天下一品に関する一考察

目次
第一章 味の個人主義
第二章 飾りじゃないのよお皿は
第三章 主役脇役論「何を食べに来たの?」
最終章 実践的総論「私って嫌な客?」
付録A マニアの楽しみ
付録B メンどうはごメン

第一章 味の個人主義

天下一品こってりラーメンの特徴のひとつに『味の個人主義』なるものがあると筆者は考える。ではその『味の個人主義』とはなにか。一言で言えばこってりを食べる人が一人ひとり自分の好みに合わせて味付けを調整できるということである。筆者はあまり天一以外でラーメンを食べないので断言はできないが、大抵のラーメン屋では出されたものをそのまま食べるしかないように思う。精々がコショウを振るぐらいである。つまり同じ店で同じ時間に同じラーメンを食べている人は、まったく同じ味のものを食べているわけである。隣の人とあなたはまったく同じ嗜好なのだろうか。また、同じ店でも日や時間により微妙に味付けが変わるのは避けがたい。期待していた味と違うと感じたとき、対処する方法が何もないラーメン屋では我慢して食べるしかない。筆者は過去にそういう状況で苦痛を感じたこともあった。
天下一品ではこのようなことはない(後述するが悲しいことにないと断言することは実はできないのだが)。カウンター席でもいい、テーブル席でもいい、座れば誰でも気づくであろう、壷やしょう油さしのごとき容器の存在に。これらが天下一品自慢の薬味であり、味の個人主義を華麗に演出してくれるのである。なお、しょう油と餃子のタレとラー油はこってりに関係ないのでこの後の考察では触れないこととする(こってりにしょう油をたらして食すなどどいう不心得ものはこの先を読んでも詮無いことである。とっとと退場していただきたい)。
それではこってりを七色に変化させる薬味達を紹介しよう。

おろしニンニク・・・少量加えれば、炒め物をするとき予めフライパンに香り付けをしたのと同じような効果がある。ある程度以上入れるとスープの味に深みが増す。ただし、デートや商談の前にたっぷり入れるのはお勧めできない。肛門に疾患がある人にもお勧めできない。

からしみそ・・・加えれば文字通り味噌風味になる。かなり濃厚な味噌なので投入量には気をつけたい。入れすぎると濃くて辛くなってしまう。小指の先ほどの量を加え、全体にかき混ぜずそのあたりだけかき混ぜて味を確認しながら食すのがお勧めである。

ラーメンタレ・・・こってりを生かすも殺すもこのタレの使い方で決まるのであり、正しく使用するにはかなりの熟練を要する。適量投入すればこってりが風味を壊すことなく程よく濃くなってくれる。入れすぎるとしょっぱくなる(微量を直接舐めてみると味など感じずひたすらしょっぱいことに気づくだろう)。投入の方法としてはからしみそのように「微量を局地的に」という方法がとりづらい。容器の関係で投入量の微調整が難しく、かつ投入したところとそうでないところが目で見て判断しづらいからである。味を確認しながら少なめに入れるのがお勧めである。一発の投入で好みの味にできればそれだけでその人はこってりのプロと言えよう。

なお、残念なことに関東のほとんどの店舗と関西の一部の店舗ではおろしニンニクではなくからしニンニクが置いてある。これはニンニクの風味を感じる前に辛味が勝ってしまうという代物であり、ニンニクの消費量を抑えようという店側の悪意が感じられて仕方がない。特に筆者は辛いもの苦手でげんなりである。また、関西では大抵注文時にニンニクの投入の有無を聞いてくれる。聞いてくれると好意的に書いたが、どれだけの量投入されているのかわからず、できるなら自分で調整したい。関東の数店舗ではおろしニンニクに唐辛子が和えてある。理解できない。上記の悪意なのだろうか。筆者が訪れた50数店舗の中では、混じり物無しのおろしニンニクが卓上に置いてあったのは大阪・法善寺店のみであった。

