海労ネットニュース第1号 (1999年11月1日発行)


海上労働ネットワーク設立にあたって 

設 立 宣 言


 外航海運では長年にわたり、国際競争力の強化を旗印に、積極的な合理化が進められてきた。その結果、日本商船隊は約2,000隻の水準を継続して維持しているものの、外航二団体の配乗日本籍船は、僅か139隻(フル配乗30隻)という状態である。また在籍船員数も最盛時の1割弱、4,058名になっているが、とくに部員は945名にまで減少し、消滅の危機に直面している。

 
 また最近では、最後の日本人船員フル配乗船といわれたLNG船や、近代化P船の混乗化が進められ、船・機長二名体制に向けた国際船舶制度の推進、GMDSSの実施によって、航海士・機関士や通信士も部員と同様の運命に置かれている。

 
 こうした中で、部員の自主的な職能団体として活動してきた船舶部員協会は、99年6月をもって「解散」する方針を決定した。船部協は、汽船関係各部部員を中心に、企業の枠を超えた自主的な結合によって、部員の社会的地位の向上を目標に活動してきた。

 
 同時に、海員組合幹部リコール運動など、海上労働運動の民主的発展のための運動、ぼりばあ丸裁判、なだしお裁判の支援など、船員やその家族の生活と権利を守る運動、過労死や賃金未払い、解雇事件などに対する「駆け込み寺」的な運動など、幅広い活動を展開してきた。現在は「戦没船を記録する会」の事務局の任務を分担している。

 
 現在の情勢から、こうした運動やこれを推進する組織的機能はますます重要性を増すものと考えられる。ことに、戦前戦後を通じて培われた海上労働者の、すぐれた闘いの経験と伝統は、今後も引き継がれて行かなければならない。

 
 海上労働者の置かれている状況は、海上職域の狭小や雇用環境の悪化が、職場の活性化や自主的自発的な活動を減退させているが、加えて新ガイドライン関連法案の成立や、有事法制制定の動きは、労働者の人権を侵害し、海上の平和と安全に重大な懸念を与える事態となっており、積極的に取り組んで行かなければならない問題である。

 
 また、日本人船員が減少したとはいえ、海上労働者、海運関係労働者の権利や利益が守られなければならず、今後ますます多様化する海上労働の現場から生ずる要求や問題点を調査、研究する活動も、一層重要になってくるものと考えられる。

 
 とくに、労働組合の活動から取り残された諸問題に光を当てること、底辺の問題を現場労働者の視点でとらえて対応することは極めて大切である。

 
 そのため私たちは、職能や業種、所属組織の枠を超えた幅広い有志が結集して、「海上労働ネットワーク」を結成し、自主的・民主的に運動を進めることを決意し、本日ここに設立総会を開催した。当面は、船員やOB、海事関係労働者の意見と要求を結集し、その実現に向かって努力していく。

以 上

    1999年6月17日

海上労働ネットワーク設立総会

 


ニュース発刊に寄せて 

    海運労使間題を見る    生駒 二郎

 
 「海論」最終号(23号)、読ませて頂きました。現場労働者そのものの階級的組織として、筋の通った活動を一貫して執拗に展開してきた部員協会の消滅は、寂しく哀しいことです。しかしそれも、決断された各位の胸の内に比較すると多分に傍観的なことでしょう。心中をお察しいたすと共に今後、新組織でのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

 
 さて、「海上労働ネットワーク」のこれからの進路に関連して、この際わが国外航海運労使問題に関して私なりの予見を織り交ぜながら意見を述べさせて頂きたいと思います。

 
 皆さんご存知のように旧中核大手同士の合併が相次ぎました。その一方で中小の日本船社の大方が淘汰されてきました。このようにわが国外航海運の中心的構造は、大規模企業への拡大と国内関連中小企業の切捨てをメーンに、世界規模での事業再編に向けて転身しつつあります。この方向は船主だけが一方的に進めている訳ではありません。国家の間接的援助政策である海運に対する開銀融資などは、仕組船対象の融資やドル建て融資、更には外国に設置される外国人船員教育機関への建設費融資など、船舶以外の融資枠拡大も段階的に進められており、海運のグローバル・スタンダード対応を支えております。

