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■福島通信:その39(09.12.18)男はつらいよ
11月20日、太宰久雄さん死去(胃がん)享年74歳。渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」(山田洋次監督)の名脇役「タコ社長」役の俳優でした。
映画「男はつらいよ」は、私にとって格別の思い入れがあります。気象庁に勤務していた1979年(昭和54年)、私は海洋気象観測船「凌風丸」事務長として乗船しました。今だから言えるのですが、前任事務長が病気下船し、その回復をまっている間に船の事務関係の仕事がメチャクチャになり、その収拾のために派遣されたのです。勤務表も、物品管理簿もつけてなく、一言で言えば一年間の事務がブランクになっていました。会計検査があれば一発でアウトです。前年度の資料を整理しながら、今年度の仕事を並行処理しなければならない。初航海が一月の大シケの中、赤道を越えて30日に及ぶ西太平洋航海です。船酔いに苦しみながら、初めてお目にかかる資料を前にして、どこから手をつければいいのか、一週間ほどはただ茫然とと過ごしました。まさにノイローゼ寸前、「おれ、いつ発狂するのかな」と思うと眠れず。深夜、デッキにでて、舷側に砕ける白い波頭を見ながら「ここで飛び込んだら楽になるかな」とマジで考えたりしました。それが実行できなかったのは、やはり拳法の仲間の顔を思い浮かべたからです。ここで死んだら、これまでのおれの修行は何だったのか、という声が頭の中に響きました。
当時、太平洋の真中ではテレビもラジオも受信できず、もちろん船舶電話も通じません。娯楽といえばキャビンにあるビデオだけ。私はここで「男はつらいよ」に出会ったのです。ほんとのことをいえば、これまで娯楽映画というものを私はバカにしていたのですが、この映画だけは砂漠に水がしみこむように私の心に潤いを与えてくれました。《男はつらいよ》私はつぶやきながら、何度一人でこのビデオを見たことでしょうか。それ以来、私はこの映画の熱狂的ファンになりました。
こんなことを書くのが本筋ではありません。太宰さんの生きざまです。(死にさま、が正しいのか?)自分の死を伏せた渥美清さんを、限りなく尊敬していた太宰さんは遺書に記しました。『葬式無用。弔問供物辞すること、生者は死者のため煩わらさるべからず』
彼の死が新聞に裁つたのは10日後。団子屋「とらや」のおばあちゃん・三崎千恵子さんに「このまま伏せておくのはどうかしら」といわれたと言われた雅子夫人が松竹(映画会社)に相談してのことでした。
「よお。社長!」「何だ。寅さんかい。おかえり」「うん。ところで景気はどうだい」「いやあ。相変わらずひでえもんだよ」。目をつぶると今でも私の頭の中にこんな会話が飛び交います。
「類は友を呼ぶ」と言いますが、一人の人間の生き方は、そのまま他人に伝わります。渥美清さんと太宰久雄さんの友情がまさにそれでしょう。それは《半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを》の精神に帰納します。
拳法をやっていなければ、海の中に飛び込んでいたかもしれない私も、この11月で66歳になりました。悟りにはほど遠い自分、いや悟れないからこそ自分の生活を大切にしたい、と思ったりしています。
《男はつらいよ》仕事をしながらの拳法修行。そんなこともありましょう。しかし、辛さのなかに喜びを見いだすのもまた拳法なのです。
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■福島通信:その40(11.01.19)毒について
1998年、つまり昨年のことですが日本漢字能力検定協会は「今年の漢字」として『毒』を選びました。7月、和歌山市園部で起きた毒入りカレー事件。誘発されるようにその後、飲食物への毒物・薬品混入事件が全国規模で続発したからでしょう。砒素、アジ化ナトリウム、青酸化合物、殺虫剤、クレゾール、漂白剤、カドミウム、ガソリン……まさに多種多様、何でもあり、の物凄さ。また昨年は、日本列島総不況の中で、銀行まで含めた倒産や強盗・殺人などの社会の『毒』が噴出した年でもありました。多発したハイテク犯罪も、犯人が姿を見せないという陰湿さで毒薬犯と共通しています。