さて、これら薬味を駆使すれば自分好みのこってりが出来上がるわけである。が、そうは問屋が卸さない。薬味での味の調整ができるかどうかは厨房から供されるスープ次第なのだ。こってり中毒者はよく「今日は濃くておいしかった」「今日のは薄かった。けしからん」などというがこの濃い薄いは何が濃い薄いのであろうか。こういう言い方をするときは大抵の人が粘度のことを言っているのであろうと推察する。しかしこってりスープの美味さの決め手は粘度と味の2つであろうと考える。
粘度:サラサラ←→ドロドロ
味 :しょっぱい・からい←→まったり・でも薄味
読者には意外かもしれないが味のベクトルはこういうことだと筆者は考える。各店舗では工場から送られてきたパック入りのスープを寸胴に開けて煮詰めるわけだが、それがそのまま客に出されるわけではなく、ラーメンタレが(あるいはからしニンニクも)あらかじめ投入されて提供される。お持ち帰りかWEB屋台で買ったスープをそのまま飲んでみれば分かるが、タレが入らない素のスープはコクが無くやや寝ぼけた味である。そこでタレを投入してシャキッとした味にするわけだが、その量がちと多い店があるわけである。優良店とダメダメ店でどう違うか見てみよう。
優良:スープはしっかり煮詰めてタレは控えめ → ドロドロでまったり、でも舌に刺激する味はない
ダメ:スープは煮詰め不足でタレ多め → サラサラでしょっぱからい
もうお分かりかと思うが優良店のはまったりしていてそのままでもそこそこ満足のいく味なのである。一方ダメダメ店のはこってり感が少なく薬味にて調整したいがすでにしょっぱからいので薬味の投入が躊躇されるということになる。このような店では『味の個人主義』はまったく成立しない。実際筆者はそういう店を数店舗知っている。嘆かわしいことである。本部は是非ともそのような店舗を摘発し、指導・教育すべきである。筆者はそのためならいかなる労も惜しまない(であろう)。

では、その中間の店はどうであろうか。中間はタイプAとタイプBに分けられる。
タイプA:スープはしっかり煮詰めてるけどタレの量も多い → ドロドロで味も濃厚
タイプB:スープは煮詰め不足だけどタレ控えめ → サラサラで味も薄め
こう書くとタイプAは優良店より美味そうで、タイプBはダメ店よりさらにダメなように見えてしまう。しかし実際はそうではない。タイプAは兎に角ドロドロならいい、辛いのなんかへっちゃらさ〜という人にはいいかもしれないが、しょっぱさを感じても薬味での調整が不可能であり、自分好みにできるという天一の特徴が生かされていない。方やタイプBはサラサラはしょうがないが薬味でそこそこ味の調整は利くのであり、こってり上級者の腕の見せ所である。料理全般に言えることだが「過ぎたるは及ばざるより悪い」のである。こってり中毒者には是非優良店かタイプBの店に行って頂きたいものである。

さて、言及していない薬味が1つ残っていた。酢である。食べ始める前からこってりに酢を入れる人はいないであろうが、残ったスープに入れる人を筆者は約1名知っている。こってりが飲み易くなるそうである。ここぞというときの逃げ道として目をつぶってもいいが、通常は控えるべきであろう。でなければ練習にならない。千里の道も一杯のこってりからである。


第二章 飾りじゃないのよお皿は

突然だが読者に質問である。氷とアイスクリームとではどちらがより冷たく感じるか。個人差があるかもしれないが普通は氷であろう。では、どちらの方が温度が低いか。答えはアイスクリームである。では何故温度の低いアイスクリームの方が温度が低くない氷よりも冷たく感じないのであろうか。第一の理由は空気である。アイスクリームは製造過程において大量の空気を取り込んでいる。空気は液体に比べ熱容量が小さいため、温度の緩衝材的働きをする。第二の理由は粘度の違いである。粘度の高いものは対流が起きにくく熱伝導率が低い。そのため粘度の低いものの方が高いものよりもより冷たく感じるのである。この現象は温度の高い側でも同様であり、粘度の低いものは高いものより熱く感じる。つまり、粘度の高いこってりスープは同じ温度のあっさりスープよりもぬるいと我々は感じてしまうのだ。何処かで見かけたのだが(うろ覚えで申し訳無い)マニュアルではこってりスープの温度は83℃、あっさりスープの温度は78℃を目安に客に出すように決められているらしい。つまり、こってりはあっさりより5℃も高くないとアツアツと感じないのだ。さらにこってりの厄介なことは粘度の高い液体は対流が起きにくいがゆえに均一に加熱することが難しいということである。要はクリームシチューと同じだ。加熱してほっとくと鍋に焦げ付いてしまう。いつも掻き回して注意してやらなければならない。まことに厄介な代物である。さらにこってりは熱伝達率が高いため冷め易いのである。こってりの温度管理には細心の注意が必要なのである。

では、冷めてしまったこってりとはどのようなものであるか。試しにテーブルにこってりを数滴落しその上に紙を置いてみるといい。冷めた頃にはこってりは固形化し糊と同じ働きをして紙をテーブルに貼りつかせてしまっているであろう。通常のラーメンでは(とんこつでも)かような現象は起きない。このようになってしまう過程のこってりがいかようなものか想像に難くないであろう。舌触りが悪く口の中でまとわりつき、とても飲めたものではない。超不味いのである。アツアツのときとは似ても似つかない代物と化すのである。

