2019年10月4日
CPAPマスク内の温度、湿度の季節変動についての検討
著者 佐々木満
所属 ささき内科クリニック
Sasaki Naika Clinic
責任著者 佐々木満
〒971-8185 福島県いわき市泉町3-1-2
要旨
閉塞型睡眠時無呼吸(OSA)の治療法としてCPAP(continuous
positive
airway pressure )があるが、必ずしもアドヒアランスが良好とは言えない.
その原因は鼻腔、咽喉頭の乾燥感である事が多い. いわき市は冬比較的温暖だ
が乾燥しやすく、他の季節に比べて鼻腔、咽頭腔の違和感にてCPAPを中止せ
ざるをえないことが多い. しかしCPAPマスク内の温度、湿度の季節変動につ
いての報告は見当たらない. そこで各季節のCPAPマスク内の温度と湿度を測
定し比較検討した. 一人の被験者においてその寝室にて春夏秋冬の各5日間、
CPAP開始前と開始後90分目までマスク内の温度と湿度を測定した. 温度は各
季節においてCPAP開始10分後には上昇した. 湿度はCPAP開始10分後には
低下した. 特に春, 冬において低下の程度が大きかった. CPAP治療において冬
のみならず春にも加湿器の使用が推奨される.
Key words : OSA, CPAP, アドヒアランス, 湿度, 加湿器
緒言
閉塞型睡眠時無呼吸(OSA)の治療法としてはCPAPが最も有効であり第一選
択となっている. しかし必ずしもアドヒアランスが高いとは言えない1)~3).
その理由としては鼻マスク接触による圧迫感や空気圧に対する違和感, 鼻汁,
鼻閉や鼻腔, 口腔および咽頭腔の乾燥感などがある。そのうち最も多い副作用
は上気道の乾燥感であり, CPAP使用患者の30%から66%に認められると報告
されている4)~8). 特に我が国においては冬季において湿度の低下により,
これらの部位の乾燥感が出やすい. CPAPに加湿器を装着することにより, 乾燥
による上気道の症状が軽快し, コンプライアンス(1日あたりの使用時間)が向
上したとの報告がある9)~11). さらに加温加湿によりCPAP使用100日後のア
ドヒアランスが有意に改善し, 夏期,冬期開始による差はなかったとの報告もあ
る11). 加温加湿器の必要な時期を同定するためにも, マスク内の温度, 湿度の
季節変動についての検討が必要と考えられる. そこで同一人物について実際に
CPAPを春夏秋冬使用し,室内, チューブ内およびマスク内の温度, 湿度がどの
ように変化するかについて比較検討した.
対象, 方法
対象は60才健康成人男性1名である(. 私自身が被験者)。測定は自宅6畳のフローリングの寝室
の布団上で行い, エアコンや扇風機などは使用せず, 窓やドアも閉め切った状
態にした. 春夏秋冬(3~4, 7~8, 10~11, 1月)の各季節に5日間CPAPを装着し,
装着前および装着後10分ごとに90分目まで, 室内, チューブ内およびマスク
内の温度と相対湿度を測定した. 温度湿度計は(株)エーアンドディ社製の外部
センサ付温湿度計(AD-5648A)を使用した. 3mのコードの先端に外部センサが
付いている. 外部センサは筒状で直径15×10mm, 長さ45mmであり, チュー
ブおよびマスク内に設置可能である. このセンサをチューブ内のマスク端から
30cmの位置に設置し, 同じセンサをマスク内にも設置した. CPAP装置はフィ
リップス・レスピロニクス社製のSystem Oneを用いた. CPAP圧は開始60分
までは8pH2Oとし, 70分から90分までは14pH2Oとした. 統計学的解析
はEZR(Easy R)を用い, 対応のある3群以上の平均値の比較, 反復測定の分散
分析(repeated measures ANOVA)にて実施した. 2組間の多群比較にはHolm
の多重比較を用いた.
成績, 結果
図1は室内における温度と相対湿度の年内変動である. 温度は当然のごとく
夏高く冬に低い. 相対湿度は夏高く冬低いが,春においても低かった. 以下湿度
とは相対湿度のことである.図2は室内における温度と湿度のCPAP前後の時間
経過である.室内温度の時間経過には季節間にて有意差があった(P<0.001).
