Let’s Playing
 
 

「遅くなっちゃった……」
 朝、8時50分。腕時計に目を走らせながら速水は全力で校門を駆け抜ける。
朝のHRは8時45分から始まる。対して校門から彼らの生活するプレハブ校
舎までは、どんなに急いでも5分以上はかかる。担当教官が時間よりも遅れて
来ることもあるにはあるが、それもせいぜい1・2分。どれだけ急いでも、も
う遅刻は免れない。
 やはり今朝方まで士魂号の調整を行っていたのが裏目に出たのかも知れない。
一度家に帰って、シャワーを浴び弁当を作ってから、学校に来るつもりだった。
 だが気がついとき速水は風呂場で倒れ込むようにして眠っていた。体を洗っ
ている途中で意識が遠のいたのだろう。浴槽に浸かっていたのなら溺れる可能
性もあった。そうならなかったことを感謝しつつ、部屋の時計に目を走らせて、
速水は一瞬凍り付いた。8時半を回っている。それから大慌てで弁当箱に中身
を詰めて、家を出てきたというわけである。
 近道とばかりに裏庭を走り抜けようとしたときに、後ろから呼び止める声が
聞こえた。
「珍しいな、おまえさんがこんな時間に登校してくるなんて」
「瀬戸口……?」
 その声に答えるように、明るい色の髪と紫色の瞳を持った少年が校舎の影か
ら出てくる。同じ1組、実戦部隊の仲間であり、親友でもある瀬戸口隆之だっ
た。本当はもう一声付け加えたいところなのだが、それには少し抵抗がある。
「おはよう」
「おはよう」
 どうせ走っても間に合わないとの思いが、速水の足をその場に止めた。
「今日はまだ行かないの?」
「うん、ああ……。5分でも2時間でも遅刻は遅刻だからな。今から急ぐのも
馬鹿らしいだろ? せっかくだから、お前さんももう少し時間をつぶしてから
行かないか? 目の下に隈なんて作ってさ、ろくに寝てないんじゃないのか?」
「たしかにそうだけど、5分遅れるのと2時間遅れるのとじゃやっぱり違うよ。
先生に失礼だと思うけど」
「そうか? 授業中に寝てる方がよっぽど失礼だと思うけどな。別に午後から
の出席にしたっていいんだぜ。勉強も大切かも知れないけど、一番大切なのは
それじゃないだろ? 今無理して、肝心の出撃指令が下ったときに動けない方
がまずいと思うけどね、俺は」
 いつになく真剣な顔でそう言って、「ほんとは眠いんだろ?」と瀬戸口は笑
った。
 その笑顔にほだされて、速水もあきらめたような笑いを浮かべる。
「うん。無理してないと倒れそうなぐらいにね。……いつも通りにしているつ
もりだったんだけど、瀬戸口の目はごまかせないね」
「当たり前だろ、俺はいつだってお前さんを見てるんだぜ、バンビちゃん」
 からかうような一言に、思わず赤面する速水。瀬戸口と知り合って一月ぐら
いにはなるけれど、いまだにこういう言い方には慣れなかった。冗談をと笑え
ば本気だと言い、真に受けて赤面すれば冗談だと笑われる。どちらを信じてい
いのかわからず、いつも瀬戸口には振り回されてばかりだった。
「またそういうことを言う……!」
「おいおい、怒るなよ。これでも真剣なんだぜ」
 とてもそうは思えない軽い口調で、瀬戸口は速水の肩を抱き寄せる。ふわり
と鼻腔をくすぐるコロンの香りに、心臓の音が大きくなる。あぁ、瀬戸口のに
おいだ……と思わず目を閉じてこのまま体を預けたい衝動に駆られる。が、意
志の力を総動員して、何とかその手を振り払い瀬戸口をにらみつける。
「嘘つき」
「嘘つきとは聞き捨てならないなぁ……。俺がいつお前さんに嘘をついた?」
「だって、この前加藤に『好きな人は?』って聞かれて、いないって答えたじ
ゃないか」
 そのときのショックを思い出してか、思わず速水は涙ぐんでいた。てっきり
両思いだと思っていたのに、この思いが一方通行だったなんて。本当に悲しか
った。そう訴える速水に、瀬戸口は「困ったなぁ」と頭を掻いて、顔を近づけ
る。
「いいか、あのときは側に善行がいたんだ。それに加藤だって口から先に生ま
れてきたような奴だろう? うっかり答えたら、明日には小隊中にうわさが広
まっているところだったんだぜ。いろいろ勘ぐられたくないから内緒にしてお
こうって言ったのはお前さんだろ」
「そうだけど……」
「だいたい、俺が誰を好きかなんて、いちいち言葉にしなくちゃわからないか?」
「だって……!」
 なおも言い募ろうとする速水の唇を唇でふさいで、瀬戸口はにやりとした笑
いを口元に浮かべる。
「そんなに信用がないとは思わなかったよ。やっぱりここは名誉挽回のために、
しっかり愛を与えてやらないとな」
 あわてたのは速水の方だった。瀬戸口がネクタイを外し、シャツをゆるめて、
あらわになった喉元に唇を押しつけてきたのだから。
「ちょっと……!」
 抗議の声を上げるが、聞き入れてはもらえない。強くめまいを感じるほどに
唇を据われ、腰を抱き寄せられ、あっと気づいたときには柔らかな草の上に寝
かされていた。
 その上に覆い被さるように瀬戸口が乗っていて……すぐ近くに瀬戸口の顔が
ある。それだけでどうしようもないほど鼓動が高まる。流されそうになる最後
の理性を押しとどめようと、必死に速水は言葉を探す。
