海労ネットニュース 第4号 (2000年11月1日発行)

会社ぐるみ切り捨てる合理化
       日本郵船が系列会社解散へ
 
  今年9月に日本郵船は、系列の船舶管理会社であるマリテックマネージメントを年度内に解散させ、管理船舶のうちタンカーを太平洋海運に、それ以外の船舶を八馬汽船に移管管理することを明らかにした。マリテックは日本郵船系列の昭和郵船、千代田汽船、岡田商船が89年に合併して出来たオリオンシツピングが社名変更したもので、管理船20隻のうち16隻に自社船員を配乗しているが、合併から12年で解散することになる。

  会社解散の目的は、グループ内の船舶管理体制の強化と言われているが、会社解散に伴う船員合理化が心配される。所属船員は会社解散による退職(解雇)、船舶移管先への再就職が考えられているようだが、先の郵船と昭和海運の合併で、合併によって増加した船員数が、1年後には元の数字以下に減少した状態以上に、厳しい事態が予想される。そして今回の会社解散という新しい手口の合理化が、業界他社への波及も懸念されるからである。

  船員の減少が止まらない、後継者が育たない、このままでは海技の伝承が不可能と言われて久しい。海員組合の組織人員も35,582人になり、外国人組合員31,874人との逆転も間近かな感じだ。
  船員が減少している原因は、各企業の所属船員が減少して、企業がその補充をしないからである。とくに外航船員の減少は、船員制度近代化以来の徹底した定員削減と混乗化、それに伴う職場の荒廃、緊急雇用対策、選択定年制などの退職の励行によるもので、現在も毎年10%を超える減少が続いている。そのため最盛期には4万7千人いた外航2船団の船員も、現在は3,723人にまで落ちみ、正に壊滅状態である。

  後継者が育たないのは、若い船員の採用が制限され、あるいはストップしているからである。従って各企業が船員の採用を飛躍的に増加させれば、船員数の増加も、若年船員の育成も実現可能である。しかし現在各企業ともその気は全くないし、採用が実現しても、各職能・各段階の技能を備え、一船を丸ごと運航するための集団としての技術体系が崩壊しているから、まずその体制を復活させることが必要である。
  国際船舶制度は、日本籍船と日本人船員の維持・確保のための施策として、ラストチャンスなどと言われたが、登録船舶が当初より増えず、船機長2名船も3隻どまりで、目玉商品となった若年船員育成プロジェクトも、予定の養成人員が確保出来ず、終了者の外航への就職もゼロで、制度の見直しを迫られている。

  日本の海上労働をここまで零落させたのは、船員制度近代化以来の「官労使」一体体制にあると言える。この体制は、日本籍船と日本人船員の維持・確保の目標が、全く逆な結果に終わっているのに、誰も文句を言ったり反省したりしない、誰も責任を負わない体制であつた。
  しかし、官労使一体体制によるこれ以上の合理化が望めなくなった現在、大企業が勝手にしかも極めて冷酷に、系列会社と所属船員を切り捨てて、利益追及に走り出したようである。この暴走を許していては、海上労働の復権は望むべくもない。

海上労働ネットワーク第2回総会報告
  海上労働ネットワークの第2回総会は6月17日、東京・港区の友愛会館で開催され、役員や会員18名が出席して、活動報告、活動方針などについて討議した。
報告・方針は一括して討議されたが、主な内容は以下のとおり。

活 動 報 告

  第1年度の会費納入者は延べ63人で約26万円、寄付をしてくれた人と合わせて70人はどが会員。
  定例役員会を毎月1回開催。全員集まることは不可能で、出席者も6名のときも11名のときもあった。内容は船員を取り巻く状況や会の現状の報告・討論、機関紙の構想の検討などが主であった。
  機関紙を3回発行。計画性がなく体裁も中身も堅苦るしくて読みにくい。改善のため、編集委員会を組織するなど、機関紙を大切にしたい。
  財政問題では収入が約55万円で支出が307万円なので、今年は204万円の赤字という事になる。今年度末の残高は基本会計、一般会計合わせて510万円で、他に特別闘争資金700万円がある。
  現在の最大の問題は、日本人船員の状況が、正確に把握されていないことである。部員の実態は、昨年9月の外航2船団の在籍者が706人で、平均年齢が外労協で49.8歳。部員はほとんど壊滅状況だ。国際船舶制度の中で、若年船員育成プロジェクトがあるが職員も部員と同様の状況だ。