では寸胴の中でしっかり温めておけばいいかというと、もちろんそれは必要だがそれだけで安心してはいけない。その後に温度に関する落とし穴と濃度に関する落とし穴がある。本章では温度の問題を取り上げているので濃度に関する落とし穴は後の章で詳述する。上述のようにこってりの温度管理は繊細であり、こってりが触れるものの温度には注意が必要である。中でも丼は熱容量が大きく、熱伝達率も高いためこってりに多大な影響を及ぼす。棚から取り出したばかりの冷たい丼にこってりを注ぎ込むとどのような現象が生じるであろうか。簡潔に言えば、丼に接している部分が厚さ1cmほどの幅で約20℃ほど温度が低下するのである。繰り返すがこってりは熱伝導率が低くこの状態はしばらく維持される。ラーメンの大敵、ムラの発生である。ムラのあるラーメンは味噌が溶け切っていない味噌汁のごとく不味い。ではかき混ぜればいいかというとムラはなくなるが全体の温度低下は免れない。

もっとも望ましいのは丼をこってりと同じ温度にしておくことである。そのため達人の店では約85℃の湯を張った水槽で丼を湯煎にしていると聞く。湯煎は場所も取り、丼を中から引き上げるのが大変なので、多くの店では丼に熱湯を入れておいて温めておくという方法を取る。この方法はもっともポピュラーなものであり、お持ち帰りの作り方の説明にも書かれていて、素人である客にも強要しているのである。しかしながらプロであるはずの店にて少なからぬ数の店舗でこの簡易的な方法すら実行されていない。嘆かわしいことである。

正しく前処理された丼にアツアツのこってりが注がれ、麺・具が入り客に供されるわけであるから、よほどの熟練者でなければ熱くて丼を持てないはずだ。なのにバイトのオネイサンが片手で丼を持って運んでくると筆者はそれを見ただけで萎えてしまうのである。さて、ではアツアツの丼をどう運ぶか。この難問を解決すべくお皿が登場したわけである。お皿の上に丼を置きお皿を持って運べば熱くないわけである。画期的な発見である(フランス料理では普通にやってる?ああ、そうですか)。お皿に乗ってこってりが運ばれてくると期待度大である。ところがそのような手段が講じられているに関わらず、丼がたいして温められていないときがある。思わず立ち上がって”飾りじゃないのよ、お皿は〜アッハーン”と歌い出してしまいそうになってしまう。タダのカッコつけなのか、勘違いなのか、そこの店長とこってり片手に一晩語り明かしたいものである。

たまに「替え玉は出来ないのか」という客がいる。素人である。そのようなことをいう客はあっさり食ってろ。こってりを何度も食べていれば食べ初めと終わり近くでスープが変わっていることに気づくであろう。そう、食べているうちに冷めてしまっているのである。そこにさらに麺を入れるなど言語道断だ。大体スープは麺にからんで半分以上なくなってしまっているはずだ。上記の客はよほどスープがゆるい店で食べていると見える。さらにこってり中毒者なら目的はこってりスープであろう。筆者なら替え玉よりも100円で替えスープを要求する。

第三章 主役・脇役論「何を食べに来たの?」

天下一品を酷評するサイトが存在する。「スープが気味悪い」「獣の臭いがする」などはまだかわいらしい。「あれは人間の食べ物ではない」「ゲ○だ」とまでのたまうサイトもある。そういうサイトを発見するたび、筆者は血液が逆流し脳天から湯気が出て、拳骨でディスプレイを叩き割りたくなる衝動に駆られ、抑えるのに苦労するのである。ゼーハーゼーハー。が、まあよい。人の好みはそれぞれだし、所詮は「合う合わない」の問題である。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。

しかし、中には「具が何の変哲もなくショボイ」というけなし方をするサイトがある。お前は何を食べに行っているのか。まったくわかっとらん。我々は「獣の臭い」がするこってりスープを食べに行っているのである。具などカレーライスにおける福神漬けにすぎない。麺に絡めてこってりを食し、ご飯にかけてこってりを食すのである。メンマやチャーシューは箸休めであり、ネギはスープをすするときのおみおつけの実のごとき存在である。麺にコシなど要らず、チャーシューはトロトロジューシーである必要もなく、メンマに濃厚な味付けなど要らず、ネギはとりあえずシャキシャキしていればいいのである。あくまでこってりスープをより美味しくいただくための脇役なのである。

