Spicy Cooking!
けだるい午睡から覚めて傍らに眠る男を見下ろす。日はすでに高く昇り、背 徳の恋人たちをあざ笑うかのように降り注いでいる。 別人のように穏やかに眠る姿を見れば、これが無害な一市民だと言われても 信じてしまいそうだった。この男のどこから数々の謀略がわき出てくるのだろ うと首を傾げたくなる。皮肉げな表情も神経を逆なでする嘲笑もなく、鬼気迫 るものすらない。本来の彼を知る者がこの姿を見れば、これが本当にあの…… ガムランなのかと、疑いたくなるだろう。 だがこの男がシャドー・ナイツ・マスターとして数々の謀略に関わったのは 事実だ。あの大戦の折り、死んだと思われていたが、生きていることが知れた なら間違いなく追討の命が下るだろう。目的のためなら手段を選ばない卑劣な 男。そのガムランに断罪を望まない者などいるだろうか? こうして密かに会っていることが露見すれば、インペリアル・ナイトの一人 といえども、厳しく追及を受けるだろう。場合によっては反逆罪に問われかね ない。その生み出す結果はもとより、人道的、感情的に見ればその禁忌という ものを微塵も感じさせない手段こそ決して許されるものではなかった。 それなのになぜ……誘われるがままに応じてしまうのか。今となっては約束 も何もないというのに、ただ日常の習慣のように自らこの男を訪れる有様だっ た。主君も親友もすべてを捨てて、この男に組み敷かれることにどんな意味が あるのか。 考えれば考えるほど、認めたくない答えが浮き彫りになっていく。 「くだらない……」 その一言で深慮を放棄して、オスカーはもう一度傍らに眠るガムランに目を 移した。 この男の性格を考えるならば、こうした無防備な寝姿を他人にさらすなどお よそ考えられない。オスカーを信頼しているのか、それとも寝首をかかれるは ずなどないとたかをくくっているのか。どちらにせよ、ありがたくはない答え だった。 わずかに身をおこせば、サイドテーブルにの上の短剣に手が届く。鞘から抜 き、眠る男の首筋に刃を当てる。首がいいか、それとも胸がいいか。たった一 突き、それだけでこの男は息絶える。仲間のことを考えても、バーンシュタイ ンという国のことを考えても、この男は殺すに限る。喜ぶ人間はいても悲しむ 者などいはしまい。 だが…………。 手を動かせなかった。ずいぶんとためらった後、オスカーは短剣をシーツに 突き刺した。そしてゆっくりと、のぞき込むようにして唇を重ねる。二度とは しない愛情のキス。 すぐに馬鹿なことをしたと後悔した。相手が眠っていたのがせめてもの救い か。だがため息と共にベッドから滑り降りようとした、オスカーの腕をつかむ 手がある。 「どこに行く気ですか?」 「起きていたのか……!? いつから?」 「さて、いつからでしょうねぇ」 答えるのは含み笑いと嫌みな声。そこにいるのはいつも通りのシャドー・ナ イツ・マスターだ。 初めから起きていたのか……! 答えに思い当たって、オスカーはきつく唇 を噛む。殺そうとして殺せなかったことも、何より自ら口付けたこと、全て知 られていたとは。 「のぞき趣味があったとはね」 挑発するようににらみつけてみたが、ガムランは笑うだけで答えようとはし ない。カッとして、腹立ちに任せて捕まれた腕を乱暴に振り払う。だがすぐに また、今度は手首を捕まれそのまま体ごとベッドに押しつけられた。 衝撃に一瞬息が止まる。 「聞いているのは私ですよ。質問に答えて下さい」 相手を揶揄するようにかすかな笑いを含んだ言葉。息のかかるほど近づけら れた顔が不愉快で、ついと視線を逸らす。 「……厨房に。食べるものがないかと思ってね。さすがにこの時間になるとお 腹が空くからね」 嘘ではなかった。空腹を感じていたのは事実だったし、ガムランに捕まらな ければきっと厨房に足を向けていた。ただ、この場を離れようとした一番大き な理由はこの男の側にいたくないという、それだけのことだったのだが。 「食べ物、ねぇ。ここに私がいるというのに? 他に何を食するというんです か?」 思いもよらない言葉に、一瞬顎が外れるかとも思う。いや、それよりも何を 言い出すのかと正気を疑った。 次の瞬間、再びガムランの向けた顔には嫌悪の二文字をありありと浮かべて いた。そして紡ぐ言葉には嘲笑をにじませて。 「僕はそんなに悪食じゃない。そんなもの、間違って口に入れたら食中りでも 起こしそうだよ。それに……どちらかというと、おいしくいただかれているの は僕の方って気がするけどね」 「そうでしたね……」 言葉と共にゆっくりと男の唇が重ねられる。それをはねのけ、起きあがろう としたオスカーの首に触れるか触れないかというところに、ガムランは抜き身 のまま放置されていた短剣を突き立てる。 「あまり動くと怪我をしますよ」 「……っ」 その言葉よりも早く、鋭い痛みが肩に走る。思わず息を呑んで抵抗をやめた オスカーに、ガムランは満足そうな笑みを浮かべる。そしてぬけぬけとこんな 言葉を唇にのせる。いったいどんな顔でその台詞を言ったのかと、神経を疑い たくなるほどに。 「そう、いい傾向ですね。大人しくしているならば、世界で一番の御馳走を食 べさせて差し上げますよ」 「…………とんだ御馳走だね。まあ、でも、人間飢えればどんなものでも食べ られないことはないからね」 やっと吐き出したその言葉は、どうやっても負け惜しみのようにしか聞こえ なかった。その響きにガムランが気づかぬわけがない。意地の悪い笑みがその 口許を象る。 「飢えれば、ねぇ。では、悪食ではないと言いながら、なぜ誘われるがままに ここを訪れるのでしょうね?」 「さあ……ね。変なものを食べて味覚が狂ったんだろうよ」 答えなど、はなからわかりきっている。だがそれを口にすることは許されな い。プライドが許さない。だから……今日のところは全てを首に突きつけられ た短剣のせいにして、ゆっくりと目を閉じる。 その答えにガムランは楽しそうに笑った。そうしてまた恋人たちは背徳の儀 式にふける。全てを捨てて、それだけが唯一たしかなものだと言うように。 もっとも、ガムランの言うこの「食事」で腹がふくれるかというのは、はな はだ疑問ではあるのだが―――――。 END
これでラブラブというのはつらいですか(笑)?
自分ではかなりラブラブなつもりなのですが…。
まぁ、普段書いている鬼畜全開に比べればよっぽどソフトですよねぇ(^^;;
何はともあれ、最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。