第2年度活動方針

1、ニュースの発行
 年4回定期発行、編集員会設置、内容の充実。
2、インターネットの開設・充実
 船員駆け込み寺機能、肩ふりコーナー、現場の苦情や相談に答える。広く海運や船員の 
 問題で意見交換の場を提供する。
3、シンポジウムの開催
 テーマ、パネラー、開催時期の検討、年内開催で検討。
4、定例役員会
 毎月第3木曜日の定例役員会の拡充・強化。事務所を会員や船員、海運関係者の定例懇 
 談会や意見交換の場にする。
5、事務局応援者の募集
 船員OB、執行部OBなどの協力要請、特にインターネットに対応出来る人。
6、組合大会でニュース配布
 海上労働ネットワークの宣伝や、シンポジウムの案内のニュース配布。

報告・方針案討論

・ 特別闘争資金はどういう金か。
・ ぼりばあ丸基金の利息を積み立てたものだ。当初は半年の利子が30万円あったが、いまは1万円で税金が2割引かれる。使途は戦没船を記録する会発足時にパソコンを買って貸与した。竹中裁判では立上り資金を貸与し、解決後に返済、ほか200万円のカンパがあった。ぽりばあ丸基金(1千万円)は将来会として考える必要がある。
・ ニュースはどの範囲で配布されているか。
・ 700部印刷して会員や元部協会員、OBや個人会員と、船宛に300隻、関係団体や親睦会等にも配布している。内航船は把握が難しく配布出来ないでいる。

  機関紙の行き渡らない分を、インターネットで補完できればと思うが、インターネットも設置はしたが実際に動きだしていない。機械があっても中身がなくては役に立たない。
インターネット問題
・ インターネットをよく知っていて協力してくれる人はいないか。
・ 若い人にやってもらいたいが、財政の問題もあってボランティアで、下船休暇中の人などに協力してもらえればありがたい。
・ インターネットは何十万というHP(ホームページ)の中から関心のあるHPを探し出して見るものなので、果たしてどれだけの人がそこまでやってくれるのか。

  いま多くの団体がHPを持っているが、その中で本当に見たいと思うものは一つか二つしかない。海運関係でもいろいろなHPがあるが、その中で労働問題について追いかけて開いてくれる人が何人いるか、あまり期待出来ないのではないか。
・ 情報提供というが、現場ではものを読む暇もない中で、職場委員が船から情報が上がってこないと嘆いている。自分のことで手一杯の中で、どうして情報を出してもらい、現場に流せるのか。
・ インターネットは使い方によってはものすごく利用価値がある。九州の人と北海道の人でも居ながらにして連格できる。潜在的利用価値は高いが、残念ながらまだ使いこなせない。
・ 今までの発言を聞いていると発想が古い。部員協会時代の労働運動のイメージで考えているように思う。

  組合などのインターネットにアクセスしてくる人も、労働運動の発想ではない。だからHPを開いたからすぐに成果が上がるとか、成果を期待するのは間違いだ。
  具体的な労働相談があって、その人の期待に答えられることは、年に1〜2件あるかどうかだと思う。少数の船員にでも、インターネットをやってますよということが伝わっていくことに意義があると考えたい。
運動の方向性について
・ 先ほど論争があったが、われわれ自身が伝えられる言葉を見失ってきたと感じる。「現場がわからない」の一言で片付けてしまったが、その辺を時間をかけて突っ込んで検討して、一定の思想的な方向牲を明らかにしないと、方向性が定まらない。