世のラーメンの中にはチャーシューや味付け卵などをウリにしているものがあるが、それらはあたかも何の芸もないアイドルのデビュー映画の脇役に実力派俳優を配するようなもので、そんな映画を評価する映画ファンは居るだろうか。主役が主役としての存在感を発揮できていなければ名作にはなり得ないのである。麺を追求したところで高が知れてるし、そもそもほとんどのラーメン屋では自分とこで麺を作っていない。麺が主役ならば蕎麦屋や饂飩屋のように手打ちしていただきたいものである。さらに具がラーメンの主役足り得ないのは自明の理であり、そうと言い張るのは詭弁である。チャーシューがキムチに替わっていても痛痒を感じず、ネギがワカメに替わっていても・・これはちょっと抵抗があるがやはり本質にかかわる問題ではない。では、喜多方ラーメンを食べに行ってとんこつスープがでてきたらどうか。長浜ラーメンを食べに行ってあっさり醤油スープがでてきたらどうか。これはこれで美味しいと思うだろうか。「詐欺じゃー」と叫んで机ごとひっくり返すのではないだろうか。麺が縮れているかストレートかなどという問題とは次元が違うのである。ラーメンイコールスープなのだ。

天下一品ほど真の主役がはっきりしているラーメンはない。ショボイ具は脇役に徹しているのであり、麺も同様である。余談だが湯掻いたばかりの天一の麺は臭くしょっぱく不味い。長期保存できるようカンスイ入れ過ぎなのである。まあそれはよいとして、主役のこってりスープが完璧であれば他のことには大抵目を瞑ることができる。「メンマが少ない」のは「スープが少ない」に比べれば枝葉末梢なのである。逆にいくらネギが多めに乗っていても、食べる前から「明日も来い」と主張するこってりにはぶち切れてしまうのである。ハアハア。主役の穴は脇役では完璧には埋められない。主演女優賞と助演男優賞では重みが違うのである。

脇役は脇役であるが、具の量は多いにこしたことはない。特にネギたっぷりはこってりに実によく合う。ザルに盛って出してくれる店舗が関東にはないのが残念である。デフォルトの具の他に煮卵やコーンなどもこってりスープを引き立ててくれる名脇役である。レンゲでこってりスープに浸しながら食すのが正道である。これら脇役はこってりの味を深めこそすれ損なうことはないが、残念ながら折角の主役の味を往々にして台無しにしてしまう脇役がいる。麺である。けっして硬めに茹でてはいけない。いやそうではない。ふにゃふにゃへなへな麺がこってりには合うと筆者は思うが、これは個人の好みの問題なので硬めがいけないわけではない。でもこってりに絡みにくいと思うが。問題は茹でた後である。麺の湯切りがこってりの命を握っているのだ。筆者は一人で初めての店舗に行ったときは、できるだけ厨房に近い席に座ることにしている。そうすれば厨房の音が聞けるからである。厨房からはいろいろな音が聞こえてくるが、一等小気味よい音がこれである。
「ザーー、チャッチャッチャッチャッチャッ・・・」
鍋から麺を上げ、てぼで湯切りしている音である。店員の腕がよければ、軽快な湯切りの音で口の中は唾だらけとなる。が、たまにこんな店もある。
「ザーー、チャッチャ」
2回?たった?もういいの?ではそのように湯切りされたこってりを注意して食べてみよう。まず、縁のあたりのスープをかき混ぜないよう静かに掬ってすする。そこそこの濃度である。次に麺の真ん中に穴を掘るようにしてそこのスープをすする。熱い、そして薄い。スープと湯のハーフハーフになっている。全体をかき混ぜてすすれば当然最初の縁のよりも薄くなっており、寸胴でのスープの煮込みが足らない店では悲しくなるほどサラサラのスープとなってしまう。前章で述べた「冷たい丼」使用店で、この「2回湯切り」をすれば完璧である。冷えてしまったスープに熱い湯をまとわりつかせた麺が浮かんだ完全二重構造で客に供される。本論とはズレるが、こういう店では往々にして麺をスープに投入した後麺を引っ張りあげて整えるという手間をかけないので、面が絡んだままでありまことに食べにくい。絡んだのをほぐしているうちにメンマが底に沈んだりしてイライラするのである。さて、この完全二重構造を忠実に再現してくれたのがジャリヤングの街、S谷にあるお店である。あいにく客先と厨房は隔てられているため、厨房の音は確認できなかったが、もしかしたら「ザーー、チャッチャ」ではなく「ザーーチャ」ではないかと筆者は疑っている。厨房の中の店員は若い兄ちゃんが多かったように思う。

青年老い易く学成り難し。_| ̄|○ (ガク)



最終章 実践的総論「私って嫌な客?」

いままでの章で正しいこってりのあり方、正しいこってりの食し方が明らかになったと思う。本章ではその論理に基づき、こってり中毒者の天下取りの正しい立ち居振る舞いについて述べてみたい。なお読者が実践した結果、激しい自己嫌悪に陥っても筆者は一切の責任を負わないし、むしろそれが狙いだったりする。

