<興福寺>

興福寺は七堂伽藍の立派な大寺院です。藤原鎌足・不比等・不比等の娘であり、聖武天皇の后である
光明皇后の藤原氏の氏寺として、藤原氏と共に繁栄したお寺。ここに来ると、藤原氏ってスゴイ権力持って
たんだなぁ、と改めて思い知らされます、、

伽藍の一部0伽藍の一部
ポスター0六角堂

少し歩くと汗ばむ程天気が良くて、若草山の緑がとても綺麗でした。。
ちょど特別公開期間だったらしく、そのポスターがかっこよかったので写真撮っちゃいました。

<平城宮跡>

奈良時代の710年に出来た平城京跡地。広すぎて、どう歩いたらいいのかわからず、旦那さんとしばしボーゼン。
あまりの広さに圧倒されました。電車から見るとは、偉い違いです(電車だとすぐ通過する)。この何も無い原っぱに
1300年の昔、都の中心があったんですねぇ。大宰府跡より断然広くて立派です。やはり国の中心である都と、
都の出先機関とは当たり前ですが、差がありすぎます。

当時の柱跡には、円柱形の同じ太さの木が植えられていたり、当時の井戸跡や酒や酢を造っていた遺構などが
復元されています。いにしえの雰囲気を感じることができます。

この平城旧跡は唐の長安にならって作られた都で、10万人の人が住んでいたそうです。隣接している奈文研の博物館
は時間が無かったので見てません。今度来る時は、もっとどこに何があるのか把握してから、ゆっくり来たいです。

朱雀門0平城京跡地0近鉄電車
平城陵0酒や酢を造っていた遺構0塀0井戸跡

<唐招提寺>

唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。鑑真和上の私寺として始まり、鑑真和上の弟子の一人で
あった如宝の尽力により、完成したといわれます。現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、
貴重な伽藍となっています。現在はお寺の機能はないので、史跡として昔の面影を今に伝えてきます。

国宝の金堂は、「金堂平成大修理事業」の最中でプレハブに囲まれて、こんな感じ。
元の姿を拝めるのは、2年後です。

改修工事中半券
改修の配置図0看板0プレハブの中

4時過ぎに行ったので、鑑真和上の像が奉安されている御影堂や、和上が眠っている開山御廟など
ゆっくり見ることが出来ました。秋の奈良盆地は夕暮れが良く似合いますなぁ。

唐招提寺の瓦0開山御廟0南大門
御影堂の入り口0境内0モコモコして砂糖菓子の様な苔

静かなお寺 奈良は、京都よりのどかでゆったりしていて、
古代の息使いが聞こえそうなところが好きです。
古代の人が一生懸命、律令国家として立派な
国にする気迫が肌で感じます。
海外の文化がはっきり建物や物に感じられて、
エキゾチックなのもいいな。

何かの本で読みましたが、京都は着だおれ、
大阪は食いだおれ・奈良は寝だおれ、と言われる
そうです。奈良の人に怒られそうですが、それだけ
おおらかな土地柄なんでしょうね〜。

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あおによし 奈良の都は咲く花の
におうが如く今盛りなり