 
 このような環境下で国際船舶制度が実質的なスタートを迎えます。日本籍マルシップ・日本人船長機関長配乗・承認制度によるる外国人乗組みという体制で運航される国際船舶制度を、全日海は「真空化防止へ最後の試み」と位置付けているようですが、脱日本化が目的である業界は今の国際船舶には何の興味も示しておりません。もっと安いコストの船を仕立てて商売している実績を持つからであり、また実質的な政策対応もその方向を後押ししているからであります。

 
 10年も前なら羨望の的であったオフショア制度も今となっては何の価値もなくなっています従って国際船舶なるものが、わが国の船舶保有制度や船員配乗制度として定着するとは、先ず考えられません。船長と機関長が日本人であれば日本船などのまやかしが長続きする筈はなく、間もなく船長・機関長が国際競争力論に晒されるでしょう。マルシップ混乗制度よりもっと短命な過渡的な繋ぎ役としての運命を辿ることになるのではないでしょうか。このような制度が「最後の試み」であってはなりません。

 
 それではこの制度と共に日本人船員は消えることになるではありませんか。国際船舶の後にどんな構造が待つのか、が大きな問題です。政治の世界は10年の先もデッサンしようとしません。官僚は省益にしか目がいきません。船員を維持保存して将来に備える必然性は、船員のみが主張できる課題であります。

 
 それにしても国際船舶導入に至る過程での、全日海の対応は一体何だったのでしょう。何もかも捨て去ってまで何故国際船舶なのか、外から見る限りでは理解不可能です。パッケージ論はどこにいったというのでしょうか。全日海は現場が最も労働組織を必要とする時代に、急速に影響力を失いました。今の海上現場の実体は「海論」でのの竹中報告の通りでしょう。竹中報告は中央における官公労使の対応が、如何に人間集団である現場を置き去りにしてきたか、の貴重なレポートであります。

 
 全日海をここまで追い込んだ元凶は一体何なのか、その幾つかを並べてみると、その@は緊雇対。労働組合が雇用死守の旗を降ろした劇的転換です。そのAは船舶職員法20条特例発動によるマルシップ混乗。脱法行為と糾弾してきたマルシップを容認しただけでなく、職員法の形骸化に手を貸し、自らの首を法制度によって締める結果を招きました。Bこれらによって現場に恐怖を与え自己防衛に走らせたこと。組合が敵に回ったと思われては存在感は一挙に霧散するでしょう。事実その後の機関審議はダッチロールの連続です。C忘れてならないのはトップが関与した財政失策に対する責任追及の手法です。独立して存在する統制委員会さえ機能させず、前任者は刑法や民法の責も統制処分も免れ、後任者は自らの地位を守った。この闇から闇の処置は組合幹部の権威を失墜させ全日海の暗部を世間に晒し、組合員は高い代償を払って組織を信用しなくなった。この波及効果は予想外の大きさです。D最後に昨年大会の役員選挙に起因する報復人事にも触れなければなりません。一定条件を満たす組合員は、役員立候補の権利が規約で保障されている。組合長候補として立ち善戦した組合員が、執行部に籍をおくだけで極端な左遷人事の報復を受ける、こんなことが許される全日海に、どうして未来を託せと言えましょうか。この10年余りの、現場組合員の力の結集を図る当たり前の労働組織原則から外れた、大衆軽視の指向性が全日海をこの窮地に追い込んだというべきです。

 
 皆さん、どうか設立宣言を体して海上労働運動の復権に立ち上がって下さい。微力ながら応援させて頂きます。健闘を祈ります。

 