【注文するまで】
店に到着したら天一の看板をカメラ(携帯可)で撮影などして通行人から奇異の目を向けられてから入店しよう。店に入ったら店員になめられないように慣れた態度で厨房にできるだけ近い席を確保する。入り口から席に移動する間に客層や客が食ってるメニューを観察しておこう。店員がお冷を持ってきたらすかさず「並」と言う。優良店だとそれでオーダーが通るが、「こってりとあっさりとがありますが」などと聞き返される場合もあるので、そのときは毅然とさも当然のように「こってり」と言おう。ネギ多めができるのならそれも頼もう。無料のサービスは極力利用すべきである。ただし「ニンニクは?」と聞かれた場合は、残念だが「無しで」と答えよう。ニンニクの投入量により風味が著しく変わり評価に支障をきたすからである。

【出来上がりまで】
注文からこってりができるまで最短で3分かかるので、その間に店内レイアウトとメニューの内容を記録する。デジカメでメニューを撮影してしまえば手っ取り早いが、透明フィルムに入ったメニューが多いのでライトが反射して文字がつぶれてしまわないよう注意が必要である。次に薬味の有無を確認する。ラーメンタレが置いていなかったりする店がごくたまにあるが、そういうのに当たっても怒って席を立ったりせず我慢しなければならない。おろしニンニクが置いてあったら涙を流して喜ぼう。混ざり物なしだったら尚更である。厨房の音に聞き耳を立てるのも忘れてはいけない。聞きにくかったらトイレを探すふりをして厨房近くに行ってもよい。また店員の他の客への対応も観察しよう。特に不慣れな客への対応は注目である。遠慮なくきょろきょろしよう。この頃には隣の席の兄ちゃんがあなたのことをある特別な感情の目で見ているであろうが気にしてはいけない。

【食すまで】
誰が(熟練者かバイトか)どのようにして(お皿に乗っているか)こってりを運んできたかを観察しておく。目の前に置かれたら運んできた店員に「カムサハムニダ」あるいは「謝々」と言ってから両手で丼の縁を持ち温度を確認する。メンマの本数(細いのは2本で1本と数える)、チャーシューの厚さと大きさと枚数を数え、ネギを重ならない程度に広げて面積を目算する。スープの水位を確認する。丼の形状にも注意しておこう。

【薬味を投入する前に】
まず、縁のあたりのスープをかき混ぜないよう静かに掬ってすする。その濃度が寸胴のスープの濃度である。丼が冷たい場合スープが冷めていることも確認できるであろう。底の方のスープもそうなってることを覚悟しなければならない。次に麺の真ん中に穴を掘るようにしてそこのスープをすする。湯切りが不十分だとかなり熱いので舌をやけどしないように注意しよう。次に全体をよくかき混ぜてすすり、最後に麺を食べてスープとの絡み加減を確認する。

【完食するまで】
評価のための確認は以上であるので、後は好きに食べればいいのだが、いい機会なので筆者の食し方をここで披露しよう。
風邪気味とかなんか調子悪いときは迷わずニンニクを入れる。小さいスプーンに軽く1杯程度だが辛しニンニクのときは1/3程度にとどめる。注文時に聞く店で卓にない時はあきらめる。スープの味が薄い場合はラーメンタレをレンゲに1杯入れてスープに投入する。これを半分ぐらい食してから、辛し味噌を小指の先ほど(パチンコ玉程度)投入してそのあたりを軽く混ぜて食す。これを適宜繰り返し、残ったスープは丼を両手で持ち上げてゴクゴク飲む。「ごちそうさま」