今年にはいって発覚した神奈川県の伝言ダイアル事件や、インターネットがらみの毒物宅配事件など、まだまだ『毒』の関連の事件はおさまりそうもありません。毒殺犯の70%は女性という、かつての統計結果も、今や男が参入した性無差別の時代となった感があります。
天才作家・澁澤龍彦さんは著作「毒薬の手帖」で、人間の歴史が毒殺の歴史である
ことを身の毛がよだつようなエピソードで教えてくれます。東洋やエジプトで開発され、西欧社会に伝来した毒薬が、特にヨーロッパ宮廷の毒殺の歴史を演出した訳で、有名な「ボルジア家の毒薬」等多くの記録が残されています。蛇足ですが、先日テレビで「ヨーロッパで、銀のスプーンが使われ、食物としてタマネギを多用するのは毒物により変色すると信じられていたから」とのこと。毎日の食事をビクビクしながら食べていた貴族たちが哀れに思えました。
兵器の発達した二十世紀は、大量殺戮の時代といわれますが、それよりも問題となるものに近代科学の生んだ多くの有害化学物質(毒)による被害があります。ある種の医薬品、食品添加物、洗剤、農薬、殺虫剤、人工の放射性物質など「人類が作り出した最悪の毒物」といわれるダイオキシンはその典型でしょう。美しかった地球は、今や巨大な汚染物質の貯蔵場所になりつつあります。そのことを考えれば《1999年の7の月、恐怖の大王が空から降ってくるだろう》というノストラダムスの大予言も、決してふしぎではない現実味をおぴてくるのです。
「自然は祖先から与えられたものではない。子孫からの借物である」とはアメリカの先住民族の言葉ですが、我々はこの言葉をも一度噛みしなければなりません。この言葉は「自然」だけでなく「社会」にも当てはまりましょう。「毒のある自然」「毒のある社会」を抹殺することが私たち拳士の務めです。手遅れになってはどうしようもない。
今年こそ人間の英知を結集する最後のチャンスだと、私は考えています。地球なくして理想郷建設はないからです。
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■福島通信:その41(11.03.03)推敲(すいこう)
この頃「教範」を読み返すことが多くなりました。福島にきて、はや六年。法縁あって、現在三カ所の道院・支部の稽古に参座、そこで実技についての質問や、毎回頼まれる十分程度の法話のために、しっかり復習する必要があるからです。しのび寄る老いは、やはり確実に私の記憶力に衰えをもたらせています。これは仕方ありません。しかし、間違って教えてはいけない。私としては「怠らず、努めよ」の実践あるのみです。
そして教範を読みながら、ふと思います。開祖は、この膨大な文章をまとめるため、どれほど入念に推敲されたろうか、と。私もヘッポコではありますが詩人のはしくれ。拳を教えるかたわら、寸暇を惜しんで推敲された開祖の面影をしのびながら、胸が熱くなる思いがします。
推敲とは、いい文章を書くために何度も考え、作り直して、苦心すること(岩波国語辞典)。つまり、唐の詩人・賈島(かとう)が《鳥は宿る池辺の樹、僧は推す月下の門》という詩のなかで《推す》がいいか《敲く》がいいか夢中になって考えているうちに、乗っていたロバが、当時の政府高官で詩人だった韓愈(かんゆ)の行列につこんでしまった。護衛の者に捕まった賈島が事情を話して詫びると、しばらく考えていた韓愈は「それは《敲く》がよい」といったという故事によります。
人生はたくさんの出来事の連続で、その中にはいろいろ考えさせられる事件があるはず。特に私たちには理想郷建設という使命がある以上、人類規模の見地から考え抜いて行動しなければならない。その考えることが一つの推敲えではないか、と思うようになりました。そして、推敲することの、なんと多いことか。
たとえば人口問題、これは食糧・環境問題に関連しますが、西暦元年頃3億人だった地球の人口が、今年の10月には60億人に達し、2050年には90億人を超えると試算されています。まさに爆発的な増加です。これに対して、現在でさえ7億8千万の人が栄養失調の状況にある食糧問題はさらに深刻になります。地球で生産される食糧で、最低維持できる限界は80億人といわれ、昔の大飢饉の地獄絵図の出現にもなりかねない。これが私だけの杞憂であればいいのですが……
また食糧問題に関連して、遺伝子組換えや、細胞融合などのバイオ技術を駆使した遺伝子操作食品など、まだまだ安全面での「推敲」が必要な事例でしょう。