「海上労働ネットワーク」

      の活動に大いに期待する 

                           全日本海員組合 堀内 靖裕

 
 「海上労働ネットワーク」の名称には、海上で働くものや関係者にとって、何か期待する大いなる響きがあります。既成の組織や運動と違う何かがあるように思います。

 
 それは、今ある社会の問題は、従来の方法では解決する手法が見つからないからです。

 振り返れば高度経済成長の時代は、いろいろな活動の矛盾が成長の中であいまいにされ、活動そのものが表面的で空回りしていたのではないでしょうか。

 
 船員の労働運動、社会運動も、高度成長期に形成された体質を引きずっており、企業や社会が激しく変革する中で、従来の方法では対応しきれない状況になっています。

 「機関決定」「指示」「教育宣伝」あるいは「団体交渉」などの言葉には、組織的な響きはありますが、参加して一人一人が生かされるシステムにはなっていないように思えます。

 
 トップに最高決定機関があり、その下に実行機関があり、底辺に構成員(船員)がいるというビラミッド形式の組織は、一人一人の構成員にとっては、好ましい組織形態ではなくなってしまったのではないでしょうか。

 
 それに反し、ネットワークという形は、上下関係というピラミッド形式の組織ではなく、一人一人の連携した網の目のシステムだと思います。

 そのような観点から「海上労働ネットワーク」には、個人一人一人の声が反映され、そこから活動が始まるのではないかと大いに期待するわけです。

 
 「海上労働ネットワーク」の活動については、個人の幸せの追及と、社会的矛盾の改善、民主主義の徹底という基本姿勢を貫いていただきたい。そして、みんなの意見を認め合い、特定の意見を強要せず、参加者各自が、自分の責任と義務を果たしながら活動を広げていただきたい。決して、多数の論理に基づいて「一人の声」が抹殺されることがないような運営ができれば、参加しているものの満足感が得られ、ネットワークの拡大と充実が図られるのではないでしょうか。

 
 このような個人参加のもと、個人が何か問題を抱えた場合、それぞれの参加者がその解決のために何ができるかを考え、協力しあうシステムを作り上げ、社会的不正や、不公平などの問題については、問題提起者がより多くの賛同者を得るような積極的活動を行ない、世論形成を行なう中で、改善を求めていくことが大切だと思います。

 
 ネットワークに希望者が抵抗なく参加でき、目線を合わせての活動のなか、生の声がネットワークに参加している一人一人に情報公開され、共通の問題として活動が発展していけば、すばらしいと思います。

 今、インターネットにアクセスしますと、既成の労働組合や市民運動の枠にとらわれない、いろいろな形での労働渾動、市民運動がホームページを開設しており、次々と新しいものが出てきています。

 
 それぞれ、新しい試みと努力がされており、なにか新しいシステムが今後の活動の主流になるような予感があります。

 このような大きな流れの中で「海上労働ネットワーク」の活動に共感を持つとともに、今後、着実な発展をとげられ、社会の中で重要な役割を果たされんことを、大いに期待をいたします。 

 お ね が い

 会員に限らず投稿を歓迎します。本名でもペンネームでも可。但し出所不明のものは掲載しません。題材も長さも自由ですが、一頁に収まるくらいの原稿、大歓迎です。

 また、この機関誌で取り上げるべき問題点や、編集企画についての提案も合わせてお願いします。

 

「海上労働ネットワーク」に望むこと   A・K生

 ミッドナイトを過ぎても

 目覚めているのは

 天頂近くで輝く天狼星(シリウス)

 そして日本の船員にとって

 すべてが手遅れという重い認識

 