【店を出るまで】
あとは代金を払って店を出るだけであるが、千円札で支払うのは素人である。650円か1,150円を用意しよう。その方がレジがスムーズに終わる。たまに壱万円札で払ってるド素人がいるが、そんな高額紙幣を使うのはお持ち帰り8人前買ったときぐらいにしたいものだ。
さて次に常連店での正しい店からの出方について述べてみたい。あなたは今日のこってりに満足したであろうか。どこかに不満はなかったであろうか。もしも不満があるのだったら黙って店を出てはいけない。会計が終わった直後に、
「今日のスープはいつもよりさらさらでしたよ」
「今日のはタレが多くてしょっぱかったですよ」
「今日のスープはぬるくて粉っぽく感じましたよ」
等々、捨て台詞を残そう。けっしてこれは嫌がらせではなく店のためなのである。不出来なこってり作っても客が黙ってれば店長は気づかないものだ。それが続けばどんどんその店のこってりの味は落ちていくのであり、最後はK町店になってしまう。そうさせないためにも悪いところは悪いとはっきり客が言わなければならない。常連店の水準維持のためにも遠慮などしている場合ではないのである。ただ、捨て台詞を吐くに際して気をつけなければならないことが3点ある。
まず、1点目は「いつもはいいのに今日はダメだった」という状況でのみ言うべきということである。いつも不出来なこってり出す店にダメと指摘してもどこをどうすればいいのか店長はわからないので徒労と化すだけである。そういう店は基礎からの教育が必要なのである。本部に連絡しよう。尚、昼と夜で出来が違う店は成り行きで結果的に良くなっているだけなのであって、美味しいこってりの作り方を知らないのは同様である。知っているなら常にきちんと作るであろうし、昼は手を抜いて夜はきちんとする理由がない。
次に捨て台詞を吐く相手の店員と顔なじみであることである。しょっちゅう来てる客であると店員が認識していればその言葉に重みを感じるであろうし、来なくなっては大変と店長にきちんと報告するだろう。新しく入った店員ではこちらがVIPであることを知らず、言われてただ気分を害するだけで店長にも報告しないであろう。これもまた徒労に終わる。
最後に、捨て台詞を吐いた次の日(2日後でも可、店に文句言っといて3日も行かないというのは道義的に問題である)、こってりが改善されていればしっかり褒めることである。店長のやる気を出させるとともに「この人には手抜きはできない」という意識を植え付けるのである。

かようにして天一は成長していくのである。すくなくとも筆者は新宿大久保店を育てたと思っている。潰れたが。

【最後に】
筆者が天一来店時に確認することを箇条書きでまとめてみる。物好きは参考にしてほしい。
・客層およびこってりとあっさりの比率
・にんにくを聞くか
・薬味の種類
・メニューと価格
・無料サービスの有無
・店内レイアウト
・店員の対応
・麺の湯切り回数
・皿の利用
・丼の温度
・具の量
・スープの濃さと味と温度(2箇所)
・スープの量
・麺の硬さとスープとの絡み具合

これからも読者が快適なこってりライフを楽しまれんことを。


付録A マニアの楽しみ

「A」などとつけているが、B,Cと続くかどうかは今のところ未定である。
天一のこってりは店によって味が違う。まことに嘆かわしいことである。半年前まではそう思っていた。チェーン店というのはどこに行っても同一料金で同様のサービスが受けられるものである、というのが世間一般の認識であろう。それゆえ、どのサイトでもこってりの店による味の違いについて「なっとらん」という意見であり、筆者も特に深く考えることなくそう思っていた。しかしそれは天一マニアとして(偏執狂という言い方もできるが)まだまだアマチュア思考だということに気づいたのである。店による味の違いにはさまざまな効能があったのである。その効能とはただ「美味しい」だけでなく、「楽しい」ということである。参考までに以下の数値を見てほしい。
<mixiのコミュ参加人数 2006/02/11現在>
1000人 マクドナルド大好きコミュ
7700人 Mos Burgerコミュ
4800人 マクドと呼ぶ人たちコミュ
ファーストフード最大手のマクドナルドにしてこの数である。どこに行っても同じ料金、同じメニュー、同じ味、似たような店内なので話すことがないのである。話すことがないということは愛着もなくつまらないということである(しかもトピックが終わってる。レスが30以上つかないんだよ。荒らしもあるし)。一方モスは手作り感があり店舗も個性があるところが多い。だから話題にしたくなるのである。ということはモスファンは食べる以外にも楽しみがあるわけである。マクドも「マックはアップルのコンピュータであり、マクドナルドはマクドである」という話題には4800人も集まっている。もしマクドが「マックと呼ぼうマクドナルド」などというCMを流していればこのような盛り上がりはなかったはずである。画一化されたところに人は楽しみを見出さないのである。余談だが天一コミュ4300人、二郎コミュ4800人・・・くっくやしい。

では、どのような効能があるのか順に検証してみよう。

【選ぶ楽しみ】
基本である。「久しぶりだからチョー濃いとこで」「ちょっともたれ気味だから薄めのとこがいいな」などその日の体調や気分でお店をチョイスする。ただし東京にいるマニアが「今日は本店な気分♪」と言ったところで叶わぬ望みである。なお、めったに行かない店に行くときは営業日・営業時間に注意が必要である。深夜にタクシーで乗り付けて店が閉まっていたときの衝撃はおおきい。

