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2005年03月■(前の月)■01日 「つばさエンド」を探す旅(その1) ■01日 メイドさんを語る人たち ■04日 あのハードは今 ■06日 ゲームショップに行くのは楽しいか? ■06日 週末 ■18日 大阪 ■19日 DC版AIR □(次の月) ※日付横の■をクリックするとPageTopに戻ることができます。 ■03月01日 「つばさエンド」を探す旅(その1)私の名はプリンス。いつも純菜ばかり実験していたが、そろそろ、あのちょこまかしたガキにもしっかりとお仕置きをしてやらないとな! さて、先日にも予告した通り、「流星天使プリマヴェールV」(Escu:de、2002)の「つばさエンド」を確認すべくプレイ日記を書いていこうと思う。 あまり時間が取れないので、少しずつ進めていく予定。通しでのプレイは数年ぶりなので、作戦ポイントが集められるかどうか自信が無かったりする。まずは頑張ろう。 ----- 2週目のそこそこ体力が上がったら、外出してプレゼントを一通り購入。あと、開発室で洗脳薬と投資を少々。ちはるから「アンタの投資はこの程度ね」と馬鹿にされる・・・・あとで絶対に犯したる。 《1ヶ月目15日終了》 久しぶりのプレイにしては良い成績だと思う。できれば300ポイントに到達したかった。アナルLv.3を目指すべきかどうか迷うが、今回はポイント狙いに徹して、アナル開発は後回しにしようと決める。 1ヶ月目後半。早々にスライムの開発に成功。一気に被虐の上昇率がアップする。このゲームでは純菜の体力さえ無視できるなら、道具を使ったほうがパラメータの成長が早いことを再確認した。純菜の体力は後半に上昇していくことを考え合わせると、道具の開発で後半の育成密度を高めていくのは、ゲームのダレを防ぐ良い手法だと思う。 本当はこの辺から純菜にプレゼント攻勢をかけるべきなのだが、今回は必要ないので無視しておく。できるだけ最低限の条件にしておかないと、失敗したときの切り分けができないし。念のため、ぬいぐるみだけ渡しておく。 《1ヶ月目30日終了》 愛情と?が100を超えないことを心がけたが、調教序盤に道具全部とオナニーを実行しておけば大丈夫そうだ。後半はもっと道具が増えるし。 (今後の方針) ----- ■03月01日 メイドさんを語る人たち昔のブックマークを整理していたら出てきたのでURLメモ。 東京大学メイド研究会 INFOを読むとサイト開設は2000年4月頃というから、足かけ5年もメイドに打ち込んでいたことになる。たしか立ち上げ当初は、大学名とメイドという奇妙な取り合わせで話題になったものの、どちらかというとキワモノ的な、何をしたいのか良く分からないサイトといった評価だと記憶している。それがいつのまにかコンテンツも充実し、冊子を発行し、学祭やコミケにまで活動の幅を広げているのだから、継続は力だなと改めて思う。 5年近くもメイドさんのことを考えているのだから、さぞや一家言をお持ちだろうと思っていたら、びっくりするほど奥手な人たちだった。
決め付けは軽率だそうだ。おそらく、決め付けたら収拾がつかないから・・・・ではなくて、私たちが「実体としてのメイド」を知らないからだろう。 ちなみに、「家政婦」の定義は職業安定法施行規則に記載されている。