 10年はど前に書いた詩の冒頭です。何故か今頃、繰り返し頭を横切ります。

 この2・3ケ月胸を衝かれたこと

(1)居眠り

 居眠り操船をあっさり認め業務上過失往来妨害で逮捕された座礁運搬船の船長。

 「ただ無性に眠かった」衝突事故で犠牲者を出した漁船甲板長の談。

(2)印判=ハンコ

 目立たぬ辺境に立地する火力発電所向の荷物の多い本船。寄港地はそのまま船員の出身地と重なる。

 ある町で拾ったタクシーの運転手は元船員という。「緊雇対でもう先は無いとハンコを押したが、良かったかどうか−−−」と口を喋む。

 年間300万円の他乗組員との収入差、屈辱に耐え乗り続ける船員。「あの時ハンコさえ押さなければ」。

 
 大型合併で生き残る大手海運。IMSコード発効で殆ど淘汰されるといわれた弱小海運だが、したたかに生き残る。船員は不器用に愚直に生きる。その鮮やかなまでの対比=コントラスト。

 船で受け取る海運関係の雑誌・機関紙の記事は、10年来の激しいリストラで根絶やし寸前の業界とはとても思えない。元来、上昇志向の薄い私の目には、軽く浮わつき、眩しくすら映る。

 海上労働ネットワークは是非、船員の「辺境」の目線で、その支えになってほしいと切に希います。海上のキーワードまたは方向性は、(海上の)平和・人権、更には安全であろうことは疑いありません。

 
 平和について考えてみます。戦後改革の論議をめぐって大別すれば、「新生日本派」と「伝統重視派」になるが、私は大骨は戦後も抜かれなかったという立場に組します。

 海員9月号の泉谷論文の戦争非協力のたたかいの主体は、現役・現場船員であり、小林論文の「船員徴用令」一考の国家を会社と読み換えます。

 現役・現場が元気を出さないと、平和も人権も危ないと切実に考えています。

 辺境の過疎村の村長の言葉。「過疎が危機なのは人口が減ることよりも、村作りの気力が萎えること」を思い返しています。

 私自身は船員を継続するのがやっとの有様で、微々たるお手伝いしか出来ませんが、船員の最後の砦として、力を合わせて頑張ろうと思います。               以 上

 

大変転の中の船舶通信士            水原 一進

 1999年2月1日、世界的な海上における遭難安全制度(GMDSS)が全面実施され、モールス無線電信による遭難通信制度は国際的には全廃された。これにより上級の専任通信士の配乗が法的には不必要となり、約1世紀にわたる(従来型)船舶通信士という職能は、国際法上はなくなることになった。

 
 国際的なGMDSSの導入状況・専任通信士の廃止状況は、国際機関さえ把握し得ていないが、先進海運国では高率、その他ではあまり進行していないとみられている。日本においては、外労協・旧中小労協関係船(約140隻)では、GMDSS設備はほぼ100%導入され、専任通信士の廃止は9月9日現在53隻(外労協調べ)約38%である。

 
 しかし、GMDSS下では、誤遭難警報が頻発しており、国際的に大問題となっているが、その改善はなされておらず、遭難警報の受信装置を止めてしまっている船が増えている。また、本務多忙のため兼務であるGMDSS関係は手が及ばないとの実体が明らかになりつつある。日本においても、日本船による遭難警報誤発射が増えており、関係省庁・団体による「誤警報防止キャンペーン」が強化されている。

 
 このような実状の中で、PSCによるGMDSS関係のチェックも強化されつつあるが、チェックの強化は必要だが、対応できない現場や船主のチェック逃れやごまかしが横行するようであれば、船員の命は救われない。第二のタイタニックが危惧される。

 日本の船舶通信士の雇用問題であるが、海運業(漁船、官公庁以外)に就業(臨時就業含む)している船舶通信士は、99年10月1日現在401人(運輸省調べ)となっているが、日本の国内法でもこれらの人を、専任通信士として乗船させることを義務づけていない。労使間でも環境(兼任通信士の養成、現職通信士の雇用問題)整備に応じて専任通信士配乗船を減らしていくことになっている。従って、これらの人が順次職種(職域)転換を迫られることになる。

