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>(書評)趣都の誕生 萌える都市アキハバラ
(書評)趣都の誕生 萌える都市アキハバラ
それまで得体の知れないムーブメントとして捉えられていた秋葉原の変化を、オタクの行動から捕え直した本である。 それまでのアキバ本といえば、ジャンル別のショップ案内といった売り手の論理で書かれていたものが主流だった。そして、秋葉原の町の変化については、店舗の動きを追うだけで精一杯だったように思える。一方、実際にゲームやゲームグッズを目的にしている者からすれば、購入のチャンネルが増えることに夢中になっていて、立ち止まって自分の姿を省みている余裕がなかった。また、電気街もしくは電脳街という通称が定着していたことも、変化の実態をあいまいなものにしていたに違いない。そんな状態だったから、90年代後半になってゲームグッズが少しずつ秋葉原の町を埋めていく状態を目の前にしても、「ごく一部の変化」あるいは「秋葉原らしさ」以上の反応が無かったし、そこに集まる人たちに対する議論も、いわゆる社会現象として見たオタク論に留まってしまったように思う。 だからこそ、それまで分けて考えられてきた要素を、ひとつの土台に載せて議論しなおすことには価値があったと思う。して、そこで改めて分かったのは、資本の論理に裏付けられた、売り手の意図によって集積してきた商業地が、逆に買う側の振る舞いによって変質していく実例だった。それが、「趣都の誕生」という言葉の意味するところだろう。 ■本書の構成本書の構成は、秋葉原に関わる2つの要素について交互に論じることから始まる。ひとつは売る側――秋葉原における商業空間の変化――であり、もうひとつは買う側――そこに集まる消費者(=オタク層)の特長――について。ただし、序盤こそ秋葉原の変化や商業ビルテナントの変遷といった、売る側に沿った現象面への言及が含まれているが、主とすべき点は、買う側(オタク)の振る舞いに対する考察と、買う側の論理が秋葉原でどのように象徴化されているのかという議論だろう。 秋葉原とオタクとの結びつきについては、人格の地理的な偏在という認識に基づく次のフレーズが象徴している。
この寓話は、オタクがどちらかというと外見を気にしない、虚構(キャラクター)のよる内面の充足を嗜好しがちな点を示したものだ。本書では、このようなオタクの振る舞いを歴史的、あるいは商業的な側面から語っていく。マクロな視点の連続は、ともすれば秋葉原の外の出来事が多く語られているようにも見受けられるが、読み進むうちに、それらの要素が秋葉原の中に象徴されていくプロセスを確認することができるだろう。
■オタク的な行為が試されるときさて、本書では、必ずしもオタクを肯定あるいは「オタクとは何ぞや」といった定義論に踏み込んでいない(その点はあとがきでも明記されている)。秋葉原を変えているのはオタク的な「行為」であって、それは世に言うオタク層とは(おおむね一致しているけれども)必ずしも一致していないように思う。それは、いわゆるオタクの守備範囲の外にある出来事――機体にキャラクターをあしらった旅客機が飛び、公的施設がキッチュな建物に生まれ変わるような事態――に対しても、秋葉原から延長したような視線を向けていることからも、読み取ることができる。
しかし、一方で、秋葉原がオタク的な行為を許すだけの特異な環境にあった点は記すべきだろう。それは、もともとの電気街・電脳街というプロフィールがオタクと親和性が高かった点だけではない。他の場所でも指摘されているように、秋葉原の立地やそこにある雑居ビル群といった空間的な特性が、二重三重もの「個室空間の延長」を可能にしていたのではないか。そういった環境が欠けている場所でも、オタク的な行為によって変化は生じうるのだろうか――サティアンといった特異な現象としてでなく――という点は、まだ明らかではなさそうだ。整然としたテーマパークやショッピングモールの隆盛を見ると、どちらかというと、秋葉原からは対極にあるディズニーランド的な、資本の理論が優先された街づくりのほうが、今のところ好まれているのかもしれない。 そして秋葉原も変わりつつある。90年代の変化から10数年。秋葉原で行われている再開発の動きが「個室空間の延長」といった個の密室性を保つことと相反していることは、このサイトでも指摘してきた。ただし、オタク的な「行為」が一過性のものでない、より広範な時代性なり社会性なりを背負うものであるならば、より洗練された別の形で「趣都の再生産」が行われる可能性だってある。それくらいの希望的観測は許されるだろう。 秋葉原に足を向けることを好む一人としては、できれば再開発といった外発的な影響でない形で、趣都の変化やオタク的な行為の行く末を見届けたかった。とはいえ、オタク的な行為が外から試される興味深い時期を見ておきたいという気分も、強かったりする。 ▲PageTop |