・ 「人と船」の座談会でも、日本船員は壊滅的状態で大変なことだという認識はしている0しかしどうするかとなると「お上に頼る、戦時徴用もやむを得ない」という発想が出てくる0海上労働がこんな状態になった本当の反省・総括を自分自身を含めやったのだろうか。何でこうなつたか、一つは経営の絶対金儲け主義、技術革新・自動化・電子化に対する絶対信仰があったじ一方われわれの側に船員労働のあり方そのものについて真剣に考えて、「それは駄目だ、そこに行ったら駄目だよ」と確信を持って言えなかった。その辺のことを整理し、繰返しの総括が必要だ。

・ 内航の問題でも労働時間や労働環境、安全問題にしても、これが人間の労働かという問題がたくさんある。一人一人の置かれている問題をことごとく引っ張りだして、これが人間の労働かよと迫っていくことが、今の労働運動にあって良い。
  海員組合の組織率が上がっていかないのは、組織・未組織をとわず内航船員の労働実態を、経営者や行政の前に、社会に引っ張りだして問題にしていないことだ。そこに内航船
員、内航海運の追い詰められている状況がある。

運営について
・ 月例役員会について、できるだけ大勢集まってもらって、いろんな問題を論議する、会員だけでなくいろんに人に参加してもらって意見を聞く、シンポジウムにしても、ニュースの発行にしても、役員会を基盤に論議しながら進めていきい。
シンポジウム
・ シンポジウムについてだが、「人と船」の座談会は問題提起としてはそれなりの意味がある。それをもう一歩突っ込んでいく能力が、この海労ネットにはあるのではないか。例えば今の海員組合、運輸省、船主団体がやっていることでは、こぼれ落ちているもの、足りないものある。それをどう掬って問題提起をしていくか、そういう役割があるのではないか。いまの官労使は、船員界の将来について2〜3年後しか見ていない。もっと長い目で見る観点を持った人、オピニオンリーダー的な人がしゃべれる場所が必要だ。
・ 本会の事業として「シンポジウム」をぜひ成功させたい。ここ15年くらいの間に、日本船員という職業が急速につぶれていった。その元は船員制度近代化を官労使が一体となってやった推進の仕方にある。それが国際船舶制度でここまで追い詰められると、さあ大変だということになっている。これを正確に総括できる立場をとれるのは海労ネットしかないのではないか。集まる人数は何人であれ、やることに意義がある。

・ 何とかしなければならないという問題意識は皆さんある。シンボをやることに意義がある。その中から発展の目が出てくる。開催を関係方面に働きかけてみてはどうか。
役員の問題
・ この会の役員の任期は1年で、いま15人の方に役員になってもらっているが、とくに支障がなければ留任していただきたい。近江さんからは、代表幹事は1年だけにしてほしいと連終があった。何もできない役員だが、辞めれば出てくる機会がなくなるという人もいるが、引き続きやっていただきたい。
  いま、船員全体が大変な状態にあるが、底辺の視点と意見を持った組織の一つとして運動してきた。部員協会流からの脱皮が必要との意見もあるが、何十年も部員協会流でやってきたので、皆さんの協力を得ながら、運動を発展させていきたい。

本四海峡バス問題
不当労働行為のオンパレード
           海員組合は解決の努力を放棄

 本四海峡バス問題は、海員組合が自らの努力による解決を放棄して、「最高裁まで闘わざるを得ない」という態度をとっているため、解決の目途どころか、状況はむしろ悪化しているといえる。
  この事件には解雇、団体交渉拒否、懲戒処分、介入、配転など、すべて頭に「不当」のつく、あらゆる不当労働行為が詰まっている。しかもこれは、海員組合が会社を株式と役員の両面で完全支配することで、悪徳会社の見本のような行為が、平然と行われいるのだから驚きである。組織内でどんな論議が行われているか不明だが、そこでは最早、労働組合の任務とか社会的責任とかは、まったく論議にもならないのだろうか。