これをメイドの仕事としても、さほど違和感がないようにも見えるが、いわゆる虚像としてのメイドに到達するには、やっぱり間に相当な想像力が必要な気がする(仕事それ以外の何か――服装? 振る舞い?――を補わなくてはいけない点で)。 さて、はっきりとしたメイド像がつかめない以上、慎重な判断を促すのは誠実な態度とすべきだろう。ただし、だからメイドのイメージを勝手に決め付けるのは軽率だとするのは早計だ。というのも、誰も知らない存在である以上、彼女について語るのは、多かれ少なかれ軽率な行為(決め付け)なのだから。何らかのイメージが流通しているのであれば、そこにある言葉に着目し、ひとつのルールの下で討論するくらいのほうが、得るものがあるのではないか。少なくとも、メイドに何らかの共通認識が成り立つ理由を、単なるフィーリングでなく知ることはできるだろう。 最後に個人的な思い付きを書いておくと、家政婦がこれまで受け入れられてきた歴史を紐解いていけば、日本におけるメイド認識の背景が見えてきそうな気がする。職業上の主従関係と性差が結びつきがちな業種は、古今を問わず性的な物語の対象とされてしまうのか? それは洋の東西で違いはあるのか? そして、性的な結びつきを追求するはずが、逆に「メイドの記号性」に重きを置かれてしまうような倒錯した事態は、これまでにも存在していたのか? メイドさんを研究するという態度に、アダルトゲームで記号化された少女たちを愛でるのと同じ構造を見てしまうとまで言うのは、さすがに失礼な話だと思うけれども。 ■03月04日 あのハードは今 そういえば、LEAFが出した携帯ゲーム機があったなあと思った。 製品発売日:2001年11月30日 3年近い歴史から、美少女ゲームに与えるものはあったのだろうか? ■03月06日 ゲームショップに行くのは楽しいか? 週末に秋葉原のSofmap1号店に行く。フロアをぐるりと一回りして、しみじみ人が少なくなったと思った。フロア全体で10人弱だろうか。そのほとんどが平台の新作を見ている。棚に並んだ旧作ゲームを見ている人はほとんどいなかった。 次にLAOXのASOBITCITY(2番館)に入る。地下1階のアダルトゲームフロアにはそこそこ人がいたが、その多くは奥の壁際にあるDVDビデオに向いている。以前ならフロアの大半を占めていたゲームの棚も、いまや半分以上がDVDに取って代わられている。 少し歩いてメッセサンオーまで足を伸ばす。中央通沿いに華やかに飾りつけられたポスターを目印に人が集まるのは相変わらずだ。金曜日に売り切れて、次回入荷日を告知するPOPも目に付いた。けれども、賑やかなのは入口に入って数メートルの新作売り場だけで、そこから奥に行く人はいなかった。 裏路地に回って紙風船を見ておく。雑居ビルの1Fに中古ソフトが並んでいる。数年前、ビル2階にあった売場の一部を移し、こぢんまりとした掘り出し物コーナーとしていたのが、いまや入口を全て開け放した見本市のような様相を呈している。往時は小さな電気ストーブで店員が寒さをしのいでいたはずなのに、この日は入り口を開け放しても、寒さを感じることはなかった。エアコンが強力なのだろうか。 この人の流れ――決してゲームに人が集まらないわけではない。また、発売日明けの1日を切り出して一般論を語るのは乱暴だろう。ここから「今の新作は店舗に人を引き付ける力が弱まっている」と書くのであれば、もっと客観的な指標がほしい。 いや実のところ、楽しくないという感情はけっこう前からあった。新作の載った平台は見ても、そこから先の売場に進まなくなって随分になる。ただ、それは単純に年を取ったから、ゲームをなかなか買わなくなったから、同じショップに行き過ぎてスレてしまったからだと、そう思っていた。 新品を扱うショップは楽しくない。 どうして? 新品を扱うショップには「新作」しかないからだ。 ここで過去を思い出してみる。2001年くらいまでなら、新品中古屋関係なく、どのゲーム屋も見ていて楽しかった。むしろ新品売場のほうが勢いがあった。平台の新作がある。少しずつ増えてきたサントラCDの棚がある。日々出版される雑誌やムックがある。そしてゲームの棚には、Windows95が登場して以来の5〜6年分を耐え抜いた個性豊かなゲームたちがいる・・・・。 