2月28目には臓器移植法(1997年10月施行)初の脳死患者からの心臓・肺・肝臓・腎臓・角膜の移植が行われました。死の尊厳を踏みにじるような「非人間的」な報道に遺族から強い抗議が出されたのは皆様ご存じのとおり。プライバシーへの配慮と取材・報道のせめぎあい。やはり「人」を「物」とみるような視点であってはいけないのだ、と思いました。この辺りも、メディア・厚生省・臓器移植ネットワークそれぞれ「推敲」する余地がありましょう。
教範からずいぶん話しがとびましたけれど、理想郷実現という開祖の遺志を引き継ぐために、私たちはあらゆる分野において「推敲」をしなければならないと思うのです。
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■福島通信:その42(11.04.27)ハグ・hug・抱きしめる
4月24日の朝日新聞『声』欄に「子どもを包むハグの温かさ」という一文が載っていました。浦和市に住む主婦・大関壽子さんの投書です。
大関さんがイギリスの小学校で臨時の講師をしていた時のエピソードで、授業が終ると、一人の少女が担任の女性教師の前に進みでて何かをささやく。するとその教師は腕の中に包みこむように抱きしめてあげる。原文は次のように続きます。
『教師が生徒の願いを聞き、彼女をハグして(抱きしめて)あげたのです。すると他の子どもたちも、競うように先生からのハグを求め'て列を作りました。私は一瞬、カルチャーショックを受けましたが、子どもたちの喜ぶ様子を見ていると、それが自然な行為なのだと、心打たれました。そのうち、新米教師の私にも、子どもたちがハグを求めて来るではありませんか。咲くその願いを受けて抱きしめると、あまりに小さく、はかなく、そして温かい彼らのぬくもりが伝わってきて、守ってあげなけれぱという気持ちがわきあがってくるのでした。教師としての自分の責任の重さとともに、やりがいも感じました。痛ましい事件事故が、ひきも切らずに紙面で伝えられますが、恵まれていると思われがちな日本のこどもたちにも、あの温かいスキンシップの交流が、当たり前のように、増えてほしいと願わずにはいられません。抱きしめてあげることで、言葉では伝わらない、それ以上のものが通い合うはずだと信じています。』
《ハグ:hug、(通常、愛情をもって)抱きしめる》
なぜ、わたしが大関さんの文章に引きつけられたのか、それは自分の経験にダブッてくるからです。6年前、実業団を卒業して福島にきた私は、当初、自分の健康状態もあって少年部専任となりました。少年拳士の中には父親のいない子や、両親がいてもなんとなく愛情に飢えているような子が必ず何人かいます。稽古の合間に、そんな子どもたちは瞳を輝かせて、私にとびつき、ぶらさがったり、おんぶを要求したりしてきます。そんな子どもを、私は抱きしめて「今日はなにか良いことがあったか?」と聞くようにしていました。生きることが『苦』であればこそ、救い道や逃げ場が必要でありましょう。特に感受性の高い子どもなら、尚さら……。
修行ははきぴしく、日常生活はやさしく、というのが私のモットーです。最初の頃の少年拳士は、もう高校生か中学生。小柄な私が見上げなくてはならないほど大きく成長した子もいます。進学とかの事情で拳法をやめていった子も、どこかで会えば駈けよってきてくれます。
受験戦争に飲み込まれ、社会に出ても、技術偏重・人間不在という現象の中で、たとえ物質的・経済的に恵まれているとしても、現代の子どもたちは決して幸せとはいえません。現代社会における人の質の重要性は、開祖が少林寺を開創された頃より、もっと高まっています。だからこそ、理想境建設をめざす私たち拳士にかけられた期待は大きいはず。そのために私たちは、常に「人造りの道」という原点に帰らなければなりません。そのためには、弱者に対してのスキンシップ、ハグする心が必要なのです。
思えば、開祖が在世のみぎり、私たちが競って帰山しました。それは、あの大きく、温かく、そしてきびしい開祖の包容力にハグされたいからでした。私たちは、それを「充電していただく」といいました。
《ハグ・hug・抱きしめる》呪文のように唱えながら、今、私は開祖のツヤツヤした大きなボウズ頭をなつかしく思い出しています。
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■福島通信:その43(11.07.01)散りぬぺき時知りてこそ