  海員組合関西地方支部の玄関には、海員組合と警備会社の連名で、「当ビル内への無断立入りを禁ずる」という大きな貼紙がしてある。3階の組合事務所には、「本四海峡バスはわれわれの職場だ。全港湾は出ていけ!」という大きな幟が掲げてあり、事務所の一角の休憩所は、元執行部員の会社役員が4階の会社から降りてきて、現職執行部員と歓談する場になっているようで、まさに組合と会社は一体のようだ。

  労働組合のビルだから、「自由にお入り下さい。何でもご相談下さい」ではないのか。気にいらないものは「出ていけ」と追い出せばそれでうまく行くのだろうか。もっとも現在の徹底した中央集権と上意下達の体制の中では、一地方支部が勝手にそうしている訳ではないし、独自に労働組合感覚を持てといっても無理だろうと思う。

  昨年の定期全国大会でも、執行部のオルグ動員で業務に支障がでている。冷静に判断する時期、いつまでこの体制を続けるのか等の意見もあった。裁判費用なども10月までに7千万円かかったと報告された。最高裁まで闘うとなると、労力と時間と費用はどれだけかかるのか。何を闘い取るというのだろうか。今年の大会の成り行きを注視したい。

    双方の主張や事件の現況は以下の通りである。(篠原)
海員組合の回答(船員しんぶん7月5日号より)
  6月23日、全日本港湾労働組合(全港湾)本部の安田副委員長らが海員組合を訪れ、本四海峡バス問題に関し「これまでの有意義な共闘関係を一方的に破壊するもの」として「抗議」と「事態の正常化」を申し入れてきた。対応した松岡沿海・港湾局長は、本件の非は貴方にこそあること、また、沖縄航路輸送秩序の回復問題はじめ、従来の共闘維持を尊重することに変わりないことを伝えた。組合は27日、全港湾・河本中央執行委員長あてに、申入れに対する返答「本組合の所見」を文書で行った。

                               
1、 本件の原因は、本組合が4半世紀をかけ国家事業犠牲者の「職場確保闘争」を毅然として展開している途上、貴組合・神戸支部が架橋問題の本質を理解し得ない身勝手な不満分子に加担し、本組合の組織に介入したことによるもので、その責任は全て貴組合にあります。

2、 木組合は、貴組合が介入を続ける限り、労働組合の社会正義を貫くため冷静かつ良識をもって最高裁まで関わざるを得ません。

3、 貴組合は、「司法の仮の措置」を金科玉条に、本組合統制違反除名者の不服・不満を正当化していますが、その実態は自己の主張に固執し、闘争時における公的機関の判断まで全て否定したものであること。さらには、多くの仲間が職場を求めて闘っている途上であるにもかかわらず、その活動を侵害していることさえ認識されていません。いずれにせよ法は身勝手なエゴを容認するためのものではありません。

4、 本組合は、現地における貴・神戸支部の誹謗・中傷の宣伝を、安全を第一とするバス事業という立場から看過してきていますが、直ちに中止されたい。

5、 会社株の取得や経営参加は貴組合やその他組合の事例があるように「組合員の生活と職場を護る」労働組合としての使命であり、当然貴組合の介入がなくなればその必要はありません。また、本組合は、企業経営の健全化を図るために経営をガラス張りとし、人事のケジメと法人の独立性を開示しています。                                                    以上

本四海峡バス闘争の勝利をめざす決議
  本四海峡バスで働く労働者が、全日本海員組合を脱退し、全港湾関西地方神戸支部に加入、本四海峡バス分会を結成して1年が経過した。
  この間、本四海峡バス分会は、会社からは分会三役3名に対する不当解雇、本社逃亡、団体交渉拒否、不当懲戒処分、不当介入、不当配転等々の攻撃を受けてきた。海員組合からは復帰オルグと称する最大時60名から100名の全国の専従者による連日の恫喝が加えられてきた。しかし、本四海峡バス分会40余名は、神戸支部の指導のもとでそれらの攻撃に耐え抜き、攻撃を跳ね返した。

