印象深いバイク

★ほんの少しの期間でも、
 熱く燃えて乗ったバイクは、いつも思い出される。

 私のバイク歴の中でも印象深いものをご紹介致します。


@スズキRG250ガンマ初期型 (83年式)

原付を除いて本格的なバイク経験1号車となる。

’84に中古で2000km走行品をサーキット走行前提に購入。
パワーバンドに入ればロケットのように加速するが、
加速感はほんの一瞬で終る。

低速はスッカスカのスカ、しかも3速以上はパンチがない。
上りの低速コーナが続く峠道には、特に弱く
また、街乗りでも低速トルクの細さに苦しむ。
フルノーマルでも雨中走行ではプラグがかぶり、まともに走らないことが多かった。

第一印象と違ってポジションは、まるで王様座り。
リヤブレーキペダル高さの微調整ができなく、
結局最後までつま先がペダルにのらず、リヤブレーキを積極的に使えなかった。

転倒を含めていろいろな経験をさせてもらったが、
耐久性が非常に低く、街乗り、峠走行でボロボロになりすぎ、
サーキット走行する頃はほとんど寿命であった。

合計1時間のサーキット走行でエンジンが焼きつき、
その生涯を閉じる。
公道向けとしては、かなり完成度の低いバイクと感じたが
筑波サーキットでは、水を得た魚のようであったことは付け加えておきます。

※このガンマの写真を探索中でしたが、思わぬところでセカンドバイクとして
 ’01年10月 手に入りましたので、そちらの写真で代用しました。
 当時はセンターカウル、サイドカバーをこのように外して、いつも走ってました。
 (その方がレーシーだと思ってました)
 この写真はマフラーのあたりがずいぶん汚れてるなあ(^^;

 

’02年2〜3月に行ったガンマのレストア記録です。
世間ではこの程度のレストアは初級でしょうが、私にとってはかなり手強かったです。

     (83年式、2年間・計1,500km走行)

私のバイク人生の中でも、維持と走りで最も苦労させられたこのガンマを
今所有したらどうなるのだろうと、ずっと思っていましたが、
ライディングの改造を行ってきた現在では、楽しんで乗ることができました。

根本的には、私のジムカーナ風ライディングには合わないとも気付きました。
現在乗ってみたインプレです。
当時のカタログも載せております。
熱い時代であったことが伺えます。
’04年4月に諸事情により売却。こういったバイクは二度と手に入らない
ことはわかっていながら・・・



Aカジバミト125エボルーション (’95年式 ラッキーストライクカラー)

こんなバイクが存在していいのだろうか。
125ccとは思えない豪華なつくり。超高速スプリンター。

国産では考えられないほどの素晴らしいハンドリング。
強烈なブレーキと、ガチガチの車体、最高のサスのため、
峠の下りでは、相手が大型車でも簡単にいつもカモっていました


国産のバイクとは明らかに違い、スーパーカー並みの特殊車両なので、乗り味はもちろん強烈です。
メータ読み200Km/h以上を記録し、8000rpmからの強烈な加速は狂気の世界です。

真の走り屋を求めるようなバイクがまさにこれです。
どうぞこのイタリアの本気具合をこちらでご覧下さい。




Bカワサキバリオス(’93年式)

買取専門屋が来る10分前に撮影したもの
渾身の力をこめて磨いていたことにより、買取額は某ビッグショップの3倍となる
 
女房の妹から2,000km走行品の不動車をタダ同然で購入。

さすがに4年間動かしていなかっただけあり、
そのほとんどを整備に明け暮れる。

レストア全てを自分で行っていたが、8ヶ月後にようやく本調子となる。
4スト250はGF250以来であり、
初めから走りに期待はしていなかったので、
完全に直るまでは、どこに本調子があるのかわからなかった。

本調子に戻れば、エンジンの進歩に驚いた。
トルクは細いが電気モータのようなピックアップには脱帽した。

しかし、慣れればやはり4スト250、感動の走りはない。
乗れば乗るほど飽きていくことに気付く。
エンジン、ブレーキ、ハンドリング等全てソツなくまとめてあるが、
とがったものはない。

サビだらけの不動車が金をかけずに
よくここまできれいになったと我ながら感心したが、
肝心な部品があちこち壊れ出す寸前であり、崩れる一歩手前で手放した。


CホンダNSR250(’88年式)

89年に1年落ちの新古品を購入。

エンジンは、ほんの数年でここまで性能が上がるのか、と思わせるほどの加速があり、
完成度の高さを感じる。

3、4、5、6速までしっかり加速する。
1、2速はパワーバンドに入れば暴力的であり、長く加速感が続く。
ただし2ストの宿命である低速は、あいかわらずスカ。
(しかし、初期型ガンマとは比較にならない程ある)