ゲームショップで選べる新品の幅が小さくなっている。DVDに売り場を取られ、Windows xpの普及がWindows 9x時代のソフトに引導を渡したことが背景にあるのだろう。ひところの在庫大量処分の後、ショップの棚が整理されたことを思い出す。それに伴い、旧作の棚を見る楽しさ、ロングセラーだけが持つ、新作にない魅力を発見する楽しさは確実に減ってしまった。 あまり健全な状態とは思えない。これからxp対応ソフトが増えて、ロングセラーが蓄積されれば、新品ソフトの売り場にも賑わいが取り戻されるかもしれないが、そこまで待てるだろうか。何より、最新作を手に取りながら、思わぬ旧作を見つけてついでに買うといったハプニングが望めないのがつらい。消費者(つまり私)の目が肥えることが、ひいてはゲームをプレイし続ける――上得意客になる――原動力となると思っているのだが。 もっとも、ネット通販やダウンロード販売が盛んになっている現状からすれば、店頭の充実を声高に叫ぶこともナンセンスなのかもしれない。売場でゲームを見比べる行為がネット上で再現されるような時代が来るとしたら、もう秋葉原に過剰な期待をかける必要すらなくなるだろう。それはそれで寂しい話だとしても。 ■03月06日 週末 週末は資料整理。 ここ数週間か資料整理の時間が取れなかった反動で、未整理のチラシが増加している。危ない。 ■03月18日 大阪しばらく大阪に行っていた。 朝の大阪駅は曇り空だった。遠くにヨドバシカメラが見える。灰色の無愛想な壁面には、空白を紛らわしたいのか、何本かの垂れ幕とツバメの絵が埋め込まれていた。これが半年後の秋葉原の写し絵になっていることを思うと気が重くなってくる。 午後に人と待ち合わせるまで特に用事はない。10時を過れば日本橋の電気街で時間をつぶす手もあったが、少し時間が早すぎた。特に考える間もないまま、ひとつ列車を乗り換えて四天王寺前という駅を降りた。聖徳太子が創建したと伝えられる古い寺を冠した駅名に、観光客気分をそそられたのかもしれない。 地上に出ると、大通りの向こう側の空が広々と横たわっている。梅田の喧騒や高層ビルの一群から数キロと離れていないはずなのに。おそらく、いま立っている場所が、ほとんど平野ばかりの大阪市街の中でわずかに盛り上がる台地の南端に位置しているからだろう。上町台地と呼ばれる南北に広がる一帯は、大阪の中でも寺院が集まる場所として知られた場所でもある。 300m四方に渡る境内は、都会の中とは思えないくらいの静かな場所だった。 宝物殿に入ってみた。こじんまりとした館内で目を引いたのは、国宝の「扇面法華経冊子」だった。経文が記された扇形の和紙に平安貴族の情景が描かれている。文机にもたれかかる女性に文を読む男性の姿。館の庇にいる女性を庭から垣間見る男性・・・・用途からすると、ふさわしい背景とはとても思えないのに、生き生きとした筆致で描かれているのが妙におかしかった。男女の交わりを絵の中に記したいという欲求は、古今を問わず強いものであったのだろう。 見て回っているうちに、日本橋を見ている暇がなくなってしまった。仕方がないので梅田に戻り、Sofmapギガストア梅田店を早足で回ってみた。ここには小さいながらもアダルトゲームのコーナーがある。およそ1000年を一足飛びにして、現在の美少女たちを見るギャップに目がくらみそうになる。 時間のせいか、売り場には人気が無かった。ややくたびれた感のあるAliceSoftのグッズを収めたショーケースの前で、投売り状態の「アリスの館7」(2004)が積まれていたのが、見ていてもの悲しかった。 ■03月19日 DC版AIRそこには二次元ヒロインの記号性をビジュアルから分離し、別のビジュアルに再構成していく可能性の極北がある・・・・かもしれない。 ▲PageTop |