 
 労使協定では@会社は本人の希望を尊重した海上職域、安定した陸上職域の確保(本人の納得する陸上職が見つかるまで海上職域確保)。A原職通信士は兼任通信士育成に海陸で指導的役割を担う。B会社は職種転換の教育・研修等を整備する。とし、その具体策も決めているが、海上職域は日本人が船長・機関長のみの「国際船舶制度」が導入されつつある中で容易ではなく、陸上もリストラが横行している中では困難が予想される。

 労使間では雇用者責任が第一であるが、国の制度変更に伴うものについては国の責任を問うことも必要。未組織者・失業者を含めた闘いが不可欠である。(99・10・5)

 

海上労働は再生出来るか      篠原 国雄

 「今になって船長5人が一度にやめさせられたんだって。わが社ももうじき在籍船員が30人切るのじゃないの。部員なんか司厨長1人しか残ってないよ、みんな4人や5人の船ばかりで乗る船がないもんな」。元外労協会社の船員OBの嘆きである。 昨年から今年にかけて、大型合併があり脱退した会社もあって、外労協加盟は14社、船員数は3,484人で、旧中小労協は13社912人にまで減少し、盟外や近海、組合本部登録の期間雇用船員まで入れて、外航船員数は6,081人となっている。また、日本籍船はフル配乗27隻、混乗129隻である。(いずれも99年6月未)

 
 そのため『日本籍船及び日本人船員の減少には依然歯止めがかかっておらず、船員の高齢化も進んでいる=平成11年版海運白書』。『歯止めのかからない日本人船員と日本籍船の減少は、このまま推移すれば、再生不可能な規模にまで陥り、取り返しのつかない事態が到来することになる=海員組合第55年度活動方針案』という状態である。

 
 これは長年にわたって官労使一体で進めてきた海運政策の結果である。今日まで事毎に日本籍船と日本人船員の確保、国際競争力強化のためにと、船員を追いたててきた見返りが、この惨状である。そればかりか、新たに船長機関長2名体制を目指し国際船舶制度が進められているのである。

 
 歯止めがかからない、再生不能な状態が到来すると言いながら、国際船舶制度に何を期待し、日本人船員の将来にどんな展望が開けるのか。船員の側から見るこの制度は、歯止めがかからない、再生不能な状態を更に促進するものと映る。既に外航日本人船員の技能は決定的ダメージを受け、部員の技能は壊滅状態である。売り物の「若年船員育成プロジェクト」も、終了後の雇用が保障されないとして応募者は予定の半分以下で、後継者育成も掛け声だけで終りそうである。しかもこれらの事態に、官労使の誰も責任を感じているようには見えない。

 
 事ここに至った原因の一つは、船員が自らの権利を主張し、行動できなかったことである。

 制度近代化は、労働者の固有の権利で主要な労働条件である「職務分担」あるいは「職能」を、実験という手法によって船員から奪う制度であった。本来労働者の権利や労働条件は、労使交渉、時にはストライキによって守り、決めるべきものである。勿論、労働組合が労働者の利益代表としての責務を負っている場合に限るが−。

 
 ところが近代化では職務分担や職能の問題を、船員の権利や労働条件でなくし、実験によって勝手に変えることにした。従って船員はどんな働かされ方をしても、権利や労働条件でないから、文句が言えない状況となった。雇用主でも加盟組織でもない近代化委員会の言いなりに振り回された。その上他の職能の技能取得を強制され、精神的肉体的負担を強いられただけでなく、その能力が比較・選別された。そのため、自らの本来の職務にも、他職能の技能にも自信と誇りが持てなくなり、決められたこと、命令されたことだけをこなす、自主性を失ったもの言わぬ船員が作り上げられたのではないか。

 
 その証拠に近代化の各段階は予定通りに進んだ。その一方で職員部員を問わず、チャンスがあったら逃げ出したいという雰囲気が広がり、緊雇対では2年間で雇用船員が半減し、その後も減り続けた。しかもこれほどの合理化や首きりで、全く労働争議、紛争が起こっていない。わずかに性質の違う「竹中一機士解雇撤回闘争」があっただけである。