全体的にサーキットの香りがプンプン。
ブレーキはノーマルでも制動力バッチリ。

少しステップが、上へあがれば100点満点だが、
市販のバックステップでもあまり位置は上がらない。
長距離走行は無理、片道200Kmが限界と感じた。100Kmでも相当疲れる。
操作系は意外と扱いやすい。(小回りは効かないようで割りと効く)




DホンダVF400F(’84年式)

ついに発見された写真!汚さ全開。
なつかしさのあまり随喜の涙。(写真提供:TT300GPさん)

ホイールまで水色に塗ってた時期ではなく、黒色にした最終時期のもの。

タンクの凹みは筑波最終コーナでの転倒で、折れたハンドルがめりこんだ跡。
ヘッドライト、ウインカー、テールランプはすぐ取り外せる様に工夫してあり、
何と1分くらいのワンタッチで取れた。

当時、街中にはこういったバイクがあふれていたので、
これがごく普通であると信じており、
ホイールも最終的には黒色にしていたので、自分ではかなり地味だと思っていた。

紀ノ国屋のレースマフラーは
現在のバイクでは、こんな細いサイレンサーはないと思う。

いまだにこのマフラーよりうるさい排気音のバイクにはお目に掛かったことがない。
今だったらシラフでは乗れないほどの音で、
500m走ったら捕まる気がする。

何よりリヤタイヤのバトラックス08が時代を感じさせる。

   
  
過去のバイク経験の中で最も印象的なバイク。

サーキット走行を前提に2,000Km走行品を中古で購入。
街乗りもするつもりだったので、ナンバーも登録。
いつもレース仕様のまま街乗りから峠もこなす。

ハンドリングはフロント16インチのためクイックな旋廻性を示すが、
普通の乗り味と違うため、初めはその切れこみに驚く。(初期型ガンマ以上だ)

慣れてくると腰を引いた16インチ乗りが完成してしまう。
それは後の17インチ、18インチ車には
すぐに対応できないという悪い癖となる。
実際、私もその過ちを修正するのに長い年月を費やした。

エンジンは到って優等生で丈夫。
V型エンジン特有の音は気に入っていたが、
世間では何年たってもなじまれず嫌われた。

2速までの加速はそこそこ速いが、3速以上はスカ。
特にサーキット走行するとよくわかるが、
肝心の3速、4速領域は加速している感じがあまりないため、一気にしらける。

オートバイの革命ともいえるGSXR、FZRが出るまでの
ほんの短い間に活躍したバイク。

街乗り、ツーリングでは扱いやすい。
フロントブレーキはタッチが良く、シングルの割りに良く止まるが、
ハード走行では絶対制動力が不足。

操作系は極めて使いやすい。スリムでバンク角たっぷり。
ノーマルステップは王様座りのようであり、
バックステップをつけてもあまり近づかないが、
レース用シングルシートまでつけると、正座するほど近づきしっくりくる。

中型では最も慣れ親しんだバイクであるが、思い出すと欠点ばかりである。
できの悪い子ほどかわいい。
サーキットや峠のことを思い出すといつもこのVFが懐かしく感じる。

以後20年経つが、この水色一色を極楽カラーと呼んでいる。
暴走族と間違えられ悲しい思いもよくしたが、
今思えば一般の人にはわからなかっただろうと思う。
今では酔っていてもこの色にはしない!


下の写真のVFは弟のもの(ライダーは私)。


当時は、
紀ノ国屋レースマフラーをつけた不人気車のVFが、一家に2台もあるという、
世にも珍しい家庭であった。
16インチフロントは黒、18インチリヤは蛍光カラー
というホイールが時代を感じさせる。
このまま峠に行くと、現地でよく会う国際A級のY選手達とやり合っていたりして
良い時代でした。

何よりも片山ロスマンズレプリカのツナギが哀愁を誘います。

  
左は’87年の、千葉九十九里ツーリングのもの。
バイクの基本はやはりバックステップ。
後から見て、足の裏が丸見えなのが普通だと信じていた。


右はバイクブーム全盛の当時、いつも一緒に走ってたバイク達。
サーキット走行のため、常にゼッケンはつけっぱなし。
(奥のNS250がTT300GPさん、手前はインパルスさんのTZR250)
最近のバイク達と違って、今見てもこの写真は妙に熱いものを感じる。

ちなみに私はこの頃から一歩も前進していない。
’80年代はつい昨日のことのようだ。

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