夏に高く, 次に春, 秋であり冬が最も低かった. 春と秋間には有意差を認めなか
った. 室内湿度の時間経過には季節間にて有意差があった(P<0.001). 夏に高く,
次に秋で, 春, 冬が最も低かった. 各季節間で交互作用を認め, 春, 冬では時間
経過と共に低下した(P<0.001). 図3はチューブ内における温度と湿度のCPAP
前後の時間経過である. チューブ内温度の時間経過には季節間にて有意差があ
った(P<0.001). チューブ内温度の時間経過は夏に高く, 次に春, 秋で, 冬が最
も低かった. 春と秋間には有意差を認めなかった. 多群間比較ではCPAP開始
10分後には前と比べて有意に上昇した. また70分以降で60分以前と比べて有
意に高かった. 交互作用を認め, 時間と共に温度が上昇した(P<0.001).
チュー
ブ内湿度の時間経過は季節間にて有意差があった(P<0.001). 夏に高く, 次に秋
で, 春, 冬が最も低かった. 多群間比較ではCPAP開始10分後には前と比べて
有意に低下した. また70分以降で60分以前と比べて有意に低かった. 交互作
用を認め時間経過と共に湿度が低下した(P<0.05). 図4はマスク内における温
度と湿度のCPAP前後の時間経過である. マスク内温度の時間経過には季節間
にて有意差があった(P<0.001). 夏に高く, 次に春, 秋の順で, 冬が最も低かっ
た. 春, 秋間には有意差を認めなかった. 多群比較ではCPAP開始10分後には
前と比べて有意に上昇した. 交互作用を認め, 時間と共に温度が上昇した
(P<0.001). マスク内湿度の時間経過は季節間にて有意差があった(P<0.001).
夏に高く, 次に秋で, 春, 冬が最も低かった. 多群比較ではCPAP開始10分後
には前と比べて有意に低下した. また70分以降で60分以前と比べて有意に低
かった. 交互作用を認め時間経過と共に湿度は低下した(P<0.01). マスク内温
度は夏では使用前30.4±1.5℃(mean±SD, 以下同様)から90分後34.5±1.5℃
と約4.1℃の上昇であるのに対し,冬では使用前11.8±0.5℃から90分後17.0±
0.7℃と約5.2℃の上昇であった. マスク内湿度は夏では使用前63.0±3.7%から
90分後51.7±3.0%と約11.3%低下したが, 冬では使用前51.5±5.0%から36.6
±2.7%と約14.9%とより低下していた. 春も冬と同様の変化であった.グラフは
省くが, どの季節においても最低湿度は, 室内, チューブ内, マスク内の順に低
くなっていた(冬P<0.01, 春, 夏, 秋P<0.001).
考察
OSAの頻度は当初一般住民の1.7%(男性の3.3%, 女性の0.5%)と低いと考え
られていたが12), その後某企業健常者従業員の7.9%に認めたとの報告があり
13), 最近では23才から59才の男性労働者の22.3%に認めたとの報告もある
14). OSAでは高血圧合併のリスクが高く15), 心臓血管系の疾患, 心不全および
脳血管疾患の合併が多い16), また炎症性マーカーを誘導し,インスリン抵抗性
を起すとも考えられている17). OSAは全身性疾患といっても過言ではない. ま
た日中眠気による交通事故発生率も高く18)社会的にも問題となっている.