 
 外航船員が、固有の権利や労働条件の侵害に対して、断固闘うことなく、黙って従ったことが、官労使の無責任な船員政策を許し、現状を招いていることは事実である。従って、外航船員が自ら自信と誇りを取り戻し、自由に主張し要求することなしに、海上労働の再生は不可能であろ

 
 沿海部の組合員が本四架橋に関わる再就職問題で、海員組合を脱退して他の労働組合に移り、統制処分になっている。除名して終りにはならないが、沿海部の船員は自ら主張し実行する、ずいぶん活発な労働者のように思える。近代化や緊雇対が外航船員の、労働者としての活力や思考力を奪ってしまったのかも知れない。それを取り戻すために、どんな活動が出きるか、海労ネットのひとつの主要な課題である。

 

海上労働ネットワーク役員

幹  事(○印は代表幹事)

 上村  徹(元船舶部員協会会長)

 浦田 乾道(弁護士)

○近江 徹正(元船舶部員協会会長)

○柿山  朗(外航船長・元昭洋海運)

 川島  裕(戦没船を記録する会会長)

 岸本 勇夫(元船舶通信士労働組合書記長)

 小林 三郎(海の平和問題懇談会代表世話人 元機関長)

 新藤 博志(前横浜鴎友会会長)

 竹中 正陽(太平洋汽船一概士)

○中原  厚(戦没船を記録する会常任理事)

 二宮 淳祐(船部協前事務局長 海員組合名誉組合員)

 宮谷 和男(元船舶部員協会会長 甲板長)

事務局長

 篠原 国雄(船舶部員協会事務局長)

監査

 栗原 三郎(前船舶通信士労働組合書記長)

 福原 司郎(元東京船舶職場委員)

規 約

第1条 この会を「海上労働ネットワーク」という。

第2集 会の事務所を東京都におく。

第3条 この会は、会の趣旨に賛同した会員をもって組織する。

第4条       この会は船員やOB、海運関係労働者の人権や利益を守るための調査、研究を行ない、その実現のための  

   活動の支援等を目的とする。

第5条 会の目的達成のために次の活動を行なう。

   イ 海上労働運動、平和・民主・人権に関わる諸問題の調査研究

   ロ 他の友誼団体との協力、共闘

   ハ 研究会、後援会、討論集会などの開催

   ニ 会報・記録・資料等の作成・発行

   ホ 生活、権利擁護のための相談

   へ その他必要な活動

第6条 この会は次の機関をおく。

   総会、役員会

第7条 総会は毎年1回、役員会は必要に応じて開催する。会議の決定は多数決による。

第8条 この会は次の役員をおく。役員の任期は1年とし、総会で選任する。

   幹事若干名  事務局長1名  監査若干名

第9条 幹事の互選により代表幹事を選出する。

10条 この会は会費、寄付金等の収入により運営する。会費は年額3,000円とする。

 

小塚博さんの支援会が発足

 元第5福竜丸乗組員小塚博さんの、船員保険再給付を要請する「ビキニ水爆被災者小塚博さんを支援する会が、9月23日、焼津グランドホテルに約80名が参加して発足した。

 支援会は「21世紀を核兵器のない世紀に」を合言葉に、日本における核実験被爆保障の第一歩として、小塚さんの保障(補償)を成功させるため、支援会への参加・署名運動などへの協力を呼び掛けている。

〔経過〕元第5福竜丸乗組員小塚博さんは、1954年3月1日ビキニ海域でマグロ漁の操業中、他の22名の乗組員とともに米国の水爆実験に遭遇し、放射能灰による被曝で急性放射能症を発病、船員保険の職務上の療養として1年2カ月に及ぶ入院生活を余儀なくされた。

 入院後乗組員は、放射線障害による増血機能不全のために、売血による輸血や輸血奨を繰り返し受けたが、その後に多くの乗組員が肝炎を併発し、久保山愛吉さんはその年の9月に亡くなった。

