってましたと強い日差しが照りつけて気温が急上昇しているのに、悟浄と悟空の部屋はエアコンなしのがあたってしまったことも。
 これならまだ外の方がまだましかもしれないと考えた悟浄が、心地よい風にあたりながら木影で休もうと、宿屋の裏へ行ったことも。
 そこで見たくもなかった三蔵と八戒のキスシーンを、ばっちり目撃してしまったことも。
 そう。すべてが偶然…と思いたい。
 偶然が何度も重なると、それは運命と言わないか?
 ナイスバディの美人お姉さんをナンパする気力もなく、今日はアンラッキーデーなのねと、悟浄は肩を落とし崖から突き落とされた面持ちのまま、あの暑い部屋へと戻って行った。





 夕方は夏を思わせる日差しと気温だったが、今はまだ春といっていい。
 夜ともなれば昼間の暑さはなんのその。ちょうどよいくらいになるものだ。
 窓から入ってくる爽やかな風は肌を優しくなで、髪をさらさらとかきあげる。
 八戒が入れたコーヒーを飲みながら、ゆっくりと読書ができる、静かで充実した時間。
 顔を上げれば、八戒が本を膝の上に広げながら椅子の背もたれに体重をかけ、うたた寝をしている。
 それはとても珍しい光景で。
 自然と三蔵の目元も優しいものへと変わる。
 そんなのほほんとした、心暖まるひととき。
「んだとーっ。このバカ猿っ!」
「やるかっ、エロ河童っ!」
 それをみごとに壊してくれたのが、隣の2人のどなり声だった。
 また始まったと眉間にシワを寄せるだけの三蔵だったが、ちらりと八戒の様子を伺い見れば、案の定目を覚ました彼は、姿勢を正し目をぱちくりとさせて、声のした方を凝視している。
「…元気ですねえ」
 視線に気付いて振り返り、苦笑する八戒。
 三蔵の怒りを頂点に達しさせたのは、それが原因だった。
 バタンと隣のドアが開く大きな音がすると、三蔵は新聞をテーブルに置き、銃をかまえ、安全装置を解除して。
 この部屋のドアが開いたと同時に銃をぶっ放した。
「ひょえ〜〜〜っ」
 派手な音がして、悟浄の耳のすぐそばでぶうんと風を切る音がする。
 ちらりとドアのサンを見れば、木でできたそこには鉛玉が1つめりこんでいた。
「何すんだよ、このタレ目っ」
「静かにしてろっつってんだろーがっ、きさまらっ」
「だって、こいつが…」
「てめーだろっ」
 三蔵の眉間がピクピクと動いている。
 多分あと5秒この不毛な喧嘩が続くと、今度は銃口が確実に彼ら本人に向けられるだろうことをいち早く察した八戒は、いつものごとく2人の仲介に入る。
「まあまあ。もう夜ですし、私たち以外にもたくさん泊まってらっしゃるから、静かにした方がいいですよ」
 しかしこの言葉を待っていた人物がいようことは、例え八戒でも知る由もなかった。
「とにかく。俺、こんなエロ河童と同じ部屋はヤだかんな」
「こっちこそ願いさげだ。いこーぜ、八戒」
「えっ…ちょっ、ちょっと悟浄っ…」
 有無を言わさず、悟浄は八戒の腕を掴むと強引にもう1つの部屋へと引きずって行った。
 そして悟浄の『八戒強奪作戦』は成功したのである。
「…なあ、八戒」
 先に八戒を部屋の中へと促すと、悟浄は後ろ手にパタンとドアを閉めた。
「なんです?」
 くるりと振り返り、ニッコリと微笑む八戒。
 先ほどの焦った顔も可愛かったが、今のニコニコと笑いかけてくる顔もまた可愛い。
 さすがは八戒だ。もうさっきの戸惑いからは立ち直っているらしい。
 八戒から言わせれば、ただ単に三蔵の怒りの矛先が自分に向いていないから、まあいいかとのほほんとしていただけなのだが。
 とにもかくにも、第2の作戦はこれからである。
「俺に腕、回してくれる?」
「腕…ですか?」
 悟浄の意図がわからずにいる八戒は、何に関係してくることなのかまったく想像もできなかったが、真剣な悟浄の眼差しにおずおずと彼の体に腕を絡める。
「こうですか?」
「いや。もっと上」
「…こう?」
 短い問いかけに、ぎゅっと体を抱きしめることで肯定の返事をする悟浄。
「…夕方、三蔵とこうしてたな」
「…見てたんですか?のぞきはいけませんねえ」
「のぞきじゃねーよ。たまたまさ」
 そして軽く口付ける。
 ついばむように、何度も何度も。
 前より深く、少しずつ自然にのめり込んでいったとき、突然悟浄の脳裏に浮かんだ光景。
 三蔵の右手が八戒の頭を逃げられないように固定している。左手は腰に回っていて、崩れ落ちそうな不安定な体を支えていた。
 八戒の両手が三蔵の背中に回り、すがりつくように、服にシワができているくらいぎゅっと握り締めている手。小刻みに震えている足。
 それだけでいかに濃厚な口付けをしているのかが伺えた。
 夕方見たキスシーンを思い出したとたん、湧き上がる黒いものに突き動かされるように、悟浄は八戒の口を貪り始めた。
 何度も角度を変えて、深く、より深く。
 己の持つ技術すべてをかけて。
「…んっ……」
 がくんと八戒の足の力がぬけ、悟浄の腕に体重がのしかかったのを合図に、やっと口付けから解放する。
「はあ。…相変わらず…」
「うまいっしょ?」
「ぬけぬけと…」
 まだ力がうまく入らない体で唯一の抗議と、上目使いににらむ。
 濡れた唇。少々酸素不足だったために潤んだ瞳。上気した頬。
 そんな顔でにらんでも逆効果だということを、本気でない怒りをぶつけてくる本人は気付いていないだろう。
 悟浄は左腕はそのままに、右腕を八戒の膝の裏にもっていくと、ひょいっと抱き上げた。
「…で、この状況下は何です?」
「俺がベッドに運んでやるだけだと思う?ここまできたら、やるこたー1つっしょ?」
「1つですか…」
 八戒の負担にならないよう、静かにベッドに横たえる。
 そしてベッドはさらに、苦しそうにギシッと悲鳴を上げた。
「お手柔らかにお願いしますね」
 もう一度軽く口付け。
 八戒の服の袖を右手でたくし上げながら、胸元へと顔をうずめて、ざまーみろ三蔵と、悟浄は心の中でほくそ笑んでいた。