【わくわくどきどき】
食べ歩くという楽しみがある。中毒患者1000人中そんなことしてるのは私一人のようだがほっといてほしい。国内にはご同類が10人ばかり生息しているようである。野生の繁殖必要固体数を下回っている。絶滅の危機である。手厚い保護が必要である。電車賃ください。さて、初めて行った店で「ここはどんなこってりを出すのだろう」とわくわくするのは楽しいものである。落胆する確率の方が高いことは経験的に知っているが、それでも楽しいのである。オーナーが判明している場合はおおよその予想がつくのでわくわく感半減である。あ、予想を覆された店舗があった。小作店である。薄汚れた店構えとカウンター、店員は無愛想なオヤジ一人、どこから見ても(有)天一なのだが出てきたこってりはアトラスであった。
同じ店でも日や時間帯によりこってりは変わる。かなり変化の激しい店もありどきどきである。今日は薄めでと思って行った店でどろどろこってりが出てきたりすると、思惑が外れたことによる怒りよりも店が改善されたのかという喜びの方が大きい。大抵次に行ったときには元に戻っているが。ちなみに都内で安定しているのは江古田・神楽坂と歌舞伎町だ。ただし、その安定さを確認したときの感想は前者と後者で正反対だが。

【出来の悪い子ほどかわいい】
一番良く通う店をホーム(常連店)と呼ぶ。ホームのレベルがどれぐらいかでその人のこってり舌も決まってしまうので、ホームの選定は本来非常に重要なのだが、多くの人は自宅近くか、なければ勤務先近くの店舗にしている。遠隔のホームに通うために定期券を買ったり、いっそのこと近くに引越してしまったりするのはごく一部の中毒患者だけのようである。まあ家の近所や通勤通学の途中にある店に行くのが自然であるし、長続きもするであろうから無理をする必要はない。継続させることが大切なのである。で、継続させた結果、店員に顔を覚えられ店長に挨拶されたりするようになり自他共に認める常連となる。そうなるとこってりの出来など二の次となりその店に対して大層愛着をもつようになる。そういうマニアの間でホーム自慢をするのも楽しいものだ。「○○店はネギ食べ放題なんだぞ」「△△店なんかスープどろどろだぞ」「××店なんかぬるくて幼稚園児でもがぶ飲みできるんだぞ」・・・他愛もないものである。こうなるとわが子と同じだ。いつもは「この子はもう、いつもいつも薄くてぬるくてメンマ少なくて」とぶつぶつ愚痴っているが、他人がけなそうものなら「そんなことないもん。この子だってすごくいいときもあるんだもん」と柳眉を逆立て反論することになる。ほとんどホームでしか食べたことがない人が、優良店でのとある集まりに参加し、「いつもの店が美味しいと思っていたけどここのこってりを食べてショックを受けました」と言っていたのを筆者は複数人知っている。濃いこってりを知らなかった方がその人にとって幸せだったのかどうかは筆者には判断できない。筆者の天一成績表を利用し、ホームよりもランクが下の店に行って優越感に浸るのも人生を明るくしてくれる。副作用としてこってり舌がますます劣化してしまうので注意して利用してほしい。

【探偵ごっこ】
FCの経営が同じだとメニュー、価格が酷似しているだけでなく、味も似たものになっているように思う。そこはやはりオーナーの意向が働くのだろう。オーナーが利益を追求すればスープは薄く、少なく、しょっぱくならざるを得ない。一概に店員が悪いわけでもないのである。そこのところの切り分けのためにも、FCの系列の把握は重要である。がしかし、系列情報はその辺には転がっていない。入手は困難を極めるのであるが、筆者は目下のところ次の方法で情報を採取している。
1)WEBサイト
2)店内のアルバイト募集
アルバイト募集で系列がわかるのである。
「アルバイト募集 勤務地:法善寺店、堺東店、瓢箪山店、布施店、アメリカ村店」
一目瞭然である。バイト代は各オーナーが払うのであるから別オーナーの店のアルバイトを募集するはずがない。
WEBでの情報収集はオーナー会社あるいは各店舗独自のサイトを見つけるのが基本である。「天下一品」でググった時の順位は
1位 天下一品(本部)
2位 天下一品みゅうじあむ(ゴリ蔵氏)
3位 超弩級らーめん(xylocopal氏)
4位 甲府南店
5位 天下一品西播磨
18位 天下一品西日本(ベスト天下一品)
27位 天下一品(アトラス)
52位 岐阜三同 食品事業部
138位 高槻八丁綴店
ラーメンの「天下一品」の存在を知らず、言葉の「天下一品」を調べようとしてググった人には、なんとも鬱陶しい結果である。ちなみに筆者のサイトは627位であった・・・_| ̄|○
個人のサイトにも情報は転がっている。先日も愛知・一宮店の店長の高橋氏はオーナーシェフであるという貴重な情報を得ることが出来た。便利な世の中になったものである。


付録B メンどうはごメン

今回はラーメンのメインと思われがちな麺について述べてみたい。本考察では殆ど無視か、言及していても悪し様に言われてしまっている麺であるが、こってりを食す上でなくてはならないものの1つであることは間違いないであろう。その天下一品の麺の秘密に迫り、かつ正しい取り扱い方法について考察を試みる。