SullivanらのOSAにCPAPが有効であったとの報告19)以来, CPAPがOSA
治療の主流となっている. CPAP治療患者数は2016年6月時点で43.1万人と
報告されている20).しかしアドヒアランスは必ずしも高くなく21,22), CPAPを
継続できるかどうかが, OSA治療成功の鍵となる. CPAP中止の原因としては,
マスクやヘッドバンドに対する違和感, 空気圧に対する違和感および鼻汁, 鼻
閉や鼻腔, 口腔および咽頭腔の乾燥感などがある。そのうち最も多い副作用は上
気道の乾燥感であり, CPAP使用患者の30から66%が経験していると報告され
ている23~27). 上気道の乾燥感への対策として, CPAP装置に加温加湿器を装
着する方法がある. その有用性についても報告されている. Massieらの報告で
は, 加温加湿器使用群では非使用群に比べ口腔, 咽頭の乾燥感の程度が有意に
小さく, CPAPの1日あたりの平均使用時間が有意に長かった. さらに加温加湿
器使用群では, 非使用群および加温なし加湿のみ使用群に比べて起床時の爽快
感がより強く感じられた. しかしESS(Epworth Sleepiness Scale)には変化を認
めなかった28). GuntherらはIn vivoにおいて2種類の加温加湿器の効果を室
内にて検討した. 22.5±2.1℃(mean±SD, 以下同様)の室温下においてチューブ
内の湿度は, 加湿器なしで45.6±10.1%, 加温加湿器ありで99.0±1.0%であっ
た. 2種類の加温加湿器間に差はなかった. チューブ内の温度と湿度は,開始10
分後に安定した29). 私共の研究においても同様に開始10分後にほぼ安定した.
小野らはCPAP使用患者217例において加湿あり群と加湿なし群をレトロスペ
クティブに解析した. 治療開始100日後の治療継続率は加湿あり群が96.0%, 加
湿なし群が88.2%で有意差を認めた. CPAP開始季節による治療継続率は, 加湿
あり群, 加湿なし群および両軍を併せた全体でも, 夏開始群と冬開始群との間
に有意差を認めなかった. 以上より季節に関係なくCPAP導入時より加温加湿
器を使用することを推奨している11).
加温加湿器の必要性を知るためには, マスク内およびチューブ内の温度, 湿
度の季節変動についての検討が必要であるが, その報告は見当たらない. そこ
で今回これらについて比較検討した. 当いわき市は東北地方の最南端で太平洋
に面していて, 冬温暖で日照時間が長く降雪もほとんどない乾燥した気象条件
である. 室温, 室内湿度の年内変動は夏高く,冬低かった. CPAP開始後の室内温
度の時間経過を見ると夏高く冬低く. 春, 秋はその中間であり両者に変化を認
めなかった. 一方湿度は夏高く冬低いが, 春においても冬と同等に低下してい
た. 相対湿度は温度が上昇すると低下するが30), 春,秋で室温に差がないのに,
春において湿度が冬と同じく低下していた理由は不明である. 気象上, 春は秋
に比べて外気の飽和水蒸気量が減少しているのかもしれない. チューブ内の温
度は各季節において10分後には上昇し安定し, 70分目からさらに上昇した. 70
分目から圧を上げた影響かどうかは不明である. チューブ内の湿度は各季節に
おいて10分後には低下しほぼ安定し, 70分目からさらに低下した. この湿度の
低下は, チューブ内の温度の上昇による影響と室内における湿度の低下の影響
の両者が関わっていると考えられる. マスク内の温度は各季節においてチュ
ーブ内と同様に10分後に上昇し安定し, 70分目からさらに上昇した. その上
昇の程度はチューブ内より大きかった. これはマスク内の方が呼気の高い温度
の影響をより受けやすいためと考えられる. マスク内の温度に春, 秋間で有意
差を認めなかった. マスク内の湿度は各季節において10分後には低下し安定し,
70分目からさらに低下した。その低下の程度はチューブ内より大きかった. 夏
のマスク内のCPAP使用中の最低湿度は約52%であり, 適度な湿度で違和感を
感じにくいと思われる. 一方冬のマスク内のCPAP使用中の最低湿度は, 約
37%と著明に低下しており, 鼻腔, 口腔および咽頭腔の乾燥感が出現しやすい
と考えられる. 注目すべきは春でも冬と同等に湿度が低下していた事である。
以上より気候的に当地方に類似している地域においては,CPAP治療のアドヒ
アランスを上げるためには,冬のみならず春にもCPAP治療には加温加湿器の
使用が必要であると考えられた. 当院ではこの結論に鑑み, 冬および春に
CPAPを開始する患者には, 全例加温加湿器を導入時から使用することにした.
また加温加湿器を未使用の患者にも冬から春にかけては, その使用を推奨する
ことにした. そのCPAP治療のアドヒアランスに対する効果については今後検
討していきたい.
図1室内の温度と湿度の年内変動




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