  一方、法廷闘争においても、本件解雇の不当性と全港湾の団体交渉の地位確認が神戸地裁の仮処分決定によって明らかとなった。
  だが、本年3月未、労働組合であるべき海員組合は、会社の株55%を取得、会社の役員人事を完全に掌握し、本社事務所を海員組合の所有するビルに移転するという異常な事態を引き起こした。これは、追い詰められた海員組合と会社が、文字通り一体となって全港湾本四海峡バス分会の解体を唯一目的とする体制を敷いたことを意味する。海員組合は、全港湾組織を潰すためには会社の手を借りるだけでは不十分で、自らが会社となり、不当労働行為の実行者となったのである。そして全港湾と団体交渉をすべしという地方労働委員会の命令を踏みにじった。

  全港湾は、昨年の第70回定期全国大会において本四海峡バス闘争を全国闘争と位置づけたが、海員組合と会社が一体化する事態に及び、本年5月の中央執行委員会で海員組合との共闘関係の留保を含む本四海峡バス闘争の全国化を決定し、中央執行委員長を議長とする対策会議を設置した。地域の労働組合の仲間は、支援する会を結成した。

  全港湾全体の連帯と地域の支援を受け、7月20日、本四海峡バス分会はストライキを敢然と打ち抜いた。このストライキは、本四海峡バス分会が全港湾の全国闘争を担うべき主体として名実ともに成長したことを示した。同時に当該労働者にとっては、全港湾の団結のカを自覚し、組合員としての自信と確信を得たたたかいであった。

  本四海峡バス闘争は、労働組合選択の自由を問うだけではない。団結権の内実、全港湾の大衆路線そのものが問われているのである。われわれは、海員組合との紛争の拡大を望むものではないが、それ以上に仲間に対する権利侵害を絶対に許さない。
  われわれは、本大会の名において本四海峡バス闘争を組織の総力を結集してたたかい、勝利に導く決意を明らかにする。不当解雇を撤回させ、団体交渉権を確立する。本四海峡バスの職場から不当労働行為を一掃する。
  以上、決議する。
            2000年9月13日
                                 全日本港湾労働組合第71回定期全国大会

フィリピンクルーの要求
『シンガポールドックで』
  「タンククリーニング手当が機関部に払われないのはおかしい。<タンククリーニング作業>とDaily Warkスケジュールにも、ログブック記録にも書いてある。NYK系列の他船では機関部にも支払われている。支払わないというなら、英文のアプリーメントをしめせ」
  【英文協約なし、船機長ギブアップ。運航担当者が支払決定、7人に400ドル支払】
  「10日間のドックで1日も休みがない。買物にも行けない、半日でも休日を」
  【日本人3人は全員夜9時まで働いている。比クルーは夕5時までしか働いていないのだから、夕方買物に行けるはずだ。で、渋々納得】
『海賊当直』
 「夜中のウイング見張り中、トイレ以外は4時間立ちっぱなし。延長になって5時間の時もある、6時間のときも1回あった。4時間をりミツトにして欲しい」
 【OK、緊急時以外は4時間とすることを船長が了解】
 「夜中のウイングの見張り中、ドアを完全ロックされてしまい、海賊が来たら殺されてしまう。オフィサーに言ったら船長命令だという。前の船長の時はロックされなかった」  
 【日本人1/E=そんなひどいことありえないでしょう=と言っているうちに、次々航海フイッター自ら、海賊ワッチ中に船長に抗議して、勝利。船長はオフィサーに言えととぽけて逃げたが、「イッユアorder」と詰め寄ったと本人談】    (T)

視される海上人命安全 ・環境への取組み強化を
                                                                              
水原 一進
  多くの産業において世界的な競争が激化しているが、競争の激化は一般的に経済最優先、利潤・効率重視の道を辿り、安全や環境を軽視する結果をもたらした。
  海運業では最も早くからその傾向を強め、今日においてもなお深化している。
  海上に於ける人命救助通信(遭難通信)は約85年間に亘り、モールス無線電信を中心とする通信で行われてきたが、99年2月、これに代わってGMDSS(世界的な海上立難安全制度)が、世界中に全面的に導入された。
  GMDSSは導入以前からも多くの問題点や欠陥が指摘されてきたが、完全導入後の実態は、