良く知られていることと思うが、ラーメン(「拉麺」)は中華料理の食材としての麺の一種である。「拉」という字は引っ張るという意味であり、拉麺は小麦粉を練った塊を引っ張って二つ折にし、また引っ張って二つ折にしを繰り返して、何本もの棒状になったところで両端を切り落としたものである。そのため麺の断面は円形となっている。その他の麺には刀削麺(トウサクメン)がある。これは読んで字のごとく刀(=包丁)で削ぐように小麦粉の塊を削り落としたものである。バイキング形式のレストランなどでパフォーマンスとして、飛ばすように削って鍋の中に落としこんでいるのを見かけることもあるだろう。著者はハウステンボスのレストランで見たのが直近である。その他に長い麺棒を使って小麦粉の塊を平たく薄く延ばし、それを畳んで包丁で細く切った捍麺(カンメン)がある。原理は蕎麦切りと一緒だ。

さて一見こってりと関係のなさそうな麺の種類の話を何故したかというと、天一で使われている麺は拉麺ではなく捍麺なのである。木村社長が長年の試行錯誤の末見つけた、こってりスープに最も良く合う麺が捍麺すなわち畳んで切った、断面が四角の麺なのである。こってりスープに「良く合う」ということは「良くからむ」ということであり、麺を持ち上げるとずるずるとスープも一緒についてくることを理想とする木村こってり哲学がそこにある。断面が円形の拉麺ではこうはいかない。スープが麺の表面を滑り落ち、麺についてこないのである。四角い麺は麺と麺の間にスープを受け止める空間を作るのでたっぷりスープがついてくるのだ。自宅でこってりスープに市販の麺を使って作ると、どうも違和感を覚えるのはここにも原因がある。

こってりスープを引きつけて止まない天一の麺であるが、引きつけて止まないのはスープだけではない。困ったことに麺を湯がいた湯も引きつけて止まないのだ。前章でふれたように、麺に纏わりつく湯はせっかくのこってりスープをダメダメスープにしてしまう最大の元凶であり、しっかりと湯切りをしなければならないのにその麺は湯をつかんで簡単には離さない。通常のラーメンより湯切りをしっかりしなければならない理屈である。さらに引きつけて止まないものがある。麺である。こってりラーメンは他のラーメンに比べ麺が絡まってることが多いと感じた読者はいないだろうか。著者も数年前まで、麺を湯きりして丼に入れて一度麺を箸で持ち上げて整形する、ということをしていない店があるのではないかと疑っていたが、以前アノ歌舞伎町店で「持ち上げて整形」を目撃して疑惑は晴れた。つまりは整形しても麺同士が絡まりやすい麺なのだということのようである。自宅こってりで麺と格闘した経験からもそれは確かなようである。畢竟こってりを食すときには絡まった麺を上手くほぐさなければならないという命題が付いて回ることになる。

かように美味しさを求める余り、なんとも扱いの難しい麺であるが、読者が取り扱いに留意すればその美点を甘受できるのである。(と思う)
ラーメンの食べ方で良く見かけるのは、麺を持ち上げてフーフッフッフーしてからすするというもの。メントレレストランで太一がそんな食べ方してる。著者も暫く前までそんな食べ方をしていた。がしかし!こってりの本来の食し方ではないことに気づいたのである。こってりは麺と一緒にスープをいただいてナンボなのである。わざわざ麺についてきたスープを叩き落とすようなことはしてはいけない。つまり、
1.食べやすい量の麺を持ち上げる(麺をほぐして整形する)
2.持ち上げた麺を再びスープに浸す
3.そのまま一気に掻き込む
これが正しいこってりの食し方なのであり、麺の特長が最大限に生かされるのである。東京の江古田店、滋賀の彦根店、京都の二条駅前店などではスープがアツアツで供されるので注意が必要である。逆にほとんどのアトラス店舗ではこの食べ方が容易に可能である。

「メンカタで」という注文をする客を良く見かける。個人の嗜好の問題であり決して強要するものではないが、著者はこってりにはヘナヘナ麺が合うと思う。ヘナヘナの方がスープに良くからむと思うし、コシがあるとそれがスープを楽しむ邪魔になるよう感じるからだ。新宿西口店でしばしばデフォで硬めで出てくることがありげんなりすることがある。第六感が働いてヤバイかな、と思ったときは「軟らかめで」と頼む。逆に神楽坂で軟らかめで頼んだら、箸で切れるのではないだろうかという超軟麺が来たのも困りものだった。麺の硬さは店により基準が違うので特に注意が必要である。