「ちょっと待って、ちょっと! 僕、午後まで寝たいんだけど」
「大丈夫、俺の腕の中で寝かせてやるから」
「っていうか、ここ、学校なんだけど! 朝からこんなところでこんなことや
ってて……誰かきたらどうするの!?」
「大丈夫だよ。もう授業が始まってる。昼休みまでは誰も通らないさ」
 そう言って瀬戸口は三度目のキスをする。さすがに歴戦の勇者を自称するだ
けあって、それだけで痺れるような快感が背筋を走る。
「……んっ」
 耐えられなくなって、四度目のキスは自分から求めた。
 が、触れたか触れないかといううちに、瀬戸口が不意に体を引いた。肩すか
しを食らったような気になって、目を開けて問いかけるように瀬戸口を見る。
と「しっ」と開きかけた唇を指でふさがれた。
「どうしたの?」
「誰かいる。気配がするんだよ」
 抑えた瀬戸口の声に思わず冷たい汗が流れる。こんな時間に通るぐらいだか
ら、教師ではないのだろうが、たとえ相手が誰であれ濡れ場に踏み込まれるの
は遠慮したい。瀬戸口に急かされて、あわてて二人で着衣の乱れを直す。何と
も言い難い間の抜けた時間だった。そしてさらに致命的なのは、クラスメート
にその場を見られてしまったことだろう。
 足早にプレハブ校舎の方へと通り抜けようとしていたのだろうか。二人の様
子に足を止めたのは茜だった。
「何してるのさ?」
 皮肉とも嘲笑ともとれる笑みを口許に浮かべて、遠慮のない視線を速水に注
ぐ。その目が鎖骨に残る口付けのあとを見ていることに速水は気づかない。
「ええと……」
 何かいい言葉が浮かばないかと、宙に視線をさまよわせる。が、体を蝕む熱
に半ば注意を奪われた状態では適切な言葉などが浮かぶはずがない。そんな速
水の様子に、茜の口許に意地の悪い笑みが浮かぶ。
「首のところ、赤くなってるけどどうしたんだい?」
「えっと、虫に刺されて……瀬戸口に、見てもらってたんだ」
 安易な言いわけを口にした速水の背後で、瀬戸口が頭を抱える。もう少しま
ともなものは思いつかないのかと、ため息まで漏らして。が、茜の追及をかわ
そうと必死な速水がそれに気づくわけがない。
「へぇ。ずいぶんと大きい虫だね」
 皮肉な笑みを浮かべばがら、茜はするりと近づいてもう一方の鎖骨に唇を押
しつける。
「おい!」
「っ……」
 思いもしない行為に、速水の口から声が漏れる。同時に瀬戸口の目が険を帯
びる。
「そんな嘘で僕がごまかされると思ってるの? 本当に?」
 顔をのぞき込むようにしてそう言われて、速水は耳まで赤くなった。授業を
さぼって何をしていたかなんて、小隊のみんなに知られたらさぞかし冷たい視
線が待っていることだろう。
「みんなに話すの……?」
「君が嫌だっていうんなら、黙っててやるよ。ただし、僕も仲間に入れろよ」
 ほっと息をついたのもつかの間、続く言葉に速水は絶句する。
「仲間にって……」
「ま、二人も三人もかわらないか」
「ちょ……瀬戸口!?」
 止めてくれるとばかり思っていた瀬戸口の絶望的な言葉に、思わず涙目にな
る。が、すっかり意気投合した二人はまったく気にしてくれる様子がない。
「君ならそう言うと思っていたよ」
「じゃ、商談成立だな。誰にも言うなよ」
「もちろん。僕は約束は守るよ。それより、どうせなら場所を変えようぜ。こ
れ以上邪魔が入るのはさすがに嫌だろ?」
「そうだな。じゃ、俺の家に来るか? ここからだったらそう遠くはないし」
 額を寄せ合って不穏な相談を続ける二人に、速水は最後の抵抗とばかりに抗
議の声をあげるが、それが聞き入れられるはずもない。
「……僕は仮眠がしたいんだけど……」
「大丈夫」
「僕たちの腕の中で寝かせてあげるから」
 盛大な笑顔を浮かべた瀬戸口と茜と、二人に半ば引きずられるようにして速
水は今来たばかりの道を逆戻りしていく。もっとも途中からは半ば諦めたよう
に二人の腕に躯を預けていたのだが。

 そのあとを語るのは野暮というものだが、翌日、彼ら三人がそろって極楽ト
ンボ章を受賞したことだけは伝えておこう。





                                END

補足です。
極楽トンボ章は二日連続遅刻or
午前午後の授業を両方さぼるともらえるありがたくない勲章です。
何がありがたくないって、発言力マイナスもさることながら、
小隊中の人間に馬鹿にされるのですよ。

さてさて、予定よりもちょっとばかし長くなりました3●(爆)
いや、Hな雰囲気の時に乱入されたらこんな感じかな、とか(笑)
実際には三人以上いるとHな雰囲気にはならないんですけどね。
やっぱり男女入り乱れて五人とかのHな雰囲気はインモラル過ぎますからね…(笑)
何はともあれ、最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。



こちらも寒中見舞いとして戴きました(^^)
実はガンパレードマーチはやった事ないです(爆)
でも最近あちこちで聞いた事あります。
なにがともあれ、ありがとうございました〜

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