転んでしまったのです。理髪店で一時間ばかりかけて散髪を終え、店を出て十メートルほど歩いて、つまずきました。トントンと二歩ばかりつんのめり、脱げた右足のサンダルがからまってバタンと倒れました。こんな無様な倒れ方は始めてです。『われ、老いたり』私は、苦笑しながら起き上がりました。さいわい、見ている人はいない。急いで家に帰ってすり、むいた左肘の傷の手当をしました。
最近、少し長く同じ姿勢を続けていると足の筋肉がその形のまま硬直します。たとえば一日8時間立っている仕事をしてから稽古に行くと、太ももの筋肉が張っていて半跏趺座が組めません。この場合、理髪店で座っているうちに筋肉の動きが悪くなっていたためでしよう。今の私には「ドッコイショ」と立ち上り、トントンと腰をたたいてから歩きだすオバアサンを笑うことはできません。それが理にかなっているからです。 つまずくのは、老いの典型的な症状。どうして、こんな恥ずかしい自分の老いをさらすのか。それは前に紹介したことのある三浦朱門さんの「いずれにせよ人生の絶頂は青春で、この時期の夢がある、というのは幻想でしかない。(中略)人生はどの年齢層にとっても美しい惑いに満ちているのである」という言葉を思い出したからです。
『美しい惑い』いい言葉ですね。最近、私は童話を勉強しています。拳法の修行だけでなく、子供たちに何かを伝えるために効果のある手段だと考えたからです。それなのに少しもいい作品を書いていない。
転んで、けがをして、ハッと気付きました。自分の人生、もう長くないんだよ。散る時は近いんだよ。今やっておかなければ、後悔するぞ。 生涯一挙士をつらぬきながら、『美しい惑い』に満ちて挑戦したい。そう思いました。結果を恐れては何もできません。
《散りぬぺき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ》
関ヶ原の戦いの折り、自害した細川ガラシヤ夫人の辞世の歌。私の好きな歌です。
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■福島通信:その44(11.09.01)杞憂(きゆう)−「防災の日」に思う−
8月17日未明、トルコ西部を襲った大地震は大きな被害をもたらしました。テレビ・ニュースをみると、耐震基準もなく建てられた家々が見る影もなく倒壊し、瓦礫の山となり、たくさんの人が亡くなっています。特に悲惨だったのは、生きながら家屋の下敷きになり、救出されなかった人が多かったこと。阪神大震災の時もそうでしたが、自然の力のもの凄さをあらためて感じました。被災者の方々に心から哀悼の意を表し、一刻も早い復旧を願うものです。
ところでその時、私は「杞憂」という言葉を思い出していました。古代中国・周の時代、杞(き)という国に心配性の男がいた。いつ天が落ちてくるか、地が崩れるかと、不安のあまり夜も眠れず、食事ものどを通らない。天は空気だから落ちてこない、地はしっかり固まっているから崩れない、といわれてやっと落ち着いた、という『列子』にあるお話。転じて、無用の心配とか、取越し苦労の意です。
もともと地というものは、ドロドロに溶けたマントルの上に張った皮のようなもの。マントルの動きによって大陸移動や造山運動をくりかえしている不安定な存在です。いつ地震が起きてもふしぎではありません。
天にしても同じ。オゾン層の破壊、二酸化炭素の増加による大気温度の上昇などによる天候異変(猛暑、酷寒、豪雨、大洪水など)が世界規模で起きています。『杞憂』を笑うことはできません。
グローバルな視点でみれば、人口、環境汚染・破壊、食糧、エネルギー(特に原子力)、水など、人類が当面する多くの問題は、どれをとっても今や限界に達し「人類滅亡」の危機にさしかかっています。そんな『杞憂』など、どこ吹く風、世界各地での局地戦争をはじめ、自分だけよけれぱ他人の痛みなど構わぬという風潮から生じる多くの事件。殺人、強盗、詐欺、暴力……なんでもありのすさまじさ。
開祖の言葉とおり『すべては人の質』にあります。『人造り』こそ、人類を救う唯一の道。そのために、私たち拳士はもっと『杞憂』しなければならない。防災の日に、ふとそんなことを思いました。
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■福島通信:その45(11.10.01)テクノストレス症候群