1、誤警報の頻発

(1)CAMSLANT(米国の大西洋西洋海域通信統括局)が関与した遭難警報(99年7〜10月)            (USCGニュース)
           総数   内真警報  誤警報率
   DSC     227件   3件    98.7%
   INMAR   100      2      98.0
   合 計     327     5      98.5
(2)99年5月のUSCG-DSC局が受信した遭難警報は704回(呼出回数)(USCGニュース)1日平     均22.7回であった。
(3)海上保安庁が取扱った日本担当捜索救難海域内の遭難警報(99年2〜10月)
  (日本海上保安庁資料)
           総数   内真警報  誤響報率
   DSC     179件  10件    94.4% 
   EPIRB    196    15      92.3
   INMAR    46     3      93.5
   合 計     421   28       93.2
   本物でない遭難警報、いわゆる「誤警報」が大西洋海域で98%以上、太平洋海域で93%強と非常に多く、しかもその警報を受信する頻度は、「97年〜98年頃=1日最多71回、1日平均10回、1時間最多44回」(日本船舶からの実態報告=無線通信No.278)前出の大西洋では1日平均23回との実態を見ると、全海域的に増加していると推測される。

2、船員の反応
(1)「このようなバカバカしい状況下で、多くの船長のシステム全体に対する評判は全く話にならない代物であり、脅威とさえなっている。この解決のために、装置のスイッチを切ることに気が付いた」(英国船長=Telegraph Apr. 99)。
(2)「当直航海士は1日数10件も受信される警報・中継等の内容を判読し、大きな負担である。」(韓国通信士のレポート=通信士組合ニュース第379号)。
(3)遭難警報があっても、それが本物であることを信じる者はなく、中・短波/DSCは航海中電源が切られている」(日本カーフリー通信長=通信士組合ニュース第377号)。(4)筆者が直接得た情報でも「法律違反やPSCのこともあるので、証拠書類は残せないが、とてもじゃないがうるさいばかりの誤警報など付き合っている余裕はない、DSC受信機の電源を切っている。殆どの船がそうしているのではないか」が多かった。

   「遭難警報」は、遭難船が他に向けて遭難の事実を知らせ、救助を求める物で、GMDSSの出発点であり最も重要なものである。その「遭難警報」に誤警報が多くて信用されないとあっては、救助の始動さえおぽつかず、GMDSSは無用の長物となりかねない。
  こんな状態にありながら、GMDSSを企画・推進してきたIMOは、COMSAR(国際海事機関=無線通信・捜索救助小委員会)第4回会議(99年7月開催)で、「各国は、誤警報・中継解析のための十分なデータを集め、COMSAR5(00年12月開催予定)にその結果を提出すること」を決定した。

  本来、人命安全に関するシステムの変更は、実験等を通じてその実効性を実証した上で実施すべきものだが、GMDSSに関しては、問題未消化の強行発進であった。今頃になって「実態調査」などとは、呑気で無責任との謗りを免れない。この間に失われる人命をどう考えるのであろうか? 
  人命安全のためのシステムが杜撰きわまりのない代物であり、それが放置されるようであれば、人命軽視・安全軽視の風潮を助長し、大事故に結びつきかねない。
  経済活動をはじめとする多面的な国際化が進む中、安全と環境がより重要な課題となってきた今日、労働組合としても、国際的な連帯・協調を強化しつつ、安全と環境問題への取組を強める必要がある。

船員保険の再給付認める ビキニ被爆で社保審
    1954年3月1日の米国のビキニ環礁水爆実験で、急性放射能症となった「第5福竜丸」乗組員の小塚博さんが、「C型肝炎は被爆治療の輸血によるもの」として、船員保険の再適用を求めていた事件で、社会保険審査会は、静岡県の処分を取消し、職務上の傷病として船員保険の再適用を認める裁決を行った。

