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過去の雑記を月毎にまとめて置いてあります。


花右京メイド隊、その魅力


適当に花右京をイメージして画像を製作。特にどれが何を表すとかいう類いのものではない。いわゆる“※画像はイメージです”というやつ。
花右京メイド隊について、その魅力を私なりにまとめてみる。作者もりしげ氏の過去の作品や、他のメイドの登場する作品などが引き合いに出されて論じられているのを見たことがあるが、今回はそれをしないことにした。
全く検討はずれなんだよバーロー!という意見もあるかと思うが、それを恐れずとりあえず書いてみたい。



男の欲望をくすぐる設定と内容

設定自体は平凡な中学生がある日突然、大金持ちの家の主人になってしまい、その家の屋敷には彼に御奉仕する美人のメイドさんが山ほどいるというもの。まぁ、漫画にはよくありそうな話。ここまでで、世のダンスィーの欲望はほぼ満たしている。自らが努力することなく金と女が転がり込んでくるという非現実的な妄想は男なら誰しも一度くらいは頭に浮かんだことがあるだろう。て、いきなり強引かなぁ?

私はこの欲望にストレートに訴えかけてくる設定に好感をもった。なんだかんだと現実的な設定を作って物語を複雑な物にするより、直球ど真中に投げ込んだ方がいい結果が得られる典型だ。それに加えて武術や軍事、アニメ、ネット・コンピュータ関連などの内容をスパイス的にちりばめて男の嗜好を広範囲にカバーする内容になっている。

作品「花右京メイド隊」は何かに似ているのか?
設定と内容だけを書き出してみると、いつかどこかで見たような気がするなぁ、という感じがしないでもない。私自身そんなに漫画もアニメもみないので最近のトレンドは良く知らないが、他作品の書評や感想などをたまに読むことがあるので、世の中に似たようなものが溢れているであろうことは何となくわかる。

ちょっと話は脱線するが、私が似ていると思った作品との類似点などをここでひとつ。その作品は見た目や時代、世界観は全く違うのだが、主要な部分が似ている。その作品とは横山光輝の「バビル2世」。アニメにもなった横山光輝の代表的な作品といってもいいだろう。さて、具体的に何が似ているのか。

共通点1.
主人公はごく平凡な学生でそれがある日突然、自分の思惑と関係なく強大な力と優秀な下僕を持つことになる。

共通点2.
人里離れた場所に、スーパーコンピュータで管理された建物に主人公と下僕だけで住んでいる。

共通点3.
2代目である。

共通点4.
主人公は突然手にした力や下僕の存在に戸惑いながらも自分のなすべきことを自覚していく。

以上、かなりこじつけ的な部分もあるが、私個人の考え方なので容赦いただきたい。
自分の意思をもたず主人の言葉に従う優秀な下僕の存在という点は、マリエルとロデム・ロプロス・ポセイドンがだぶってくる。人工知能を搭載しているとか、天才少女しか扱えないとか、匡体デザインとか多少の違いはあるがスーパーコンピュータも物語の中では存在感が大きい。2代目であるというのは特に説明の必要はないだろう。

共通点4に関して花右京メイド隊の主人公太郎の場合、自分のなすべきことが何であるかをはっきり示したわけではないが“当主でいること”がそれにあたる。バビル2世の場合は明確に(敵から)世界の平和を守るという使命を自覚している。

他にも相違点を上げるならば、バビル2世に出てくる強大な敵の存在は花右京メイド隊でははっきりしていない。花右京北斎と赤色王旗が敵なのか味方なのか現状では曖昧な状態だ。エキセントリック少年ボウイでいうところのカーボウイのようなものと言えばわかりやすい、かな?。逆にわかりにくかったりなんかしたりして。

物語のテーマもバビル2世が敵との戦いがメインであるのに対し、花右京メイド隊の場合は心やさしい少年と彼を慕う多くの女性達とのほのぼのとした日常がそれである。

まぁ、これ以上相違点を上げるのはやめよう。あえて、掛離れたものを似ていると言い出した私自身を否定することになってしまうから。


その魅力を考える
脱線した流れを元に戻そう。

月刊チャンピオンやコミックス単行本巻末には、花右京メイド隊のキャッチフレーズが「やすらぎ系美少女コミック」とある。確かに美少女がたくさん出てきて、話の多くはほのぼのとした内容でまとめられている。“萌”こそが花右京メイド隊の魅力だ!と言い切ってしまってもそれはそれで間違いではない。また、各方面のオタク系登場人物が登場して、それに感情移入し易いというのも魅力の一つかもしれない。自分の興味のあることが物語の中で展開されたら誰だって興味をそそられる。だが、果たしてそれだけが花右京メイド隊の魅力なのだろうか。

私自身、なぜこの作品にここまで引き込まれるのか理由が分からないまま、コミックスを全巻揃え、連載されている月刊チャンピオンまで買っている。最初の取っ掛かりの部分では上記の内容に惹かれたことは間違いない。しかし、他に何か理由があるはずだ。何かが・・・。と考えた結果、最近なんとなくこれではないかというものに辿り着いた。

それは、一言でいえば作品内に溢れている“やさしさ”ではないだろうか。太郎がメイド達に、コノヱやマリエル、グレースが太郎に、八島がコノヱに向けるやさしさ。何の見返りも求めず、彼(彼女)のために自分のことは二の次、自己の犠牲も厭わない姿に人は心動かされる。その登場人物の考えや行動に切なさすら感じ、感情移入してしまう。自分なら果たして大事な人のためにここまでできるのかとか、そんなふうに思ってくれたり行動してくれる人がいるのかなど・・・。

今の世の中、わが子にも無条件のやさしさを注がない親もいると聞く。欧米的な個人主義や能力主義がもてはやされて殺伐とした状態に常にさらされている人間には、花右京メイド隊の世界は忘れかけていたものを思い出させる。人本来の姿というものを。そう遠くない昔を思い出し、ノスタルジックな気分になる人(←私)もいるかもしれない。

“愛”という言葉で表現することもできるが、各種メディアで“愛”の大安売りが展開されて飽和状態になっているのであえてそれは使わなかった。“やさしさ”という言葉のほうが正確にニュアンスが伝わりそうなのでそれを選んでみた。花右京メイド隊という作品はやさしさで溢れている。そう、やさしさこそが花右京メイド隊の魅力なのだ。


やさしさに包まれて
私はこんな時代にこの作品に出会ったことを本当に幸せに思う。忘れてかけていたものを思い出させてくれたことに感謝したい。大袈裟かもしれないがそれが本心だ。今まで、漫画作品に限らず興味ある対象は色々あったが、Webサイトまで立ち上げようとするものは無かった。それほど花右京メイド隊という作品は私にとって大きな存在になっている。

願わくば、末永くいつまでも連載を続けてほしい。もし作品が完結するのであれば、どんなものかは具体的に思い付かないが、究極のハッピーエンドを期待したい。

と、こんな感じで最初から最後までかなり強引に話を進めてきたが賛同してくれた人はいるだろうか?。気を悪くした人がいたらごめんなさい。そして、最後まで読んでくれた人、ありがとう。



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