 乗組員は退院後も、料学技術庁・放射線医学総合研究所(放医研)による追跡調査を受けながら、それぞれ社会復帰を果たした。しかし被曝20年を過ぎる頃から、肝臓疾患を発症する元乗組員が相次ぎ、現在までに肝硬変や肝臓ガンで8名が死亡。生存中のものでも肝臓ガン手術をしたものや、小塚さん同様慢性C型肝炎確患者が多い。

 最近になって更に病状が悪化しっつある小塚さんのC型肝炎が、被曝当時の放射能症と入院中の輸血に起因していることは、放医研の資料でも明らかで、小塚さんは昨年9月、被曝当時治療していた船員保険職務上療養の再適用を静岡県に申請した。しかし知事は「社会通念上の治癒」を理由に再適用を不承認とし、更にそれを不服とした審査請求に対しても社会保険審査官は、小塚さんのC型肝炎が、被曝当時の輸血にあることを認めざるを得ないとしつつも、請求を棄却した。

 ここに至り小塚さんは本年8月、厚生省の社会保険審査会に再審査の請求を行なった。審査会は近く開かれる見通し。(K)

小塚博さんを支援する会

三島市八反畑120−5

  静岡健生会気付

会費  個人・国体 年1口1千円

 

東海村で「臨界事故」発生

 茨城県東海村の核燃料再生工場で、核燃料用のウランが連続して核分裂反応を起こす「臨界事故」が発生し、従事していた作業員3人が大量の放射線に被曝し、他の従業員や市民49人が被曝したほか、事故現場の半径10キロ以内の住民31万人の屋内避難が行なわれた。

 
 この事故は核燃料の再生工場で、作業員の作業手順違反によって起きたといわれているが、核燃料という科学技術上も最高レベルの危険物が、作業員の手作業で取り扱われ、工程を短縮するため、原料の酸化ウランをステンレスのバケツで運んだなどと聞いて、驚くばかりである。

 
 その後「裏マニュアル」もあったとか、10年も前からバケツを使っていたことが明らかになった。またこの事故では被曝した3人の作業員の姿が見えるだけで、直接現場を管理する技術者や責任者の姿が見えないことは奇異である。現場作業員が適当にやれば良い仕事なら、マニュアルはあってもなくても同じだ。

 
 科学技術の最先端と思っていた原子力発電の関連施設で、核分裂反応を制御、抑制するシステムもないまま、核燃料再生が行なわれていたことや、事故発生以後の避難や広報の対応を見ても、如何にも杜撰で安易な管理体制が暴露され、原子力発電の安全神話を完全に粉砕した事故であった。

 
 日本の原子力発電では情報公開もないまま、安全の宣伝ばかりされてきた。動燃東海工場の火災・爆発事故の記憶は新しいが、ナトリウム漏れ事故を起こした「もんじゅ」や、プルトニウムを燃料に使うプルサーマル計画など、世界的に安全性が確立されていない技術を日本で強行することは、国民を危険に晒し、不信を増幅させるだけである。

 
 いま日本の混乗船では、少数の日本人乗組員が、通常の職務に加えてISMコード(国際安全管理コード)などの安全マニュアルに振り回されている。もしその努刀がPSC(ボートステートコントロール)対策の帳尻あわせだけで、外国人船員を含めた安全管理体制が確立されていなければ、実質的な安全は守られない。

  実体をさらけ出して対策を検討する必要があるのではないか。「臨界事故」の報道をみて、そのことを強く感じた。                                         (S)

 

武力によらない平和への道             戦没船を記録する会の歩み

  戦没船を記録する会は第6年度の活動方針を、イ、戦没船写真展、ロ、永久保存、ハ、戦時海運研究会 ニ、戦争法案反対、ホ、出版企画という柱をたてて活動してきた。

【写真展】今年は船員戦死者全国1位及び2位の鹿児島県、広島県、及び横浜日本丸マリタイム・ミュウジアムでの独自開催を軸に、共催としてITFシップ・グローバルマリナー号展(横浜・神戸)、「平和のための戦争展・1nよこはま」「平和のための埼玉の戦争展」「平和のための戦争展かながわ」「平和のための戦争展静岡」それぞれにパネルの出品協力を行なった。