  第5福竜丸の乗組員23人は被爆後、東京国立第一病院などで輸血や輸血奨などの放射能症の治療を行った。その際大多数の乗組員に肝障害が認められたが、当時はその原因が放射能によるものか、輸血・輸血奨によるものか判定出来ず、放射線治療では血清肝炎に留意すべきこと、肝障害は周期的に反復する傾向があり、長期の健康管理が必要などと指摘されていた。

  塚さんは57年に退院して68年まで再び漁船員として働き、その後勤めに出たり農業に従事したが、93年にC型肝炎と珍断され、95年からその治療を受けるようになった。そして肝炎の進行にする中で98年9月に、静岡県社会保険指導課に「船員保険再適用」を申請したが、C型肝炎と被爆当時の治療の因果関係を認めながら、99年1月「社会通念上の治癒」(療養給付が同じ病気では5年で打ちきられるため
、一定期間給付を中断することで「社会通念上治癒」とみなし、その後は別な病気、新たな発症として療養給付する制度)を理由に不承認とされ、「再審査請求」も棄却された。
  そのため99年7月厚生省社会保険審査会に「再審査請求」を行い、今年5月25日に社会保険審査会の公開審査が行われ、7月に社会保険審査会は「被爆の治療の際に感染したと推定するのが相当で、C型肝炎は職務上の被爆及び急性放射能症と相当因果関係がある。仮に法理上、社会通念上の治癒として別病としてみることができたとしても、職務上の病気という客観的事実は否定出来ない」として、小塚さんのC型肝炎の治療に対して船員保険の再適用する裁決を行なった。

  第5福竜丸の12名の生存者の多くが肝機能を患っており、死亡者は肝癌や肝硬変によるものが多い。従って今後は元第5福竜丸乗組員から申請があれば、肝炎治療に船員保険の再適用を認める方針だという。

元機関部員が「じん肺」 船員の安全衝生に不備が
  元川崎汽船機関部員のNさんは、今から8年前に地元横須賀のY病院で肺がん検珍を受けたとき、胸膜肥厚班の所見を指摘された。胸膜肥厚班はアスベストを吸い込んだ指標となるもので、それ自体は病気とは言えないが、定期的な健康謬断を受ける必要がある。Nさんは医師の指示に従って健康珍断を受けるようになったが、主治医から「健康管理手帳が交付されれば、健診が無料でできる」といわれた。

  船員以外のアスベスト作業従事者には労働安全衛生法に基づく健康管理手帳が交付され、無料で健珍を受けることができるが、船員の場合はこれと同様の制度がない。そのため、じん肺・アスベスト健康被害ホットラインヘ相談したのだという。
  Nさんは「ボイラー周りやパイプなどの保温材にアスベスト(石綿)がたくさん使われている。肺がんや悪性中皮腫の予防のための健珍が必要なのは自分だけではないはず」と訴えている。

  神奈川労災職業病センターと、じん肺・アスベスト被災者救済基金は、Nさんの訴えを受けて、運輸省(海上技術安全局船員部労働基準課安全衛生室)に対し、アスベスト(石綿)作業に従事した船員に健康管理手帳が交付されるよう要請していくこととしており、そのため、Nさんだけでなく船員の船内作業が、アスベストやその粉じんを吸引する可能性があったかどうか、調査に取りかかっており、本会にもその問い合わせがあった。船員にも陸上と同様な措置が必要で、健康管理手帳制度実現のためにも、実態調査は欠かせない。心当たりのある方はご連絡下さい。

  長年、じん肺や石綿疾患に羅った被災者の掘り起こしに努めてきた前記センターや救済基金によると、これまで4回にわたるじん肺・アスベスト健康被害ホットラインを実施した結果、延べ250件以上の相談が寄せられ、医療機関の紹介や労災認定、企業内上積みの補償にも取り組んできたという。退職者の相談が多いのは、アスベストによる肺がんや悪性中皮腫の潜伏期間が20年〜30年と長く、多くが退職後に発症するためで、相談者の職種は造船、米海軍基地、炭坑、トンネル工事、建設関連と多岐にわたっており、元船員の相談は初めてという。