パソコン万能の時代です。パソコン音痴オヤジ族の一人として私は肩身のせまい思いで過ごしています。パソコンをマスターするまでの悪戦苦闘を考えると……だから進取の気持ちのない年寄りはダメなんですね。
ところで最近「テクノストレス症候群」が問題になっています。パソコン利用に伴う「テクノ不安症」と、過剰にのめりこむ「テクノ依存症」。
成城墨岡クリ三ック(東京・世田谷)の墨岡孝院長によれば「まだ開発途上の機械であるコンピューターに人間が振り回され、ストレスがたまり神経が疲れるのがテクノ不安症」で、目の疲れや肩こりなどの慢性疲労、手や指のしびれやけいれんなどの勁腕症候群、さらにひどくなると疲労性うつ病になるとのこと。そしてコンピューター機能がさらに進歩すれば「テクノ不安症」は減少するが、インターネット中毒など「テクノ依存症」の増加が問題になるだろうと推測しています。
日本の人口は約1億2千万人(4467万世帯)。郵政省によれば、今年3月のパソコン世帯普及率は32.6%(146O万世帯)、うちインターネット利用者は11%(490万世帯)だそうです。一方「パソコン先進国」アメリカでは人口2億5千万人、9960万世帯のうちパソコン普及率54%(5380万世帯)、インターネットの利用率が37%(3690世帯)。しかしアメリカの有力調査会社によれば、家庭でパソコンを使う人が5年前90%だったのに、今では50%に落ちたとのこと。職場でパソコンにこぎ使われ疲れて帰ったら、もう見るのもいや。自分の趣味や家族サービスに時間を使おうという風潮が出始めているらしい。
そのパソコンがなくなる、という記事をある新聞で読みました。
日本IBMのある社員の話では「キーボードをたたくタイプはもう旧式。もっと操作が簡単で、インターネットなどに接続できる『携帯型情報端末』や、そんな機能を内蔵した『新型テレビ』がまもなく出現する」とか。
いずれにせよ機械に人間が使われてはいけません。汗まみれになって拳法の修行する単純さこそ、人間的な満足感だと自分を慰めている今日この頃です。パソコンも使えない私のいうこと、あまり迫力はないけれど。
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■福島通信:その46(11.11.30)植える心切る心
最近、『木を植えた人』(ジャン・ジオノ著)を読み返しました。フランス・プロヴァンス地方の、野生のラベンダーしか生えない荒れた高地に50年近くも木を植え続け、人の住める立派な森林地帯を作った一人の羊飼いの物語です。誰に頼まれた訳でもなく、何の見返りも求めず、ただひたすら黙々とカシやブナの種をまき、苗を育て、植え続ける主人公エルゼアールの無償の行為。45年前に書かれたこの作品は、現代人の心にふしぎな平安をもたらし、励ましを与え、今でも世界各国で読み継がれているのです。あとがきの中に訳者・原みち子さんは、こう書いています。『本当に世を変えるのは、権力や富ではなく、また、数と力を頼む行動や声高な主張でもなく……粘り強く、無私な行為です』
木を植える人がいるなら、木を切る人もいます。
『ぼくは時々腹が立つ。木を切るのはけしからん、という人がいるんだ。森が育つためには、木を切らねばならないのに。混みすぎれぱ幹が育たないし、病気になりやすい』と、作家C・W・ニコルさん。
9月20目、東京・紀伊国屋ホールで行われた、飛騨のオークヴィレッジ代表・稲本正和さんとの公開対談で。稲本さんはいいます。『植えることも、ほおっておくことも、切ることも大切。1ヘクタールに大きい木な
ら五百本から千本あるのが良い森。日本ではふつう十万本もある。どの木を残すかは、美的センス、科学的なこと、それに経験の全部で判断しなければならない』ニコルさんは続けます。『森のためには良い木を残さなければ。国や会社は金目当てで、まず良い木から切って森全体の可能性を落してしまう』お二人の言葉は何事にもあてはまりそう。
植えることも、切ることも、木を愛し、森を育むため。人を育てる原点を見る思いは私だけでしょうか。
ちなみにオークヴィレッジは、稲本さん(54歳)が25年前に荒れ地を買い、最初の一本から木を植えた森で、鳥が93種類、クマが6頭いるとのこと。ニコルさん(59歳)は20年前来日、作家活動と共に、破壊された森や自然の再生運動に取り組んでおられます。 |