 また、横浜で開催された大久保画伯の戦没船画展にも協力した。

【永久保存】戦没船アルフォト写真を、どこに、どのような姿で後世に残すのかということは、会発足時からの宿題であった。その場所としては、東京・横浜近辺及び神戸にと狙い定め、運動を進めてきた。

 今までに、沖縄平和資料館の要請により、沖縄関係戦時遭難船写真49隻分を提供した。

 今年海員組合は、組合神戸事務所2階ホールを改装し、戦没船写真永久展示施設を作る方針を大会に提案する。大会代議員・組合員の皆様に深甚なる敬意表しておきたい。

 尚当会は、この施設建設に対策委員会を設置。まず銘碑の名称を内外に広く募集し、展示方法等についても意見を求めることとしている。

 東京での展示場所及び横浜港の赤レンガ倉庫を平和資料館に、という運動はまだ目途が立っていない。

【戦時海運研究会】5月8日第8回「戦争の犠牲になった紀州の小舟たち」講師中村隆一郎氏を開催。

【戦争法案反対】昨年7月、海員組合京浜支部会館で、海員組合、全国港湾、全運輸、横浜鴎友会、海の平和問題懇談会等と協力して「海から見る新ガイドライン」シンポジウムを開催。今年、5・21ストップ戦争法・全国大会に参加。8月、呼び掛け団体の一員として「ストップ!ガイドライン反対・シンポジウム」を横浜で開催した。

【出版企画】「知られざる戦没船の記録・パート2」出版計画は現在のところ進展なし。(N)

 

活 動 記 録

【設立総会】海上労働ネットワークの設立総会は、6月18日15時より30余名がが出席して開催され、呼び掛け人の中原厚氏を議長に、経過報告、設立宣言や規約などの審議、役員選出などを行なった。

 設立への経緯や趣旨は「海上労働ネットワーク」設立にあたって=設立宣言に述べているとおりで、設立総会の討論では、今日まで続けてきた運動の原点を忘れず、現場の情報が伝わるような会報をきちっと出すこと。労働条件から人権問題まで幅広い活動が求められているので、役員会には一般の会員も入れて、市民運動のスタイルでどうか。海上の平和と安全が脅かされている中で、目的を同じくする他の友誼団体と協力して運動に取り組め。など多くの意見が出され、宣言と規約の一部字句修正を行なうこととなった。

【第1回役員会】7月8日開催の第1回役員会には、役員10名が出席(乗船・出向中4、欠席1)。@設立総会から委託された設立宣言と規約の、一部字句修正を審議決定。A定例役員会を毎月第3木曜日とし、この役員会で問題の提起、審議し運動を進めることとする。B部員協会から引き継いだ資産753万円余と、特別闘争資金713万円余の資産で運動を継続すること。C当面、設立の挨拶状を関係先に早急に発送すること。機関誌の発行を早急に計画すること(その前に「海論」最終号を発行)。運動体の存続を第1義に発足したが、参加の呼び掛けや運動の方向性について、2・3年でめどを立てること。などが論議された。

【第2回役員会】8月19日開催、役員9名出席。@7月の収支は会費、寄付金などの収入199,000円(設立総会以前の分を含む)。支出249,006円で、将来収入ゼロで支出だけということもある。A機関誌の名称は「海労ネットニュース」とし、創刊号を11月1日付けで発行する。当面季刊を目標。編集委員会で内容を企画・検討する。

【編集後記】

 海労ネットニュース第1号をお届けします。まだ、原稿を集めて載せたというだけで、編集・企画力に欠けると反省しています。

 深刻な状況の海上労働の実態について、徹底的な解明が必要です。現場からの報告、意見、問題提起などの寄稿を期待しています。                       篠原