永 久 展 示 が 実 現                                                                    戦没した船と海員の資料館神戸・海員組合ピルに開設

  戦没船を記録する会が創立当初より目的にしていた、戦没船写真の永久展示がようやく実現した。今年、8月15日の終戦の日に、神戸の海員組合関西地方支部ビルの2階ホールに「戦没した船と海員の資料館」としてオープンした。
  資料館の開設式典では、戦没船を記録する会や海員組合をはじめ、多くの関係者が参加する中で、戦没船を記録する会の川島会長から海員組合中西組合長への展示品目録の贈呈や、献辞の朗読などが行われたあと、資料館が一般に公開された。

  資料館の入口には「海に墓標を」海員不戦の誓い=の銘板と、海員組合組合長と戦没船を記録する会会長の「献辞」が掲げられ、内側の6面の壁に1200隻余の戦没船のアルフォト写真と写真のない1550隻余の船銘板が、戦没した年月日順に展示され、年度毎の説明文や戦況図、攻撃を受ける日本商船の写真なども展示されている。また「戦没船員名簿」や関係図書・文献などは資料室に保管されている。

  没船を記録する会は1994年発足以来、戦没船員と戦没船の記録の収集に勤めるとともに、各地でパネル展を開催し、「知られざる戦没船の記録」を出版した。とくに、今も海底に眠る6万余名の戦没船員の墓銘碑として、戦没船写真の永久展示を主要な目的として取り組んでさたが、海員組合がその展示場所を提供することで、この資料館が完成したものである。

  記録する会は資料館開設を期し、開館の翌日から3日間の特別展を開催した。この資料館の開設が事前にマスコミで報道され、開設式典の様子もテレビなどで放送されたため、開館初日から関係者以外にも、多くの人たちが訪れた。中でも戦没船員遺族や、戦争中乗船経歴を持つ船員OB、船で運ばれた経験を持つ兵隊さんの来訪も多かった。地方からの問い合わせ電話も少なくなかった。

  以前のパネル展でも多くの戦没船員遺族の問い合わせがあったが、今回も多くの遺族の来訪と問い合わせがあった。それは、船員の戦死通知が、例えば「南洋群島方面で死亡」といった紋切り型の文書で、自分の夫や父親、兄弟が何という船で、どこの港で、どこに向かう途中で、何によって沈められたのか、全く知らされなかったため、戦死したときの詳しい事情を知りたい、と問い合わせてくるのである。
  現在それらのことは、収集した資料によって細かく知ることが出来るのだが、戦後55年も経って初めて詳しいことを知ったと涙する遺族も少なくなかった。戦没船員遺族にとっては、今日も戦後が終わっていないのである。

  太平洋戦争では船舶も船員も大きな被害を被ったが、今また新ガイドラインや有事法制など、危険な動きが始まっている。海の平和を希求する「戦没した船と海員の資料館」が、海員不戦の誓いをより確固たるものにするために、大いに役立つよう期待したい。

編 集 後 記
  ようやく第4号を発行することが出来ました。方針のように編集委員会を立ち上げて取り組むことが出来ず、事務局の能力低下と相換って遅くなりました。
  日本人船員を取り巻く状況はますます厳しくなっています。国際船舶と船機長2名配乗船の停滞を飛び越えて、会社ごとスッパリと切り捨てる、新手のものすごい合理化が進んでいます。日本の海上労働はまだ再生が可能か、それともこのまま壊滅していくかの分岐点に立っているように感じます。そしてどこでも、これから先の見通しを示すことが出来ないでいるように見えます。
  そのため、自分たちが今どんな状態に置かれており、どうしなければならないと考えているのか、広く各階層の意見を持ち寄って、ぶっつけあって討論するような「シンポジウム」を開催出来ないか、検討しています。多くの意見を寄せて下さるよう期待しています。                (篠原)