 八戒と悟浄が2人仲良く食堂へ向かうと、案の定、三蔵と悟空は先に起きていて、2人がくるのをまっていた。
「はらぺこだよー」
「おはようございます。お待たせしてしました」
 さっそく食事を開始する。
 いつもの悟空なら食事にすべての意識を集中させるが、珍しくまったく関係ないものをめざとく見つけた。
「あれ、八戒。ここ赤い」
 自分の首を指して、八戒に知らせる。
「えっ…ああ。蚊にさされたんですよ」
 あわてて首に手をあてて、確認するふりをしながら隠してみたりする。
「かゆい?」
「いえ。大丈夫です」
 八戒の言葉をうのみして信じきっている悟空は、もう蚊がいるんだー、と無邪気にいっている。
 三蔵の周りには摂氏30℃くらいの冷たすぎる空気が、一瞬にして張り巡らされた。
 悟浄は、張本人なのにけろっとしている。
 もうこの話題は終りにしたい、と内心冷や汗をかきながら思っているのは八戒のみだった。
「ほお。河童が空を飛ぶとは知らなかったな」
「何のことでしょ」
 三蔵は、やはり昨晩のことを根に持っているようだった。
 今日1日、彼の機嫌がすこぶる悪かったのはいうまでもない。
 そして今回一番の被害者は悟空だった。なにせ巻き添えをくって、彼も奴当たりの対象となっていたのだから。



END